第二十一話「緊急事態」
決勝を終えて、俺はセシリアたちの元へ向かった。
しかしそこにハロルドの姿はなかった。
「ハロルドはまだ来てないのか?」
「ええ、そうなの。もししたらまだ控え室にいるのかもしれないけれど、わたしたちは入ることができないから心配してたの」
セシリアが困惑気味で言う。
「ちょっと見てくる」
俺はすぐに闘技場内にとって返す。
勢いよく飛び込んだ控え室にハロルドはいた。
「ハロルド……」
ハロルドは誰もいなくなった控え室で、ぽつんと椅子に座っていた。
そして疲れたような顔をゆっくり俺に向ける。
「……アル。もう試合は終わったんですか?」
その言葉でハロルドは俺の試合を見ていなかったことが解る。
何かがおかしい。
そう思った俺はハロルドに近づいた。
「ハロルド、ちょっといいか?」
「なっ……! ちょっと急に何で――」
俺は有無を言わさず、ハロルドの服を捲り上げた。
ここで違和感の正体に気がついた。
左の脇腹あたり、そこには紫色になった痣があった。
痣のつき方からして剣で打たれた傷だとすぐに解る。
しかし、ハロルドは準決勝まで一度も相手の攻撃を受けていなかった。
考えられるのは……。
「稽古で負った怪我じゃないだろ。何があった?」
「これは……」
俺を見上げるハロルドが一旦目を背ける。
しかし、再び視線を合わせると口を開いた。
俺に誤魔化しは通用しないと悟ったのだろう。
「実は昨日の帰り、アルたちと別れてからのことです。誰かにつけられている気がしたので、わざと道を変えたんです。しばらく何もなかったんですが、人気のない路地に差し掛かったときでした。不意に相手が姿を見せたんです」
「何だって……?」
「歳は僕たちと同じくらいでしょうか。背格好は多分アルと似たような感じです。その男が腰の剣を抜いて僕に投げて寄越したんです」
ハロルドが言うには、その男は剣をハロルドに投げた後、すぐに自分ももう一本の剣を抜いて斬りかかってきたという。
咄嗟のことだったが、ハロルドも手にした剣で相手の攻撃を防ごうとしたようだ。
「ですが、相手の動きが速すぎて対応が遅れました。それでこのザマです。剣の腹を叩きつけられたので命は無事でしたが、もし斬られていたなら今日ここに来ることもできなかったでしょう」
「――!?」
ハロルドに剣を一本渡して、自分ももう一本持ってたってことは……。
つまり、剣を二本持っていたってことだ。
左右の腰に一本ずつ差して。
偽物の双剣使い……俺の頭の中でやつの姿が思い起こされる。
だが、そんなことよりも俺はいま頭に血が上っていた。
「……許せないな」
ハロルドにとってこの武闘祭がどれほど大切だったか。
この日のために努力を惜しまず日々稽古をしてきたハロルドのすべてを無に帰すような下劣な愚行。
俺は拳をぎゅっと握りしめた。
しかし、その腕をハロルドが掴む。
「相手を見つけて報復しよう何て考えないでください。これは僕自身が未熟だったせいで負った傷です。それに……」
ハロルドが言い淀む。
「それに……何だ?」
「……相手は途轍もなく強いです」
ハロルドの感じからして、どうやら俺より強いと認識しているようだ。
だから危険だから不要な詮索はするなと。
おそらく治療はしたのだろう。
その上でまだ傷痕が残っているぐらいだから治癒魔法の〈ヒール〉ぐらいじゃ追いつかない負傷だったと解る。
今日の試合では怪我をしていないから出張していた回復術士に頼むわけにもいかなかったのだろう。
何てことだ……!
「気にしないでください。この怪我がなくてもアルに勝てる見込みは低かったでしょう。来年までまた稽古に励みますよ」
「ハロルド……」
「ところで、決勝はもちろん勝利したんですよね?」
「ああ、俺が優勝した」
「さすがアルです。アルには僕の分まで勝ち上がってもらわないといけませんからね。さあ、みんなのところへ行きましょう。きっとアルの祝勝会を心待ちにしているでしょうから」
ハロルドが立ち上がり、控え室の扉のほうまで歩いていく。
そして扉の前で立ち止まり、こちらを振り向かずに言った。
「このことはみんなには黙っていてください。みんなに心配をかけるわけにはいきませんから」
「……ああ、解った」
俺は頷くことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
幻竜の月二十八日。
ウルズ武闘祭からしばらく経ち、アステリア王国武闘祭がいよいよ明日に迫った。
アステリア王国内にあるおよそ六十あまりの町村から、アステリア王国武闘祭に出場する代表者がこの王都ウルズの町に集まるのだ。
早い者なら十日ほど前から、遠方の町村からは昨日今日で駆け込むようにウルズの町へ到着している。
大半の生徒に教師二人か三人ぐらいと一緒に同行していた。
遠方からともなると道中の魔物対策として冒険者を雇ったりしている。
その必要経費をすべて国が出しているということから、アステリア王国武闘祭の期待度が窺える。
未成年である生徒に金銭的負担をかけずに試合に集中してもらいたいという配慮らしい。
ちなみに一般の部はすべて自費だ。
大人は自分で稼ぐことができるので経済的に余裕があるのと、道中の魔物に苦戦して王都に辿り着けない者にアステリア王国最強を名乗る資格なしということのようだ。
俺はウルズ武闘祭以降、剣術の稽古と魔眼の制御を継続して続けていた。
そして三日に一度はブランドン先生の招集により、人が寝静まった深夜、闇夜の死竜としてウルズの町を走り回っていた。
睡眠不足は否めなかったが、これはこれで実戦形式の鍛錬になる。
そう割り切って黙々と仕事をこなしていた。
アステリア王国武闘祭の前後三日間は、ブランドン先生が夜の仕事は出なくていいと配慮してくれたので甘えることにした。
今夜は稽古をせず、俺は早めに休息を取ろうとベッドに潜り込む。
明日のアステリア王国武闘祭では相手の実力によっては、これまで封印していた魔眼も使うつもりだ。
事前の申請が必要だが双剣を使うことも検討していた。
ハロルドの分まで俺は本気で戦い抜くことを決めていたのだ。
目指すは優勝。
俺がハロルドにしてやれることはそのぐらいしか思いつかない。
眠くなる前に最近起こった嫌な事件の数々が頭に浮かんだが、雑念を払うように頭を振って俺は眠りについた。
「――バート」
「んん……ん」
「アルバート、起きてくれ」
「……はにゃ?」
右頬に鈍い痛みを感じて、俺はうっすらと眠たい目を開ける。
目の前に飛び込んできたのはブランドン先生だ。
そして右の視界の端に見えたのはおそらくブランドン先生の右手だった。
俺の右頬がパシンと小気味よく鳴った。
「い、いてぇよ!」
「いや、きみがなかなか起きないから」
「最後のは俺が目を開けたの知ってて叩いたよな? ブランドン先生なら寸前で止めれたよな?」
俺は右頬をさすりながら上半身を起こした。
ブランドン先生は俺に跨がるような格好で膝立ちしている。
という土足じゃないか、勘弁してくれ。
「ここは三階だぞ。どうやって中に……」
言いかけて、俺は部屋の窓のほうに視線を向ける。
鍵をかけていたはずだが、解錠されたうえ窓が開いていた。
いろんな技能を持ってるなこの人は……。
「何だよ今夜は仕事に出なくていいと言ったのはそっちだろ?」
「仕事じゃない。緊急事態だ」
ブランドン先生はいつになく神妙な表情だ。
柄にもなく少し焦りが垣間見えた。
その様子に俺も茶化すことなく続きを促した。
「何があった?」
「落ち着いて聞いてくれ、セシリアが攫われた」
「――!?」
予想もしなかった言葉に眠気は一瞬で吹き飛んだ。




