第十七話「剣術対魔術」
「エドガー、おまえ心配じゃないのかよ。ローラ先輩はおまえの許嫁だろうが」
「ふん、アルバート。少しは落ち着いたらどうだ。ローラをそこらの雑魚と一緒にされては困るな。仮にも次期アラベスク侯爵家当主のオレの妻になる女だ。平民とは頭の出来が違う」
「……どういうことだよ?」
「まあ、見ていろ。すぐに解る」
エドガーは自信たっぷりに言った。
俺は釈然としないまま、試合に目を向ける。
(エドガーどういうつもりだ。俺は女の子が炎に焼かれる姿なんて見たくはないぞ)
試合は今までと同じ様相を呈していた。
初級魔法の小さな炎の塊を次々に放つ魔術学院の生徒。
だが、ここからがさっきの三人とは違っていた。
「魔法を斬っているのか!?」
いや、正確にはローラ先輩の剣技が起こした風圧で炎をかき消しているのだ。
それに魔法の威力も少しずつ落ちているように感じる。
さすがに四人目を相手しているからか、魔術学院の生徒も魔力を消耗しているようだ。
「エドガー、おまえがもし戦っていたら同じ手を使ったのか?」
「誰にものを言っている。オレなら魔法ごと叩き斬ってくれるわ」
いや……それは俺にも無理だから。
それにしても、相手が消耗していたのも功を奏したな。
敗北した六年生三人の戦いも無駄じゃなかったってことだ。
ちらりとブランドン先生を見ると、満足したように笑みを浮かべていた。
(ったく、適切な指示もくれないくせに何を呑気な)
試合の形勢はローラ先輩に傾いた。
初級魔法をかき消しながら華麗なステップを刻んで、一歩一歩着実に距離を詰めている。
あの距離なら中級魔法の詠唱は間に合わない。
呪文を詠唱してる間にローラ先輩が一気に距離を詰めて勝負を決めるだろう。
俺たちが勝利を確信した瞬間、それは起こった。
目の前でローラ先輩が体を折り曲げた。
苦悶の表情。
その腹には頭ほどの大きさのゴツゴツした岩がめり込んでいた。
「ローラァァッ!!」
炎魔法の連打と見せかけて急に別の魔法を放ったのだ。
岩を風圧で消すことはできない。
予想しなかった相手の攻撃にローラ先輩は反応できなかったのだ。
「審判! 試合を止めろ! オレが出るッ!」
エドガーが勢いよく立ち上がって柵を跳び越えようと手をかけた。
だが、そこで止まる。
「エドガー! わたくしはまだ戦えますわ!」
ローラ先輩が声を張り上げたからだ。
エドガーは金縛りにあったように動けない。
(だけど、どうするローラ先輩。いまの間に相手は後ろへ下がって距離を取ったぞ。岩を連打されたら為す術はない)
「ほう、炎だけじゃなく土魔法も使うか。魔術中級は伊達じゃないね」
「感心してる場合かよ。どうするんだ」
「さっきエドガーが言っていただろう。斬ればいい」
「なっ……はぁ!?」
言うに事欠いてそれかよ。
エドガーが言っていたのは単なる見栄みたいなものだろう……ん?
「炎ならかき消す、岩ならば斬ればいい。無理なら耐え忍べ、それは永遠には続かない」
ブランドン先生がこれぞ格言みたいな顔で言い切った。
国語の授業か何かかよ。
意味解らん。
確かに岩なら斬れる……俺ならな。
爺さんに何度もやらされたよ日が暮れるまでに百個岩を斬れとか、な。
だけど、ローラ先輩にそれを要求するのか?
少なくとも上級に近い腕がなければ、そんな芸当は不可能だ。
ローラ先輩はザフィーア流剣術初級だから、理屈は理解できても技術が追いついていない。
試合のほうはローラ先輩が炎をかき消して、不意に飛んでくる岩を避けている展開だ。
そして避けている間にまた距離を離される。
これでは、いたちごっこだ。
エドガーは柵に身を乗り出して下唇を噛んでいた。
ローラ先輩のことが心配で堪らないのだろう。
「アル、この試合はローラ先輩が勝ちますよ」
ハロルドが落ち着いた表情で漏らした。
「どうしてそう思う?」
「岩を斬るのは僕でも無理ですが、ローラ先輩も着実に相手を追い詰めています。相手の魔力切れを狙っているんですよ」
「そうか! 相手の魔力を枯渇させれば!」
「アルももう少し学科の授業を真面目に受けたらどうです? いつも居眠りばかりしているから……いえ、あなたの場合は魔力切れに頼らなくても問題ないから気づけなかったんでしょうね」
うん……褒められてるんだか、けなされてるんだか。
「しかしローラ先輩は見事です。相手は魔法を炎と岩に使い分けているつもりでしょうが、その実ローラ先輩が使い分けさせているんです。どの距離と位置ならどの魔法を使うか把握した上でね。もう一歩踏み込めるところを、わざと押さえて踏みとどまる。ここにいる誰より冷静ですよ、ローラ先輩は」
「……そういうことかよ。ブランドン先生のわかりにくい説明がいま理解できたぜ」
『炎ならかき消す、岩ならば斬ればいい。無理なら耐え忍べ、それは永遠には続かない』
岩を斬れないのなら魔力が斬れるのを待て。
魔力は無限ではない。
そういうことなんだろう。
ここまでくれば、エドガーもローラ先輩の勝利が読めたのか安堵した表情を浮かべる。
魔術学院の生徒は完全に魔力を使い切ろうとしていた。
その証拠に炎や岩の大きさがみるみる小さくなっていく。
速度も半分程度まで落ちている。
あれなら炎をかき消すまでもなく避けることが容易い。
そして相手の懐までようやく辿り着いたローラ先輩が剣をしなやかに振るった。
直後に主審の「それまでっ!」のかけ声。
ローラ先輩の剣先は相手の眉間の前で静止していた。
「ローラ、よくやったぞ! もう十分だ。次の試合は棄権しろ。あとはオレが六人抜きして終わりだ!」
エドガーが拳を握りしめて叫んだ。
後半はともかく前半の意見には賛成だ。
勝ったとはいえ、ローラ先輩も酷く疲れていた。
腹の怪我は治してもらえても精神的な疲労は拭えない。
誰も反対する者はいなかった。
ローラ先輩はエドガーの指示に従い棄権した。
主審にその旨を伝え、こちらに引き上げてくる。
「見事だった。それでこそ将来のオレの妻だ」
「ありがとう、エドガー。そして皆さん、申し訳ありませんわ。一人に勝つので精一杯でした」
「いや、エドガーの言うとおり大きな勝利です。俺もいろいろと学ぶことができましたから。あとはゆっくり休んで、エドガーを応援してやってください」
ローラ先輩は微笑みを返してから着席した。
これで一勝三敗。
次は三将のエドガーと向こうの次鋒との試合だ。
「あの生徒が次鋒だね。これまた先鋒の生徒に次ぐ実力者だ。俺が調べた情報によると風魔法と水魔法を得意としているようだ」
ブランドン先生が教えてくれる。
エドガーが剣を抜く。
「ふん、風と水か。どんな魔法がきてもオレが叩き斬ってやる」
エドガーは自信満々に言い放った。




