第二十四話「その頃、魔王軍は」⑤
ジェラードたちが遺跡に入る前日。闇神官ヘイデンは三十名の魔導兵を連れて一足早く遺跡を訪れていた。魔王軍宰相ギデオンの命令で、禁呪を確保するためだ。そのためには魔導兵を犠牲にしてもいいという。もちろん、魔導兵は師の企みなど知る由もない。
遺跡の中を順調に進んでいく。魔導兵を先頭にして、ヘイデンは最後尾を歩いていた。前方に仕掛けられた罠はすべて魔導兵に任せている。いまのところ、一人命を落としただけだ。
「おまえたち急ぐんだ。禁呪を手に入れれば、おまえたちが幹部に昇格することは間違いないぞ」
「本当ですか!? 私が……幹部に」
魔導兵はお互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。魔族でも迂闊に近寄れない場所だけあって、遺跡に張り巡らされた罠は死に直結するものばかりだ。だが、ギデオンの弟子たち魔導兵は知識も経験も豊富だ。苦労しながらも、次々に罠を解いていった。ヘイデンは後ろからそれを眺めてゆっくり足を進めた。時折、背後から忍び寄る魔獣がいたが、ヘイデンの敵ではなかった。ヘイデンの魔法にかかれば、雑魚も同然だ。
「魔獣は俺が片付ける。その間に罠を解除しろ」
「はっ!」
いまの魔王軍では、ヘイデンは魔法に関しては魔王とギデオンに次ぐ実力者だ。遺跡の罠も噂ほどではないと安心したヘイデンは胸を撫で下ろす。これなら禁呪の確保は完遂できるだろうと思った。
――ドゴンッ!
前方で大きな爆発が起こり、ヘイデンは慌てて顔を上げた。
「何事だ!? 何が起こった!」
「ヘイデン様! 罠は解除できましたが、爆発に巻き込まれて二人死にました!」
「うぬう……!」
ヘイデンは苦い顔をしたが、内心はたった二人の犠牲で済んで良かったと思った。気を取り直すフリをして、魔導兵に檄を飛ばす。
「二人の犠牲を無駄にするな! 禁呪さえ手に入れれば、死んだ者も浮かばれる!」
そうして、ヘイデンと魔導兵は遺跡の最奥に辿り着いた。そこで彼らが見たものは想像を絶する光景だった。天井や左右の壁から脈打った器官が縦横無尽に伸び、その中心には大きな繭のようなものがあった。たちこめる悪臭は、腐った死体を連想させた。
「なんだ、このむせ返るような臭いは! それにあれは……!」
「ヘイデン様、いかがいたしましょうか?」
「うむ。二人ほどあの繭に向かって攻撃魔法を放て。他の者は防御壁を張って待機しろ。バリアとマジックバリア半分ずつだ」
ヘイデンの指示で二人が繭に近づいていく。そして呪文を詠唱し始めた。他の魔導兵はヘイデンを守るように防御壁を展開した。物理と魔法どちらにでも対応できるよう、バリアとマジックバリアを手分けさせている。マジックバリアはバリアの対魔法版で、魔法攻撃のみを防ぐ上級魔法だ。
攻撃魔法は完成し、二人の魔導兵はほぼ同時にホーリーランスを発動させた。二つの光の槍が繭に向かって飛んでいく。しかし、次の瞬間。ヘイデンは目を大きく見開いた。
光の槍が繭に触れた途端、ホーリーランスの魔力は一瞬で霧散したのだ。
「マジックバリア……だと?」
マジックバリアとは、いま待機している魔導兵が展開しているものだ。あの繭が魔法を使ったのかという疑念が、ヘイデンの頭の中を駆け巡った。魔導兵も少なからず動揺する。そして、直後悲鳴が上がった。
「うあああああああああっ!」
「か、体がっ! だ、誰か……!」
攻撃を放った二人はもとより、バリアを張っていた魔導兵も苦しみ始める。その体は溶けていた。マジックバリアを展開していた魔導兵は無事だ。いまからヘイデンがマジックバリアを詠唱したところで、もう間に合わないだろう。ヘイデンは即座に十二名の魔導兵の命を切り捨てた。
「そいつらはもう助からない! 俺がいいと言うまでマジックバリアを展開し続けろ!」
繭が起こした未知の攻撃が魔法だとわかったのはいいが、ヘイデンには対応策を考えるための時間が必要だった。そのためには残った魔導兵十三名のマジックバリアだけが頼りだ。最悪、自分だけでも逃げる準備はしておく。
どれほどの時間が過ぎただろう。魔導兵の魔力も間もなく尽きる。しかし、ヘイデンは何も策を講じることができなかった。
「ヘイデン様! もう魔力が保ちません!」
「ええい! 諦めるな! マジックバリアを解けば死ぬぞ!」
辺りには繭が放ったと思われる瘴気が漂っている。この瘴気に触れれば、たちまち体は腐り落ちてしまうだろう。この時点でヘイデンは禁呪の確保を断念した。ひとまず遺跡を出てギデオンに報告せねばと思った。魔導兵を全滅させた責任は取らされるだろうが、背に腹は代えられない。
ヘイデンは後じさった。魔導兵のマジックバリア内を移動しながら、この部屋から出ることはいまなら可能だと考えたのだ。ヘイデンの行動に気付いた魔導兵が、見捨てないでくれというような顔をする。魔導兵はマジックバリアを展開しているので動けない。ヘイデンは引きつった笑いを浮かべながら、後退していく。
「ヘイデン様っ!」
「……すまんなぁ。俺はここで死ぬわけにはいかんのだ」
「そ、そんな!?」
ヘイデンは魔導兵に背を向けて走った。その直後、繭が裂けた。中から飛び出した一本の触手がヘイデンの無防備な背中に伸びた。
「あああああああっ! なっ……ごほぉっ!」
触手はヘイデンの背中を貫いた。その先端はヘイデンの胸から突き出している。ヘイデンは胸と口から血を噴き出した。触手はその血を吸うように脈打っている。地面に倒れたヘイデンはかすかに息をするのみだ。
「おい、瘴気が消えているぞ! 逃げるならいまのうちだ!」
「ほ、本当だ! いまならマジックバリアを解いても大丈夫だ!」
「急げ! ヘイデン様はもう助からない!」
ヘイデンの傍を魔導兵たちが駆け抜けていく。
「ま……待て! ……俺を置いて……いく……なっ」
ヘイデンは手を伸ばすが、魔導兵の背中は遠ざかっていく。その時、ヘイデンの頭の中に何かが語りかけてきた。
『力が欲しいカ?』
「だ、誰だ……!?」
『力を望むのなラ、おまえに力を貸してやろウ。代償としテ、おまえの命を少し分けてもらうがナ』
「な、何でも……する……だから、助け……てく……れ」
『――契約は成立しタ』
次の瞬間、触手とヘイデンが同化し始めた。ヘイデンは悲鳴を上げるが、触手は動きを止めない。そして、触手と一体化したヘイデンは異形の姿に変貌したのだった。
「……血が足りないな」
そう呟いたヘイデンは、背中に漆黒の翼を生やした。魔法によるものだ。そして、魔導兵が走り去ったほうに向けて飛んだ。すぐに最後尾の背中が見えてきた。
「どこへ行くつもりだ? 俺の許可無くこの場を去ることは許さんぞ」
「ひいっ、ヘイデンさ……うわあああっ! 化物っ!?」
「燃え尽きろ――ヘルフレイム!!」
「ぎゃああああああああっ!」
ヘイデンが無詠唱で放ったヘルフレイムは、一瞬にして魔導兵を炎で包んだ。ヘイデンは悶え苦しむ魔導兵を一瞥してから、自らの右手をじっと眺めた。ヘルフレイムは上級の炎系統魔法だ。それを無詠唱で発動させた新たな自分の力に、肩を震わせていた。魔王やギデオン、そしてジェラードでさえ上級の魔法を、高速詠唱ならともかく無詠唱で発動することなどできやしないからだ。
「ふふっ、ふはははっ! そうか! そういうことかっ! これは禁呪などではなかった。この繭こそが――」
ヘイデンは自分の力を試すように、逃げた魔導兵を追いかけ、それぞれ違う上級魔法で殺していった。その度にヘイデンは魔力が増しているように感じた。
「これだっ! この力があれば、ジェラードを! いや、ギデオン様や魔王様さえも超越することができるっ! 俺こそが新たなる魔族の支配者となるのだ! ふははははははははっ!」
異形の怪物と化したヘイデンは、高笑いした。




