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双剣魔眼の剣術学院クロニクル  作者: ユズキ
第三章 武闘祭と後継者
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第二十二話「迅速果断」

 セシリアが攫われた。

 その言葉に俺の怒りは一瞬で頂点に達した。

 ベッドから飛び起きるとすぐに着替え始める。

 同時にブランドン先生に話しかける。


「経緯と状況を説明しろ。解っていること全部だ」

「アルバート、落ち着くんだ」

「これが、落ち着いてられるか!」


 振り返った俺はブランドン先生の胸ぐらを掴む。

 その手を上から軽く叩きながらブランドン先生は背後の壁に目をやった。


「騒ぎすぎだよ。これじゃあ、隣の生徒が目を覚ましてしまう。外で話そう」


 俺は双剣を装備して窓に手をかける。

 こんな時間に学院寮の玄関から出るわけにはいかないからだ。

 夜の仕事をする時はいつもこうなので慣れている。

 飛翔の呪文を唱えて俺は窓から飛び降りた。

 背中に出現した翡翠色の翼をはためかせて素早く滑空する。

 着地して後ろを振り返ると、ブランドン先生は器用に壁の出っ張りを伝いながら降りてきた。


「セシリアはどこにいるのか見当はついてるのか?」

「いいや、だが彼女はこれを落としていた」


 ブランドン先生は握っていた左手を差し出した。

 その手が開かれる。


「現場に残されていたものらしい。見覚えはあるかい?」

「――!? これは……!」


 ブランドン先生が見せてくれたもの。

 それはセシリアの誕生日に俺がプレゼントした指輪だった。


「くっ……!」


 俺はセシリアの指輪をブランドン先生からひったくるように奪うと、



(魔眼、――開眼ッ!!)



 魔眼を発動させた。

 右目が燃えさかるような深紅の光を帯び、そして魔眼の色と同じように俺の体も熱くなるのを感じていた。


「どうするつもりか訊いても?」

「決まっているだろ! 魔眼を使ってセシリアの痕跡を探す! 走りながら詳しい話を聞かせてくれ!」

「ちょっと待ってくれ。きみの本気の走りについて来いと?」


 俺は返事をせずに駆け出した。

 魔眼がセシリアの指輪からわずかな手がかりを残してくれている。

 俺は魔眼を信じて突っ走るだけでいい。

 ブランドン先生はこんなことを言っているが俺を見失うほど離されることはないだろう。

 しかも俺はいま双剣を装備している。

 もし巡回中の警官にでも見つかれば面倒なことになる。

 その時近くにブランドン先生がいれば上手い言い訳で誤魔化してくれるだろうと考えていた。


 俺に並走しながらブランドン先生は語り始める。

 セシリアが攫われたのは今日の帰りのことらしい。

 その話に耳を傾けながら、俺は帰りのことを思い返していた。




 ◆ ◆ ◆




 この数日、ウルズの町近郊で通り魔事件が相次いでいた。

 狙われたのは大人の魔術師ばかりで、被害者は二十人にも上る。

 主な被害者は王城に勤める者や、軍関係、冒険者といずれも魔術師に限定されていた。

 そして全員が不幸なことに亡くなっていた。

 ウルズの町にも通り魔の話は広がっていて、人通りの少ない通りを使用することや夜間の外出はなるべくしないようにと警察が注意喚起していた。


 俺は先日ブランドン先生から聞いた隣国ゲルート帝国にあるセレネの町で起こった惨劇を思い出した。

 原因不明のこの大惨事はセレネの悲劇と呼ばれるようになっていた。

 もしかしてセレネの悲劇をアステリア王国の仕業だと考えたゲルート帝国が報復に出たのではないかと考えたが、ブランドン先生の答えは性急に判断できる問題ではないといったものだった。


 これまで狙われたのは大人の魔術師だけで、いちおう念のためとウルズ剣術学院が出した対策は、集団での登下校だった。

 特に貴族は家から馬車を出す生徒が圧倒的に増えた。

 いままでは馬車通学といえばエドガーやローラ先輩が頭に浮かんだが、この数日はセシリアやブレンダまでもが護衛付きの馬車で登下校するようになっていた。

 本人たちは大げさだと渋々な様子だったが、侯爵令嬢ともなると家の人たちが許してはくれなかったようだ。

 しかも両家とも護衛には複数の上級剣士がつくという徹底ぶりだ。

 あえて魔術師を護衛につけないのもいい案だと思っていた。


「じゃあ、みんなまた明日ね。アル、ミリアムのことお願いするわ」

「ああ、また明日学院で」


 セシリアとブレンダが迎えにきた馬車に乗って帰るのを見送って、俺は残った仲間に目を向ける。

 ロイド、ハロルド、ミリアムだ。


「じゃあ俺たちも帰るか」

「おう、まずはミリアムの家からだな」


 ロイドが言って先頭を歩き出した。


「いつもごめんね」

「気にすんなって、しばらくすれば犯人はウルズの守護神が捕まえてくれるだろうし。な、アル?」

「上手いこと遭遇できればな」


 俺はロイド、ハロルド、ミリアムと一緒に登下校するのが最近の日課となっていた。

 ミリアムの親父さんはミリアムを迎えに行くたびに昼食用のパンを持たせてくれた。

 帰りには夜食用もくれる。

 毎日のことなので申し訳ないと思ったが、親父さんは武闘祭のチャンピオンに娘を護衛してもらってるんだからこのぐらいさせてくれと言ってきかなかった。


 こうしてミリアム、ハロルド、ロイドと順番にそれぞれの家へ寄ってから俺は学院寮に帰ってきた。

 もうそろそろ日が落ちる。

 学院寮の玄関で俺の隣の部屋に下宿している三年生の後輩が待っていた。

 稽古をつけて欲しいというので、日が暮れるまで付き合ってやる。

 その後、夕食を摂って早めに就寝ししたところ、ブランドン先生に文字どおり叩き起こされたってわけだ。




 ◆ ◆ ◆




 セシリアを乗せた馬車は大通りを抜けて南へ向かっていた。

 そこで突然、不可解な振動があった。

 不審に思った御者がすぐに馬車を止めて中を覗くと、目の前に見知らぬ男がいてあっという間に昏倒させられた。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけた警官の話では、馬車の中には気を失った三人の護衛が倒れていた。

 腰の剣を抜いた形跡はなかったという。


「――という経緯だ。シンフォニー侯爵家の馬車が襲われ、セシリアが連れ去られる時にでも指輪が落ちたのだろう。聡明な彼女のことだ、もしかしたら犯人に気づかれないようにわざと落とした可能性もあるね」

「セシリアはそこまで器用じゃないよ。それにしても護衛には上級剣士が三人いたんだろ? セシリアに聞いた話じゃ御者の爺さんも元冒険者で上級だったらしいじゃないか。上級剣士が四人いて剣を抜くことすらできなかったのか?」


 実際、御者は冒険者を引退しているので帯剣は許されていない。

 だから剣を持っていたのは三人だけだ。

 幸い死者も出ず、気絶させられただけのようだ。


「ちょっと抜け道を通るぞ」

「俺でも通れる道なんだろうね?」


 俺は無視して正面の壁を蹴って民家の屋根に跳び乗った。

 後ろからブランドン先生もついてくる。

 そして屋根伝いに目標地点を目指す。


「ひょっとして冒険者区かい?」

「ああ、消えそうだがわずかに痕跡が残ってる。おそらくあの場所だ……」

「……? 何か気になることでも?」

「最近起こっている通り魔事件とセシリアを攫ったやつ……同一人物なのか?」


 引っかかっていたのはそこだ。

 魔術師ばかりが狙われていたのに一転して条件に当てはまらないセシリアが狙われた。

 それがどうも気になっていた。


「どうだろうね。御者が昏倒させられる直前、犯人がこう言ったそうだ。『安心しろ。抵抗しなければ危害は加えないと約束するし、明日になれば帰してやる』とね。一方、通り魔事件のほうは被害者全員が殺されている」

「ちっ、どっちにしろ目的地はすぐそこだ。先に行くぞ」

「え、ちょっと待つんだ!」


 俺は飛翔の呪文を唱えて地面を蹴った。

 俺が向かっている先はブランドン先生にも伝えてある。

 ブランドン先生を置き去りにして俺はさらに加速した。

 地面スレスレを超低空飛行で突き進む。

 辿り着いたのは冒険者区にある旧冒険者ギルドだった。


「ここに来るのは久し振りだな」


 俺は迷わず半壊した扉の隙間から中に足を踏み入れた。

 ところどころ月の光が差しているが、基本的には真っ暗だ。

 周囲に人の気配がないことを確認しながら、俺は上の階へ進む。

 前に一度来たことがあるので構造は頭に入っている。

 苦労することなく最上階である三階へと到達した。


 ここは天井が半分ほど崩れているので月の光でほのかに明るかった。

 以前、黒ずくめの男を追ってここへ来た。

 俺が立っているのはちょうどあの時ロイドが倒れていた場所だ。

 いまは何もない。

 正面には扉が一つあり、少し開いていた。


「あそこか」


 セシリアの指輪の痕跡があの扉の先を示している。

 俺は急いで扉に近づいて開けた。

 そこにセシリアがいた。

 縄で柱に縛りつけられている。


「セシリア!!」

「アル!?」


 俺はセシリアに駆け寄った。

 顔に怪我はない。

 セシリアは涙を流していたので拭ってやる。


「もう大丈夫だ」

「……うん」


 縄を切ろうとして俺が腰の剣に手をかけたその時――


「アル、危ないっ!!」

「――!?」


 背後から強烈な殺気を浴びて、俺は瞬時に両腰から双剣を抜いた。

 キィィィンと、剣同士がぶつかる甲高い音が響く。


「ほう、まあまあの反応だな」

「誰だ?」


 背後から俺に斬りかかった男は後ろに跳んだ。

 暗くて顔はよく見えないが、声から男だと解る。

 俺は男を警戒しながらセシリアに声をかける。


「セシリア、待たせたな。もう大丈夫だから心配するな。いま助ける」

「……早いな。いくら何でも早すぎる。どうやってここを嗅ぎつけた」

「答える必要はない」


 俺の右目は真っ赤に染まっていた。

 魔眼の発動。

 現場に残されていたセシリアの指輪を使い、魔眼でこの場所まで辿ってきたのだ。

 男がそれを知る術はない。


「まあ、いい。ようやく邪魔が入らずに戦えるな。闇夜の死竜――いや、アルバート・サビア。偽りの双剣使いよ」

「…………何だと?」


 男はすぐには答えなかった。

 だがその声色には侮蔑の感情が感じ取れたのだった。

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