第二十話「尋問」
幻竜の月五日。
場所はウルズの町の北側に位置する闘技場。
今日はウルズ武闘祭の開催日だ。
俺とハロルドが出場するのは参加資格が十八歳未満の、いわゆる若年の部と いうやつだ。
ウルズの町にある十六の学校から二名の代表者が参加する。
各校の代表者、総勢三十二名の中からウルズの町で一番強い者を決めるのだ。
「魔術学院からはやはりあの二人が出るようですね」
ハロルドが言ったのはウルズ魔術学院の代表者二名のことだ。
交流戦で先鋒と次鋒を務めた中級魔術を使う男女だった。
剣術学院と魔術学院を除けば他はすべて一般学校だ。
剣術や魔術に力を入れているわけでもないので、代表者でも剣術学院や魔術学院に比べると見劣りするのは否めない。
そのため町の噂で優勝候補に上がっているのは、ハロルドと魔術学院の二人、そして最有力で俺らしい。
そうハロルドが昨日教えてくれた。
「魔術学院の二人と僕たち二人は直接対戦していませんからね。エドガーやローラ先輩は勝ちましたが、僕たちが勝てないと思っている人も中にはいるようです」
ハロルドは少し不満そうだった。
実力的にはエドガーと同格の自分が、エドガーに負けたウルズ魔術学院の生徒と同じ扱いをされているのがその理由らしい。
そして俺の場合は、そのエドガーに学院内予選で勝ったことが大々的に広まっているようだった。
それでこの評価だ。
だからといって油断はできない。
誰と当たっても気を引き締めていこうと思った。
試合は出場者三十二名のトーナメント方式で五回勝てば優勝だ。
俺たち若年の部は午前中に全試合が行われ、午後からは同じ場所で年齢制限なしの一般の部も催される。
ちなみに、一般の部は事前に予選が行われ三十二名の出場者が決定している。
軍関係者や冒険者、剣術道場の師範などが主な出場者だ。
俺たちは早朝に行われた組み合わせ抽選の結果を確認していた。
「いい感じの抽選結果だな。これでアルとハロルドが決勝で決まりだぜ」
「わあ、ホントだ! 学院内予選準決勝の再戦だね、ハロルドくん!」
「そこまでいけたらですが」
「謙遜すんなって、おまえなら余裕だろ」
ロイドがハロルドの肩を叩きながら言った。
「いっ……! 痛いですよ、ロイド」
「何だよそんな強く叩いてねーだろ。いつもどおりじゃん」
ハロルドはロイドとミリアムに挟まれて激励を受けていた。
その表情は心なしか疲れているように見える。
俺はそんなハロルドの様子を眺めていた。
「アル、どうしたの? 何か心配事?」
すると、セシリアが声をかけてくる。
「いや、何でもない。気のせいだ。それよりまたミリアムの親父さんから差し入れもらったんだって?」
「そうなの。わたしたちの分までたくさんもらっちゃった」
セシリアはかご一杯に入れられたパンを見せてくれる。
焼き上がったばかりの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
もうすぐ試合だし、終わってからいただこう。
こうしてウルズ武闘祭は始まった。
俺とハロルドは一回戦、二回戦、準々決勝と勝利を収めることができた。
準決勝の前に休憩が挟まれるようなので、俺は観客席にいるセシリアたちと合流しようとした。
ちょっと気になることがあり、ハロルドとも話をしたかったのだ。
だが、不意に俺を射貫くような視線を感じて立ち止まる。
同時に背後から声がかけられた。
「よぉ、今日も見事な勝ちっぷりだったな。さすが優勝候補だぜ」
つい先日、交流戦で顔を合わせたばかりの男だ。
闇ギルド、ミリカ団の幹部トラヴィスだった。
一歩下がったところには副団長のリチャードまでいた。
「これから準決勝だっていうのに嫌なもの見たな……」
「おいおい、そんなつれねぇこと言うなよ」
「試合を見に来たのか? いや、おまえらなら試合を見るだけじゃないな……どうせ一般人相手に試合で賭けでもしているんだろう」
こういう時は大なり小なり賭け事が行われている。
ギャンブルは闇ギルドの資金源の一つだ。
「まさか。武闘祭の賭けは全部貴族のやつらが仕切ってるからな。俺たちも迂闊に手を出せなぇ。今日はスカウトだよ。スカウト」
「スカウト?」
「活きのいい新人を探すんだよ。まあ、今のところおまえほどのヤツはいねぇけどな」
「そうかよ」
俺はトラヴィスからリチャードに視線を移動した。
リチャードは腕を組んで立っているだけだ。
さっき俺に強烈な視線を叩き込んだのはリチャードだろう。
剣術の腕は上級クラス、その鋭い目つきは俺を観察するように眺めていた。
「あんたもスカウトしに来たのかよ?」
「いや、俺はおまえに会いにきただけだ」
「……俺に?」
「リスラム団の件は聞いているな?」
なんだリスラム団の屋敷で暴れたのは俺だと疑っているのか。
「俺じゃないぞ」
「おいおい、前にも言っただろうが。あそこを襲ったのは双剣使いのガキだって。闇ギルド相手にそこまでやれるやつがおまえを置いてどどこにいるってんだ」
会話に割り込んできたトラヴィスを、リチャードが手で制した。
そうしてから、リチャードは俺の目をじっと見据えた。
「ここじゃあ少しばかり人目につく、ついてこい」
「は……? 何で俺が」
「周りのやつらを巻き込みたいのか?」
リチャードが凄む。
トラヴィスが右手を懐に入れた。
やっぱり武器を隠し持っているか。
周囲には一般人も歩いている。
さすがにこいつらもここでは暴れないと思いたいが、リチャードの目は有無を言わせないほどに威圧的だ。
「解った。どこへ行けばいいんだ?」
「こっちだ」
リチャードが踵を返して通路を突き進んでいく。
俺の背後からトラヴィスがついてくる。
果たして案内されたのは闘技場の中にある一つの部屋だった。
今回は使用されていないのか人が出入りしたような形跡はない。
部屋の中にはテーブルと椅子が三脚置かれているだけだ。
「何だこの部屋は?」
「知らん。適当に入っただけだ」
リチャードは椅子を引いて腰を下ろした。
トラヴィスは扉の前で腕を組み、もたれかかっている。
「いくつか質問させてもらう。リスラム団の本部はオスワルドの町にあるのは知っているな?」
「さあ、そうなのか? 興味がないな」
本当に知らない。
闇ギルドの同士の繋がりなんて本当に興味がない。
俺に関わる事件ならブランドン先生が調べて情報を伝えてくれるはずだ。
「リスラム団の屋敷に押し入った双剣使いは、リスラム団の金の流れをしつように聞いていたそうだ」
「だから何だよ。俺には関係ないだろ」
「おっさん、こいつとぼける気満々だぜ」
「……はあ、本当に知らないんだって」
それから俺に答えようのない質問が繰り返された。
俺が知る由もない話ばかりだったので、いい加減苛ついてくる。
「もういいか? 俺も暇じゃないんだよ」
リチャードは立ち上がって顎をしゃくり、トラヴィスを扉の前からどかせた。
トラヴィスは怪訝な表情だ。
「こいつじゃない。おそらく別の誰かだな」
「えっ……ちょ、何で解るんだよ!?」
リチャードの言葉にトラヴィスが驚いている。
俺も心の中で少し驚いた。
「俺の勘だ。悪いな、邪魔をした」
「お、おい! えっ、どういうことだよ?」
「俺に聞かれてもな」
「あ~、くそっ! リチャードのおっさん行っちまったじゃねぇか」
この場を去ったリチャードを追いかけるようにトラヴィスも後を走っていった。
部屋には俺一人だけが残された。
いや、でもリスラム団を襲ったのが俺じゃないってミリカ団に思ってもらえただけマシか。
(休憩する時間がなくなったな)
おかげでハロルドと話ができなかった。
俺は観客席へ行くのを諦めて控え室に向かうのだった。
波乱は準決勝で起きた。
ハロルドの対戦相手はウルズ魔術学院の次鋒だった女子生徒だ。
交流戦でエドガーと戦ったときと同じく、水魔法の〈アクアスプラッシュ〉から風魔法を繰り出すというパターンだ。
俺はハロルドがどうやって切り抜けるのか期待していたのだが、ハロルドは竜巻に苦戦し二度地面に叩きつけられた。
そこで審判が試合を止め、ハロルドは負けてしまったのだ。
ハロルドが肩を落として引き上げていくのを見ながら、俺は何かひっかかりを覚えていた。
(……やっぱりハロルドのやつ調子が悪かったのか)
思えば一回戦からハロルドは様子がおかしかった。
いつもより精彩を欠いていたように思う。
特に準々決勝では明らかに格下の一般学校の生徒相手に前半は押されていた。
人間誰だって体調の善し悪しはある。
しかし、この準決勝の戦い振りを見ていると本来の半分ほどしか実力をだせていないかのように感じていた。
俺のほうは準決勝でウルズ魔術学院の先鋒だった男子生徒に勝利し、決勝へ駒を進めた。
決勝でも俺は危なげなく試合を運び、〈アクアスプラッシュ〉からの竜巻を左右へのステップで躱しきり何とか勝ちを拾った。
こうして俺はハロルドと再戦できずいささか消化不良気味であったが、ウルズ武闘祭で優勝を果たしアステリア王国武闘祭への出場を決めたのだった。




