第三十一話 エピローグ「決意新たに」
ブランドン先生が、セシリアたちを連れて戻って来たのは、辺りがすっかり暗くなってからだった。
ミリアムが魔法で作りだした光源を頼りに迎えに来てくれたようだ。
「アル! 大丈夫なの!?」
セシリアが俺のそばへ駆けつけてくれる。
「ああ、俺は大丈夫だ。足を挫いたぐらいさ。それより、セシリアこそ怪我はないか?」
「うん、わたしは大丈夫だよ」
そう言って微笑むセシリア。
辺りが暗すぎてセシリアの怪我の具合は確認できそうになかったが、声の感じからして大きな怪我はしていないようだ。
「アル、これがわたしたちを守ってくれたのよ」
「えっ……?」
セシリアが見せてくれたのは左手人差し指に嵌められている指輪だった。
俺が母さんに見繕ってもらい、セシリアの誕生日にプレゼントしたものだ。
だけど、その指輪に助けられたとはどういうことだ?
俺が不思議そうに首を傾げると、セシリアが嬉しそうに教えてくれた。
「この指輪、魔法が込められていたみたいなの。わたしは魔法に疎いから、何て魔法かは知らないけれど、防御系なのかな? とにかく相手の攻撃を防いでくれたの。逆にこれがなければ、わたしは剣で斬られて大怪我していたかもしれないわ」
「……魔法の指輪?」
母さんのやつ、そんなことは一言も言ってなかったぞ。
しかし、これは母さんに感謝するしかないようだな。
今度会ったら礼を言っておくか。
それにしても、魔法の指輪か。
「セシリアの話を聞く限りだと、それはバリアの魔法だね」
ブランドン先生が言うには、バリアという物理攻撃を無効化する魔法が付与されていたようだ。
セシリアの話からすると、数度効果を発揮した後は何も起こらなかったらしい。
恐らく、付与されていたバリアの効果は使い切りみたいだ。
「うっ……」
「どうしたのアル!? まさか、怪我を隠してるんじゃ……!」
右足首の痛みが酷くなってきた。
そろそろ我慢も限界だ。
それを察したブランドン先生がパンと手を叩いた。
「ひとまず全員、町の診療所に行こう。学院への報告はあとで俺からしておくよ」
その後、町の診療所に駆け込んで俺たち全員の傷を治してもらった。
もちろん費用はすべてブランドン先生持ちだ。
◇ ◇ ◇
ジェラルドが無期限の停学処分となったと聞いたのは、三日後のことだった。
正式な処分が決定するまでの仮処分らしいが、生徒たちの間で飛び交う噂では退学は免れないだろうという話だ。
ジェラルドの停学によって死竜クラスの暴挙は終結した。
腑に落ちなかったが、学院側の決定を覆すだけの権限は俺にない。
何より、ジェラルドが納得しているのだから俺には何も言えなかった。
ジェラルドが学院に登校していないので、事の真相は想像するしかない。
ブランドン先生もあれから手を尽くしてくれたようで、俺にいろいろと語ってくれた。
「ジェラルド率いる死竜クラスのおおよその目的は、平民にも正当な評価を求めるということでほぼ間違いはないと思うよ。いままでもこういったやり取りは学院側と幾度となくしていたみたいだけど、学院に出資しているのは貴族のお偉い方ばかりだからね。当然、突っぱねられていたわけだ」
「話し合いで解決できないから武力行使ってわけか? それだけじゃない気がするんだけど……」
「そうだね。ここからは俺の想像だけど、今回のは死竜クラスの力を示すにはもってこいの計画だった。軍の関係者も一目置くくらいに、ね。きみも知ってのとおりウルズ剣術学院の卒業生で軍に就職する者は多い。これは主に上位のクラスで卒業した者に限られた話だけど――」
ブランドン先生が語った内容を要約するとこうだ。
従来は上位クラスの卒業生の就職先として軍に推薦されるが、正当な評価を受けれない平民が多い死竜クラスも力はあるんだぞということを示す。
死竜クラスの卒業生からいままで軍に就職できた者はいないが、少しでも軍から興味を持ってもらえるかもしれない。
死竜の砦一階の商店で独自の仕入れルートから商品を供給していたのは、こういうことらしい。
学院の食堂を始め購買関係は、すべて出資者の貴族の元、仕入れ先が決められている。
そのすべてが貴族の息のかかった商人だ。
ブランドン先生の話では結構な金額が動いているらしい。
ジェラルドは死竜クラスの卒業生が商いしている店から商品を購入し、その経営に大きく貢献していたのではないか。
つまり、死竜クラスの卒業生の生活と、これから就職する在校生に職を与えるために動いていた。
「――ブランドン先生の話をまとめると、こういうことですか」
「あくまで俺の想像だよ。本当のところはジェラルドから聞くしかない」
「……そうですね。喋るとは思いませんけど」
そもそも貴族平民の差は、ここまで深刻だったか。
周りの貴族セシリアや、ブレンダ、ハロルドと一緒にいるとそんなことは微塵も感じなかったので、俺はこの現状に面食らった。
だけど、ブランドン先生はわかっていたふうな口ぶりだった。
◇ ◇ ◇
その翌日、ダリア先生が風竜クラスの教室にやってきた。
呼び出された俺が廊下に出ると、そこにはスカーレットもいた。
スカーレットは何だか気まずそうな顔をしている。
意外な組み合わせだなと思いながら、俺もどう反応していいか戸惑っていると、
「アルバート、今回の件はご苦労だったな。それと、妹が迷惑をかけた。これは教師としてではなく、姉としてビート家に名を連ねる者として謝罪する」
「はあ……。えっ……姉として……?」
目を丸くする俺を、訝しげな表情でダリア先生が見る。
「……なんだ、知らなかったのか? スカーレットは私の妹だ」
「いやいやいや……初耳ですよ!」
そう言えば、スカーレットの家名もビートだったな。
同じ銀髪碧眼だが、まったく気付かなかった。
ウルズ剣術学院を首席で卒業したブランドン先生に次ぐ成績で卒業し、いまは樹竜クラスの担任であるダリア先生と、片や問題児だらけの死竜クラスの不良生徒。
結びつけるほうが難しい。
「あとは、スカーレットから話があるそうだ。私はもう行くから二人で話してくれ」
そう言ってダリア先生は行ってしまった。
残されたスカーレットはダリア先生の背中を睨みつけてから、俺に向き直った。
しかし、なかなか口を開こうとしないので俺から声をかけることにした。
「……驚いたよ、おまえがダリア先生の妹だったなんて」
「姉貴のやつ、軍を辞めてまで教師に転職して……これも全部親の指示だよ。私に対する当てつけのつもりなんだ」
スカーレットもいろいろと事情があるようだ。
「私は納得してないからな」
「……何がだよ? ダリア先生のことか?」
「違う。ジェラルドさんが停学になったことだよ。私たちの罪を全部被って一人だけ停学なんて……」
「先輩も納得してるなら、俺たちが口を挟める問題じゃないだろう」
「それでもだ。ジェラルドさんは私たち死竜クラスのために戦ったんだ。だから、私はおまえを許さない」
相当恨まれたみたいだ。
まあ、俺が死竜クラスの目的を打ち砕いたようなものだから、気持ちはわからないでもないけど……ちょっと複雑だな。
しかし、スカーレットはよほどジェラルドに心酔していたようだ。
「別におまえが俺のことをどう思うと自由だよ。というか、おまえ先輩のこと好きなんだな」
「……は、はあ!? はあ!? す、すす好きって!」
スカーレットの顔がみるみる紅潮する。
…………あれ?
「お、おまえ、何言い出すんだ馬鹿野郎! 死ね!」
「いたっ!」
俺のすねを蹴って、スカーレットは走り去ってしまった。
いやぁ……そうなのか?
ジェラルドに対して憧れでもあるのかと思っただけだが、恋愛対象として見ていたとはな。
このことは俺だけの秘密にしておいてやろう。
「さてと、帰るか」
俺は教室に戻り、帰り支度を済ませていたセシリアたちと合流した。
六人揃って校門を出ると、エドガーとローラ先輩が立っていた。
すぐ近くにはアラベスク家とカプリチオ家の馬車と護衛が待機していた。
どうやら俺たちを待っていたようだ。
「遅かったな。待ちくたびれたぞ」
「エドガー、すまない。先に謝らせてくれ。この間はアラベスク家の馬を勝手に借用した。切ったハーネスは弁償させてくれ」
本当ならもっと早く謝罪したかったが、あれ以降エドガーとローラ先輩は学院を休んでいた。
ブランドン先生と診療所に向かう際、エドガーとローラ先輩は治療を受けずに迎えに来た護衛と一緒に帰ったのだ。
怪我の具合が悪かったのかと心配したが、見たところそうではないらしい。
「そのことは別に構わん。緊急時の対処だ。仕方ないだろう。それにハーネスを弁償すると言っても、あれ一本でおまえの一年間の生活費をゆうに超える代物だ。平民が何とかなる金額ではないだろう」
「ふふっ、エドガーは感謝してますのよ。立ち直るきっかけを作ってくれたのはアルバートですものね」
「ローラ……! くっ、余計なことを!」
エドガーは誤魔化すように、ローラを睨む。
そして、わざとらしく咳払いしてから表情を繕う。
「…………ところでだ。アルバート、おまえがあれほどの剣術の使い手だとは知らなかった。まだ夢でも見ているような気分だ」
どうやら俺がジェラルドとトラヴィス、そしてリチャードの三人を相手にしたところを見ていたようだ。
「だが、それでこそオレの相手に相応しい」
「……え?」
「何をすっとぼけた顔をしている。来月はいよいよ交流戦と武闘祭に向けた学院内予選が開催されるんだぞ。そこで決着をつけようではないか。樹竜クラスの代表として、おまえごときには絶対に後れは取らん」
そうか、来月には学院内予選があったな。
俺の戦い振りを見て、エドガーの闘争心に火がついてしまったらしい。
まあ、元気になったんなら良しとするか。
それが言いたかっただけなのか、俺に宣戦布告したエドガーは颯爽と馬車に向かっていった。
ローラ先輩もそれに続く。
俺たちは二台の馬車が通りを走っていくのを見送った。
「しかし今回は自分の未熟さに悔しい思いをしましたよ。僕も学院内予選を勝ち上がるつもりですから、アルに負けませんよ」
ハロルドもやる気満々だ。
本人から聞いた話だとリチャード相手に手も足も出なかったらしい。
まあ剣術上級相当のリチャード相手じゃ仕方ないだろう。
俺だって剣が二本なければ勝てていない。
悔しい思いをしたのはハロルドだけじゃないらしく、
「くっそ~! 思い出したらムカムカしてきたぜ。俺がノエルの馬鹿と低レベルな戦いを繰り広げていた時に、ハロルドたちはクソ強ぇオッサンと戦ってたんだもんな」
「でもロイドくんがノエルくんを押さえてくれていたから、私たちが上の階に行けたんだよ。私なんかよりよっぽど貢献度高いよぉ」
「ミリアム、落ち込むことないわ。ミリアムの魔法がなければ、あの暗闇の中で怪我していたアルを見つけられなかったわよ」
「そ、そうかな?」
「そうよ」
「えへへ」
しょんぼりしかけたミリアムをブレンダがフォローしていた。
「最後にアルがバリスタの前に飛び出していった時はどうなるかと心配したわ。足を挫くぐらいで済んだけれど、もう危ないことはしないって約束して」
突然、セシリアが悲しそうな表情で訴えかける。
「あ~っ! アルくんがセシリアちゃんを泣かした~!」
「あっ、セシリア……! いや、あのっ……!」
「……なんて、ね」
セシリアがいたずらが成功したかのようにペロッと舌を出した。
その光景を見てみんなが笑う。
「何だよ……脅かすなよ」
「でもわたしたちが心配してたのは本当よ。だからちゃんと約束して」
セシリアに見つめられ、俺は観念したように頭を掻く。
「……わかったよ。約束する」
今回の件で、俺自身もまだまだ至らないところがあると痛感した。
俺がもっと強かったら、みんなに心配をかけずに上手くやれたかもしれない。
〈樹竜の鱗〉と〈風竜の魔眼〉二つの〈神器〉があったから、俺は奇跡とも言えることを成し遂げることができただけだ。
もっと強くなりたい。
思えばこの数年忘れていた感情だ。
ウルズ剣術学院に入学した当初は、まだそんな気もあったが日々過ごすうちに次第と薄れていったのだ。
もちろん、鍛錬を怠ったことなどない。
爺さんに鍛えられていた時以上に、研鑽は積んでいるつもりだ。
だが、いまいち目標というものを見つけられなかったというのが大きかった。
来月の学院内予選まで、まだ時間はある。
鍛え直して挑むには、ちょうどいい機会だろう。
そう心の中で決意して、俺は仲間たちと歩いていく。
草木が繁り暖かくなり、過ごしやすい季節を迎えようとしていた。




