第二十六話「観客席での応援」
アルバートの試合が始まって間もなくの頃。
セシリアたちは観客席からアルバートを応援していた。
「僕やエドガーとの試合を彷彿とさせますね」
「本当だわ。やっぱりアル、まだ双剣は使わないつもりなのね。わたしの目からは相手の実力はまったく想像できないわ。どうなの、ハロルド?」
「そうですね……認めたくありませんが、僕よりは上でしょうね。同じグラナート流の剣士として悔しい限りです。しかもその相手に一歩も引けをとらないアルには驚かされますよ。この短期間でさらに腕を上げたようです」
「それって双剣に近いくらい?」
「いいえ、双剣には全然及びません。アルのあれは別格ですから」
セシリアは双剣には届かないまでもアルがまた強くなったのだと聞いて、まるで自分が褒められたように嬉しい気持ちになった。
それを見たブレンダが横から話しかける。
「昨日アルと何かあった?]
「えっ、ブレンダ!? 急に何を言うのよ!?」
「何って……今もの凄い嬉しそうな顔してたけれど」
「あ~っ! そうだ、俺聞いたぜ。昨日の帰りシンフォニー家の場馬車が襲われたって!」
「セシリア、それ本当なの……?」
会話に割り込んできたロイドがセシリアが黙っておきたかった話を持ち込んできた。
ブレンダやハロルド、ミリアムはまったく知らなかったようで大きく驚いている。
「あ、あのそんな大した話じゃないから。ちょっとしたアクシデントがあっただけ。わたしも怪我はしていないし大丈夫よ……!」
「あっ、何でセシリアちゃん顔真っ赤なの!?」
セシリアは助けに来てくれたアルバートのことが頭に浮かんで少し浮かれてしまったようだ。
それを目ざとくミリアムに突っ込まれてしまう。
「ふうん、やっぱりアルが関係あるのかしら?」
「えっ、アルくんがどうしたの?」
「もう、ブレンダもミリアムもちょっと待って! 本当に何でもないんだからっ! 今日はいいお天気で日差しが強いからちょっとのぼせちゃっただけなのっ!」
見透かしたように微笑むブレンダと、何も解っていなさそうなミリアム。
セシリアは誤魔化すので必死だった。
(私が攫われたなんてみんなが知ったらきっと心配させてしまうわ。それにアルのおかげでわたしは無事に屋敷に帰れたんだし、このままみんなには黙っておかなきゃ)
確かにセシリアの思ったとおり仲間が事実を知れば、ロイドは怒って首謀者捜しをするだろうし、ブレンダも侯爵家の力を使ってでも尽力するだろう。
ミリアムやハロルドも同様だ。
セシリアはみんなに不要な心配はかけたくなかった。
一方、アルバートの試合は膠着状態が続いていた。
流派を切り替えてまるで何かを試すように試合を進めるアルバート。
相手は戸惑いつつも冷静に対処している。
「ほう、ガラにもなく試行錯誤しているようだの」
突然、背後から声がしてロイドとハロルドが振り返った。
そこに立っていたのは腕を組んだ老人だ。
背格好は長身で体格のいいロイドと近い。
しかも老人らしからぬ盛り上がった筋肉をしていた。
腰には左右それぞれに剣をぶら下げているので、一目で冒険者であると解る。
「爺さん、いま試合してる右のやつな、俺たちのツレなんだぜ。どうだ強ぇだろ? なんたって優勝候補の筆頭なんだからよ」
「ロイド、残念ながら優勝候補は別の生徒です。アルはアステリア王国内での知名度はほとんどないですから」
「んなこたねぇだろ。こないだウルズ武闘祭で優勝したんだから知名度はグンと上がったはずだぜ」
ロイドとハロルド言い合いを始めたので、苦笑しながらセシリアが眺める。
それから後ろへ顔を向けて、ようやく老人の顔をまともに見た。
どこかで見たことがあると思いつつも、すぐには思い出せない。
首を傾げたところで、目が合った老人がニッと白い歯を見せた。
「ア、アルのお爺さま!?」
「おお、お嬢ちゃん。この間ぶりだのう」
「えっ、アルの爺ちゃんだって!? ホントかよ、セシリア!」
「ええ、そうよ。わたし一度だけお会いしたことがあって」
「アルくんのお爺ちゃん!? あ、私がアルくんからもらってる魔鉱石を送ってくれるっていう……はわわ、お礼しなきゃ!」
ミリアムは腰に携帯したポーチを開けようとして中に入っていた魔鉱石をぶちまけてしまう。
慌てて拾うミリアムをブレンダも手伝った。
「お爺さま、よかったら一緒にアルの試合をご覧になりませんか? どうぞ、こちらへ」
セシリアは自分の隣にスペースを作って、アルの祖父オーガストに着席を促した。
「おお、悪いのう。お嬢ちゃん、失礼するよ。ふぃ~、どっこいしょ」
オーガストはセシリアの隣に腰を下ろした。
その隣に座っていたロイドがオーガストの二の腕を見て息を飲む。
「あの……いったい何食ったらそんなに筋肉付くんすかっ!」
「ん、これか? 食いたいものをたらふく食って、適度に体を動かして泥のように眠る。これの繰り返しだ」
「……そ、そうすか」
ロイドは感心したのか解っていないのかどちらとも取れない微妙な表情で頷いた。
セシリア以外は初対面であったが、アルバートの祖父というだけで、みんなオーガストに興味津々のようだ。
試合も気になるがオーガストも気になるといった様子だった。
それからミリアムが魔鉱石のお礼を言ったり、ハロルドはアルバートの試合の展開を訊いたりしていた。
アルバートの試合は序盤の軽い攻防が終わり、互いに実力を確かめ合ったところだ。
いまのところアルバートがやや優勢だと気付いているのはオーガストを除けばハロルドぐらいだろうか。
「ああっ、惜しい! 今のが当たんないのかよ!」
ロイドが悔しそうに右足を床を叩きつけるようにした。
セシリアはハラハラしながらアルバートの一挙一動に注目している。
そこでハロルドがオーガストに訊ねた。
「わずかにアルが優勢ですが、そう易々と攻め込めないみたいですね。こうも防御を徹底されたら動きの激しいアルのほうが体力が厳しそうです。こういうとき、何か手はないんですか?」
「ふむ、あるにはある。グラナート流は攻守のバランスに重きを置いた剣だか、守りに長けたディアマント流ほどの鉄壁さはない。アルがああいう戦い方をするのならば、剛の剣ザルドーニュクス流の一撃で相手の防御は崩せるはずだ。しかし、ザルドーニュクス流はその剛剣ゆえ隙が大きい。逆にそこを突かれないようアルも警戒しとるようだな」
ハロルドは同意するように頷いた。
「ところでアルのやつはいつもあんな戦い方をしているのか? あいつの流派はグラナート流だったはずだが」
「前まではそうでしたね。ですが学院内予選からああやってザルドーニュクス流、ザフィーア流、ディアマント流を切り替えながら戦っています。この短期間で基本の型を習得し、実戦で使えるレベルまで鍛え上げたみたいです」
「ふうむ、アルなりに考えがあってのことか」
不意にオーガストが立ち上がる。
「それではアルの学友諸君。俺はもう行くことにしよう」
「あの……お爺さまは最後まで見られないのですか?」
「たまたま近くまで来たから顔を出しただけだからな。それに試合はもう決着する。ちと時間をかけすぎだがな」
オーガストが試合場を示すように顎をしゃくり、セシリアたちは試合中のアルバートのほうに注目した。
まさしくオーガストの言葉どおり、ちょうどアルバートの放ったザルドーニュクス流の横薙ぎが相手の剣を弾いたところだった。
剣を飛ばされた相手は敗北を認めたようで、一礼して後ろへ下がった。
そして主審がアルバートの勝利を告げた。
「やったぜ!」
「わあ、アルくんが勝った! ね、ブレンダちゃんも見てた!?」
「ええ、ちゃんと見てたわよ。相手の隙を逃さなかったわね」
みんなが思い思いの余韻に浸る中、セシリアは心の中でアルバートの勝利を祝福した。
(アル、一回戦突破おめでとう。アルだって夜の仕事もあるのに寝る時間を惜しんで頑張っていたんだもの。アルの頑張りが実って本当に嬉しいわ)
「審判もなかなかの腕利きを揃えたようだの。主審一人と、副審が四人。脇には回復術士と数人の兵士も控えているな。全員上級以上の者たちだから、大きな事故が起こる心配はないだろう。皆の応援はきっとアルにも届いているはずだ。あんな孫だがこれからもよろしく頼むよ」
「はい!」
セシリアが澄んだ声で返事をした。
オーガストは微笑を浮かべながら頷き返したのだった。




