第二十八話 エピローグ「さあ、出港だ」
(俺は……死んだのか?)
自らを魔王軍から追放した魔王軍宰相ギデオンたちへの復讐は果たした。その代償が自分の命だとは高い代償だったなとジェラードは自嘲する。
(元々ソニアには魔王を倒すのに手を貸してやると始めた旅だったし、魔王軍がなくなりゃ俺もどうなってたか解んねぇしな。まさか魔族が人間と共存するわけにもいくまい……。しかし、ソニアたちは無事なのか? ジジイの野郎、ちゃんと仕事してんだろうな)
ジェラードが思い浮かべるのはソニア、レイラ、ララ、メレディスとの旅だ。
(はは……ほとんど俺の活躍で何とかなってたな……あいつらだけで本当に大丈夫か……?)
『心配なら、行けばよかろう』
「――!? 誰だ!」
突然声が聞こえた。だが、ジェラードの視線の先には闇が広がるばかりで何も見えない。耳を澄ますとまた声が聞こえてくる。重厚でそして威厳のある声だった。
『アークの箱は開かれた。やがて世界は暗黒に支配されるであろう』
「……何だと? アーク……? まさか、ギデオンが開いた宝箱のことか?」
『そうだ。あれは宝箱などではない。あれこそ、かつて世界を蹂躙した暗黒の使徒が封印されていたアークの箱だ。それが解き放たれてしまったのだ』
「暗黒の……使徒? やつらを放っておけば、世界に災厄が起きる。おまえはそれを阻止するのだ』
「あん? 何で俺が! 俺に指図すんじゃねぇ! だいたい俺はもう死んだんだろうが!」
ジェラードは暗闇に向かって怒鳴りつけた。
『いいや、おまえを死なせまいと仲間が必死になって動いている。……最後におまえに我が加護を授けよう。おまえは暗黒の使徒を追うのだ』
「あ~、だから俺に指図するなって! 加護って何だ! というかてめぇは誰だ!」
『――我は闇竜』
「闇……竜?」
『ジェラード、おまえは今この時より我が闇竜の加護を得た。――さあ、ゆけ! またどこかで会えることを楽しみにしておこう』
その直後、ジェラードが一瞬目にしたのは一匹の巨大なドラゴン。魔物の頂点に君臨する漆黒のドラゴンだった。
「――ラート様! ジェラード様!」
「う……うん。う……」
ジェラードが目を開けると、そこには涙を流したソニア、レイラ、ララがいた。どうやら眠っていただけらしいと思ったジェラードは、周囲を見回した。
「ソニア! これはいったい……?」
「ジェラード様!」
ソニアが叫んでジェラードに抱きついた。レイラとララもそれに続く。ジェラードが横に顔を向けると、なんとも言えない顔でメレディスが立っていた。
「おい、ジジイどういうこった? 説明しろ」
「わ、わしは奇跡を見た……聖女様の奇跡を……!」
「……は? ついにボケたかジジイ」
ジェラードの頭を拳骨で叩いてからメレディスは語り始めた。勇者が魔王を倒し魔王城を制圧した。この戦いは人間、エルフ、獣人の勝利となった。その後、ジェラードを探していたソニアたちは、このギデオンの私室で倒れているジェラードを発見する。
しかしジェラードの額の魔石は完全に砕けており、エルフの兜もないので、いい手立てを思いつきそうなディアドラにも相談できなかった。ジェラードにまだ息があることを知ったソニアはメレディスの協力を得て、ジェラードの治療にあたった。アルティメットヒールでも無理かと思われたが、突如ジェラードが回復していったのだという。
「これぞ、聖女様の奇跡じゃ!」
「……俺は生きてるってのか?」
ジェラードは右手で額に触れる。だが、そこには魔族の心臓たる魔石はなかった。
「魔石がない……なのにどうして俺は生きてる?」
「馬鹿もん! それこそが聖女様の奇跡だというのに! 魔石がなくなっても生きておる。この意味が解らぬか!」
「どういう意味だ? いや……まさか……そんなことが……!?」
さすがのジェラードも真相に気づくと驚きを隠せなかった。
「人間になったんですよ、ジェラード様」
「……おい、嘘だろ? 俺が……?」
ソニアの肩を掴み確認する。そこでさらなる気づきがあった。ソニアに触れることができているのだ。魔族ならば決して直接触れることのできない聖女ソニアに。
「本当に……俺は人間になった……のか!?」
こうして聖女ソニアの起こした奇跡により、死の淵に立ったジェラードは人間として蘇ったのだった。
◇ ◇ ◇
魔王とギデオン、多くの幹部を失った魔王軍の残党は全面降伏し、長きにわたる戦いは幕を閉じた。面倒な戦後処理はすべて勇者に任せたジェラードは、多くの人々から称賛を浴びた。
半年後――大陸最南端の港町。
「いよいよ、旅立ちの日ですね」
ソニアが隣に立っているジェラードに声をかける。
「ソニア、本当にいいのか? この先は何が起こるか解らねぇんだぞ?」
「はい、わたしはどこまでもジェラード様についていきます!」
王都には勇者もいるし、エルフの里にはディアドラが、そして獣人の国には獣王がいる。
彼らがいれば、あとは上手くやってくれるだろうとジェラルドは信じている。
「魔王城で最終決戦に挑んだ日、外で戦っていた冒険者が南に飛んでいく黒い塊を目撃しておる」
ジェラードの背後から現れたメレディスが気難しい顔で告げる。
「ジジイ、急に現れるんじゃねぇ」
「おまえの話が本当なら、それが暗黒の使徒というやつなのじゃろう。聖女様だけを危険な目に遭わせるわけにはいかん。わしも行くぞ」
「向こうに着くまでに寿命でいっちまうかもな」
「聖女様! 笑っておらんで、あなたからも言ってやってくだされ! この馬鹿者は――」
メレディスがまるで子どもが告げ口するようにソニアに詰め寄っている。そこへ登場したのはセドリック侯爵領へ帰っていたレイラだった。手には大きな荷物を持っている。
「ジェラード様! わたくしもお供いたしますわ!」
「レイラ!? あなた何を言っているのか解っているの!?」
「ソニアお姉様だけズルいですわ!」
「でもセドリック公爵やヒルダ様が反対されるでしょう?」
「ええ。だからお父様たちにはジェラード様とソニアお姉様をお見送りすると嘘をついて屋敷を出てきましたの!」
「えっ、えぇっ!?」
困惑するソニアといまにも卒倒しそうなメレディス。ジェラードはそんなやり取りを眺めながら考え事をしていた。
(ギデオンのクソ野郎がしでかしたこととはいえ、原因を作ったのは俺だ。後始末は自分でつける。何も闇竜に言われたからじゃねーぞ。俺は自分の意思で落とし前をつけにいくだけだ)
「ジェラルド様~! 準備できたにゃ~! 船長がそろそろ出港だって言ってるにゃん!」
大きな船の甲板からララが両手を振りながら呼んでいる。
「さあ、行くか。ジジイ、酒の準備は十分か?」
「お、おぬし、昨夜はあれだけ飲んでまだ飲むつもりか!」
「酒は俺の魔力の源だぜ? レイラ、長い旅になるぞ」
「はい! わたくしはどこまでもジェラード様と一緒ですわ!」
「ララ、向こうでも活躍してもらうぜ。俺が呪文を詠唱するにはおまえの協力が必要だ」
「まかせるにゃ~!」
「ソニア、行くぜ!」
「わっ。ジェラード様!?」
ジェラードはソニアの手を掴んで駆け出した。
一瞬戸惑ったソニアだったが、すぐに笑顔になる。
これから危険な旅に出ようというのにジェラードたちの表情は輝きに満ちていた。
「目指すは遙か南の大海原だ! 行くぜ! さあ、出港だ!」
明日から第四章が始まります。




