第二十四話「この決着は」
「偽りの双剣使いだと? いったい何が言いたいんだ」
「言葉のとおりだ。俺が本物でおまえが偽物だ」
偽物という言葉で俺はあることを思い出した。
目の前にいるこの男、どこかで聞いたことのある声だった。
そう俺はこの男と一度剣を交えている。
俺はこの男が闇夜の死竜の偽物の正体だと確信した。
俺と背格好は同じぐらいか。
年齢も近そうだ。
見た目はどこにでもいそうな青年だ。
たが、どこにも隙がない。
「偽物はそっちだろう。ウルズの守護神は一人で十分だ」
「確かに闇夜の死竜としてはこちらが偽物で合っている。だが双剣使いとしては俺が本物でおまえが偽物だ」
「意味が解らないな」
「解らなければ教えてやる」
男が動いた。
(これは……!?)
男が繰り出したのはアレクサンドリート流剣術の縦斬り〈クラウス〉だ。
俺は斬り上げ技〈アルマス〉で迎撃する。
火花が散るような音が耳を打った。
男がニィと口角を吊り上げる。
「俺の〈クラウス〉に〈アルマス〉で合わせるかっ! 面白い!」
この男はアレクサンドリート流剣術を使うし、俺の使った剣技まで正確に把握している。
いったい何者だ。
爺さんと親父には手紙を出したが返事はまだだ。
こいつの正体が気になるところだが、まずは何とかしないと先はなさそうだ。
それからも俺と男は互いの剣技をぶつけ合った。
魔眼を使った俺の速度にも引けを取らない身のこなし。
同年代でこんなやつがいたのかと背筋が寒くなる。
実力的にはゲルート帝国のスパイだったイアンや死竜クラスのジェラルドをはるかに凌ぐ。
魔眼を使った俺の双剣と対等に渡り合っているのがその証拠だ。
奇しくも同じ剣技、斜め斬り〈トルスティ〉を同時に放ったところで、お互いの体の軸がぶれた。
そして俺も男も一旦後ろへ跳んだ。
男の実力から、俺はウルズ武闘祭前日にハロルドが襲われた件を結びつける。
双剣を構えながら男に問うた。
「ウルズ武闘祭の前日、ハロルドに傷を負わせたのはおまえだな?」
男は一瞬目を細めてから、含み笑いをした。
「ハロルド? ああ、ハロルド・ソネットのことか。おまえと互角の戦いをしたと聞いたからどれほどのものか試したが、あれは駄目だ。てんで話にならなかったぞ。すぐに興ざめして途中で止めた」
まるで時間を無駄にしたと言わんばかりの言い草に、俺の怒りはさらに増した。
「ハロルドにとってウルズ武闘祭は大事な試合だった。その試合前によくもつまらないことをしてくれたな」
「ふん、あの程度の実力ならアステリア王国武闘祭に出ても二回戦が関の山だ。だいたいおまえがいるんだから優勝はなかっただろうが」
「……おまえに俺とハロルドの試合を邪魔する権利はない」
俺が怒りと苛立ちを隠さずにいるのが、どうにも楽しいらしい。
訊いたついでにもう一つ訊ねてみる。
「闇ギルドを襲撃したのもおまえだな?」
「……さあな、何のことだか」
男は俺の目を見据えながら答える。
肯定も否定もしないが、わざとらしくとぼけている。
別に知られても構わないと思っているのか。
目的は解らないが、おそらくリスラム団の屋敷で暴れたのはこいつで間違いないだろう。
だとしたら通り魔事件はどうだろう?
俺の考えでは…………。
「来ないなら、こちらから行くぞ!」
男は痺れを切らしたのか前傾姿勢を取りながら突き進んできた。
両手に握った双剣は器用な手さばきで順手と逆手を交互に持ち変える。
アレクサンドリート剣術は同じ構えからでも、順手と逆手で繰り出す剣技が変わってくる。
連続技に繋げるとしてもそのパターンは複雑で多岐に渡る。
ここまで互いの剣技で相殺を繰り返しているので、俺に放つ剣技を悟らせないように考えているのだろう。
俺たちの攻撃速度はほとんど同じぐらいだから、わずかでも反応が遅れれば相手の攻撃を受けることになる。
ここからは今まで以上の読み合いと発想の転換が必要だ。
「おまえの底を見せてみろっ! 俺がすべてを叩っ斬ってやる!」
男が声を荒げて剣技を放つ。
両手とも逆手持ちでこの体勢から繰り出す剣技は俺の記憶では皆無。
俺の知らない剣技と読んで、それならばと俺もとっておきで対抗する。
七百年かけて培われた剣技ではなく、比較的最近、しかも俺の身内が編み出した剣技。
(これは知らないだろう!!)
俺はアレクサンドリート剣術――剣技〈ドラゴンオーガスト〉の動作に入った!
「ちっ!」
男が舌打ちする。
こんな剣技が出るとは思わなかったか。
〈ドラゴンオーガスト〉は本家本元の爺さんが使えばドラゴンさえ一撃で屠るほどの威力がある。
そこまではいかないまでも、目の前のこいつを出し抜くには十分だ!
俺の双剣と男の双剣がぶつかる――まさにそう思った瞬間。
割り込むように別の角度から剣が差し込まれた。
「――そこまでだよ!」
二人の間に割って入ったのはブランドン先生だった。
「……!?」
「……!?」
俺も男も唖然として、双剣を振るった状態で静止している。
ブランドン先生が一本の剣で俺たちの四本の剣を受け止めていたからだ。
信じられない光景に俺は目を疑った。
しかし、それは相手も同じだったようだ。
「おまえ、あの時のやつか……」
「おや、どこかで会ったかな?」
ブランドン先生が剣を手元に引き寄せてから鞘に戻した。
男も剣を引いて下がった。
それを見てから俺も一歩後ろに退いた。
「そいつはこの間遭遇した俺の偽物らしい」
「ほう、なるほど。きみが闇夜の死竜の偽物か。ん……どこかで見覚えのある顔だね」
「……知ってるのか?」
どうやらブランドン先生は男の顔に見覚えがあるらしい。
俺の記憶にはない顔だ。
しかしブランドン先生もすぐには思い出せないらしく、顎に手をやり頭を傾けて唸っている。
「おまえ何者だ? たいした腕だ……興味をそそられる。アルバート・サビアの次に相手をしてやろう」
互いに集中しすぎて周りが見えていなかったとはいえ、その間に割り込んでくるブランドン先生の技量はかなりのものだ。
並の剣士なら不意を突いても俺たちの剣を止めることなどできやしなかっただろう。
そのブランドン先生は呑気に頭をかいているのだから、まったく食えない。
「いやぁ、ただの剣術学院の教師だ。きみが望むような大層な経歴は持っていないよ。強いて言えばアステリア王国武闘祭で優勝したことがあるくらいだね」
「ふん、そうなのか。俺は過去の栄光に縋るやつを見ると虫唾が走るタイプでな」
男は何かを思い出して苛立ったように眉間にしわを寄せた。
「ここは俺に免じて双方退いてくれないかな」
反応したのは俺が先だった。
「ブランドン先生、悪いがそれは聞けない。……どいてくれ」
たとえブランドン先生が止めに入ろうが、セシリアを攫いハロルドに怪我を負わせたこいつは許せない。
ブランドン先生が立ち塞がるなら俺にも考えがある。
「アルバート、ちょっと冷静になろう」
「これが落ち着いていられるか。セシリアを攫い、通り魔事件の犯人かもしれない男をここで逃がしていいのか?」
ブランドン先生は俺に顔を近づけると鋭い目つきで言った。
「ここでどちらかが二度と立ち上がれなくなるまで血生臭い命のやり取りでもする気かい? それもセシリアの目の前でだ。セシリアのために憤慨する気持ちは解るが、余計に彼女を悲しませるかもしれないと考えなかったか?」
「……そ、それは」
「あと通り魔事件だけど、彼は犯人じゃないよ」
「なっ……!? え?」
ブランドン先生は何でもないような顔で平然と言ってのける。
「ようやく彼の顔を思い出したよ。彼がウルズの町へ入ったのは今朝のことだ。彼の住む町からはちょっと距離があるからね」
「は? どういうことだよ」
「彼もきみと同じくアステリア王国武闘祭の出場者なんだよ」
「え、ええっ!?」
驚くしかない。
セシリアを攫ったこいつが最近ウルズの町で起こっている通り魔事件の犯人ではなく、アステリア王国武闘祭の出場者、つまり俺と同じ学生だったとは。
「……だからと言って許せるはずないだろう。ウルズの町中で堂々とセシリアの馬車を襲ってこんな場所に連れて来たんだぞ」
「さっきも言ったが、きみの気持ちは解る。短い付き合いじゃないだろう? 俺は目の前で生徒が殺し合いをするのを見たくはない。きっとセシリアもそのはずさ。セシリア、きみだってそうだろう?」
セシリアがこくこくと慌てて頷く。
ちくしょう、ここでセシリアに訊くのは卑怯だろ。
確かにセシリアの前でおそらく血が流れるであろう戦いを見せるのはキツい。
俺は怒りの矛先が霧散したような気になり、胸の中にモヤモヤだけが残った。
「それに、この決着に相応しい場所があるじゃないか」
ブランドン先生が言う。
「アステリア王国武闘祭だよ」
「なっ……!」
俺はブランドン先生の提案に戸惑った。
「きみたちは二人ともアステリア王国武闘祭の出場者だ。ならばその舞台で決着をつければいい」
ブランドン先生は男のほうへ顔を向ける。
「きみは自分がアルバートより強いってことを証明したいようだけど、こんな観客もいない場所で戦うよりアステリア王国武闘祭という大勢の観客がいる前で試合をするほうが、より効果的なんじゃないかな。ただし、きみがアルバートと戦う前に負けることを恐れて、今夜の戦いを計画したのなら申し訳ない」
「ふざけるな。俺を挑発しているつもりか。俺が負けることなど万に一つもないな。今夜、侯爵家の女を攫うリスクを冒してまでこいつをおびき寄せたのは、俺たちの戦いを誰にも邪魔されたくなかっただけだ。だが……」
そこまで言って男は一瞬考え込むように押し黙った。
「大勢の目の前でアルバート・サビアを完膚なきまでに倒すのも面白い。いいだろう、おまえの挑発にここは乗ってやる」
言い終えると同時に、男は双剣を鞘に収めた。
ブランドン先生は頷いてから今度は俺のほうを見る。
「きみはどうする? このままセシリアの見ている前で彼と戦いを続けるのか、それとも一旦退いてセシリアを家に帰してから明日の試合で決着をつけるのか。さあ、どっちだい?」
俺はちらりとセシリアの様子を窺った。
心配そうな表情で俺を見つめている。
(くそ……考えるまでもない、か)
俺は双剣を鞘にしまってから男に言った。
「明日だ。明日の試合でおまえとの決着をつける」
「望むところだ。手にした貴重な一日を有意義に使うことだ」
そう言って男は床に置かれていた荷物をまとめると、扉の向こうに去っていった。
俺は男の気配が完全に消えたのを確認して、すぐにセシリアのところへ駆けつけた。
それから剣で縄を切ってセシリアを解放する。
「ごめん、セシリア。怪我はしていないか?」
「うん、わたしは大丈夫よ。アルこそ大丈夫なの?」
「ああ、一撃ももらっていないから安心しろ」
俺はセシリアの手を取って立たせる。
するとセシリアが不意に抱きついてきた。
「セシ……!?」
一瞬戸惑った俺だが、セシリアの肩が震えているのを知って何も言わずにそのまま状態で立ち尽くしていた。
そこへブランドン先生がやってきた。
セシリアが慌てて俺から離れる。
顔を逸らしているが少し照れているような表情が垣間見れた。
「いやあ、無事セシリアを助けられてよかったよ。それに生徒同士の危険な戦いも避けられた。きみたち生徒はやはりルールのある試合で決着をつけるべきだね」
「よくあいつがアステリア王国武闘祭の出場者だって解ったな」
「ああ、これでも俺はいちおう監督だからね。きみの対戦相手になる相手のことはちゃんと調べているんだよ。どの生徒がいつウルズの町に到着してどこの宿に宿泊しているかまですべて把握しているからね」
「はは……そいつはご苦労なこった」
さて、今日のところはセシリアを家まで送り届けて、俺も少しでも眠らないとな。
明日は忙しくなりそうだ。
セシリアを攫ったのとハロルドに怪我を負わせたこと、その借りは必ず返す。
「俺もあいつに当たる前に負けないように気を引き締めるか。他にも強そうなのがいるからな。何て言ったっけ、優勝候補だっていうエドガーの従兄弟の……」
「それなんだが、彼は残念ながら予選で敗退したよ」
「……は? 何だよそれ、だって去年の優勝者だろ?」
「オスワルド剣術学院からの出場者は――さっきの彼ヨハンネス・セスト。きみと同じ五年生だ」
ブランドン先生は衝撃的な事実を告げたのだった。




