第二十八話「サイーダ森林の禁止区域」
エドガーが示した方角に進んでいると、途中で倒れている兵士を見つけた。
身につけている兜や鎧に陥没が見られる。
その跡から、恐らく森の主の拳による打撃だろうと容易に想像がつく。
五人とも死んでいた。
多分、鎧ごと骨までぐちゃぐちゃになっているだろうが、脱がしてまで確認する気力はない。
彼らは、死後そんなに経っていないようだった。
「し、ししし……死んでるっ! ひっ、せ、先生! 人が死んで……!」
腰を抜かしたエドガーが、近くにいたダリア先生の足にしがみつく。
そのためダリア先生は動けない。
それを見たブランドン先生が、死んでいる兵士の一人に近づいた。
俺も傍に寄った。
「警備の兵士だな。所属はアステリア軍で間違いないだろう」
「森の主か……ここで戦闘になったのかな?」
「状況から見るとそうだね」
ブランドン先生の話では、この先が禁止区域に指定されている場所なのだという。
ダリア先生が怯えているエドガーに手を貸して、俺たちはさらに森の奥へと入っていく。
この先は禁止区域だ。
いったい、どういうことだろう?
まず森の主はここで戦闘後、エドガーたちと遭遇し襲いかかった。
エドガーの指示でイアンが森の主に攻撃を仕掛けた。
エドガーとイアンは森の主を追って森の奥へ移動する。
そして、エドガーは途中ではぐれた。
考えられるのは、イアンを退けたか振り切った森の主が、俺たちの前に現れたということだが。
その結果、俺はセシリアと共に稲妻の谷に落とされることになった。
あるいは、エドガーがはぐれた後にここの兵士はイアンと森の主との戦闘に巻き込まれたか。
どちらにせよ、嫌な予感がする。
俺の魔力は尽きているから、もう魔眼は使えない。
ブランドン先生とダリア先生がいるのに、何だ……この胸騒ぎは。
それほど歩かずに、開けた場所に出た。
ここだけは足元の草は途絶えて、地面の土が剥き出しになっている。
中央付近には苔に覆われた建物があった。
三階建ての宿くらいの大きさで、入口らしきものは見当たらない。
その祠の脇には二体の森の主が鎮座していた。
「ひっ……! ま、魔物だっ!」
エドガーが叫んだ。
しかし、よく見ると二体とも完全に機能が停止しているようだ。
一体は両腕と両足がなく胴体だけが地面に直立している。
もう一体は右腕だけ残っているが同じように胴体を地面につけていた。
両方とも頭部のコアはその光を失っている。
コアはただの丸い石ころのようになっていた。
まさか、森の主は複数いたのか!?
どういうことだ……?
「エドガー、落ち着け。あれはもう死んでいるから心配するな」
「で、でも先生! あの魔物がオレたちを襲ったヤツだ! 死んでるかどうかなんてわからないだろうがっ!」
エドガーが喚き散らす。
セシリアたちは神妙な面持ちで森の主を眺めていた。
不意に、セシリアが背後から俺の腕を掴んだ。
「アル! あそこ、誰かいるわ!」
「どこだ……? あ、あれは!?」
セシリアの指差した先を目で追うと、苔で覆われた建物の壁をよじ登っている人の姿が確認できた。
ここからでは背中しか見えないが、かなり高いところに張りついているのはイアンで間違いなかった。
「イアン、無事だったか! 私たちが来たからもう大丈夫だ! そこでじっとしていろ! いますぐ助けに行く!」
ダリア先生も気付いて建物に駆け出した。
「せ、先生! オレを置いていかないでくれ!」
エドガーは不安からか、走るダリア先生を追いかけた。
ブランドン先生が振り返って頷いたので、俺たちも建物に向かうことにした。
ロイドとハロルドを先頭に、ブレンダとミリアムが小走りで追いかける。
俺も後に続こうと一歩踏み出した――その時。
「アル、どうしたの? 急に足を止めて……わたしたちも行きましょ」
セシリアが怪訝な顔で言う。
「あ、ああ……。そうだな」
いま、建物を見ていて既視感を覚えた。
しかし、それが何なのか思い出せない。
ひとまず、それを頭の隅に追いやって、俺はセシリアと一緒に建物の前まで移動した。
「イアン! いま行くぞ!」
ダリア先生が建物に手をかける。
建物の壁には小さな凹凸があるので、それを頼りに登っていくつもりだろう。
周囲を確認したが建物に入口はなかったからだ。
高さ的には三階くらいの高さだろう。
俺に魔力が残っていたなら飛べる高さだが、残念ながらもう魔力はない。
しかし、どうやってイアンを救出するつもりなのか。
まさか、あの巨体を抱えてなんてことはないだろうな。
もうそろそろ一番上にイアンの手が届きそうだ。
「イアン、もう動くな! オレが来たからには安心していいぞ! あとはダリア先生に任せるんだ! おまえも魔物から逃げるためにそんな高いところまで登ったんだろうが、もう下の魔物は死んでいるぞ!」
エドガーは、森の主が動かないと確信したら急に威勢が良くなった。
「何がオレが来たからにはだよ、あいつ。急に元気になりやがって」
ロイドが呆れたように吐き捨てる。
俺はロイドに横目で見てから、建物の上のほうにいるイアンを眺める。
エドガーとダリア先生が声をかけてるにも関わらず、イアンは無視して壁を登り続けている。
さっき頭の隅に追いやったはずの、思い出せない既視感がまた浮かんだ。
「イアン、俺の命令が聞けないのか! そこを動くんじゃない! あっ……動くなと言っただろうがっ!」
エドガーは苛立ちを隠そうともせず、建物の壁を蹴った。
ダリア先生はもう半分くらい登っている。
そこでイアンが一番上まで辿り着いたようだ。
そして、その場に立ってこちらに振り返った。
「遅かったな。教師が二人もいるのは想定外だが、まあいい」
イアンが不敵に笑う。
「何がまあいいだ! さっきからオレの言葉を無視するな!」
エドガーは怒り心頭で叫んだ。
「エドガーさん、そんなに怒鳴らなくても聞こえていますよ。あなたはあのまま気を失っていれば良かったんです。そうすれば無駄に命を落とすこともなかった」
「何だと!? おまえは何を言ってるんだ! いますぐ降りてこい! これは命令だ!」
「申し訳ないですが、その命令は聞けません。苦労してそこのゴーレムを黙らせてここまで登ったんですから」
「……は? おまえ、いま何と言った!」
ますます頭が混乱する。
ここにいる二体の森の主はイアンが倒しただって……!?
どうなってる……俺はブランドン先生に訊く。
「雲行きが怪しくなってきたけど、何がどうなってるんだ?」
「さあて、俺にもさっぱりだよ。イアンの行動が不可解すぎて、俺にも見当がつかないな……いや気になることはある。きみも気付いたんじゃないのかい?」
「何がだよ?」
「先日の冒険者区での一件だよ。旧冒険者ギルドで逃げ出した黒ずくめが殺された、あの現場を思い出してごらんよ」
冒険者区で起こった黒ずくめの殺人。
まさか、そう……なのか?
頭を過ぎっていた既視感の正体に思い当たる。
黒ずくめを殺して逃げた何者かの後ろ姿。
そして、あの時の違和感にもやっと気付いた。
あの時、壁が低く見えたのは、乗り越えた何者かが大きかったからそう見えたのだと。
つまり逃げた何者かは、体の大きい人物。
思い出して、その誤差をいまそこにいるイアンの巨体と比べてみると、ほぼ一致する。
「あれが、イアンだったってのか……?」
「俺はいまそう思ったよ」
ちょうど、ダリア先生がイアンのいる場所に到着したようだ。
次の瞬間、イアンが剣を抜いた。
セシリアたちが声を上げる。
咄嗟に剣を抜いて対処したダリア先生だったが、その体は宙を舞った。
「くっ、何てことを!」
言うと同時に、ブランドン先生は地面を蹴った。
間一髪、地面に激突する前にダリア先生を受け止めた。
俺もすぐに駆け寄る。
「ブランドン先生!」
「アルバート、すまない。しくじったよ。いまので右腕が折れた」
ブランドン先生の肘から先があらぬ方向に曲がっていた。
ダリア先生は軽傷で、起き上がってブランドン先生を腕に抱える。
「ブランドン! しっかりしろ!」
ダリア先生の回復魔法では折れた骨を元に戻すことができない。
治療するにはウルズの町へ戻る必要があるだろう。
「アル! イアンの野郎がいなくなった!」
ロイドが叫んだ直後、瓦礫が崩れるような破砕音が建物の上部から響いた。
恐らくイアンが何かしているのだろう。
くそ、俺に魔力が残っていればこんな高さ……俺は歯噛みした。
「アルバート、きみはいますぐ生徒全員で森を出るんだ。イアンが何を考えているのか知らないが、良くないことが起こりそうだ」
「だったらなおさらブランドン先生を置いていけないよ。その腕で戦うのは無理だろ」
俺はだらんと垂らされているブランドン先生の右腕を見た。
左腕はダリア先生の首の後ろに回されて支えられていた。
満身創痍じゃないか。
なおも瓦礫の破砕音が続く。
しかも、その音はだんだん下に近づいている。
「おい! イアンは何をしてるんだ! アルバート、おまえわかっているならオレに説明しろ!」
「俺にもわからないよ。だけど、何かヤバそうな雰囲気だな」
「取りあえず、ここから離れよう」
「イアンを置いてか! 駄目だ、オレはあいつを助けるんだ!」
エドガーはイアンがダリア先生を攻撃して転落させようとしたのを見ていなかったのか?
いや、こいつも見ていたはずだ。
エドガーも混乱しているのだ。
俺はエドガーの腕を掴んで後退する。
セシリアたちは俺の指示どおりに、建物から距離を置こうとしている。
「は、離せ! 平民風情が、オレに指図するんじゃない!」
「いいから来い。死んでもいいのか」
「何だと! どうしてオレが死ななければならないんだ!」
「イアンがさっき言っていただろ?」
エドガーが沈黙する。
さっきイアンはこう言った。
『あなたはあのまま気を失っていれば良かったんです。そうすれば無駄に命を落とすこともなかった』
つまり、イアンはエドガーを――いや、俺たちを殺す気もあるということだ。
呆然とするエドガーの手を強く引き、俺は木々が生えているところまで移動した。
そして、建物の下部が破砕音と共に震えだしたかと思うと、その一部が扉を形作るように崩れ落ちた。
姿を現わしたのはイアンだった。
イアンは納剣しており、左手に石の断片らしき何かを持っていた。
「一番厄介だったブランドンが退場してくれるとは思わなかった。まだ私も運に見放されてはいないということか」
「イアン、おまえ……何を考えている! 自分が何をしたのかわかっているのか!」
ダリア先生が声を荒げるが、イアンは気にした素振りもない。
「残ったのは雑魚ばかりか」
「な、何が雑魚だ! イアン、おまえ誰に向かって――」
瞬時にイアンが剣を抜いて動いた。
言いかけたエドガーの鼻先で剣が止まる。
止めたのは俺だ。
俺の二本の剣がイアンの剣を防いでいた。
「あ、あわわわわわわ……!」
死の恐怖に晒されたエドガーはひっくり返り、そのまま気を失った。
イアンはそれを気に留めた様子もなく、俺を見据える。
俺も視線を逸らさない。
「イアン、おまえ殺す気だったな。エドガーは同じ樹竜クラスの仲間だろう」
「…………アルバート・サビア。ここ数年はパッとしないと思っていたが、私の剣を止めるとは、一年の時、私に刃向かってきた頃の気迫を感じたぞ。面白い。雑魚ばかりというのは訂正だ。少しは骨のあるヤツを殺せそうで嬉しいぞ。それと……エドガーさん。あなたはもう用済みです。この四年余りの間、私の隠れ蓑として十分利用させてもらい感謝します……と言ってももう聞こえていませんか」
イアンが狡猾な笑みを浮かべた。




