第二十七話「もう一つの双剣」
一回戦を終えて一旦控え室に戻り、汗を拭いながら今の試合を振り返っていると、またも誰かが訪ねてきた。
ノックのあと、こちらが返事をする前に無遠慮に扉が開く。
さっきのダグラス将軍とは正反対だ。
「なんだ、さっきの試合は。ジジイの心臓に悪いわ」
入って来るなり悪態をついたのは、三ヶ月前に会ったっきりの爺さんだった。
「えっ、爺さん!? 何だ見に来てくれたのか?」
「なあに、ちょっと近くで仕事がてら寄っただけだ。それにしても、意外な人物が出場しているようだのう。セスト家の小僧が表舞台に出てきたか」
爺さんに会ったら聞こうと思っていたのに、ちょうど爺さんの口からその名が飛び出した。
「その口ぶりだと、やっぱり何か知ってるんだな?」
「ああ、十分過ぎるほどな」
「だったら話は早いぜ。どうしてヨハンネスはアレクサンドリート流を使えるんだ? あれはサビア家に伝わる秘剣じゃなかったのかよ?」
事実、俺はずっとそう聞かされていた。
アレクサンドリート流剣術はサビア家の男子だけに伝わる一子相伝の剣だと。
だから爺さんの娘である母さんには受け継がれていない。
それが赤の他人であるヨハンネスが使うとなれば困惑するに決まっている。
「セスト家もアレクサンドリート流を継承する家系。あれこそが、かつてサビア家と袂を分けたもう一つのアレクサンドリート流だ」
「――なっ!?」
爺さんは思い出すように語る。
その存在を知ったのは爺さんが先代からアレクサンドリート流剣術を正式に継承したときだという。
いずれ相まみえることになるかもしれないと念頭に置いていたという。
この話は母さんはおろか親父にも言っていないそうだ。
かつてニュクス共和国には奴隷制度があった。
現在はそんな非人道的な精度は撤廃されたが、セストとは奴隷に与えられた名の一つらしい。
多くの者は制度の廃止とともに家名を変えたが、一部ではずっとその家名を名乗り続けるものもいたそうだ。
そして、驚くべきことに爺さんはヨハンネスと会っていたのだ。
「いつの話だよ?」
「おまえと別れてすぐだからもう三ヶ月近く前の話だ。どこで調べたか解らんが、俺のところへふらっと現れおった。いきなり立ち会いを挑まれてな。身のこなしからすぐにあのセスト家の者だと理解した」
「あいつと戦ったのか?」
「まあな。だが途中でジジイと戦うのは退屈だとか抜かしおってのう。勝負がつく前に向こうが剣を収めた」
「どういうことだ?」
「俺に聞かれても知らん。そこで俺はいいことを思いついた。退屈なら俺の孫
と戦ってみないかとな」
「はあああああああっ!?」
ヨハンネスを俺にけしかけたのは爺さんだったっていうのか!?
「セスト家の小僧。俺の言葉どおり表舞台に出てきたようだな」
爺さんは計画が上手くいったとばかりににんまり笑みを浮かべる。
「冗談じゃないって! あいつが求めてるのは試合じゃなくて殺るか殺られるかの戦いだぞ。俺だって命を狙われたし、関係ない仲間のハロルドも怪我を負わされた。それにセシリアを攫ったりしたんだぞ」
俺はヨハンネスがこれまでしてきたことを爺さんに説明した。
爺さんは武闘祭の裏で起こっていたことを知ると、さすがに申し訳なさそうな顔をしていた。
「ううむ、それはマズいことをしたのう。おまえはともかく学友にまで手を出すとは……俺もそこまで気が回らんかった。孫の成長を促すために選んだ手段が裏目に出たか……」
「……ったく勘弁してくれ。それで、知ってることは全部教えてくれるんだよな?」
「もちろんだ。そのために来たのだからのう」
爺さんから聞いた話はこうだ。
元々、アレクサンドリート流剣術は奴隷たちが闘技場で剣闘士として使役されていたときに編み出された剣術なのだと。
人間相手だけではなく時には魔物とも試合をさせられたそうだ。
生きるために必死で磨いた剣術。
それが双剣のアレクサンドリート流剣術だという。
奴隷制度が廃止され自由になった者の多くは剣を捨て平凡に生きる道を選んだ。
しかし中には剣術の魅力に取り憑かれ、己が強くなるためにひたすら邁進した者もいたという。
その一つがセスト家であり、アレクサンドリート流剣術の始祖となった。
他の流派の剣技はその名称に家名がつけられるのが一般的だが、アレクサンドリート流剣術には名のほうがついている。
〈エルモ〉〈クラウス〉〈スレヴィ〉……すべて家名ではなく名前だ。
これは奴隷の家名を使うのを控えたという説と、家名をつけるとなると全部セストとなってしまうので名のほうをつけたという説がある。
七百年前のことなので真相は定かではない。
そしてある時、セスト家の兄弟の間に継承者争いが起こった。
その時にセスト家とサビア家が分かれたのだという。
以降、アレクサンドリート流剣術は身内での無益な争いが起こらぬよう、生まれた男子のみ、しかも長男に一子相伝することになったらしい。
その他にも爺さんは事細かに俺の知らない事実を話してくれた。
いつの間にか俺は爺さんの話に時間を忘れるほど聞き入っていた。
「――だいたいこんなものだ。本来ならおまえが継承した時に話すつもりだったが、もう五十年も誰にも話さずにきたからのう。いい加減黙ってるのもしんどくなってきたわ」
爺さんは肩の荷が下りたとばかりに盛大にため息をついた。
そのタイミングで控え室の空気が変わった気がした。
控え室には俺と爺さんの二人だけしかいない。
俺が周囲を警戒すると、突然爺さんが誰もいない後ろを振り返って独り言を言い出した。
「……うむ、解った、すぐに行く」
まるで俺ではない誰かと会話しているような様子だ。
ボケるにはまだ早いぜ、爺さん。
しかし、さらなる異変に気付く。
気配がするのだ、この部屋の中に俺と爺さん以外の誰かの。
「すまんのう、急ぎの仕事が入った」
「え、というか俺と爺さん以外にこの部屋に誰かいるのかよ……?」
「ふふっ、おまえには見えんだろ? だが気配に気づいただけで良しとしよう」
確かに気配は感じる。
だが肝心の姿は見えない。
魔法か何らかの特殊技能か。
確か爺さんのパーティーは爺さん婆さんばかりだと聞いている。
さすがうちの爺さんと冒険するだけあって、老いたとはいえそこらの冒険者とは違うなと素直に感心するしかない。
「いいか、俺からの助言だ。相手が同じアレクサンドリート流なら歴史ある剣技ほど相手に通じないと思え、勝機があるとすれば相手の知らない剣技を使うことだ」
「ああ、それは俺も思ってた。〈ドラゴンオーガスト〉ならいけそうだ」
「おまえの未完成な〈ドラゴンオーガスト〉じゃドラゴンは斬れんよ。そうさな……おまえ戦いの最中に複数の流派を切り替えて使っておったろう。あれをアレクサンドリート流を組み合わせてみるのも面白そうだな」
爺さんが心底楽しそうに言う。
「オリジナルの剣技を編み出せっていうのかよ。そんな急場しのぎが通用する相手じゃないよ。それより何で俺がそんな戦いをしたって知ってるんだよ。あれは確か学院内予選の……」
爺さんがニィと口元を緩める。
「あ~っ! まさか学院内予選の試合盗み見したのか!?」
部外者は観戦できなかった学院内予選の俺の試合を、どうやってかは知らないが爺さんは見ていたようだ。
ということは結構前から爺さんはウルズの町に滞在してたのか。
まあ、爺さんの行く先なんて俺が知る由もないからな。
「まさか母さんたちも一緒だったんじゃないだろうな?」
「いいや、あいつらは別行動だ。どこで何しとるか知らん。それと俺がウルズの町に着いたのはつい昨日のことだ。だからおまえの試合なぞ見ておらんわ」
「だったら何で知ってるんだよ?」
「さっきおまえの学友に聞いたからのう」
「……は?」
「セシリアちゃんだったかのう。他の子らは初めて見たが、全員いい子で安心したわい」
俺の知らない間にセシリアたちと会ったのか。
変なこと言ってないだろうな。
「それじゃあ、俺はもう行くぞ」
「え、俺の試合は見ていかないのかよ?」
「一回戦を見てだいたい把握した。いまのままでは優勝は厳しいんじゃないかのう。精進しろ」
「爺さんから見たら俺はまだまだ未熟ってことか。あ、そうだ……爺さん、加護持ちって知ってるか?」
爺さんなら何か知っているかもと軽い気持ちで訊ねたのだが、その途端爺さんの顔つきが変わった。
ほんの一瞬だったが、驚いたように目を見開いたのだ。
俺はその変化を見逃さなかった。
「……どこで聞いた?」
「いや、一回戦の前にここに軍のダグラス将軍が訪ねて来たんだよ。それで加護持ちを知ってるかって聞かれてさ。ちなみにダグラス将軍はセシリアの親父さんな」
「あのダグラス・シンフォニーか。そうか……あのお嬢ちゃんの家名がシンフォニーだと前に聞いていたが、ダグラス・シンフォニーの娘だったのか」
「ダグラス将軍のこと知ってるのか? ひょっとして知り合いとか?」
「いいや、向こうは有名人だからのう。俺が一方的に知ってるだけで話したこともない」
爺さんの話では俺の見立てどおりダグラス将軍は剣術免許皆伝クラスの腕らしい。
爺さんが冒険者として参加していた魔物討伐の遠征で、ダグラス将軍が兵を率いて実際に戦うところを目撃したそうだ。
普通の将軍なら後方でふんぞり返っているが、ダグラス将軍は率先して自ら動くタイプだと爺さんが言った。
話が長くなりそうなので、
「もうその話はいいや。ところで加護持ちって何だよ? その様子じゃ何か知っているんだろう?」
「……加護持ち、な。ダグラスがそのような話をおまえにするとは予想外だったな。まあいい、いい機会だから少しだけ話をしてやろう」
そうして爺さんは静かに語り始めた。
広く伝わるお伽噺で伝えられているとおり、その昔この世界には十二神竜と呼ばれるドラゴンが存在したといわれている。
そんな中、この大陸が群雄割拠の時代に大陸を制覇し剣士の身から一国の王にまで上り詰めた男がいた。
その男の名はクリストファー・エピック。
アステリア王国の初代国王その人だ。
クリストファー・エピックは剣術の達人であり、幾多の戦場で獅子奮迅の活躍をし成り上がった男だった。
そしてその傍らには加護持ちと呼ばれた十二人の騎士がいたと言われている。
加護持ちの騎士は十二神竜と契約をしドラゴンの持つ巨大な力を手にしていたとも、加護持ちの騎士自体が十二神竜であるドラゴン自身だったという見方もあるようだ。
とにかく加護持ちとは十二神竜の力を生まれながらにして持っている者のことらしい。
「なんだ、単なるお伽話かよ」
「そうとも言えんよ。過去に加護持ちではないかと疑われた者も歴史上存在する」
「そうなのか? 俺も習ったことあるかな……」
歴史の授業を睡眠時間に充てていたことが、こんなときに悔やまれる。
「学校の授業では出てこんさ。歴史好きな爺さん婆さんぐらいしか知らんだろうな」
爺さんは話を続ける。
ここからは歴史家たちの推測らしいのだが、加護持ちは年代や性別、国を問わず、一定の周期で生まれてくるという。
つまり平民で商人の夫婦に加護持ちが生まれてくる可能性もあるらしい。
逆に親が加護持ちでも、その子や血縁者が加護持ちになることはないようだ。
「……ふうん、なかなか興味深い話だな。というか加護持ちって何のために生まれてくるんだ? そんな凄い力なんて人間が持っていても不相応なだけだろ」
「まあ、そうだな。歴史家が語るには、世界に災厄が訪れた時に世界を救うために力を与えられたのだという文献もあったな」
世界の危機に立ち向かうために与えられた加護。
それこそ、本当にお伽噺だ。
「おまえの担任、ブランドン・ダフニー。あやつもかつて加護持ちではないかと囁かれたことがある」
「……え!? ブランドン先生が……?」
これには俺も目を丸くする。
「アステリア王国武闘祭三連覇。何か特別な力を持っていると思われても不思議ではなかろう」
ブランドン先生が加護持ち……?
だからダグラス将軍はブランドン先生のことを聞いてきたのか?
何のために?
「真実は解らんよ。だが俺が見て、加護持ちではないかと疑った者がもう一人いる」
「……誰だ? まさか、俺の知っているやつなのか?」
爺さんはもったいつけるように間を置いてから、ようやく口を開いた。
それから、ゆっくりと右腕を上げて俺を指差した。
「おまえだ、アル」
「…………え?」
何を言ってるんだうちの爺さんは。
そんなこと初めて聞いたし、親父や母さんからそれらしい話を聞かされた記憶もない。
「幼い頃からおまえを鍛えてきたが、おまえには才能がある。いや、あり過ぎる」
「急に何言ってんだよ。それは爺さんや親父みたいな強者の血を引いているのもあるだろうし、子どもの時から理不尽なしごきに耐えてきた賜物だろ」
「ふん、理不尽なしごきときたか。まあ、それも大いにあるだろう。だがな、それだけでは説明がつかんことも今思えばあった。時折見せる爆発的な力、あれは魔眼がどうのとかいう話ではない。おまえには特別な力がある」
心当たりはないが、爺さんが言うのならそうなのかもしれない。
いや……心当たりと言えば一つだけあったな。
死竜の砦で巨大バリスタの矢を防いだ時のことだ。
あの時の俺は無我夢中で〈神器〉である〈樹流の鱗〉を盾代わりにして矢を跳ね返した。
いかに〈神器〉を使ったからといって、俺がやり遂げたのがいまだに信じられない。
下手をすれば死んでいただろう。
自分の実力を過信していないので、あれが限界を超えた不思議な力が加わったのだと説明されれば納得できなくもないが……。
まさかな。
「これはあくまで俺の所見だ。本物の加護持ちを見たことなどないし、かわいい孫に対する贔屓目かもしれん。だから調子に乗るなよ。確かにおまえには俺やミディール以上の才能がある。俺の父親や爺さん、つまりアレクサンドリート流継承者の先代や先々代よりも才能だけで見れば上だ。ただし、いまのところその才能は宝の持ち腐れだがな。グラナート流で中級止まりなのがその証拠だ。才能があっても努力の仕方がヘタクソ過ぎる」
「……いや、努力がヘタクソって何だよ」
酷い言われようだな。
だが反論できない。
「そこは自分で考えろ。基本的なことはすでにおまえに叩き込んだつもりだ。この先おまえがどこまで強くなれるのかはおまえ次第だぞ。セスト家の小僧に勝てぬなら、おまえもその程度というこ――いだだだっ!」
言い終える前に、爺さんが腰を押さえて目をぎゅっと瞑った。
「解った、解った! そう急かすな。滅多に会えない孫との語らいだというのに……うるさいババアだ。いだだっだっ、蹴るな蹴るな! ババアと言ったのは悪かった!」
爺さんが誰もいないはずの背後に向かって言い訳するように言った。
俺に見えていないだけで、仲間の婆さんがそこにいるのだろう。
仲間とは上手くやっているようで俺は何だか嬉しくなった。
うちの爺さんが世話を焼かせてすみませんね、と心の中で言っておく。
爺さんは渋々腰を上げて、
「それではな、アル。また会おう。その時はもうちっと成長したおまえを見せてくれ。老い先短いジジイの楽しみはそのぐらしかないからのう」
「縁起でもないこと言うなよ。俺が覚悟を決めるまでアレクサンドリート流を守ってくれなきゃ困るぜ」
「ふむ、ではな」
爺さんは右手を上げて別れの挨拶に代えると、控え室から出ていった。
同時にさっきまで感じていた気配もどこかへ消えていた。
(加護持ちか……。いや、いまはそれよりもアレクサンドリート流を使うヨハンネスのことに集中しないとな!)
それから二回戦の試合をした俺は、またも片手剣で勝利をもぎ取った。
相手は同じ五年生でありながら中級の腕だったが、エドガーやハロルドと比べると幾分レベルが劣っていた。
こうして俺は明日の準々決勝に駒を進めたのだった。




