第九話「反撃の双剣使い」
「げふっ、三秒だぁ? 何言ってやがる。さっきまで俺にいいようにやられていたくせに粋がるな」
酔っぱらいは首を左右に傾けて鳴らすと、手に唾を吐きかけて剣を握り直した。
構えも取らずに両手はだらんと下げている。まるでおまえごときに構えなど不要だとでも言うように。
「言葉どおりの意味で他意はない。言い訳をさせたくないから構えるまで待つと言ったんだ」
「へっ、そうかい。随分と舐めた口を聞くなぁ? 本気でぶっ殺されたいみてぇだな? だいたい、その両手の剣はなんだ? ははぁ……そういや闇夜の死竜のことを聞きたがってたよなぁ? ウルズの守護神の真似事か! こりゃ傑作だ、剣士ごっこがしたいならガキ同士で遊んでな!」
酔っぱらいはまだ俺の正体に気づいていないようだ。
無理もない、誰が俺みたいな学生が双剣術を極めていると思う。
おまえがウルズの守護神や闇夜の死竜と呼んでるのは、俺のことだ。
俺は呆れたように笑う。
「よし、じゃあ俺のごっご遊びに付き合ってくれ」
「ほざくなッ!」
舌打ちした酔っ払いが、荒々しく地面を蹴って剣を振り上げた。
酔っ払いの放った技はザルドーニュクス流剣術でも屈指の大技だ。
まともに食らえば命を落とすし、もう喧嘩では済まなくなる。
もちろん、それは当たればの話だ。
(魔眼――開眼ッ!)
瞬間、周囲の風の流れが止まったように感じる。
俺は魔力を集中し魔眼を発動させた。
――遅い!
今の俺には迫りくる剣が止まったかのように見えていた。
同時に、両手に握った剣の感触が俺の神経を研ぎ澄まし、本来の動きを取り戻させる。
幼い頃から何度も体に叩き込まれた感覚。
その瞬間、頭の中にある理想の動きと一致した。
一歩踏み出す。
先ほどの足のもつれなど感じさせないほど正確に力強く。
そして、俺の頭上に迫るのは長剣の振り下ろし。
ザルドーニュクス流剣術の大技。
相手に大打撃を与えるその技を選択したこともそうだし、何より踏み込みがわずかに浅い。
酒は飲んでも飲まれるな。
酔って剣が鈍っている。
「踏み込みが浅い。その技を活かすなら、もう半歩必要だった」
「なっ……!?」
俺は身を翻すようにすばやく半回転して、攻撃を躱すと同時に懐に潜り込んむ。
酒臭い息が顔にかかるが、今はどうでもいい。
目を見開いた酔っぱらいを見上げて、俺は余裕を見せつけて言い放った。
「三秒と言ったがあれは嘘だ。おまえを沈めるのに三秒は十分過ぎるが、心に刻むのには少し時間が足りない」
俺は一旦身を引いて距離をとった。
攻撃のチャンスを自ら不意にしたのだ。
しかし酔っ払いは違和感を覚えただろう。
俺の実力を測りかねているに違いなかった。
「な、何もんだ、ガキ……! ただのルーキーじゃねぇな?」
「ただの駆け出しのクソガキだよ俺は」
「いいや、そんなはずはねぇ。俺の目は節穴じゃねぇぞ。俺はこれでもザルドーニュクス流の中級で、上級試験も受けたことがある。冒険者としても十年以上死なずにやってきたんだ!」
過信した冒険者が実力以上の魔物と遭遇して命を落とすなんてことはよくある話だ。
それでも十年冒険者を続けていられるということは、自身の実力を知り慎重になれるやつだ。
酒さえ深く飲まなければ、案外まともだったのかもしれないな。
だけど、セシリアに手を出そうとしたことを見過ごすことはできない。
俺は仲間に危害を加えるヤツには容赦しない主義だ。
「げげふっ……!」
酔っぱらいの口からゲップとも嗚咽ともわからない汚い声が漏れる。
俺が左手の剣を酔っぱらいの腹部に叩きつけたからだ。
「悪い。半歩足りなかったのは俺も同じだったな。おかげで意識を刈り取るには少し力が足りなかったようだ」
「クッ……クソガキがぁっ!」
酔っぱらいが剣を振り回す。
これだけ理性を欠いてもちゃんとザルドーニュクス流剣術の技を繋げている。
体に染みついているのだろう。
このことから、この酔っぱらいも血の滲むような努力をしたのだとうかがえる。
だが、そんなことはどうでもいい。
「おらあああッ!」
「技の繋ぎが雑だな。それと単調すぎる」
「うるせぇ! ほざくなッ!」
「繋ぐなら毎回違う技でやることだ。ましてや同じ相手に使うならな」
「クソガキが! ちょこまかと逃げ……うがっ!」
「ほら、同じ技を繰り返すから簡単に先を読まれる」
俺は二度三度と踏み込みの浅い攻撃を的確に当てていった。
やがて五度目の攻撃が酔っぱらいの右足を強打したとき、戦いは唐突に終わりを迎えた。
酔っぱらいの膝ががくんと折れ、地面に左手をついた。
そしてすぐさま泣きそうに怯えた顔を上げると、
「ひ、ひいっ! か、勘弁してくれ! 命だけはた、助けて……!」
酔っ払いが剣を投げ捨てて、地面に頭を擦りつけるようにして懇願したのだ。
俺は構えていた剣を下ろした。
酔っぱらいはもう戦意を喪失していたからだ。
先ほどまでの悪意はとうに消えていた。
「おまえが知っている情報をすべて教えてもらおうか。怪しいヤツってのはどこで目撃された?」
「きききき、旧ギルドです! 旧ギルドのあった……あの場所ですっ!」
「旧ギルド? あそこは確かゴロツキ連中が根城にしていたはずだが?」
「全員殺されたんです! でも犯人はまだ捕まってなくて」
「……何だと?」
初めて聞く情報に俺は耳を傾けた。
話を簡単に聞くと、それは今朝起こったばかりの事件のようだ。酔っぱらいは冒険者ギルドの職員や警察にも少しは顔が利くらしい。
知っている情報をすべて吐いた。
酔っぱらいは地面を這うようにして俺に近づくと、足にしがみついて泣きながら「助けて」と繰り返した。
「一つ忠告だ。俺がおまえと同じような性格なら、おまえはここで殺されていたかもしれない。同じ町に住む者として命は大事にして欲しい。むやみやたらと敵を作らないほうが身のためだ。それと、今夜見たことはすべて忘れるんだ。どこかで俺の耳に入ろうものなら、おまえが喋ったとみなす。もしそうなったら、おまえは二度と剣を握ることができなくなる。いいな?」
「わ、わ、わ、わかった! わかりました!」
「うん。信じたい気持ちはあるが、一応保険は掛けさせてもらうぞ」
「えっ……?」
俺は瞬時に酔っ払いに迫る。
反応の追いついていない酔っぱらいは固まっていた。
「これが俺の間合いだ。覚えとけ」
一閃。
酔っぱらいは感傷に浸る暇もなく意識を手放した。
アレクサンドリート流剣術、打撃技〈テレサ〉。
瞬間的に強烈な打撃を叩き込む俺の剣技だ。
後遺症の残らないようにかなり手加減はした。
「七百年無敗の剣。酔っぱらいには勿体なかったか。だから冒険者区は嫌いなんだよ」
俺は路地に横たわる酔っ払いを跨ぐと、セシリアの元へ急いで戻った。
心配そうなセシリアだったが、俺の姿を見つけると駆け寄ってきた。
「アル! 大丈夫なの!?」
「ああ、向こうの路地で偶然まともな冒険者のお兄さんがいて助けてくれたんだ。あの酔っ払いはボコボコにされていたよ、ははは。いや~世の中捨てたものじゃないな。あ、見てくるか? いや~、でも酷い有様だよあれは……ははは」
自分でも驚くくらい、すごい早口で言い訳した。
セシリアは首を横に振る。
「ううん、それは見たくない。でもアルがちゃんと戻ってきてくれて良かった。アルに何かあったらどうしようって……ごめんなさい、こんなときにわたし何もできなかった」
「俺のほうこそ心配させてごめんな。もう大丈夫だから」
「……うん。あっ、お腹の怪我は痛くない?」
目尻に浮かんだ涙を拭って、セシリアはその場にかがみ俺の腹に手を添えた。
セシリアは優しいな。
何もできないなんてことはない。
きみは、ときどき暴走しそうになる俺に歯止めをかけてくれる。
それに何度救われたか。
ふと、頭の片隅に常日頃から考えていることをが浮かんできた。
セシリアは剣術学院を卒業したら進路はどうするのだろう。
もし親父さんのいる軍へ入隊するなら、もう少し心構えというものが必要だろう。
いや、そもそも親父さんはどう考えているのか。
セシリアの二人の姉さんは一般の学校を卒業している。
なのにセシリアは剣術学院に……。
以前聞いた話だと親父さんの意向らしいが。
そんなことを考えていると、俺を見上げたセシリアと目が合った。
妙な沈黙が場を支配し、どちらともなく慌てて離れる。
「ご、ごめんなさい、わたしったら」
「い、いや、俺もその……いや腹の怪我はたいしたことないし」
俺は何だか急に恥ずかしくなり、頬をかきながら視線を上に向けた。
…………ん?
「アル? どうしたの? 上に何かあるの?」
「いや、何でもない」
俺は酒場の屋根から視線をセシリアに戻す。
そうだった。あいつが見ていてくれたから、安心してセシリアをこの場で待たせておくことができたのだ。
というか、見ていたなら手を貸してくれてもいいだろうに。
こっちは昨日、魔眼を酷使したせいでろくに機能してないんだぞ。
心の中で舌打ちする。
再び見上げると、そこにはもう気配すら残っていなかった。
「ねぇ、アル。他のみんなも同じような目に遭ってないかな? みんなが心配だし、別行動は中止して合流したほうがいいかもしれないわ」
セシリアが提案する。
「そうだな。そうしたほうがいいだろう。まぁ、ロイドあたりは一度怖い思いをしたほうがいいかもだけど」
「ロイドだけに余計に心配よ。自分から喧嘩しそうだもの。ミリアムだって心配だし」
「だな」
俺は頷いて、セシリアと共に来た道を戻った。




