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双剣魔眼の剣術学院クロニクル  作者: ユズキ
外伝 深淵の魔導師
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第二話「これが聖女ってやつか」

 魔王軍から追放され人界に捨てられたジェラードは、辺境の荒野を転がっていた。全身鎖で縛られているので歩くこともままならず、ゴロゴロと転がって移動していたのだ。あれから三日経つが、ただの一人も人間と出くわさない。周りは乾いた大地と枯れた木、それとところどころに大きな岩が点在しているだけだった。


「……だーれもいねぇ。おーい、誰かいないかー!」


 大きな声で言ってみたが、当然返事はない。無駄に体力を使うだけだと諦めて、ゴロゴロゴロ、ジェラードはひたすら転がって進んでいく。もう三日も食べ物を口にしていなかった。


「ちくしょう、腹が減って頭が回らない……。女どもは、どうしているんだろうな……」


 ジェラードは魔王軍での日々を思い出していた。中隊長と言えばそれなりの地位だ。食べるものにも困らず、顔がいいので女にももてた。それが醜悪な顔のギデオンの不興を買ったとは、ジェラードも気付いてはいない。もちろん、それだけではない。同じ師をもつギデオンより、魔法の実力はいつも一つ二つ先を行っていた。それもギデオンに嫌われた理由の一つだろう。


 ゴロゴロゴロ……転がっていると、巨大な岩の向こう側から、緊迫した声が聞こえた。何があったんだろうと思い、ジェラードは息を潜めて岩陰まで転がっていき、首を動かしてそっと覗いた。


「傷はわたしが回復します! みんな落ち着いてください!」

「聖女様は後ろへ下がってください! うぐわっ!」

「魔族を聖女様に近づけさせるな! うわああっ!」

「駄目です! もう保ちません!」


 十人ほどの魔王軍の兵士と、人間たちが戦っていたのだ。魔王軍は三人ほど死んでいる。対して人間側は六人が死んでいて、立っているのは四人だけだった。一人の女を守るように三人の男たちが囲んでいる。


(あれは人界方面軍の精鋭部隊だな。人間共も運が悪い。全滅するのも時間の問題だろうな)


 ジェラードは他人事のように冷静に観察していた。もう自分は魔王軍ではないし、かといって人間に肩入れする気もないからだ。すると、精鋭部隊の剣が女の胸のあたりを斬りつけた。


「きゃあっ!」

「聖女様! くっ、この魔族めがっ!」

「聖女様の怪我がひどい! 早く回復するんじゃ!」


(クソが、女に手を出しやがって。……あ~見てられねぇ)


 ゴロゴロゴロ、ジェラードは岩陰から出ると、交戦中の魔族と人間の間に割って入った。あまりにも場違いな光景に、両者とも唖然となる。ジェラードは魔王軍の兵士に顔を向けて、ニヤリと笑って見せた。


「おい、そこのやつ。ちょっとこの鎖を解いてくれ」

「……な、なんだおまえは! 魔族だと!? どうしてこんなところにいる!」

「俺は獣界方面軍の中隊長ジェラードだ。おまえら人界方面軍の精鋭部隊だろ? 同じ魔族のよしみで鎖を解いてくれないか?」

「ちゅ、中隊長!?」


 所属は違えど、中隊長のほうが立場は上だ。ジェラードが魔王軍を追放されたことなど、末端の兵士まではまだ行き届いていないようだ。魔王軍の兵士は戸惑いながらも、三人がかりでジェラードの鎖を解いた。


「ふう……助かったぜ。ついでにそれ貸してくれるか」


 ジェラードは魔王軍の兵士の一人が持っていた鋼鉄の棍棒を指差した。


「中隊長殿……ジェラード様でしたっけ? どうしてあのような姿に……?」

「いいから、早くよこせ。手を貸してやる」

「おお、それは心強い。どうぞ、たいした武器ではありませんが……。まさか中隊長殿が加勢してくださるとは」


 ジェラードは棍棒を受け取って肩に担いだ。人間のほうを見ると、斬られて倒れている女に三人の男が寄り添って治癒魔法を施していた。ジェラードは魔王軍に振り返る。そして――


「それでも魔王軍の精鋭部隊か! 女を傷つけやがって! てめぇはクソだ!」


 棍棒を振り抜いて、魔王軍の兵士の頭を吹っ飛ばした。


「中隊長殿!? な、何をするんだ! うぐわっ!」

「裏切ったのか! どういうことだ!? おまえは魔族じゃないのか!」

「正真正銘、本物の魔族だぜ。ただし、三日前に魔王軍を追放されたけどなぁぁぁッ!」

「やめろ! 棍棒を振り回すな! うぎゃっ!」


 ジェラードは棍棒を力の限り振り回し、魔王軍の兵士を次々にぐちゃぐちゃにしていった。ものの数秒で、魔王軍は全滅してしまった。


「はあっ、はあっ……くそっ。腹が減って力が出ねぇ」


 魔法を失ったジェラードだったが、武器の扱いにもある程度精通していた。少なくとも、人間が苦戦する精鋭部隊を皆殺しにできるぐらいには。


「おい、ぼーっとしてるんじゃない。女を助けてやれ」


 呆気に取られる人間たちだったが、すぐに女の治療を再開する。しかし、魔力や治癒薬が切れてしまったらしく。依然、女の状態は危なかった。


「何やってるんだ! どけ、俺に見せてみろ」

「なっ……聖女様に近づくでない!」

「魔族が聖女様に触れることは許さんぞ!」

「お、おい、近づくなと……!」


 人間たちは臨戦態勢を取った。ジェラードは苛ついたように頭をかいた。戦う気などなかったからだ。


「説明してる時間はない。女を助けたかったら、俺に従え」


 ジェラードはちらりと女の様子を見た。出血が止まっていない。早く治療しなければ、本当に命取りになるだろう。ジェラードは急かすように人間を見る。それもそのはず、女が大きな怪我を負ってしまったからだ。人間たちは持ち物から治癒薬を取り出すが、思ったより傷が深く回復が追いついていなかった。


「おい、治癒魔法が使えるやつはいないのか!」

「わしが使える。老いたとはいえ、一応は賢者じゃからのう。しかし、魔力を使い果たしてしまった……」


 治癒魔法が使えるらしい賢者の老人も魔力が残ってないようだ。残りの二人は見るからに戦士系で魔法を使えそうになかった。こんな時、自分の魔法があれば……とジェラードは思った。


(……ちょっと待てよ? このジジイ賢者といったか……)


 もしかして賢者ならば、自分の失った魔法を復活させることができるのではないかと淡い期待を持った。ジェラードが賢者に確認すると、簡単な呪いぐらいなら解くことができるようだ。その方法に賭けるべく、ジェラードは人間たちに近づいた。


「なっ……聖女様に近づくな!」

「くそっ、彼女には指一本触れさせんぞ!」

「油断させて、わしらを殺す気じゃな!」


 人間たちは警戒を緩めない。ジェラードは舌打ちした。


「戦う気はねぇ。その女を助けてやろうと思っただけだ」

「……なんじゃと? 魔族が聖女様を助けたいとはどういうことじゃ?」


 賢者が怪訝な表情でジェラードに尋ねた。年嵩の賢者はジェラードを睨みつけている。そして、二人の戦士はジェラードを警戒しつつも、倒れている女を気にかけていた。


「説明してる時間はない。その女を助けたかったら俺の呪いを解いてくれ。俺の治癒魔法ならすぐ治せる」

「そんなこと信じられるか!」

「そうじゃ、油断させておいてトドメを刺す気じゃろ!」

「くそっ……。つべこべ言わずに早く俺にかかっている呪いを解きやがれ。女を死なせたいのか!」


 人間たちは戸惑っている。ジェラードの言うことが信じられないからだろう。


「そこの二人、その賢者のジジイを説得しろ。ジジイが俺の呪いを解かなきゃ、魔法が使えねぇ」

「魔法が使えないだって? それはどういうことだ!」

「あ~~~っ、いいか良く聞いてすぐに理解しろ! 俺は魔法が使えないように呪いをかけられているんだ。そこの女を助けるには俺の魔法が必要だ。それと――俺はおまえらと戦おうなんて思っちゃいない! 目の前で女を死なせたくないだけだ! これが証拠だ、よく見とけッ!」


 そう言って、ジェラードは右手の手刀で自らの左腕を斬り落とした。ジェラードの左腕からは鮮血が迸った。


「バカな!? なんじゃこいつは!」

「おい、いったい何が起こってるんだ!?」

「ぐおおおおっ! はあっ、はあっ……こんな状態でおまえらを殺せるとでも思うのか? 早く俺の呪いを解け、俺の意識がなくなる前に……早くしろッ!」


 ジェラードは大量の血を失い意識が朦朧としてきた。言葉では人間たちを説得できない。そう思ったがゆえの咄嗟の行動だった。


「……ほ、本当に敵対する気がないのでは……?」

「うぬぬ、わかったわい!」


 賢者の老人がジェラードの解呪を試みる。しかし、ジェラードの呪いはこれでもかというぐらい何重にも複雑にかけられており、賢者でさえ苦戦した。しかし、賢者の膨大な知識により、一部の呪いを解くことに成功する。


「なんじゃ、この呪いは! わしの力でもここまでじゃ!」

「はあっ、はあっ……上出来だぜジジイ! あとは俺に……任せろ!」


 ジェラードは女に近づいた。女は苦しそうな表情で、時折うわごとのように呻いている。まだ十代の少女だった。


(この女が……聖女なのか?)


 聖女が身につけている服は破れ、血が滲んでいた。ジェラードは聖女の胸の上に右手をかざした。一部しか呪いが解けてはいないが、体内からあふれ出す魔力は治癒魔法なら使えると物語っていた。


「はあっ、はあっ、いま助けてやるからよ……。大地に宿る精霊よ――」


 ジェラードが呪文を詠唱し始める。人間たちはそれを固唾を飲んで見守った。


「古の契約に従い――」


 呪文の高速詠唱。本来、複数節ある呪文を大幅に短縮する技法で、ジェラードが只者ではないことがうかがえる。


「なっ……!? その魔法はっ!」


 賢者が目を見開いた。治癒魔法の中でも最上位に位置するその魔法は――


「――アルティメットォォォヒールッ!!」


 その瞬間、聖女の体がまばゆい光に包まれた。流れていた血は止まり、みるみるうちに聖女の傷は塞がっていく。じきに聖女は目覚めるだろう。しかし、ジェラードはもう限界だった。


(ふう……死なせずに済んだか。だが、俺がヤバいみたいだな……同じ魔法を俺に使いたいが……体が動かせねぇ……。最後に見たものが聖女の生乳か……ふっ、それも悪く……ない)


 ジェラードは意識を手放した。

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