第十六話「ウルズ魔術学院」
ウルズ魔術学院との交流戦の日がやってきた。
会場はウルズ剣術学院内にある闘技場だ。
今日は町の人たちも学院内に入って観戦することができるので、かなり賑やかになっていた。
闘技場の周りには町の商人たちが出張店舗を仮設し、食事やお土産などを販売している。
「すっげー人だな。まるで町の中みたいだぜ」
ロイドが手を額のあたりに翳しながら周囲を眺めている。
「年に一度、今日だけは関係者以外立ち入り禁止のウルズ剣術学院も一般に開放されるものね」
「私のお父さんもお店を出してるんだよ。お父さんこの日のために新作のパンを作るって張り切ってたんだから」
「へぇ、そうなの。じゃあ、お昼はマーキアパンに決まりかしらね」
セシリア、ミリアム、ブレンダの女子三人も普段と違う雰囲気を楽しんでいるようだ。
そんなセシリアたちの少し後ろを俺とハロルドは歩いていた。
「アル、僕たち出場する側の生徒は控え室に集合するように言われています」
「おう、そうだったな。みんな、俺たちはここから別行動になるから昼休憩にまたここで待ち合わせってことでいいか?」
俺の問いかけにセシリアが頷いた。
「ええ、そうしましょ。わたしたちは最前列の席で二人を応援するわ」
「応援は任せとけ! アル、ハロルド! 俺たちの分も頑張ってくれよ!」
ロイドが頼もしく厚い胸を叩きながら言った。
セシリアたちと別れた俺とハロルドは闘技場内にある控え室へと向かった。
控え室は東と西に二箇所あり、俺たちウルズ剣術学院に割り当てられた控え室は西側だった。
闘技場内は広いが簡単な造りだったので、案内プレートに従って控え室に辿り着いた。
ハロルドが控え室の扉をノックする。
中からブランドン先生の返事が聞こえたので、控え室へと入った。
「おはよう、アルバートにハロルド。きみたちで最後だよ」
控え室の中は簡素な造りになっており、大きな円形のテーブルとそれを取り囲むように椅子が八脚置かれていた。
俺とハロルド以外の五人とブランドン先生はすでに着席している。
空いていた席はブランドン先生のちょうど正面の位置だ。
ブランドン先生に着席するように促されて俺とハロルドは席に腰を下ろした。
「遅かったな。大舞台を前にして怖じ気づいたかと心配したぞ」
声をかけてきたのは左隣に座っていたエドガーだ。
腕を組んで余裕の表情を見せている。
「いや、時間どおりだろ」
「愚か者が。早めに来て下見をしておくのが常識だ。試合場の足元は土が敷かれている。天候のコンディションによって固さが変わってくるんだ。それを把握しておくかどうかで踏み込みのタイミングや力の加減が変わるだろう」
「なるほど、さすがエドガーだな。で、おまえは早めに来たってわけか」
「もちろんだ。一番乗りして土の感触を確かめてある」
素直に感心する。
エドガーが言うには数日快晴が続いたため、地面は固く、激しく動いても足を取られることはないそうだ。
エドガーの向こう側に座っているローラ先輩も、エドガーの説明に逐一頷いていた。
「それと聞いて驚け、そしてオレに感謝するがいい。この日のために全員分の試合服を特注で仕立てた。全員、これを着て試合に臨むがいい」
エドガーは控え室の隅に置いてあった大きな木箱を開けて、その中から一着取りだして広げてみせる。
どう見てもこれから試合をするやつが着る服じゃない。
防御力皆無のデザインに全振りした煌びやかな高価そうな服だ。
全員がなんとも言えない表情になった。
さすがにローラ先輩でさえ口を半開きにして固まっていた。
「エドガー、きみの気持ちは嬉しいが、交流戦は制服を着用すると決められているんだよ。装備で認められているのはその上から付ける革の胸当てだけだね」
「ば、馬鹿な!? アラベスク家の施しを拒否するなどと……!」
相変わらずだなエドガーは。
元気そうで何よりだ。
ブランドン先生はそんなエドガーを置き去りにして、
「さて、もう間もなくウルズ魔術学院との交流戦が始まる。念のために聞いておくけど体調が悪い者はいないね?」
全員が頷くのを確認してから立ち上がった。
そして、テーブルに両手をついて言った。
「よし、ではきみたちの健闘を祈る」
言い切ったとばかりにブランドン先生は一人で納得した表情をしていた。
すると、六年生の生徒が挙手した。
「ん、どうしたんだい?」
「先生、監督として俺たちに大まかな作戦や細かい指示はないんですか? 相手に中級魔術の使い手が二人もいるとなると、厳しい試合になると予想できますが」
そうだ、彼だけじゃない。
ここにいる生徒全員が口には出さなかったが、そう思ったはずだ。
しかしブランドン先生は顎に手をあてて考える素振りを見せたまま、う~んと唸り始めた。
やがて、
「今の段階では作戦というほどの作戦はないね。相手は魔術学院生で当然魔法を駆使してくる。セオリーどおり呪文を詠唱させないように牽制しつつ、接近戦に持ち込む」
「えっ……それだけ?」
思わず漏らしてしまったのは俺だ。
「うん、これだけだ」
「先生、つまりセオリーを確実に実行しろということでいいんですね」
「ふっ、なるほど。基本の徹底か。接近戦に持ち込めば剣士が圧倒的に優位になる。逆に言えば、接近できなければオレたちに攻撃する術はない。つまり敗北は必至ということ。ならば開始と同時に一気に間合いを詰めて勝負を決めるのが得策か」
六年生とエドガーは妙に納得したような顔をしていた。
二人とも、ちょっとブランドン先生の指示を真に受けて深く考えすぎなんじゃないだろうか。
多分、ブランドン先生はそこまで考えていなくて、いつもどおり戦えぐらいのつもりで言っていると思う。
右隣にいるハロルドを見ると苦笑していたから、おそらく俺と同じことを思ったに違いない。
こうして俺たちは控え室を出て、闘技場の中心にある試合場へと向かった。
◇ ◇ ◇
長い通路を抜けて試合場に出てきた俺は、大きな歓声に驚いた。
「うわ、耳がキンキンする。すごい盛り上がりだな」
「アステリア王国武闘祭やウルズ武闘祭はこんなもんじゃないですよ。出場する気があるなら今のうちに慣れておいて損はないですよ」
「そうだな」
ハロルドは落ち着いていた。
俺に負けたとはいえ、ハロルドが目指しているのはアステリア王国武闘祭だ。
こんなところで臆しているわけにはいかないのだろう。
試合場の脇に木の柵で囲まれたスペースがあった。
椅子が八脚、横一列に並んでいる。
ブランドン先生によると、試合に出る生徒以外はここで試合を観戦するらしい。
試合場の向こう側、東の端にはウルズ魔術学院の生徒七名と教師らしき男が整列している。
あれが今日戦う相手だ。
試合場から闘技場の観客席を観察していると、北側の通路から数人の人が登場した。
「彼らは今日の審判たちだね。軍と冒険者ギルドから派遣された人たちだよ」
ブランドン先生が説明してくれる。
ここからは学院内予選のように木剣ではなく剣を使用することになる。
相手は魔法だって使う。
したがってこれまで以上に安全面でのフォローが大事になってくる。
主審一名と副審が四名、加えて不測の事態に備えた軍の兵士が五名に、冒険者ギルドから派遣された冒険者が五名と診療所から出張している回復術士が二名。
総勢十七名もの大人が俺たち生徒を見守る。
軍の兵士と冒険者は剣士ばかりではなく、服装から魔術師っぽい人もいる。
魔法が飛び交うことも予想されるので当然だろう。
そんなわけで、いよいよ試合が始まることになった。
主審がそれぞれの陣営に先鋒の生徒は中央に集まるように言った。
俺たちウルズ剣術学院側の先鋒である六年生は、
「では行ってくる。幸先の良いスタートを切れ――」
意気込みを語っている途中で、観客席からの大きなどよめきにその声をかき消された。
(……何だ?)
俺は様子を窺った。
「ふむ、そうきたか」
ブランドン先生が言った。
その視線の先を辿って俺は問い返した。
「どういうことだ?」
「ウルズ魔術学院の先鋒……あちら側で一番優秀な生徒だね。中級魔術の使い手だよ」
先鋒に一番強いやつを持ってきたってことか。
これが向こうの作戦だと知った時には、もう試合が始まろうとしていた。
「これよりウルズ剣術学院とウルズ魔術学院との交流戦を執り行う。双方、学院の代表として誇りある試合を心がけて欲しい。それでは、両者準備はいいか?」
闘技場が一瞬静まりかえる。
「始めええぇいっ!!」
ゴゴゴと地鳴りのような歓声が轟いた。
開始と同時に魔術学院の生徒は呪文の詠唱に入る。
そうはさせじと六年生の先輩は猛然と突っ走った。
(駄目だ! 迂闊に近づきすぎだ!)
案の定、詠唱の短い初級魔法の連打を浴びて六年生はまったく前へ進めない。
そして、たまらず退いたところへ中級魔法が炸裂した。
炎の魔法〈ファイアストーム〉だ。
ひりつくような熱風が、俺の頬を無遠慮に撫でた。
炎を孕んだ竜巻が六年生を襲う。
六年生は悲鳴を上げながら鍛えられた体を焼かれていった。
「それまでっ! 回復術士、すぐに手当を!」
回復術士が六年生に駆け寄り治癒魔法で火傷を癒やす。
兵士二人に両脇を抱えられながら、六年生は疲れ切った顔で戻ってきた。
体に負った火傷は治癒魔法のおかげで完治している。
しかし辺りにはまだ肉の焼けた臭いがたちこめていた。
それだけで〈ファイアストーム〉の火力が窺える。
「す、すまない。……負けてしまった」
「先輩、大丈夫ですか?」
俺は兵士と交代して六年生の体を支える。
傷は治ったが、気力を削がれたようだ。
自力で立つことさえできない状態だった。
俺は六年生を椅子に座らせてから、ブランドン先生に詰め寄った。
「ブランドン先生、何か手はないのか? あっちは最初から全力でやるつもりだぞ!」
エドガーやハロルドもブランドン先生の出方を見ている。
「いやぁ、これは予想外だね。控え室でも言ったけど、魔術師を倒すには剣の届く間合いまで接近しないといけない」
「でも初級魔法をあんなに連発されたんじゃ、近づくのは難しいぞ」
「ふむ……。確かに初級魔法も迅速かつ効果絶大だね。まともに直撃すれば試合を続けるのは難しいだろう」
ブランドン先生もすぐには打開策を提示できないようだ。
そうこうしているうちに、次の試合が始まった。
結果は同じ。
初級魔法を連打からの〈ファイアストーム〉の一撃。
立て続けに敗北した。
次の試合もまったく同じ流れとなった。
打開策を得られないまま、試合だけが進んでいく。
ウルズ剣術学院は相手の先鋒に対し、三連敗を喫してしまった。
負けた六年生三年は精神的に疲労困憊だ。
見ているほうが辛い。
さらに俺たちを応援していた観客からは落胆の声が聞こえるので耳が痛かった。
そこでエドガーが口を開いた。
「ふっ、だから言ったのだ。オレを先鋒に据えておけば七人抜きの完全勝利を達成できていたものを」
いや、おまえ三将の役目を引き受けたとか言ってたじゃないか。
そう思ったが、反論されても嫌なので黙っておく。
それにしても豪語するなぁ。
相手は魔術中級だぞ。
こちらの六年生も実力者だ。
それが歯が立たないとなると……。
「ローラ、平民どもに格の違いを見せてやれ。これ以上ウルズ剣術学院が舐められるのは我慢ならん」
「もちろんですわ、エドガー」
次の試合は中堅のローラ先輩だ。
しかし何の策もなければローラ先輩もこの状況を覆すことは無理だろう。
交流戦は波乱の幕開けとなった。




