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双剣魔眼の剣術学院クロニクル  作者: ユズキ
第三章 武闘祭と後継者
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第二十九話「七百年」

 俺はいま地面に仰向けに倒れている。

 ヨハンネスの攻撃を避けきれずに胸を斬られたのだった。

 それを完全に理解したのは、胸が焼けるような痛みを感じたからだ。


「ぐっ……!」


 だが、寝ているわけにはいかない。

 この状況でヨハンネスに追撃されたら手の打ちようがないからだ。

 俺は首を起こし、激しい痛みを堪えながら両腕を上に上げた。


 ヨハンネスは剣を逆手のままで両腕を揃えて、頭上に振り上げていた。

 そのまま俺を突き刺すこともできる。


(くっ……そうはさせないっ!)

 

 俺は歯を食いしばって上半身を起こしながら両手を素早く交差し、ヨハンネスの振り下ろした双剣を受け止めた。

 額に鋭い痛みを感じた。

 ヨハンネスの攻撃は防いだ。

 だが剣の切っ先は俺の額に触れている。


「うおおおおおおおっ!!」


 俺は右足を思いっきり伸ばしてヨハンネスの左足首を蹴った。

 続けて左足での蹴りを敢行するが、ヨハンネスも同じ手は食わない。

 右足を上げて俺の蹴りを避ける。

 その間もヨハンネスは双剣に体重をかけて押し込んでくる。

 俺は必死に耐えながら、左足の踵でヨハンネスの左足を払った。


 さすがに予想外だったのか、ヨハンネスはわずかに体勢を崩し剣に加わる力が弱まった。

 その隙を逃さず、俺は右足で地面を蹴って一気に起き上がった。

 そのままの勢いでヨハンネスの剣を弾き返す。


 剣を弾かれたヨハンネスは一瞬、前へ出る素振りを見せたが後ろへ跳んで距離をとった。

 すでに俺が立ち上がって構えをとっていたからだ。


「ちっ、しぶといな」


 ヨハンネスが苛立たしげに漏らした。

 そこへ主審が駆け寄ってくる。


「待てっ! この試合ここま――」

「待ってくださいっ!」


 主審が告げようとした試合終了の合図に、俺は大声で待ったをかけた。

 胸を裂かれた俺の上半身は赤く染まっている。

 その染みはいまも広がりつつあった。

 主審が安全を第一に考え、試合を止めようとするのは解る。

 だがこんな決着を俺もヨハンネスも望んでいない。

 何より俺はまだ戦える!


 俺は右目に注力していた魔力の一部を胸の傷の辺りに集中させた。

 そうして俺は短く息を吐いて吸った。

 魔力を集中しながら二度三度繰り返していくと、痛みが幾分和らいだように感じた。


「何を言っている! その怪我じゃ無理だ! 回復術士、すぐに治療をっ!」


 主審が声を張り上げて、試合場の脇にいる回復術士を呼んだ。

 すでに状況を鑑みた二人の回復術士はこちらに向かっていたが、驚いた表情で足を止めた。

 それに気づいた主審が俺に振り返る。


「なっ……!?」

「はあっ、はあっ……止血しました。試合は続行でいいですね?」


 主審の表情からは血の気が引いていた。

 これほどの傷を負ってまだ戦うというのだから困惑して当然だろう。

 だが俺はまだ倒れるわけにはいかない。


「審判、そいつの言うとおりだ。勝負はまだ決していない。そいつがまだ戦えるというのなら、それは正しい。おまえには到底理解できないだろうがな」


 ヨハンネスが遠巻きに様子を窺っていた副審たちに下がれとでも言うように剣を振った。

 四人の副審も戸惑いを隠せない。


「ふん、〈ヒール〉の出来損ないか」


 ヨハンネスは鼻で笑った。

 〈ヒール〉の出来損ない……確かにそのとおりだ。

 治癒魔法の〈ヒール〉は傷を塞いで癒やすのに対して、俺がやったのは魔力を流して一時的に無理やり止血しただけのこと。

 傷自体は塞がっていないので、気を抜けばまた血が流れ出す。

 〈ヒール〉の魔法を使えない俺にはこの手段しかない。


 傷自体は浅い。

 だが、斬られた傷がこんなに痛むとは想定を超えていた。

 まるで火で炙られたように傷口が熱を持ち、断続的な痛みが伴う。


(いままで何度も骨折は経験したけど、斬られるほうが随分痛いな……)


 実際、ここまで斬られる経験をしたのは初めてのことだ。

 魔力によって痛みは緩和され、まだ戦うことは可能だ。

 だが時間はかけていられない。

 魔力が尽きたら、その時は本当に打つ手がなくなる。


 そう考えた俺は地面を蹴って攻勢に出た。

 ヨハンネスも動く。

 互いの剣が交錯しては距離を取り、また構え直してぶつかる。


「俺の奥の手を食らってそれだけ動けるとはたいしたものだ!」

「まともに受けてたらこの程度じゃ済まなかっただろうな!」

「当たり前だ! そうなっていたら、今ごろおまえは上下に真っ二つだったろうなッ!」


 ヨハンネスの動きが鈍っている。

 俺の蹴りが効いていたのか、左足を庇うような動きだ。

 もっとも俺の胸の傷のほうがダメージは大きいし魔眼に全集中していた魔力を傷口に注いでいるから動きは多少落ちているが、いまのスピードならわずかに俺が勝っている。

 状況は周りが見ているほど、俺の圧倒的不利ってわけじゃない。


「さっきのは何て剣技だ?」

「教えてやろう。あれが〈ワイバーンレーヴィ〉! その名のとおりワイバーンを斬り裂くだけの殺傷力を有している! 偽物のおまえたちには到達できない境地にある剣技だ!」


 ヨハンネスが俺の剣を弾いた。

 しかし俺は素早く反転してヨハンネスの左側に回り込む。

 そうして放った俺の攻撃は、ヨハンネスに受け流される。


 ヨハンネスの剣技〈ワイバーンレーヴィ〉か。

 あいつの言うとおりワイバーンを斬ったことからその名がつけられたのだろう。


(……そうか! ようやく繋がった。稲妻の谷でワイバーンをやったのは間違いなくヨハンネスだ。その名からヨハンネスが編み出した剣技でないことは解る。ひょっとして名に即しただけの剣技かどうか実際にワイバーンを斬って試していたのか……?)


 だとしたら、威力は俺の想定より低い。

 稲妻の谷のワイバーンは何度も斬りつけられていた。

 一撃でワイバーンを倒すほどの威力はないはず。

 これなら俺の〈ドラゴンオーガスト〉でも対抗できる!


 それにしても、俺の〈ドラゴンオーガスト〉とは真逆の動きだ。

 ヨハンネスの〈ワイバーンレーヴィ〉が相手を挟み込むように双剣を振るうのに対して、俺の〈ドラゴンオーガスト〉は胸の前で交差した剣を一気に外側へ開くように斬る技だ。


 ヨハンネスに〈ワイバーンレーヴィ〉があるならば、俺には爺さんが編み出した〈ドラゴンオーガスト〉がある。

 〈ワイバーンレーヴィ〉が俺のアレクサンドリート流剣術にない剣技だと言うなら、俺の〈ドラゴンオーガスト〉はヨハンネスのアレクサンドリート流剣術にはない剣技だ。

 しかもこっちのほうが威力は勝る。


 袂を分けてからそれぞれ別の道を歩んだアレクサンドリート剣術。

 この試合、どちらがどれだけ積み重ねてきたのか、それが勝負の分かれ目だ。


 互いに剣技を繰り出す。

 相手が知らないであろう比較的新しいものを選びつつの探り合いともいえる。

 ここは読み合いだ。

 俺が剣技を出せば、ヨハンネスがその剣技は知っていると言わんばかりに同じ剣技で返してくる。

 その逆も然り。

 俺とヨハンネスはいまアレクサンドリート流剣術の剣技の応酬で会話していた。


「どうしたもうネタ切れか! こちらにはまだまだあるぞ、おまえの知らない剣技がなっ!」

「誰が出し尽くしたと言った!]

「ならば、見せてみろ!」

「ああ、見せてやるとも!」


 俺の放った剣技は同じ剣技で返される。

 してやったりという表情で、ヨハンネスは別の剣技を披露する。

 だが、それは俺も知っている。


「ほう、この辺りの剣技は共通か! ならばこれはどうだ! セストの名を捨てたおまえらが知らない剣技だ!」


 続けてヨハンネスが跳躍して振り下ろした剣技は、俺の跳躍技〈エヴェリーナ〉に似ていたが微妙に違っていた。


(〈エヴェリーナ〉から派生した剣技か!? だけど、セストの名を捨てたとは……こいつも思うところがあるようだ)


 俺は斬り上げ技の〈アルマス〉で弾き返した。


「そのセストにえらく拘りがあるようだな! ニュクス共和国でも使う者は少ない名だったな!」

「ああ、そうだ! おまえたちもそうやってセストの名を捨て、アステリア王国でサビアになったのだろうが!」


 俺の家系がいつどこでセスト家からサビア家になったのかなんて解らない。

 おそらく爺さんだって知らないのではないだろうか。


「セストがどういう身分を指すのか、おまえだって知っているだろう!」

「それぐらいはな!」


 爺さんからさっき聞かされた話ではセストとは奴隷につけられた名だ。

 いや、本来これは名でも家名でもなかった。

 ニュクス共和国が奴隷制度を敷いていた時代。

 貴族や平民が奴隷を使役する際において単なる便宜上の呼称だった。

 

 しかも奴隷には六段階あって平民に近い――といっても平民と奴隷の差は天と地ほどの差があったらしいが――順に上から、プリメーロ、セグンド、テルセーロ、クワルト、キント、セストとなっていたそうだ。

 プリメーロ、セグンドが金さえあれば奴隷から脱却できたのに対して、最下層のセストには許されておらず一切の希望がなかったのだ。


 ヨハンネスの一族がセスト家を名乗るからには、その祖先は最下層のセスト出身だったに違いないのだろう。

 すなわち俺の家系を辿れば、当然そこに行き当たる。

 元々はヨハンネスの一族と同じだったのだから。


「もうおまえも気付いているだろう! 俺たちの祖先はセストだった! 毎日剣闘士として観客の見世物にされるだけの存在だ! そんな中で生まれたこの剣技を、セストの名を捨てたおまえらが使うことに虫唾が走るッ!」


 ヨハンネスがそう思う気持ちも理解できるが、俺はセストと袂を分けた俺の祖先がセストを捨てたとは思わない。

 爺さんも言っていたが、先人たちはずっとこのアレクサンドリート流剣術を守り続けていた。

 アレクサンドリート流剣術がこの世に生み出されてから七百年経ったいまでも、しっかり俺に受け継がれているのだから。


「セストが命を糧にして生み出した剣技はいまもこうして俺の中に生きている! 

おまえの言いたいことも解るが、サビアを名乗っていることがセストだったことを否定しているわけがないだろう!」

「どうとでも都合のいいように言える! 俺はまだおまえが背負っていない七百年の重みをこの身に背負っているのだ! 俺が間違うことは許されない!!」


 そうか、こいつはセスト家側のアレクサンドリート流を正式に継承したことで、七百年の歴史をすべて背負い込んだのだ。

 そこにどれほどの覚悟があったのかなんて俺には想像できない。

 俺はまだその覚悟が決まっていないのだから……。

 そう思った時、体が弛緩して急激に力が抜けた。


「ようやく隙ができたなっ! これで最後だッ!!」


 ヨハンネスが旋回して双剣を振るう。

 旋回技〈アーロ〉だ。

 これなら俺の〈アーロ〉のほうが速い。

 頭では解っているのに俺はわずかに出遅れて〈アーロ〉を出し損ねた。


(覚悟が違う! こいつがアレクサンドリート流の七百年そのもの……!!)


 実力はほぼ互角。

 覚悟の差で俺は負けるのか?

 頭にそんな言葉が過ぎった瞬間、どこからともなくよく知っている声が聞こえてきた。


『――ルッ! アルーーーッ!!』


 それはセシリアの声だった。

 観客席からセシリアの声がここまで届くはずがない。

 幻聴かと思ったが、俺の頭の中にセシリアの声が響く。

 俺の名を叫んでいる。

 その顔は容易に想像できた。

 涙を浮かべながらも大声で俺の名を呼んでいる!


 ヨハンネスの放った〈アーロ〉が俺の腕や腹、そして脚に傷を刻んでいく。

 痛みはある。

 だが、セシリアの声はいまも俺の頭の中で響き渡り、俺を奮い立たせた。

 同時に地面から得体の知れない活力が足裏を通して注ぎ込まれるような感覚に陥る。


(何だ!? いったい俺の体に何が起こっているんだ!?)


 眼前に迫るヨハンネスが大きく目を見開いた。

 いったい何に驚いた!?


「くっ! まだ底を見せていなかったというのか!? アルバートォォッ!!」


 そう叫んだヨハンネスは〈アーロ〉を解いて、防御体勢に入った。

 ヨハンネスを襲うのは俺の繰り出した〈ドラゴンオーガスト〉だった。

 いまが反撃の時だと言わんばかりに、体が無意識の状態から剣技を解き放ったのだ!


「うおおおおおっ!!」


 次の瞬間、俺の〈ドラゴンオーガスト〉がヨハンネスの防御をこじ開けた。

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