第二話「赤子の魔眼」
「ミディール! あの子が、わたしたちの赤ちゃんが攫われてしまったの!」
「なんだって!?」
ある日、冒険から帰った俺はリネットの言葉に耳を疑った。
貴族の子どもを狙った金目当ての誘拐事件はたまにあるが、サビア家はただの平民の家だ。
もしかしたら、冒険者家業で金をしこたま貯めていると思われたのかもしれない。
出産直後で体力が落ちていたとはいえ、リネットの隙を突いて赤ん坊を攫うとなると相当な手練れか、組織的な犯行だろう。
「冒険者ギルドに話を通してきたぞ! 他国にも広く伝えてもらうようにな! 俺の全財産をかけて情報を集めて、必ず地獄をみせてやるッ!」
扉を叩きつけるように入ってきた親父殿は怒り狂っていた。
親父殿はそれだけ伝えるとすぐに出ていった。
俺もすぐに出立する準備を進める。
リネットも同じようにするが、俺は止めた。
「リネット、おまえはまだ動ける状態じゃない。ここは俺と親父殿に任せろ。必ず俺たちの子を取り戻して帰ってくる!」
十日後、親父殿が有力な情報を持ち帰った。
息子を攫ったヤツらの素性だ。
それは怪しげな魔術師の集団だった。
はるか昔にいなくなった邪神を崇拝する集団だ。
子どもを攫っては儀式として、生け贄にしているらしい。
また厄介なヤツらに目をつけられたものだ。
どうして俺の子が……。
「――クソがっ!」
立ち寄った冒険者ギルドのカウンターに拳を叩きつける。
その集団は拠点を転々と移動しているらしく、俺たちは常に後手に回っていた。
空振りばかりな俺は、怒りの矛先をカウンターにぶつけてしまった。
ハッとわれに返り、驚いた冒険者ギルドの職員に謝罪した。
肩を落として入口に向かうと、ちょうど扉が開いた。
「ミディールさん、ここにいましたか。ちょっと探しましたよ」
「お、おまえは……!?」
目の前には剣聖が立っていた。
俺の故郷では英雄と呼ばれる男がだ。
そして、俺の友でもある。
「どうして、ここに……?」
「話はだいたい聞いています。俺もここへは仕事で来たんですが、ミディールさんの話を聞いて飛んできました」
ちょうどその頃、剣聖は仕事でこの大陸を訪れていた。
ある国で〈神器〉が何者かによって盗まれたのだ。
その〈神器〉とは〈風竜の魔眼〉――つまり神竜と呼ばれるドラゴンの目玉だった。
〈風竜の魔眼〉を取り戻す依頼を極秘裏に受け、はるばる海を渡ってきたのだ。
何の偶然か、俺の息子を攫ったヤツらが〈風竜の魔眼〉を盗み出した犯人だという。
剣聖から犯人の居場所を見つけたと一報を受けた俺は、三日三晩寝ずに駆けつけた。
親父殿は俺より離れた町で情報を集めていたので、ここにはまだ到着していない。
俺がそこで見たものは、犯人を捕まえた剣聖だった。
いまにして思うと、剣聖が先に見つけてくれて良かったかもしれない。
俺が先に見つけていたら、間違いなく皆殺しにしていただろうから。
「ミディールさん、聞いていたとおり左足の裏に三つのホクロがある。この子で間違いないないですか?」
間違いなく息子だった。
剣聖から受け取ったわが子の顔には、血を拭った跡があった。
怪我をしたのかと思ったが、どこにも怪我らしい傷はない。
誰かの返り血でも浴びたのを剣聖が拭いてくれたのだろう。
しかし、すぐに異変に気付く。
右目だけがうっすらと赤みを帯びていたのだ。
赤ん坊の本来の瞳の色は、リネットと同じ茶色だ。
しかも、その右目から血が流れ出した。
「こ……これは!?」
「魔眼じゃの。無理やりに埋め込まれたようじゃ」
剣聖の後ろから歩いてきたのは、銀色の髪をしたメイド服をきた小柄な女だ。
銀髪の女は剣聖のパーティーに所属していて、魔法の知識に長けている。
「ま……魔眼!? そんなことより、魔法で治療してくれ! 血が出ているんだッ!」
「問題ない。魔眼が馴染むまでしばらく出血するかもしれんが、痛みもないじゃろう。その証拠に泣いておらん」
銀髪の女は俺の息子の右目あたりを綺麗に拭いてくれた。
「恐らく盗まれた〈神器〉。この目が〈風竜の魔眼〉です。傍にこれがありました」
剣聖は手のひらほどの大きさの箱を差し出した。
蓋を開けると二つの窪みがあったが、中は空っぽだった。
「一つはこの赤ん坊に。もう一つは行方不明です。あるいは……」
「あるじ様よ、いまはその話は置いておこうではないか。ミディールよ、安心せい……というには気が引けるが、ソレは普通の人間の目と同じように機能するはずじゃ。別に変な呪いも掛かっておらんようじゃしの。妾が保障するんじゃから間違いなかろう」
この大陸にかつて存在したとされる十二神竜。
その一角である風竜の目玉。
それが、この〈風竜の魔眼〉だという。
ドラゴンの目玉だと聞けば、もっと馬鹿デカいものを想像するが、そんなことは古代魔法を使えば容易いらしい。
現に目の前の彼女も、大きなものを小さくする魔法を使えたはずだ。
それにしても、赤ん坊に〈神器〉である〈風竜の魔眼〉を埋め込むなんて正気の沙汰じゃない。
この子はこれからどうなってしまうんだ。
いや、これからは俺が守ってやらなければならない。
「彼女もこう言ってるし、そこは問題ないと思うけど……すいません、ミディールさん。俺がもっと早く駆けつけていれば」
「……いや、命が助かっただけでもお前には十分感謝している。本当にありがとう!」
「仲間のためなら俺は何も苦だとは思いませんよ」
「……仲間か。いまや剣聖で英雄のおまえにそう言ってもらえるとは……」
剣聖は息子の顔に手を近づけると、優しく頬を撫でた。
赤ん坊は嬉しそうに小さな両手で剣聖の指を掴み、きゃっきゃっと笑っている。
「ほう、赤ん坊があるじ様に懐くとは珍しいこともあるもんじゃ」
「ひどいこと言うなぁ。確かに俺の子どもたちは母親にべったりだけど……」
「そうか、おまえにも子どもがいるんだったな」
俺が言うと、剣聖は照れたように笑った。
そして、会話もできない俺の息子に語りかけるように言った。
「いつかきみも大きくなったら、仲間を守れるような人になって欲しい。きみが健やかに育つことを願っているよ」
「あう……う~」
息子は赤い瞳を輝かせて、剣聖をじっと見つめている。
何か喋っているように見える。
「あ、返事をしてくれたよ! ほら、見て」
「たまたまじゃろ。ほれ、妾にも抱っこさせてみい」
銀髪の彼女が息子を抱いてあやす。
息子は嬉しそうにきゃっきゃっと笑った。
やけに赤ん坊のあやし方が板についていた。
「ミディールさん、この子の名は?」
「あ、ああ……アルバートだ。アルバート・サビア」
これが俺の息子アルバートと剣聖、初めての邂逅だった。




