第二十三話「死竜の砦四階・西」
セシリア、ミリアム、ブレンダ、ハロルドの四人は、彼らの前に立ちはだかったノエルをロイドに任せて二階に到着した。
すると、そこは広い部屋だった。
三階に続く階段は二つあったが、一つは大量のテーブルやら椅子が雑多に積まれていて通れそうにない。
即座にハロルドがもう一つの階段に向かうと、セシリアたちも後に続いた。
三階に上がるとそこは個室のような小部屋がいくつも並んでいた。
人の気配はなかった。
四人で一塊になって、駆け足で周囲を見回しながら進んでいく。
セシリアたちが使った階段は三階の中央付近にあり、北西の角に上り階段が、南東の角に下り階段があった。
「アルもきっと上に向かったと思います。急ぎましょう」
ハロルドが北西の階段へ針路を取った。
反対意見は出ず、セシリアたちも同様に足を進める。
四階に着くと、そこは二階と同じような造りの広い部屋だった。
そして正面には五階へと繋がる階段が見えるが、その前にテーブルがいくつも積み上げられている途中だった。
「あなたが立ちはだかるのですか? 剣術学院の生徒ではないようですが」
ハロルドが尋ねると、背を向けてテーブルを積み上げていた屈強な男が手を止めて振り返った。
「ん? ……新手か」
体格はここにはいないロイドと同じぐらいだ。
齢は見るからに四十を過ぎているだろう。
剣術学院の生徒でないのは明らかだ。
「どうしてここに生徒以外の人がいるんですか? いったいここで何を……」
セシリアが疑問を投げかけた。
男は顎を撫でながら目を細める。
「お嬢ちゃん、何って見ればわかるだろう。ここから先へ誰も通さないために、ここにいるのさ」
「……ジェラルド先輩に頼まれたんですか?」
「ふっ、さてな」
セシリアの問いに、男は笑って濁した。
「ここを通さないと言われて、黙って引き下がるわけにはいきません。何としてでも通させてもらいますよ。恐らくアルはこの上へ進んだんでしょうし」
そう言いながら、ハロルドは木剣を構えた。
ブレンダもそれに続く。
ハロルドが言うように、セシリアたちはここで引くわけにはいかなかった。
そして、ここに来るまでアルバートを見かけていないことから、さらに上階へと向かった可能性が高い。
「あの背中の傷……アルがやったのかしら?」
セシリアが呟く。
さっき背を向けていた時に全員が目撃していたのだが、男の背中はシャツが破れ赤く腫れ上がっているように見える。
木剣を叩きつけたにしては酷い傷痕だったが、それをできるのがアルバートだとセシリアたちは知っている。
ウルズの町の守護神、闇夜の死竜であるアルバートなら、どんな相手だろうと敵ではないと。
「そのようですね。アルはあの男と戦ったと見て間違いないでしょう」
「おまえら、さっきのやつの仲間か? こうやって剣を二本使うやつだ」
男は剣を握る仕草をして、両腕を振り回してみせる。
「間違いないわ。アルよ」
「そうか、あいつの仲間か。なら下の連中が束になっても敵わないのが理解できる。なんせ、俺が闇ギルドの人間だと知っても怯むどころか、向かって来たからな」
「「闇ギルド……!?」」
セシリアとハロルドが同時に声を発する。
ブレンダは目を細めるに留まったが、ミリアムは驚きの余り口に手をあてていた。
「そうだ。ミリカ団って知ってるか? そこの副団長をしているリチャード・フィークスだ。安心しろ、今日の俺はただ喧嘩しにきただけだ。ミリカ団は関係ない」
「その割にミリカ団の名は出すんですね。脅しですか?」
「いや、俺も無駄な喧嘩はするつもりはないんでな。ミリカ団の名に臆するようなら、喧嘩する価値もないってもんだ」
リチャードは壁に立てかけてあった木剣を握って肩に担いだ。
そして、セシリアたちの表情を窺うように順番に視線を移動させた。
「さあ、やるのかやらねぇのか……どっちだ?」」
「僕が相手をします」
そう言って前へ出たのはハロルドだった。
この中で一番、剣術の腕が確かなのはハロルドだ。
「よし、かかってこい」
ハロルドは攻撃を繰り出した。
グラナート流剣術の突きだ。
リチャードの左肩のあたりに命中すると思われたが、寸前で弾き返された。
「なっ……!?」
「思った以上に早いな。中級ぐらいか。奇遇だな、俺も同じくグラナート流の中級だ」
リチャードが反撃に出た。
中級だと自称していたが、同じ中級であるハロルドを完全に圧倒している。
少なく見積もっても中級と上級の間ぐらいの腕だろう。
見守っているセシリアたちにも理解できる。
戦っているハロルドならなおさら、その実力差を痛感しただろう。
「あたしも参戦するわよ!」
素早い動きでリチャードの側面に回ったのはブレンダだった。
「おお、いいぜ。残りの二人も参加していいぞ。この二人じゃ俺には勝てないだろうからな」
リチャードはハロルドとブレンダの二人を相手にしても、互角以上に渡り合っている。
それはリチャードにとっては闇ギルド同士の抗争や、冒険者時代の魔物との戦闘に比べれば児戯に等しいものだった。
しかし、セシリアたちは知る由もない。
圧倒的なリチャードの攻撃に、ハロルドとブレンダは防戦一方だ。
たまらずセシリアも加勢する。
それを見たミリアムも意を決したように、木剣を握って戦いに参加した。
「おっと、それじゃあそろそろ本気でいくぞ」
リチャードが虚勢で言っているのではないと、セシリアたちは痛感することになる。
直後、ハロルドの木剣が撥ね上げられて、その小柄な体に蹴りが叩き込まれた。
ハロルドは大きく吹っ飛んだ。
「ハロルド!」
セシリアが叫ぶが、後ろを振り返るわけにはいかない。
少しでも気を抜けば、ハロルドの二の舞になるのは火を見るより明らかだったからだ。
ハロルドはすぐに立ち上がれなかった。
かろうじて意識を保っているようだが、足元はおぼつかない。
ハロルドを欠いたセシリアたちは為す術がなかった。
リチャードは手を緩めることなくブレンダを、そしてミリアムを叩き伏せた。
残ったのはセシリアだけだ。
「お嬢ちゃん、命までは取らない。ここで四人揃って寝てな」
「――!?」
リチャードの放った攻撃が、セシリアには見えなかった。
腹部に鈍い痛みを感じ、自分は攻撃を受けたのだと悟る。
目の前が徐々に暗くなっていき、セシリアはその場で意識を失った。
「さて、おまえはまだやるのか?」
ただ一人立ち上がったハロルドに向けて、リチャードは木剣を突きつけた。
「はあっ、はあっ……」
「ふう、やっぱり学生ってのはこの程度が普通だよな。さっきのやつは何だったんだ」
リチャードの繰り出した連撃を捌くことができず、ハロルドは膝をついた。
そのまま前のめりに床に突っ伏した。
「残念だったな。次に目が覚めた時には全部終わってる」
そう言ってリチャードは木剣を投げ捨てると、テーブルを積み上げる作業を再開したのだった。




