第八話「失意のエドガー」
サイーダ森林の野外授業以降、樹竜クラスのエドガーはひどく落ち込んでいる。
昼休みに食堂で顔を合わせても、俺たちに声をかけてくることはなかった。
理由は、イアンを失ったことだろう。
公爵家の威光を盾にしていたエドガーであったが、規則で貴族平民は平等と定められている剣術学院において、周囲の生徒が真に恐れていたのは圧倒的なまでのイアンの武力だったのだ。
そのイアンがいなくなったことにより、エドガーは樹竜クラスでの立場が危ぶまれていた。
エドガーはイアンの最期を見ていない。
直前に、気を失っていたからだ。
ダリア先生からは経緯を聞いているはずだが、イアンは自分を裏切らないと言い張ったらしい。
もちろん、他の生徒にはイアンの死の真相は事情が事情なだけに伏せられている。
そういった話をブランドン先生から聞かされていた俺は、ダリア先生からも何とかしてやれないかと相談されていた。
どうして俺がと思わないでもないが、ダリア先生から見たらエドガーは俺をライバル視しているように映ったという。
その俺ならエドガーも耳を傾けるのではないかということだ。
その日、食堂ですれ違ったエドガーはローラ先輩と二人だった。
がっくりと肩を落とし以前のような覇気はない。
隣に寄り添うローラ先輩も、何と声をかけたらわからないような表情で黙っている。
俺はエドガーに声をかけることにした。
セシリアたちに中座することを伝え、俺はエドガーの背中を足早に追いかけた。
食堂を出たところで、エドガーに追いつく。
「エドガー」
俺の呼びかけにエドガーは足を止めたが、こちらに振り向かない。
ローラ先輩はエドガーと俺を交互に見ながら戸惑っていた。
「……アルバート、か」
「ああ、しばらく振りだな。最近、絡んでこないから心配したんだぞ」
「心配だと?」
振り返ったエドガーに生気はなかった。
心配そうなローラ先輩がエドガーの腕を両手で握る。
「来月は交流戦や武闘祭に向けての学院内予選がある。おまえは準備しているのか?」
エドガーが自信満々に息巻いていた大会だ。
「予選には参加する。おまえに心配されることではない」
「……やっぱり、イアンのことを気にしているんだな」
「あたりまえだ。あいつは……、イアンはオレの……オレの友だった」
エドガーはイアンを友だと言った。
サイーダ森林で剣を突きつけられたのにだ。
周りには主人と忠実な僕と認識されたイアンとの関係だが、エドガーの中では違ったようだ。
エドガーが本気でそう思っているなら、その悲しみは計り知れないだろう。
「そうか、惜しいヤツを亡くしたな」
「………………」
「邪魔したな」
俺はそう言って、踵を返す。
別にエドガーのことは好きじゃない。
だけど、こいつがこんな状態なのは見るに堪えない。
俺が挑発して元気になるなら、それでもいい。
しかし、エドガーにはもう少しだけ時間が必要だと思った。
食堂に戻ると、みんなが俺に注目した。
エドガーを追いかけるとは思っていなかったのだろう。
俺は食べかけのスープに手をかけた。
すると、先に食事を終えていたロイドが口を開いた。
「何か張り合いがねぇよな。エドガーがあんなだと」
「そうだな」
「樹竜クラスでも浮いているみたいだし、心配だわ」
隣に座っていたセシリアがフォークを置いて俺を見た。
その表情は何かできることはないかと考えあぐねているようだ。
他のみんなも手を止めている。
俺はエドガーに声をかけて、言葉を交したことを話した。
「エドガーはイアンのことを友だと言った。ここにいる俺たちが、互いにそう思っているみたいに感じていたんだと思う」
「イアンに殺されかけたのにか?」
「エドガーはそうは思ってないんだろう。時間が解決するのを待つしかないのかもな」
すると、そこへローラ先輩がやってきた。
呼吸の乱れから、走ってきたのだとわかる。
ローラ先輩はテーブルを囲む俺たちを見回してから、意を決したように大きくうなずいた。
「あなたたちにお願いがありますの」
意外な言葉に、俺たちは揃って目を丸くした。
ローラ先輩が俺たちに何かを頼んだことなんて、これまで一度もなかったからだ。
その表情からは何かしらの思いも見て取れる。
「ローラ先輩、どうされたんですか?」
セシリアが席を立ってローラ先輩の手を取った。
ローラ先輩はセシリアの行為に戸惑ったようだが、手を振り払うことはなかった。
そして、セシリアを席に座らせると、話を聞いて欲しいと言った。
ここでは人の目があるので、午後の授業が終わってから話をしたいそうだ。
セシリアが代表して返事をすると、ローラ先輩は急いで食堂を出ていった。
午後の授業は、ブランドン先生の学科の授業だった。
昨晩も夜の仕事のせいで寝不足だった俺は、午前中は何とか頑張って耐えたものの、腹を満たして気が緩んだせいか睡魔との戦いに敗れてしまった。
幸いなことに、ブランドン先生に気付かれる前に、セシリアが肩を揺すって起こしてくれたので事なきを得る。
「もう、アルったら。もう少しで授業が終わるから、それまで頑張って」
「ん……」
セシリアは小声で言いながら、俺の口元をハンカチで拭ってくれた。
どうやら、よだれを垂らしていたらしい。
後ろの席からミリアムとブレンダが声を押し殺して笑う声が耳に入った。
そして、午後のすべての授業が終わり俺たちが学院の正門前に向かうと、すでにローラ先輩が待っていた。
エドガーの姿はない。
すぐそばにはカプリチオ家の馬車が停められている。
ローラ先輩が通学時に使っている馬車で、御者の他に屈強な護衛二人も一緒だった。
「さあ、乗っていただいて結構ですわ……全員は乗れませんわね。あなたたちは歩いて帰りなさい。わたくしは、この後輩たちとお茶を飲みにいきますの」
「ですが、お嬢様……!」
「こんな町中で誰が侯爵令嬢のわたくしを襲うんですの? お父様にはわたくしから説明しますわ」
ローラ先輩は馬車に俺たちを乗せるために、護衛の二人には歩いて帰るように命令する。
最初は困った様子で穏やかに抵抗を見せた護衛だったが、次第にローラ先輩の機嫌が悪くなってくると渋々従った。
俺たちはカプリチオ家の馬車に乗って、学院を出発した。
「どこに行くんですか?」
「すぐに着きますわ」
ローラ先輩やエドガーは馬車で通学している。
同じ侯爵家でもセシリアやブレンダは徒歩通学だ。
セシリアたちは「お父様、通学ぐらい一人で大丈夫だわ」なんて、言っているのだろうか。
そんな他愛もないことを考えていると、辿り着いたのは貴族御用達の喫茶店だった。
「わ、私こんな綺麗なお店入ったことないよ……ロイドくん、どうしよう!?」
「俺も初めてだっつーの! うわっ、結構中は広いなぁ!」
平民のミリアムとロイドは物珍しそうに、辺りをキョロキョロと見回している。
もちろん、同じく平民の俺も居心地は悪いが、セシリアの仕事を増やしてしまうのでじっとしておこう。
「ハロルドはこの店知っているのか?」
「名前くらいは知っています。しかし、僕は貴族といっても子爵家で家も小さいですから、こんな高級店は利用できませんけどね」
なるほど。反応からしてセシリアとブレンダは何度か訪れたことがあるようだ。
ローラ先輩の奢りだと言われたが何を注文していいかわからず、俺とロイドはセシリアと同じ飲み物を、ミリアムとハロルドはブレンダと同じ飲み物を頼む。
冒険者区の酒場で注文した果実酒の数倍はする価格には、俺を含めた平民組は引いていた。
全員の飲み物が揃ってから、ローラ先輩は語り始めた。
「あなたたちにお願いというのは、エドガーのことですわ」
そうなるよな。
ローラ先輩もエドガーを何とかしようと懸命に考えて行動に移していたらしいのだが、どれも反応はイマイチだったそうだ。
「ローラ先輩の言いたいことはわかりました。実は俺もブランドン先生やダリア先生から相談されてるんです。しかし、エドガーの気持ちに整理がつかないことには、こちらから何かしてもいい反応は期待できないと思いますよ」
俺は正直に思ったことを話す。
「エドガーもいまのままではいけないと、自分でもわかっていますの。だから毎日遅くまでダリア先生に稽古をつけてもらっているのですわ」
エドガーはいまひどく落ち込んでいる。
しかし、完全には腐っていないようだ。
それなら、まだ手はあるか。
俺は問題を整理するように、みんなに向けて話をした。
エドガーはいま樹竜クラスで孤立している。
それは、いままで樹竜クラスの生徒をイアンという恐怖で支配していたからだ。
しかし、エドガーは決して無能ではない。
ザフィーア流剣術は中級まで修めているし、学科の成績は学年で一番だ。
樹竜クラスに相応しい、立派に誇れる成績なのだ。
間違いなく、樹竜クラスの他の生徒では覆すことのできない成績だ。
じゃあ、何が足りないのか。
「何かが足りない? クラスでの孤立と、本人を立ち直らせること、二つ問題があるのよね……」
「いや、セシリア。問題は一つだ。エドガーが立ち直れば、他の生徒の信頼を取り戻せるかもしれない」
「どういうことだよ?」
ロイドが割り込んでくる。
「エドガーの成績は樹竜クラスの中でも特に優秀だ。元々、イアンを従える前も、あいつは強烈なリーダーシップで樹竜クラスを仕切っていたはずだろ?」
「まあ、そうだな。何で樹竜クラスの連中に慕われていたのかは疑問だけどよ。俺は無理だな。ああやって、頭ごなしに言われると」
「それは、樹竜クラスと俺たち風竜クラスでは気質が違いだろ。俺が思うに、イアンを失ったエドガーの消沈に失望してしまったんだと思う。だから、エドガーが復活すれば樹竜クラスの問題は解決するはずだ」
それまで黙って俺たちの会話を聞いていたローラ先輩は、お茶の注がれたカップを置いて俺を見据えた。
「それで、何かいい方法がありますの?」
「一つ、俺に考えがあります」
俺はローラ先輩の目を見て告げた。




