第十三話「思わぬ一撃」
通路の先には階段があった。
周囲を警戒しつつ足音をなるべく立てないように三階に到達すると、そこにははっきりと月が見えた。
天井の一部が崩れていたのだ。
そして床にロイドがうつ伏せに倒れていた。
「ロイド!」
ハロルドが声をあげて駆け寄った。
俺もハロルドの後を追う。
ハロルドが肩を揺すると「う……ん」とロイドは意識を取り戻した。
軽く確認したところ、怪我という怪我は見当たらなかった。
「ロイド、大丈夫ですか!?」
「ん……ああ、ハロルドか。あれ……アル?」
「いったい何があったんだ? 怪我はないようだけど」
ロイドは上半身を起こして後頭部の下、首のあたりを押さえていた。
「いや、俺もよくわからねぇんだよ。ここまで来たのは覚えてるんだけど、気づいたら今だった」
「首が痛いのか?」
「あ、ああ……少しな。そういや、意識を失う前にこのへんに衝撃があったんだ」
ロイドは首を指し示した。
ひとまず立ち上がったロイドは他は何ともないと言うので、俺たちは前方に見える扉のほうへ進んだ。
扉を開けるとそこに、黒ずくめと闇夜の死竜――中身は俺の代役ブランドン先生――が対峙していた。
「闇夜の死竜!」
ロイドが驚いたように目を見開いた。
闇夜の死竜はこちらに顔を向けるが何も言わない。
口を開いたのは腰の剣に手をかけている黒ずくめだった。
「ちっ、次から次へと。何なんだいったい……」
黒ずくめは剣を抜かずに背を向けて走り出した。
不利を察して逃げる気のようだ。
しかし闇夜の死竜は逃がす気はないらしい。
すぐに追いつき剣を抜く、ひとまず足を止めた黒ずくめも応じるように剣を抜いた。
二人の剣が激しくぶつかり合い、甲高い金属音が響き渡った。
黒ずくめは構えと動きから剛の剣ザルドーニュクス流剣術だと推測できる。
知識の豊富なハロルドはもちろんのこと、同じ流派のロイドもわかっただろう。
同時に自分たちより数段強いことも。
対する闇夜の死竜は右手に握った長剣で、それを捌いている。
「おい、あの黒ずくめのザルドーニュクス流も凄ぇが、闇夜の死竜の剣は何だ!?」
「……僕たちとはまるでレベルの違う戦いですね。それに、闇夜の死竜のあの剣は、流派はいったいどこのものでしょう。僕も初めて見る剣技です……いえ、どこかで見た記憶が」
俺はどちらにも返事をせずに、ただ黙って二人の戦いを注視していた。
ハロルドさえ知らないのも無理はない。
ブランドン先生の流派はエーデルシュタイン流剣術。
このアステリア王国の王族のみに継承されているという剣術だ。
どうして平民出身のブランドン先生がそれを使えるのか、俺にも教えてくれないので詳しくは知らない。
そしてハロルドが見たことがあるというのも本当だろう。
式典などの伝統行事で、たまにお披露目みたいなものがあると聞く。
もちろん招待されるのは貴族のみだが、ハロルドはその時に目にしたのかもしれない。
しかも型の披露だけを見せる式典とは違い、それを実戦で使っているのだから初めて見たと勘違いするのも頷ける。
ハイレベルな攻防。
上級以上同士の戦いだ。
しかし実力では勝っているはずのブランドン先生は決め手を欠いているように見えた。
「闇夜の死竜はどうして双剣術を使わないんでしょう? 片手ではほぼ互角。ならば切り札の双剣に切り替えるべきです」
「だよな。でもよ、双剣ってのも噂で聞いただけだからな」
俺はハロルドとロイドの会話を黙って聞いていた。
目の前にいる闇夜の死竜は俺でなく代役のブランドン先生だから当然だ。
だがブランドン先生が苦戦しているのは事実。
部外者であるハロルドやロイドにあまり手の内を晒したくないというのがその理由だろう。
あるいは、俺にも見られたくない何かがあるのか。
そう考えていると、黒ずくめが懐から小袋を取り出しブランドン先生に投げつけた。
手で払ったブランドン先生だが、小袋が破れ砂のような粉状の何かが舞った。
どうやら目潰しのようだ。
一瞬動きの止まったブランドン先生をその場に残し、黒ずくめはこちらに走ってきた。
「おわっ!」
黒ずくめが剣を振り上げたので思わず避けるロイド。
すぐに闇夜の死竜が追いかけてきたので、俺たちも後に続く。
外にはセシリアたちがいる。
もし黒ずくめが外に逃げるつもりなら、ここの入口でセシリアたちと遭遇する可能性がある。
ロイドとハロルドもそのことに気づいて、焦っているようだ。
急いで二階に降りて、来た道を戻る。
俺、ハロルド、ロイドの順に走っている。
「暗くて見えねぇ!」
「先に行くぞロイド!」
部屋の間取りを頭に入れていた俺は、ロイドとハロルドを置いて一気に駆け抜けた。
そして部屋を出て階段を下りて入口に向かう。
「セシリア!」
旧冒険者ギルドの前ではセシリアたちが驚いた様子で俺を見ていた。
「アル? どうしたの? ロイドとハロルドは見つかったの?」
セシリアが首を傾げながら尋ねる。
三人とも無事で良かったが、黒ずくめはどこへいったんだ。
俺は質問で返した。
「ここから誰か出てこなかったか?」
「えっ、ううん。誰も出てこなかったけれど。ブレンダは見た?」
「あたしも見てないわ。何かあったの?」
「私もずっと入口を見てたけど何も…………あっ、あれ何!」
ミリアムが目を見開いて建物の窓を指さした。
俺が旧冒険者ギルドを見上げると、二階の窓から飛び降りようと足をかけた黒ずくめを発見する。
黒ずくめは見事な着地を決めると、俺たちに背を向けて遠ざかっていく。
少し遅れて追いかけるのは闇夜の死竜に扮したブランドン先生だ。
「セシリアたちはそこから動くなよ。ロイドとハロルドはもうすぐ出てくるはずだ」
言って俺は黒ずくめを追いかけた。
やはり黒ずくめは旧冒険者ギルド内の構造に熟知していたようだ。
二階で俺とは別のルートを選択したらしく、かなりの距離を稼がれている。
これじゃあ、ブランドン先生が追いつくのにもちょっと時間がかかるだろう。
魔法の翼があればブランドン先生を抜かして黒ずくめに追いつくこともできたが、今の俺は魔力切れを起こしているし何より全身が怪我の痛みで悲鳴をあげている。
先を行く二人が角を曲がった。
見失うまいと懸命に追いかけると、行く先で何かが壁にぶつかった音が聞こえた。
俺は角を曲がってそれを目にし、驚きを隠せなかった。
地面に黒ずくめが横たわっていたからだ。
そしてこちらに背を向けて通りを走っていく怪しい人影を見つけた。
「待てっ!」
俺が追いかけようと一歩踏み出すが、そのときにはもう何者かは向こうにある壁を乗り越えて見えなくなった。
ブランドン先生も途中で諦めたのか失速し、別の路地へと姿を消した。
改めて、倒れている黒ずくめに視線を戻す。
死んでいる。
胸から腰のあたりにかけて斬られたのか、大量の血が流れていた。
その際、背中から壁にぶつかって地面に倒れたようだ。
俺がさっき耳にしたのはその音だったのだろう。
「アル、そ……そんな!?」
「誰かに殺されたみたいだ。俺が来たときにはもうこの状態だった」
追いついてきたハロルドは口元を押さえて青ざめている。
俺は傷口を見て、それが一撃で死に至らしめるほどの深手だとわかった。
上級の黒ずくめを一撃、か。
もちろん、ブランドン先生の技ではない。
逃げていった何者かの仕業だろう。
俺は逃げた何者かが乗り越えた壁まで歩くと、思った以上に高さがあることに気づいた。
そこで俺はふと違和感を覚えた。
黒ずくめが倒れていた場所から見た光景とのズレ。
壁はもう少し低いと思っていたのだ。
振り返ると、ロイドを先頭にセシリアたちも黒ずくめの死体を囲んでいたので、俺は急いで戻った。
「おい、どうなってんだよ!? こ、これ死んでるよな?」
「はい。まさかこんなことになるなんて思いもしませんでしたが……」
女子三人は言葉を失っている。
そこへ呑気な声が聞こえてきた。
「こら、何時だと思ってるんだい? ん……これは、まさかきみたち」
素顔で現れたブランドン先生だった。
ブランドン先生は黒ずくめの死体と俺たちを交互に眺める。
「ち、違うって! 俺たちじゃねぇよ! 俺たちが来たときにはもう……!」
「わかっているさ、俺は自分の生徒を信じてるからね。ややこしくなる前にきみたちはもう帰ったほうがいい。後は警察に任せよう」
ブランドン先生はそう言って、俺たちを黒ずくめの死体から遠ざけた。
「というか、何でここに先生がいるんだよ?」
「巡回だよ巡回。きみたちみたいに深夜に徘徊している悪い子がいないか巡回するのも教師の努めだからね。おや、きみたちその腰のものはなんだい?」
俺たちの腰にはロイドの持ってきた剣がぶら下がっている。
言い訳のしようもない状況だ。
ブランドン先生は大げさにため息をつくと、手を差し出した。
「はい、没収。深夜徘徊に剣の所持、困った生徒たちだよ」
俺たちは素直に剣をベルトから外して渡す。
ロイドだけは親父さんに怒られることを想像してかかなり渋っていたが、ブランドン先生に「剣の不法携帯は犯罪だよ」と諭されると渋々剣を手渡した。
こうして冒険者区での闇夜の死竜探しは、想像もしなかった結末を迎えることとなった。
「あ~それから、きみたち。今回の罰として明日の授業が終わってから、居残りで素振り千回だからね」
ブランドン先生は笑顔で言い、俺たちは固まった。




