第二十三話「おまえらも一緒に来るか」
禁呪――それは古代魔法の中でも最も危険とされた究極の魔法であるという。かつて、ジェラードが魔王軍宰相ギデオンや四天王に嵌められた禁呪スクロールの盗難未遂。いまジェラードは、その禁呪を取りに行くことを決断した。場所は魔族の本拠地だ。辺境にある遺跡の奥に封印されているという。
しかし、そこは危険な場所だった。魔族でさえ迂闊に近づけず、周囲には魔獣が跋扈している。遺跡自体にも古代の罠が数多くあり、いままで数え切れないほどの魔族を亡き者にした。
それをジェラードが真面目に説明するも、ソニアたちはついていくと固持した。勇者パーティーは魔王城に突入する準備を進めている。王都を守る王国軍の兵士や冒険者も、襲撃に備えて忙しなく動いているという。今回の禁呪取得に関しては、王国軍が割ける戦力はなかった。
「じゃあ、おまえらも一緒に来るか?」
「はいっ! もちろんです!」
「当然ですわ!」
「いくにゃ!」
「……聖女様に侯爵家のレイラ殿、獣王の姫。ジェラードだけに任せるのは心配者からな。わしも行くぞ」
こうして、禁呪が封印されている遺跡へ向かうこととなった。
◇ ◇ ◇
いつもの御者が呼び出されて、ジェラードたちが馬車に乗り込む。馬車で行くのは人界の一番端の町までだ。御者はホッとした顔をしていた。そこからは歩いて魔族の住む領域を進んでいく。途中で野営を挟みながら三日後に、目的の遺跡へと到着した。
「ここがその遺跡だ」
ジェラードは遺跡を見上げた。荘厳な神殿のような外観で、かなり古びている。入口には扉はなく、中は魔法の光が灯っているのが、近づくと確認できた。
「この中にも魔獣が潜んでいるから気をつけろよ」
「そうなんですね。ここに来るまでに遭遇した魔獣も手強かったです」
「ええ、でもジェラード様やメレディス様の魔法やララさんの活躍で何とか凌げましたわ」
「えへへ、褒められると照れるにゃ」
ここに来るまで何度か魔獣と遭遇した。一度に現れる数は多かったし、魔王軍の精鋭部隊に匹敵する強さだった。しかし、ジェラードとララが倒していた。メレディスはソニアとレイラの守りに徹していた。
ジェラードたちは遺跡の中に入る。中は一本の通路が長く続いていた。ジェラードは前に遺跡に入った時のことを思い出す。四天王から勇者を倒すには禁呪が必要だと言われてここへ来た。その時はちょうどこの辺りで待ち伏せしていた魔王軍に囲まれたのだ。ジェラードはそこで足を止めた。
「この先は俺もどうなってるかわからねぇ。慎重に進むぜ」
「ふむ、ジェラードにしては珍しいのう」
「俺一人なら問題ねぇが、今回はおまえらがいるからな。確実に守れるように用心しているだけだ」
ここに棲みついた魔獣程度ならソニアとレイラの守りはメレディスに任せて大丈夫だろうと、ジェラードは考えた。遺跡に張り巡らされた罠も、ソニアとメレディスの知識とララの野生の勘で、難なく突破できた。その点ではソニアたちを同行させたのが功を奏したとジェラードは思った。
「……なんか臭うな」
「えっ、ジェラード様? ……そうですね、古い遺跡のようですしカビ臭い気がしますけれど……」
「違う、そうじゃない。ジジイ、気付いてるか?」
ジェラードは要領を得ないソニアから視線を外して、メレディスのほうへ顔を向けた。メレディスは仄暗い周囲に目をやってから、大きく頷いた。
「この中に潜んでいるのは魔獣だけではないようじゃのう。さっきまでは魔獣に紛れて痕跡に気付かなかったが、奥へ進むほど別の気配を感じるぞい。まさか、魔族か?」
「多分、そうだろうな。やつらも禁呪を取りにきたのか、それとも……俺を襲うつもりで待ち伏せしているのか」
言い終えると、ジェラードは呪文を唱え始めた。メレディスが身構える。
「何をする気じゃ」
「なぁに、ちょっと撫でてやるだけだ。」
ジェラードが上級の風魔法を、遺跡の奥に向かって放つ。強い風の音がびゅうびゅうと反響する。近くの壁から跳ね返った強風が、ジェラードたちに吹きつける。
「きゃあっ!」
「聖女様、わしに掴まるんじゃ!」
ソニアとレイラに手を伸ばし、彼女たちはメレディスの腕を掴んだ。ジェラードはソニアに手を貸してやりたかったが、彼女に触れると電撃を受けるので、ここはメレディスに任せることにした。ララはこの程度の強風にはビクともしない。腰を落として耐えている。
やがて、風の音に混じって奥のほうから悲鳴やら叫び声が聞こえてきた。ジェラードは耳のそばに手をやって聞き耳を立てた。
「なるほど、待ち伏せのほうだったか」
ジェラードは強風を起こして、この先に潜む魔王軍の位置を割り出していた。
「前方に六人。うち、二人はいまのですっ転んだみてぇだな」
「ジェラード様、そこまでわかるのですか!?」
「まあな。攻撃魔法はこういう風にも使えるのさ」
ジェラードは得意気に笑みを浮かべる。ソニアとレイラは感心した。
「どうやら、魔王軍が待ち伏せしているみたいだ。ジジイ、ソニアとレイラを頼むぜ。傷一つでもつけたら承知しねぇからな」
「ふん、言われんでもわかっておる」
「ならいい。じゃあ、俺が先頭でジジイ、ソニア、レイラの順だ。ララは最後尾で後ろを警戒しながらついてこい」
「はい!」
「わかりましたわ!」
「わかったにゃ!」
そうして進んで行くと、唐突に魔法が飛んできた。それをかき消したのはジェラードの魔法だった。現れたのは魔導兵だった。
「おまえらか」
「……ジェラード! やはり来たか……!」
魔導兵が六人。それぞれ呪文を詠唱し始めている。ジェラードは魔導兵の魔法を確認してから、呪文を詠唱し始めた。
「ジェラード、ここは任せていいんじゃな!」
メレディスの問いかけに頷いて、ジェラードは呪文を完成させた。
「はっ、俺のほうが早い! 貫け! ホーリーランスッ!!」
呪文詠唱中の魔導兵の胸に深々と光の槍が突き刺さった。次の瞬間、残る五人が一斉に魔法を放った。しかし、ジェラードはすべて計算していた。すぐに魔法の壁を張ったのだ。魔法のみ遮断する壁だ。魔導兵の魔法は霧散した。同時にジェラードは次の魔法を無詠唱で放つ。
「斬り裂け! ダークエッジ!!」
闇の刃が魔導兵を切り刻んだ。魔導兵の悲鳴が遺跡に響き渡る。戦闘が終わり、魔導兵六人の死体が転がっている。
「さすがジェラード様ですわ! 最初の風魔法で、かなり弱っていたみたいですし、やっぱりジェラード様は最強です!」
強敵に勝利した余韻で、興奮したレイラが胸を押しつけるようにジェラードの腕に手を回した。
「……おかしいな。こいつらが負っていた傷は俺の魔法じゃない」
「えっ!? ……そうなのですか?」
驚いたレイラがソニアとメレディスに顔を向けた。ソニアはわからないとでも言うように首を横に振った。メレディスは顎に手をやって難しい顔をしていた。
「確かにそうじゃな。風魔法の傷ではなかったのう。皮膚が焼けた匂いがしておった。かと言って、炎でもない……まるで腐ったような感じじゃった」
「腐食魔法……か」
ジェラードが呟いた。心当たりはあった。
「腐食……魔法じゃと? 何じゃそれは。わしも初めて聞いたぞ」
「そういう魔法があると師から聞いたことがある。もしかしたら、禁呪ってのは相当ヤバい代物かもな」
「ふん、禁呪というからにはそうなんじゃろ」
ジェラードたちは遺跡の奥へと目を凝らした。




