第二十七話「すべてを灼き尽くせ」
ソニア、レイラ、ララ、メレディスと冒険者たち、そして勇者パーティーと別行動をとったジェラードは一人魔王城を突き進んでいた。自らが魔王軍に所属していた時と変わったところはない。城内のすべてを知り尽くしたジェラードの歩みに一切の迷いはなかった。
城内のあちらこちらで激しい戦闘音が聞こえてくる。それを聞き流してしばらく進んで行くと、ある扉の前で立ち止まった。魔王軍宰相ギデオンの私室である。
(ギデオン、いよいよ決着をつける時がきたようだな)
ジェラードはダークエッジを放ち扉を粉砕した。その向こうに見えたのはギデオンと暗黒騎士ライナスの二人。ジェラードが現れることを予想していなかったのか、ひどく慌てた素振りを見せた。
「ジェ……ジェラード!?」
「お、おまえ! 魔王城の最奥部であるここへ、いったいどうやって……!?」
「半分ぐらいはぶっ倒した。死にたくねぇヤツはどけと言ったら道を空けてくれたぜ」
ジェラードが言って部屋の中に足を踏み入れると、ギデオンとライナスは同じ歩数後ろに下がった。そうしてジェラードがゆっくり前進、ギデオンとライナスが後退するといった構図ができあがる。やがて、壁際まで追い詰められたギデオンたちは何やら小声で話し始めた。
「往生際が悪いな。今ごろ他の幹部たちは冒険者と、魔王は勇者パーティーと一戦交えているだろうぜ。だというのに魔王軍宰相ともあろう者が、こんなところで何をしてやがる。逃げる算段でもしていたのか?」
ジェラードはギデオンたちの様子をうかがった。この期に及んでまだ諦めていない目をしている。
「ここは何とか逃げ延びて、いずれ俺の寝首をかこうなんて考えが透けて見えるぜ。そうはさせるかよ。おまえらはここでくたばる運命だ」
「ジェラード……! この裏切り者めが! 魔族であるにも関わらず人間に与し、挙げ句魔王城にまで攻め入るとは……!」
そう言ってギデオンは、机の上に置いてあった大きめの箱を持ち上げた。形状は宝箱に似ていて、かすかに魔力が漏れている。どうやら魔法で施錠されているようだ。
(何だ、あの箱は? 切り札的な何かか?)
眉間にしわを寄せたジェラードに対し、ギデオンが狡猾な笑みを浮かべた。
「これが何か解るか?」
「さあな。ただの古びた宝箱に見えるが、おまえが所有している魔導具でも入っているのか?」
「……くくくく、はーはっはっは! ならば、これから死にゆく無知なおまえに教えてやろう! これこそは封印されていた禁呪だ!」
「……何?」
不穏な空気を感じ取ったジェラードをよそに、ギデオンが呪文を唱え宝箱を解錠しようとする。しかし、それを制したのはライナスだった。
「ギデオン様! そ、それをここで開けるのですか!?」
「当たり前だ。何をいまさら慌てている。これこそまさしく禁呪に違いない。これがあればジェラードなど恐れるに足らん!」
「しかし、それが禁呪だという確証が……! それに何やら嫌な予感がするのです!」
ライナスは怯えるように、ギデオンの抱えている宝箱を凝視する。
「おい、それをどこで見つけた?」
「ほう、気になるか? おまえが行った遺跡だ! ヘイデンはしくじったが、後詰めで向かわせていたライナスが見つけてきたのだ! おまえが遺跡を破壊してくれたおかげで、禁呪を守っていた罠はすべてなくなっていたぞ!」
「あの遺跡で見つけただと……?」
確かにジェラードは異形の怪物と化したヘイデンを、遺跡もろとも葬った。ジェラードは禁呪の正体はヘイデンが手にした得体の知れない力だと思っていた。だからこそ瓦礫の山と化した遺跡を探索することなく王都への帰路についたのだ。
「素直にライナスの言うとおりにしたほうがいいんじゃないか? それが遺跡で発掘されたものなら、何かヤバい気がするぜ。どう考えてもおまえの手には余る代物だ」
ジェラードも嫌な予感がしてきた。だが、ギデオンは制止を無視して解錠した。そして宝箱の蓋に手をかけた――その時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
地鳴りのような振動音が聞こえてきた。それはどんどん大きくなっている。音の発生源は足元だと気づいたジェラードが下を見る。
「何だ!? この下から何かが来るっ!」
「ギデオン様! やつが目を覚ましたようです!」
ライナスが叫んだ。同時に床をぶち破って何かが飛び出した。
それは遺跡で死んだはずのヘイデンだった。
あの時と同じ怪物じみた姿での登場だ。
「はははっははははっ! 形勢逆転だな、ジェラード! 遺跡で禁呪を見つけたついでに、瀕死だったヘイデンも魔王城へ連れ帰っていたのだ!」
勝ち誇ったようにギデオンが高笑いする。そして次の瞬間、ヘイデンは手刀を振るいライナスに襲いかかった。
「くっ……! やはり自我を失ってっ……! うぐわああああっ!」
受け損ねたライナスが壁に激突する。すぐにヘイデンはジェラードに振り返って蹴りを放った。
「とんでもないことをしてくれたな! こいつはもうおまえらの知っているヘイデンじゃないぞ! 完全に別の何かになっている!」
「うぼぼぼぼぉおおおおおお!」
奇声を上げながらヘイデンが暴れまくる。ギデオンは部屋の隅に退避して縮こまり、壁に打ちつけられたライナスはようやく立ち上がって剣を抜いた。
(クソが……! 遺跡で戦った時より強くなってやがるっ! ギデオンやライナスを相手にするよりよっぼど骨が折れるぜ!)
だが、ジェラードには策があった。この部屋に入る前にスペルシャドウを仕込んでいたのだ。ジェラードはヘイデンが間近に迫ったタイミングで素早くしゃがんだ。直後、ジェラードの背後から一筋の光が飛んでくる。スペルシャドウが放ったホーリーランスだ。
「ぐぼぼぼぉおおおおっ!」
ホーリーランスは狙いどおりヘイデンの頭部を貫通した。ヘイデンはのたうち回るように両腕を振り回した。
(頭を潰したのにまだ動けるのかっ!?)
そのヘイデンの陰から飛び出してきたのがライナスだ。
「ジェラァァァドォォッ! 死ねぇぇぇぇっ!」
ライナスは魔王軍きっての剣の達人だ。武器を持たないジェラードにその剣を受けることはできない。魔法で反撃しようにもジェラードがいま無詠唱で放てる魔法では、ライナスの装備している魔法を無効化する漆黒の鎧を貫くことはできないのだ。
「ライナァァァス!」
ジェラードは無詠唱でダークエッジを放った。ライナスにではなく、ヘイデンに向かってだ。ヘイデンが切り刻まれ、右腕が千切れる。ジェラードはその右腕に風魔法のウインドブラストを直撃させた。
「終わりだ、ライナス!」
ウインドブラストに撃ち出されたヘイデンの右腕は、ライナスの剣を掠め、その首筋に命中する。その勢いでライナスは後方に大きく吹っ飛ばされて壁に激突した。その瞬間、ライナスの額の魔石が砕け散った。
「ば……ばか……な……!」
ライナスは絶命した。頭部と右腕を失ったヘイデンはなおも暴れている。ギデオンは部屋の隅で怯えているだけだ。ヘイデンを何とか止めねばと思ったジェラードは後ろに飛び退いて一旦部屋から脱出する。
(スペルシャドウにホーリーランスを撃たせている間に、呪文の詠唱を完成させる!)
スペルシャドウの背後に回ったジェラードは即座に呪文の詠唱に入った。ヘイデンがゆっくりと部屋を出て、残った左手で壁を殴りながらジェラードに迫ってくる。
「うぼぼぼぼぉおおおおおお!」
ヘイデンの体にホーリーランスが当たるが、それでも歩みを止めない。そのスペルシャドウもヘイデンに薙ぎ倒されて消滅した。そこでジェラードが笑みを浮かべる。
「閃光となれッ! ――ヘブンズレェェェイッ!!」
全部で七十二節からなる呪文を詠唱し終え、古代魔法ヘブンズレイを放ったのだ。直線上に光の波動が迸る光系統の最強魔法。いくら力の増したヘイデンといえども耐えることはできなかった。
(ふう……手間賭けさせやがって)
ヘイデンの上半身は消滅していた。残った両脚が床に転がっているだけだ。もう動く気配すらない。完全に死んだのだろう。
「ギデオン、残るはてめぇだけだ」
ジェラードは部屋に入りギデオンに近づいていく。ギデオンはいまだ大事そうに抱えている宝箱の蓋に手をかける。
「これしかない! もうこれしかない! これしか、これしかないのだ……!」
「おい、ホントに止めろ。嫌な予感しかしねぇ。そいつはヤバい……!」
ギデオンは絶叫する。
「うるさいッ! 俺に指図するなッ! この禁呪があれば俺はおまえに勝てるのだッ!」
ギデオンが宝箱を開いた。
{――!?」
直後、禍々しい気配が漂い、宝箱の中から黒い塊がいくつも飛び出してきた。それらの黒い塊は人間の頭部ほどの大きさで、まるで実態を持たないかのような煙状のものだった。煙状の黒い塊は魔法で制御されているように部屋の中を飛び回ったあと、ジェラードのわきを通り過ぎていった。
「な、何だあれは……?」
ジェラードは黒い塊を見送ってから、ギデオンに振り返った。
「そ、そんな……禁呪ではなかった……のか?」
ギデオンが膝から崩れ落ちる。ジェラードは呪文を詠唱しながらギデオンに一歩一歩着実に迫っていた。
「ギデオン、これで終わりだ」
そう告げて、ジェラードは右手の手刀をギデオンの胸部に深々と突き刺した。
「ぐはぁああっ……! ジェ、ジェラードォッ!」
「すべてを灼き尽くせ――クリムゾンフレア」
「うぎゃああぁぁぁぁああああっ!」
ギデオンの体内でジェラードのクリムゾンフレアが発動した。本来なら爆炎を巻き起こすクリムゾンフレアだが、ジェラードはディアドラに魔法の結界を張らせていた。つまりギデオンのごく周囲でのみクリムゾンフレアが燃えさかったのだ。
「もう逃れることはできねぇぞ」
「ぐあああっ! お、おまえも……おまえも道連れにしてやるぅぅぅ!」
「なっ――!?」
『いますぐそいつから離れ――』
ディアドラが言い終えるより早く、ギデオンがジェラードの額に右手を押しつけた。その右手に魔力が収束していき、ジェラードの兜が割れた。ジェラードの額の魔石に大きな亀裂が入った。
「俺は死ぬ! だが、ジェラード! おまえも死ぬのだああああっ! はははははは――ぶべっ!!」
高笑いの途中でギデオンは爆散した。だが同時に、ジェラードの額の魔石も粉々に砕け散ったのだ。




