第五話「その頃、魔王軍は」①
魔王城のある一室で、魔王軍宰相ギデオンは酒の注がれた杯を傾けていた。喉を潤してから、自分を囲む四人の魔族に目をやった。そこにいたのはジェラードの元部下だった四天王だ。
「しかし、うまくいきましたね。邪魔なジェラードをようやく追い出すことができました」
暗黒騎士ライナスがほくそ笑む。
「まったくそのとおりだ。おまえたちも晴れて幹部に昇格することができた。よりいっそう励むのだぞ。特にライナスとカールの責任は重大だ。魔王様の期待を裏切るのではないぞ」
「はっ、必ずや期待に応えてみせましょう」
四天王はジェラードの禁呪スクロール盗難を未然に防いだことが評価され、魔王軍幹部に抜擢されていた。しかもライナスは人界方面部隊の司令官に、呪術師のカールは獣界方面部隊の司令官に任じられた。ギデオン自身も、子飼いの部下を司令官に据えることで、魔王軍での権力を牛耳りその地位を強固なものにしていた。
四天王も魔王軍に入った当初は、ジェラードの圧倒的な強さに憧れて自ら獣界方面軍に志願したほどだ。しかし、欲に目がくらみ次第にジェラードへの尊敬の念を失い、ギデオンの誘いに乗ったのだ。
「しかし、カールの呪術がこれほど強力だったとはな。魔法を封印されたジェラードは今ごろ魔獣の餌にでもなっているだろう。いい気味だ」
ギデオンは嬉しそうに酒を飲み干した。ジェラードとは同じ師に教えを乞うた兄弟弟子だ。しかし、ずっとジェラードの才能に嫉妬していた。もちろん、ギデオンも恐ろしいまでの魔法の使い手だ。だが、ジェラードはさらに上をいっていた。カールはギデオンの杯に酒を注ぎながら言う。
「くっくっくっ。私が持ち得る最高の呪いをかけましたから。しかも幹部連中にも手伝ってもらい何重にもかけてあります。もう私にも解けませんよ」
「そうか、そうか。はっはっは」
「これでギデオン様の時期魔王への道がまた近くなりましたね」
「カール、滅多なことを口にするな。それは人間、エルフ、獣人をすべて支配下に治めてからの話だ」
ギデオンは宰相の地位に飽き足らず、魔王の座をも狙っているようだ。ライナスたちも、ギデオンに付いていけば間違いはないと思っただろう。
「ライナスよ、人界の状況はどうなっている」
「はっ。人間どもの行う成人の儀で新しい勇者が誕生してから二年。前任の司令官はその勇者パーティーに破れ、人界方面部隊の侵攻は停滞しています。私が司令官になったからには、勇者パーティーなど軽くひねり潰してやりましょう」
「ふむ、それは頼もしい限りだな」
ギデオンはほくそ笑む。
「油断するなよ、ライナス。勇者パーティーは聖女と合流するという情報も入っているぞ」
闇神官ヘイデンは部下に調べさせた情報を伝えた。
「抜かりはない。勇者と聖女が合流できないよう、すでに聖女側に刺客を送り込んだ。人界方面軍の精鋭部隊だ。万が一、やつらが失敗したとしても、王都には幹部を三人も出兵させている。王都ごと潰してやるつもりだ」
「さすがだな。俺が見込んだだけのことはある」
ギデオンはライナスの采配に満足して頷いた。
「カール、獣界のほうはどうだ?」
「はっ。獣王が思いのほか手強く。難航しております」
「獣人の王か……忌々しいやつめ」
獣界を治める獣王はギデオンとジェラードの師、前魔王軍宰相だった大魔導師を直接手にかけた憎むべき相手だった。その強さは計り知れない。獣界方面軍が苦戦しているのも、獣王がいるからだ。
「獣王だけは必ず殺せ。そしてその屍を俺の前に引きずり出すのだ。ウォルター、おまえもカールを手伝え」
「承知しました。このウォルターの暗殺術を駆使して、必ずや獣王の首を持って帰ります」
暗殺者ウォルターはギデオンに恭しく頭を下げた。そして、カールに向き直ると、その様子がおかしいことに気付く。カールは青ざめて小刻みに震えていた。
「……カール どうした!」
ウォルターが声を荒げると、ギデオンたちもカールに注目した。突然、カールが血を吐き出して悶え苦しみだしたのだ。
「うがあああああああっ!」
「ライナス! これはどういうことだ……!?」
「いえ、これは私にも……!」
ライナスはギデオンに返事をして、カールに駆け寄った。床に跪いたカールは、ライナスの助けを借りて何とか立ち上がる。その足取りは心許なかった。
「くっ……! はあっ、はあっ……! バカな!? ジェラードにかけた呪いが解けたようです!」
「「「「何だと!?」」」」
カール以外の声が重なる。ジェラードの呪いがソニアに解かれたことにより、その反動が術者であるカールに返ってきたのだ。だが、ギデオンたちが知る由はない。
「カールが解けない呪いを誰が解けると言うのだ! ……まさか、聖女か!」
「ギデオン様の仰るとおり、聖女ならあるいは……。しかし、それでは聖女がジェラードを助けたということになります……」
ライナスはギデオンの顔色をうかがいながら答えた。
「バカな……! どうしてそうなったか、わからん。すぐに調べろ!」
「はっ、ただちに兵を送って探らせます」
「悠長なことを言うな! ジェラードが生きているかもしれないんだぞ! ライナスおまえが直接行け!」
ギデオンはライナスに怒鳴りつけた。
「やはり、あの時にジェラードを殺しておくべきだったか」
「しかし、ジェラードはギデオン様の兄弟弟子だった男です。あの時点でわれわれにできたのは無実の罪を被せて追放するのが限度でした」
ライナスの言うことはもっともだった。死罪に反対する魔族もいたからだ。その大半は獣界方面軍の女で、ジェラードの部下だった者たちだ。彼女たちの猛烈な反対に遭い、ジェラードの死罪は見送られていた。
「ちっ、もういい。とにかく、ライナスよ。情報を集めるのだ。そして、他の幹部がエルフ界を落とす前に、必ず人界と獣界はおまえたちで落とせ。わかったな!」
そう告げたギデオンの目は、わずかに揺らいでいた。




