第二十二話「その頃、魔王軍は」④
エルフの女王ディアドラと獣王を味方につけ、さらには四天王の呪術師カールと暗殺者ウォルターを破ったジェラードの快進撃は、魔王軍宰相ギデオンの耳にも届いていた。当然、魔王や他の幹部も報せを聞いていた。
他の幹部の前で魔王から叱責され、ギデオンは危うい立場に立たされていた。一部の幹部からは、ギデオン更迭の声が出るほどの失態だった。これでは次期魔王の座を狙うどころではない。
私室にてギデオンは顔を怒りで朱に染めていた。薄暗い部屋にはギデオンの他に、四天王の暗黒騎士ライナスと闇神官ヘイデンがいる。ギデオンはテーブルに置かれていた酒瓶を払いのけた。酒瓶は床に落ちて割れた。ギデオンは舌打ちすると、ライナスとヘイデンに向かって怒鳴りつけた。
「どうなっている! 説明しろ、ライナス!」
ライナスとヘイデンは怒り狂うギデオンの目を見ることができなかった。ギデオンの怒りはもっともだった、いま魔王と一部の幹部の間で、ジェラードを魔王軍に戻すかどうかの話がなされているのだ。
もしもジェラードを魔王軍に戻すことが決定すれば、彼を追放したギデオンは宰相の座を追われるだろう。直属の配下であるライナスとヘイデンも、幹部から降格されるされるのは確実だ。その前にギデオンは手を打つ必要があった。
「俺の魔導兵まで出したのだぞ。それなのにウォルターのやつめ」
「お言葉ですがギデオン様、ウォルターに魔導兵は噛み合いませんでした。ウォルターの下では、魔導兵は本来の力を発揮できなかったと思われます」
魔導兵は魔術に特化した部隊だ。個々の能力も優れているが、最大限に活かすなら、指揮官も魔術に長けた者のほうがいい。ライナスに指摘されなくてもギデオンもわかっている。しかし、ギデオンには過信があった。魔導兵を投入すれば、いかにジェラードでも勝てないだろうと。
結果は見てのとおり、魔導兵は敗走し、ウォルターとカールを失うという事態に発展した。結論を言うと、近接戦闘系のウォルターに魔導兵を貸し与えたのは、ギデオンの采配ミスに他ならない。ギデオンも認めるしかない。それでも、どこかに怒りをぶつけなければ正常な精神を保てなかったのだ。
しばらくして、ギデオンはようやく落ち着きを取り戻し、椅子に深く腰かけた。それから机の上に地図を広げて、ジェラードの足跡を辿るように指でなぞった。
「人界、エルフ界、獣界が正式に同盟を結ぶのも時間の問題だ。まさか、やつらが手を取り合って協力する日がくるとは、想像もつかなかったぞ。各個撃破するより、はるかに難しくなったのだ。それもジェラードの働きによってだ」
ギデオンはライナスとヘイデンに手招きして、机の前へ呼び寄せた。
「おまえたち、次にジェラードが取る行動が読めるか?」
「はっ。やつらが同盟を締結させれば、この魔王城に進軍してくることが考えられます。いままで防戦一方だったやつらが、我ら魔族の大地に攻めてくるでしょう」
ライナスが眉間にしわを寄せて答えた。ギデオンは視線をヘイデンに移動した。
「おまえはどう考えているのだ?」
「ライナスの意見を完全に否定はできませんが、ジェラードも我らの真の恐ろしさは承知していると思います。ですから、まずはさらなる力を求めるのではないかと……」
ヘイデンは地図上のある一点を指で差した。ギデオンとライナスが目を細める。
「禁呪か。おまえは、ジェラードが禁呪を狙っていると考えたのだな」
「馬鹿な! ありえません! ジェラードもあの遺跡に張り巡らされた罠や、棲みついている魔獣のことは知っています。そもそも、あの遺跡は魔族の領域です。わざわざ敵陣にまで禁呪を奪いにくるなどと……!」
ライナスは考えられないとでも言うように、机に両手をついてギデオンに言った。
「落ち着くのだ、ライナス。俺も同じことを考えていた。そして、俺がジェラードならそう考えるだろう。十中八九、ジェラードは禁呪を取りにくる。その前にこちらで禁呪を確保する。ヘイデン、できるな?」
「――!? わ、私がですか……?」
ヘイデンは狼狽えた。遺跡の恐ろしさを知っているからだろう。しかし、ギデオンの鋭い眼光相手に、断る術はない。
「俺は宰相という立場上、ここを動けん。ライナスも人界方面軍の司令官として、人界を牽制しなければならないからな。おまえしかいないのだ。やってくれるな?」
ヘイデンは隣を横目で見たが、ライナスは目を合わせようともしなかった。
「ヘイデンよ、ジェラードよりも先に禁呪を確保するのだ。なに、おまえ一人で行かせはせん。魔導兵を連れて行け。多少の犠牲はつきものだ」
「……遺跡の奥に辿り着くために、魔導兵を犠牲にしても良いと……?」
「構わん。禁呪の確保が最優先事項だ。禁呪が手に入れば、形成を一気に逆転できる。ジェラードなど恐れるに足らん」
ギデオンは禁呪を確保するためなら、自らの弟子である魔導兵の命をも捨てる非情さがあった。ライナスとヘイデンは凍りついた。
「どのみち、おまえがやってくれなければ近いうちに俺たちは失脚する。そうなってもいいのか? ヘイデン、やってくれるな?」
ヘイデンは小刻みに震えながら、首を縦に振った。ギデオンは知っていた。遺跡の罠や魔獣なんかよりも、真に恐ろしいのは禁呪だと。そして自分の保身のためなら、弟子やヘイデンさえも犠牲にすることができるのだ。




