第十九話「俺を誰だと思ってる」
獣王国、獣王が治める獣人の国だ。人界の王都と遜色ない外観で、違いと言えば住んでいる者が人間ではなく獣人というぐらいだ。ララと同じように男も女も頭から耳が生えていて、尻には尻尾があった。
「ソニアお姉様、わたくし獣人のお友達が欲しいですわ! そしたら毎日モフモフできますもの!」
レイラは興奮した様子で、周囲を見回した。ソニアも同意するように頷いている。メレディスは先ほど柄にもなくはしゃぎすぎたため、気まずそうにしていた。
「ララ、獣王はどこにいるんだ?」
「王城にゃ。こっちにゃ」
簡単に王城に案内してくれることといい、獣王の護衛を務めるララは獣王国
での地位はまあまあ高いようだった。王城に到着すると、ララが門番に話をして中に入れることになった。しばらく待たされた後、重厚な扉の前まで来ると、案内してくれた獣人の兵士が扉を開けた。
中にいたのは数人の獣人と、玉座に座った大柄な男が一人。獣王国の獣王だった。獣王はギラついた目でジェラードたちを凝視した。それから、ララに視線を移動した。
「ララ、ご苦労だったな。この者たちが人界からきた人間か?」
「そうにゃ」
獣王の周りにいる者たちは全員その護衛であり側近、彼の息子たちだという。ここにいるだけで十人だ。ちなみに母親はそれぞれ違うらしいので、獣王の妻は少なくとも十人はいるようだ。長男から順番に名を告げていった。それが終わると、まずメレディスが名乗って、ソニアとレイラが続いた。最後にジェラードが名乗りを上げる。
「俺はジェラードだ。聞いてるかも知れないが、俺は魔族だ。わけあって人間側についている」
「魔族か……。魔王軍はクズみたいなやつばかりだが、おまえは少し違うようだな。話は聞いている。魔王軍の司令官を倒したそうだな。俺たちも手を焼いていたというのに、たいした男だ」
獣王は値踏みするようにジェラードを眺めた。ジェラードには思うところがあった。目の前にいる獣王は、自分の師であり母でもあった魔王軍の前宰相を殺した相手だったからだ。しかし、それは決して恨みや憎しみではない。師と正々堂々と戦い勝利を掴んだ獣王が、いったいどれほどの男なのか気になったのだ。
『そうだ。たいした男なのだジェラードは。私が認めた男だからな』
ジェラードが口を開くより先に、エルフの女王ディアドラが言った。
「……その声、ディアドラか。久し振りにおまえの声を聞いたぞ」
『ふふっ、数年ぶりだな獣王。元気にしていたか』
「ふん、どうせこっちのことは何から何まで知り尽くしているのだろう」
獣王がジェラードの兜に付いている水晶を見つめながら笑う。ディアドラと獣王は気心の知れた仲のようだ。ディアドラがエルフも人間と同盟を結ぶことを告げると、獣王は大きく頷いた。
「ディアドラをも味方につけたのなら、俺も文句はない。同盟を――」
獣王が言いかけた時、扉が勢いよく叩かれた。
「獣王! 緊急事態です!」
「何事だ!」
返したのは一番若い十男だった。すると、扉の向こうから焦りの混じった声が響く。
「魔王軍です! この獣王国に進軍しています! 迎撃を試みましたが、いつもより手強く、強力な魔法を使われました! このままでは王城にも危険がっ!」
十男が獣王に振り返った。獣王はすぐに立ち上がった。
「ジェラード、同盟は後回しだ。まずは目の前の魔王軍を片づける。おまえたち、ついてこい!」
「俺もいくぜ。その強力な魔法ってのが気になるからな」
「そうか、わかった。こっちだ」
「ソニアたちは町の獣人を守れ。そっちは頼んだぞ。俺は獣王と一緒に魔王軍を迎え撃つ」
獣王はララを含めた十一人の護衛を引き連れて王城を出た。町の入口に近づくにつれて、その数はどんどん膨らんでいった。獣王国には軍がない。戦える者が戦うという習わしだ。そして獣人のほとんどは己の肉体を武器にして戦う戦士だった。その中には女や、ララみたいに子どももいた。
「獣王、ララまでつれて行くのか? 魔王軍の精鋭部隊相手にやりあった腕を見れば、実力はあるのはわかるが、まだ子どもだ」
「はっはっはっ。心配してくれるのか。安心しろ、ララは俺の子どもたちの中では一番強いぞ。一番上の兄でさえ、ララには及ばん」
「そうなのか。…………えっ、おまえいま何て言った!? ララが獣王の娘だと!?」
「俺の護衛は全員俺の子だ。ララも例外ではない。ここにいない者もあと五人いるが、後で紹介してやろう」
「子どもが十六人……! とんだハーレムだな。羨ましいぜ」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は十三人の妻を全員平等に愛しているんだ」
獣王は豪快に笑ってジェラードの背中をバシバシと叩いた。やがて、町を出て荒野を進んで行くと、魔王軍が陣形を取っているのが見えた。
「獣王、あいつらを見たことがあるか?」
「いや、初めてだな。いつもの魔王軍とは風貌が違い過ぎる」
「そうか。それなら教えといてやる。あれは魔導兵だ。いままでの魔王軍とは比較にならねぇぞ」
ジェラードも魔導兵が出てきたことに内心驚いていた。魔導兵は魔王軍宰相ギデオンの弟子たちで構成された部隊だ。全員が上級魔法まで習得し、古代魔法を使える者も数人いる。いわば、ギデオンの切り札とも言うべき部隊だった。
(だが、ギデオンの姿はない。指揮官らしき存在も見当たらない。いったい、誰が指揮してるんだ? それに前線には精鋭部隊か……ちょっと厄介だな。それにしても、獣界方面軍の司令官はカールじゃなかったのか? いや、女たちが俺に嘘を教えるはずがない。元々、こういう策を考えていたのか?)
「戦力は?」
「はっ、父上! 魔王軍は総勢五百です。対してこちらは三百ほどです」
「数は向こうが上か。いつもどおり突撃して蹴散らすぞ。俺が先陣を切る」
「待て、獣王。魔導兵は強力な魔法を使う。前線の精鋭部隊に時間を取られてるうちに、魔導兵の魔法攻撃がくるぞ」
「だったらどうする?」
「俺を誰だと思ってる。深淵の魔導師ジェラードだぞ。やつらが魔法を放つ前に、俺が魔法で一掃する。巻き添えを食わないように、混戦は止めさせろ」
ジェラードはそう言うと、すぐに呪文の詠唱を開始した。
「全員、待機だ! 魔王軍をジェラードに近づけさせるなっ!」
獣王はジェラードの意を汲んで号令を出した。




