第二話「死竜クラスは規則も守れない」
本日外伝三話投稿を挟んで、明日から第二章に入ります。
二話目。
俺とイアンがやってきたのは校舎の裏側だった。数人のクラスメイトも、気になるのかついてきていた。
他のクラスの生徒が通りかかるが、クラスメイトが追い払うと離れていった。
「私に臆しないとは、生意気だなアルバート。学院内じゃどこで戦っても人目につく。ここは比較的、生徒がうろつかない場所だが、教師に告げ口なんてされたら興が冷める。さっさと始めようじゃないか」
イアンが笑みを浮かべながら俺を見下ろした。
同じ十二歳にしてはかなり上背がある。
俺とイアンじゃ、まるで子どもと大人が対峙しているようだ。
だからといって、俺が負ける道理はない。
「俺はいつでもいいぞ」
「余裕の態度が気に入らないな。まあいい、すぐに這いつくばらせてやる」
直後、イアンは剣を振り下ろした。
俺は軌道を見切って避ける。
イアンは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに次の攻撃に移った。
連続で剣が迫ってくる。
俺はすべてを躱す。
イアンの動き、確かに六年生に勝ったのも頷ける。
しかし、身のこなしなら俺のほうが早い。
周りからは驚きの声が漏れる。
イアンの凶暴性は知っていたが、俺が戦うのを見るのは初めてだからだろう。
アルバートって強かったのか!? と話すクラスメイトの声が聞こえた。
「……!? ふっ、私の攻撃を躱すか。この間の六年どもが呆気なかったから、名門ウルズの剣術学院も雑魚ばかりだと思っていたが……まさか同じ一年にこれほどの者がいるとはな。正直、驚いたぞ」
「そっちこそ。俺もおまえが想像以上にやるから驚いてる」
正直な感想だ。
イアンの流派は剛の剣ザルドーニュクス流剣術だとわかる。
俺のほうが素早いが、イアンとは体格差もあるので、一撃でも食らえば負けるかもしれない。
イアンの振るう剣を躱しながら、俺は冷静に分析する。
しかし俺には魔眼がある。
他の者にはない、俺だけが使える特殊な力だ。
魔眼を発動すれば、俺の身体能力はわずかに向上する。
ほんのわずかな変化だが、俺の動きに慣れたイアンには効果的だろう。
そして、――両手に剣を持った俺は絶対に負けない。
「しかし、逃げるだけでは私に勝てんぞ!」
「ああ、だからそろそろ攻めようかと思ってたところだよ」
イアンの剣が迫る。
(魔眼、――開眼ッ!)
魔眼を発動する。
俺は構えから一歩踏み出して、両手の剣を振るった。
腕力では勝てないので、力に逆らわずイアンの剣を受け流した。
意表を突かれたイアンに隙ができた。
いまのイアンの体勢からは連続攻撃は無理だ。
俺は体を反転させると、地面を蹴って大きく跳躍した。
遅れてイアンの攻撃が、俺が直前までいた場所を斬る。
「くっ……! 跳んだか! それでは私の攻撃は避けられないぞッ!」
空中で無防備になった俺を狙って、イアンが剣を斬り上げた。
なかなかの対応力だ。
だが、俺はそれを読んでいた。
前方に一回転して躱す。
同時に左右の剣を振るった。
アレクサンドリート流剣術、跳躍技〈エヴェリーナ〉。
体重を乗せてイアンの剣に叩きつけた。
腕力のあるイアンに力で対抗しては無理だとわかっている。
だから俺は、イアンの剣ではなく右手に衝撃が伝わるように打撃していた。
想定どおりの衝撃が右手を襲ったようで、イアンが右手から剣を落とした。
すかさず、俺はイアンの胸に剣を突きつける。
「――どうだ、イアン! 俺の勝ちだ」
イアンは目を見開いていた。
周囲の生徒はどよめいている。
そりゃそうだろう。
六年生にも勝ったイアンを俺が倒したのだから。
「こらッ! 誰だ! 授業以外で剣を振り回しているのは!」
そこへ教師が怒鳴りながら走ってきた。
知らない先生だ。
戦いに集中していて、気配に気付かなかった。
偶然通りかかったのか、騒ぎに気付いた他のクラスの生徒が呼んだのかはわからない。
クラスメイトたちは血相を変えて逃げ出す。
捕まれば、どんな罰が待っているかわからないからだ。
イアンも悔しそうな表情で、剣を拾い俺に背を向けて走り出した。
ふと、誰かの視線を感じて見上げると、校舎の二階の窓から生徒が顔を出していた。
見たことのない顔だし、二階なら多分上級生だろう。
俺と目が合うと、二階から見下ろしていた赤髪の生徒は笑ったように見えた。
「アルバートくん! わたしたちも行きましょ!」
セシリアに手を掴まれた。
怒鳴りながら走ってくる先生が、すぐそこまで来ていた。
「あ、ああ!」
こうして、一番最後になった俺とセシリアも、急いで走った。
幸い先生に追いつかれる前に校舎に滑り込むことができた。
校舎内には生徒が多いから、顔を見られていない限りあの先生に特定されることはないだろう。
大丈夫だと思いたい。
校舎に入り教室に向かってセシリアと足早に歩いていると、廊下の角で待っていたクラスメイトが声をかけてきた。
「よお、アルバート。やるじゃねぇか。あのイアンを倒すなんてな。スカッとしたぜ!」
笑いながら俺の肩を叩いたのは、ロイド・サイマスだ。
褐色の肌に白い歯を見せている。
年齢の割に体を鍛えていることを、引き締まった筋肉が物語っていた。
「単なる喧嘩だよ。別に大したことないって」
「大したことあるだろ。なぁ、セシリア?」
「えっ……!? ……ええ、そうね!」
教室でセシリアがロイドと話しているところは見たことがない。
馴れ馴れしくロイドに名前を呼ばれて、セシリアは戸惑っているようだった。
それから三人で教室に戻ると、クラスメイトが口々に声をかけてきた。
ほとんどがロイドと同じような感想だった。
イアンの姿はそこにはなかった。
何日か過ぎて、急にイアンがおとなしくなった。
俺に負けてしおらしくなったわけではない。
どういうわけかイアンは最近、樹竜クラスの生徒とつるむようになったようだ。
ロイドの話ではその樹竜クラスの生徒から、無闇に暴れないように釘を刺されているらしい。
簡単にイアンが言うことを聞くのは不思議だったが、相手は大貴族の子息だと聞くし、イアンも子爵家だから貴族同士の上下関係が影響しているのかもしれない。
そんなある日、俺はブランドン先生に呼び出された。
イアンと戦ったことがバレたのかと思ったが、あれから日が経ちすぎているし、いまさらのような気もする。
「どうして呼ばれたかわかるかい?」
「……いや、心当たりがないです……ね」
「この間、学院内で剣を抜いたみたいだね。学院の規則を知っているかい? きみたち生徒は学院内での帯剣は許されているけど、授業以外で剣を抜くのは禁止だ」
「えっと……イアンと喧嘩した件ですか?」
「うん、正直でいいね。だけど、ミリアムやセシリア、それに怪我をしたブレンダを守るためだったと、彼女たちから聞いているよ」
「えっ、セシリアたちが……?」
イアンとの件はブランドン先生も知っていたが、セシリアたちが俺を庇ってくれていたようだ。
俺の知らないところで気を遣ってくれてたみたいで、申し訳なく思う。
「ああ、でも今日はその件じゃない」
「じゃあ、何で……」
「きみはいつまで剣を二本ぶら下げているつもりだい? 俺も何度か注意したけど、規則で帯剣が許されているのは一人一本までだよ」
そっちのほうか。
ブランドン先生以外の先生からも注意されていたが、俺はその場しのぎの返事だけして無視していたのだ。
剣が二本ないと、不安で仕方がなかったからだ。
もちろん、規則違反なのはわかっていた。
「いや、俺は昔から剣は二本でやってたんで……それに一本だと落ち着かないんです」
「それは言い訳にもなっていないね。教師としてはこれ以上見過ごせないいんだよ。他の先生方からも厳しく言われていてね。これだから死竜クラスは、と嫌味を言われる始末さ」
「……だったら、どうするって言うんですか?」
「きみも素直に従う気はないんだろう? じゃあ、俺と勝負しよう」
「勝負……ですか?」
ブランドン先生と一緒に学院内の稽古場へ行くことになった。
何でもブランドン先生に勝てば、俺が剣を二本持とうが好きにしていいらしい。
本当かよ?
そして稽古場につくと、ブランドン先生は唐突に告げた。
「お互い、剣は一本だけでやろう」
「なっ……!? どうして……ですか?」
「俺も一本で戦う。勝負は公平にいこうじゃないか」
くそ……、双剣を使えないんじゃ俺が不利だ。
でもここまで来て、あとに引けない。
「勝負の前に、一つだけ約束してくれるかい?」
「……何をですか?」
「うん、そうだね。さっきも言ったとおり、きみが勝ったら今後きみには口を出さないようにするよ。きみが学院内で何をしようが俺は見て見ぬ振りをする。どうだい?」
「それはいいですね。俺は別に悪いことをするつもりはないですけど、剣は二本持っていたいんで」
「ただし、俺が勝ったら――卒業するまで俺の手伝いをしてもらおう」
「えっ……?」
ブランドン先生は笑みを浮かべて木剣を握った。




