第二十八話「双剣の流儀」
「いよいよ決勝ね」
「ああ、しっかり見ててくれ」
「もちろんだぜ! ぜってー勝てよ!」
「私もたくさん応援するからねっ」
「あたしたち分までって言ったら気負わせることになるかもしれないけれど、悔いのないように思いっきりやっちゃいなさい」
俺は昨日の二回戦を勝利した勢いで、今日の準々決勝と準決勝を突破することができた。
決して楽な試合じゃなかったが何とかここまでこれた。
それもみんながこうやって応援してくれるからだ。
仲間の激励を受けて、俺は少し離れた場所で待っているハロルドのところまで歩いていった。
ハロルドはほかのみんなと違い、神妙な顔つきだった。
その理由は想像に難くない。
「ハロルド、行ってくる」
「決勝の相手、いままでみたどの相手よりも強いですよ。格が違うと言っても過言ではないでしょう。正直、同学年であれほどの生徒がいたとは驚きです」
「実際に手を合わせたおまえが言うのだからそうなんだろうな」
「……!? ……さすがですね、気づいていましたか。あれほど犯人捜しはしてくれるなと言ったのに危険すぎますよ。何かあればどうするつもりだったんです?」
「おまえに怪我を負わせたやつを放っておけるほど、俺は仲間を軽く見ているつもりはないぜ」
「……やれやれ、アルには敵いませんね。で、勝てますか?」
「正直言っていいか? 勝てる……と言いたいが、本当のところどう転ぶかは俺にも想像つかないんだ。だけど、俺の持てる力を全部出し切ってやるだけやってみるつもりさ」
「というと、いよいよ双剣を使うんですね」
ハロルドは俺が肩に背負った荷物に目をやった。
「ロイドが打った双剣ですか?」
「ああ、この双剣で全力勝負だ」
「ふふっ、解りました。ただし、僕の仇を討とうとか一切考えないでください。アルはアルの思うとおり全力を出せばいいんです。そうすればあなたが勝利を掴み取るとみんなも信じていますから」
そう言ってハロルドが右拳を突き出した。
俺はその拳に自らの右拳を合わせる。
「行ってくる」
俺は踵を返すと試合場に向けて歩を進めたのだった。
◇ ◇ ◇
これまでの試合で一撃ももらっていないとはいえ、どの試合も思うような展開になかなか持ち込めずに時間をかけてしまった。
かなりの体力を消耗したが、試合後には回復術士の治療が受けられるので疲れは取れている。
しかし、それはあくまで肉体的なものであって、精神的な疲労は魔法で取り除くことはできない。
したがって体は万全だが、倦怠感のような何かがわずかに残っているのは否めない。
一方の決勝の相手は、予想どおりヨハンネスだ。
俺と同じアレクサンドリート流剣術の使い手。
ここまで俺と同じように片手剣で試合を勝ち抜いていたが、俺とは違い片手でも上級並の動きと剣技の冴えを見せていた。
加えて試合もすべて短時間で決着している。
精神的な疲労は俺のほうが大きい。
そして、この決勝では満を持して双剣で出てくることは確実だ。
主審に名を呼ばれ、俺は試合場の中央に向かって歩く。
向こう側からはヨハンネスが歩いてくる。
こうして、いま俺とヨハンネスはアステリア王国武闘祭の決勝という大舞台で対峙した。
都合三度目の対峙。
「いままでの戦いを見ていたが、俺を舐めているのか? 一つ間違えれば、おまえはあそこに座っていてもおかしくなかった」
ヨハンネスは観客席を示すように顎でしゃくる。
「過程はどうあれ、いまここに立っているのは俺だ。おまえの疑問には結果で応えるつもりだ」
「ふん、ほざけ偽物」
「おまえもな」
そこで俺たちに近づいてきたのは主審だ。
主審は屈強な剣士のようだった。
準決勝までも審判の佇まいや動作、試合への反応を見るに、確実に上級以上の腕前だろうなと思っていたが、やはり決勝。
出てきた主審も副審もこれまでとは違う気配を漂わせている。
上級でもおそらく免許皆伝に近いほどの腕を持っていると推測できる。
その主審が間に入って最後のルール説明かと思われたが、主審は的外れなことを口にした。
「双方とも、武器はその双剣でいいのか? これまでの試合では一度もそのような武器を選択していないはずだが」
「つべこべ言うな。おまえは黙ってそこにいればいい」
間を置かずにヨハンネスが返した。
「なっ……!」
ムッとした主審が口を開きかけた瞬間、ヨハンネスが双剣を抜いた。
主審を壁代わりにし、死角から俺を攻撃してきたのだ。
繰り出したのは突き技の〈エルモ〉だ!
俺もヨハンネスが双剣を抜いた時には剣に手をかけていた。
もちろん俺も〈エルモ〉を放っていた。
「これでも俺たちが双剣を使うのに不服があるのか?」」
ヨハンネスが吐き捨てるように言う。
俺とヨハンネスは向かい合って互いに左右の剣を突き出すようにしている。
互いの剣と剣がわずかに触れ合って止まっている。
俺たちの間に挟まれた形となった主審はまったく反応できずに固まっていた。
主審が下手に動けば、どちらかの剣が主審を貫いていただろう。
「おまえら! 試合開始前に何をしているっ!」
慌てて副審が二人駆けつけてきた。
俺が剣を下ろすと、主審は緊張感から解き放たれたかのように大きく息を吐いて三歩下がった。
駆けつけた副審が主審を支える。
「はあっ、はあっ……」
主審は信じられないというような目で俺とヨハンネスを交互に見てから、副審を下がらせた。
副審の一人はいまだに剣を下ろさないヨハンネスに詰め寄る。
「おい、勝手な真似をするな! 失格になってもいいのか!」
だが、ヨハンネスは少しも動じた様子はない。
逆に脅すような口調で副審を睨みつけた。
「おまえらにそんな度胸があるのなら俺を失格にすればいい。おまえらもこの大舞台で審判を務めるのは名誉なことじゃないのか? 並の者ならこの決勝の立ち会いをすることすら叶わないのだろう? 観客席で見ている貴族の前で決勝を無効にするという失態を晒したいのであれば勝手にしろ」
ヨハンネスは主審、副審に目をやってから観客席のほうへ顔を向けた。
観客席は階段状の構造になっていて、その一番手前テラス上の貴賓席には大貴族や元老院議員の姿が見える。
その後ろの席には軍の兵士やアステリア王国国王直属の騎士もちらほら確認できた。
さらに後ろが一般人の席だ。
ヨハンネスの視線が示す先は最前列の貴賓席に陣取る大貴族と元老院議員たち、そして中段にいる軍の幹部と騎士団たちだろう。
主審と副審が顔を歪める。
「おまえらはこの試合の審判という大役を見事完遂することで評価されるのだろうが。さあ、俺をどうするって? もう一度言ってみろ」
大の大人相手に俺と同じ十七かそこらの学生が遠慮なく言い放つ。
悔しいだろうが審判たちはヨハンネスに返す言葉が見つからないようだ。
しかも俺とヨハンネスの実力が自分たちを上回っていることも、いまので理解しただろう。
「すみません、試合を始めてください。できれば俺たちから距離を取ったほうがいいです。試合が始まったら互いに周りを気にする余裕はありません」
俺が主審と副審に言うと、付け加えるようにヨハンネスも言う。
「そいつの言うとおりだ。そいつは周りを気にすることもできなくなる。巻き添えを食いたくなければ、黙って見てるんだな。それから、中途半端なところで止めるなよ。どちらかが完全に立ち上がれなくなるまで、おまえらは一言も言葉を発するな」
主審は苦い顔をした。
正直、年端もいかない学生に言いように言われて腹立たしいだろうと同情する。
観客席のほうはなかなか試合が始まらないので、業を煮やした観客からヤジが飛び交い始めた。
「客も怒っているぞ、早く始めろってな。さて、貴族の様子はどうだ? ああ、もうおまえらの評価に傷がつき始める頃合いか。そろそろマズいんじゃないのか?」
言ってヨハンネスは剣を構え直した。
俺も即座に双剣を構える。
どちらもアレクサンドリート流剣術の攻めの構えだ。
そこで耐えきれなくなった主審が、半ばヤケクソのように声を張り上げた。
「くっ……決勝戦っ! 始めええぇぇいっ!!」
やっとこの時がきたと言わんばかりに、観客席が大きく沸いた。
俺は右目に魔力を込める。
最初から全開で行く!
(魔眼、――開眼ッ!!)
俺とヨハンネスは同時に動き出している。
互いに剣技を繰り出して受けては返すの応酬だ。
「ふっ、前と同じ展開か。まだ底があるのなら見せてみろ。今日はもう誰にも邪魔はさせんぞ!」
「ああ、そうだな。決着をつけようぜ!」
俺の斬り上げ技〈アルマス〉をヨハンネスは縦斬り技の〈クラウス〉で防ぐ。
奇しくも旧冒険者ギルドで戦った時とは真逆の攻防だ。
互いの双剣が弾かれて大きく仰け反った。
「俺と戦う前に、俺の爺さんと戦ったみたいだな。話は聞いたぞ」
「……そうか。ならば俺がどういう存在か知ったということでいいんだな。説明する手間が省けるっ!」
ヨハンネスが跳躍したのを見て俺も跳んだ。
空中で俺とヨハンネスの剣が激突する。
「お互い七百年の剣を背負ってるってわけだ」
「おまえの偽物の剣と一緒にするな。我が流派は一つでいい。二度と名乗れんようにしてやる!」
ほぼ同時に着地して、俺はすぐに突進した。
ヨハンネスはその場を動かずに待っている。
迎え撃つ気だ。
「どうして爺さんとの戦いを途中で止めた。勝てないと悟ったのか?」
「馬鹿を言え。あんな老いぼれが偽物とはいえ当代だと聞いてやる気が失せたに過ぎんわ! 若いおまえのほうが俺の強さを証明するのに適切だと判断したまで!」
突進技〈テーム〉を放つ俺だったが、ヨハンネスは器用に両手とも逆手に持ち替えると打撃技〈テレサ〉で俺の双剣を強打してきた。
あまりの衝撃に、たまらず互いに一歩下がった。
「ほう、前に見た双剣とは違うな。並の剣ならいまので折れていたところだぞ」
「いい剣だろう。俺の宝物の一つだ」
ロイドにもらった剣は傷一つついていない。
徹夜して寝不足になり、目の下にクマを作ってまで仕上げてくれたロイドの顔が浮かぶ。
(ありがとな、ロイド。最高の双剣だ!)
ヨハンネスの剣も過去二度の戦いで見た双剣とは違っていた。
強度も申し分ない。
相当な業物だろうと推測できた。
だが、少し形状が古風なのが気にかかる。
「そっちもいい剣を使っているようだな!」
「気付いたか。これこそ継承の証よ。俺が正当な後継者という絶対的ななッ!」
ヨハンネスが横切りの〈スレヴィ〉の体勢に入ったのを察知して、俺も同じ剣技で対抗する。
直後、キィィィンと甲高い音が耳を打った。
「……そうか。ということはおまえは継いだんだな!」
「おまえとは違ってな。先代だった親父は俺に跡目を譲って隠居した!」
その若さでアレクサンドリート流剣術を継承したのか。
これには正直驚かされた。
そうなるとヨハンネスの実力は上級のさらに上、つまり免許皆伝ということになる。
それに対して俺はまだ爺さんから上級までしか認可をもらっていない。
二つのアレクサンドリート流剣術にどれだけ差があるのか想像し難いが、もしまったく同じだとしたら免許皆伝であるヨハンネスのほうが実力は上だ。
爺さんとヨハンネスとの実力差はどうだった?
長いこと爺さんとは手合わせをしていないが、まだまだ俺じゃ及ばないだろう。
ヨハンネスはどうだった?
やつはまだ余力を残しているのか?
「体も温まってきた頃合いだ。偽物の剣技は見飽きた。本物の俺がすべてにおいて上回っていることを証明してやる。いくぞッ! アルバート・サビアッ!!」
言いながらヨハンネスは両手の剣を逆手に持ち替えた。
そして大きく両腕を外側に開いた。
この試合で初めて見せる隙らしい隙だ。
だが、俺は動けない!
(何だ……この感覚はっ!?)
この隙を突けばヨハンネスに有効打を与えることができる。
頭では理解できているのに、体は動かない。
まるで、動くなと俺の危機感知能力が悟って体に動くなと命令したように俺の体は硬直している。
次の瞬間、ヨハンネスは左右の腕を中央に向けて動かした。
(速いっ!!)
ようやく謎の緊張感は解け、俺の体が反応する。
このタイミングでは反撃は間に合わない!
ヨハンネスは俺が知らない剣技を放とうとしている。
得体の知れない恐怖が俺に襲いかかった。
全身から汗が噴き出し、背筋にぞわっと悪寒を感じた。
ヨハンネスの左右からの横薙ぎが俺に迫る!
俺は左から迫る剣を右手の剣で、右から迫る剣を左の剣で受けた。
だが、俺が構えた剣をあざ笑うかのようにすり抜け、ヨハンネスの剣は俺の左右の腕の内側に入ってきた!
(この速さで、軌道を変えたっ!?)
俺の右手の剣の柄側――つまり下側――と左手の剣の向こう側――ヨハンネスから見たら手前側――に左右の剣の軌道を変えたのだ。
気づいた時にはヨハンネスの双剣は無防備な俺を斬り刻むべく、その獰猛な牙を剥き出しにしていた!
「これで終わりだッ!!」
「うおおおおおおおおっ!」
俺は声を張り上げながら、大きく仰け反り始めた!
剣での防御は破られた。
ならば躱すしかない!
咄嗟の判断だった。
俺はいま空を見上げ、背中は地面のほうを向いている格好だ。
直後、俺の鼻先をヨハンネスの双剣が通過した。
わずかに遅れて俺が目にしたのは――
「あ…………!」
真っ赤な血だった。
雲一つない快晴が深紅に染まっていく。
(斬られたっ……のか……!?)
急に体が浮いたような感覚に襲われ、背中に衝撃が走った。
解ったのは、たったいま俺の背中が地面にぶつかったということだけだ。
同時に胸のあたりに焼けるような痛みを感じたのだった。




