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紅蓮の最強魔女 ~白馬に乗った王子様を探す~  作者: しゅむ
第1章 ユニコーンに乗った王子様
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2. 不満

前回のお話

王子様が迎えに来てくれない!

そうだ! 探しに行けば良いんだ!

 マティが物心付いた頃から知っている思い出の地。

 楽しい事も、辛い事もあった思い出の森。


 老人との思い出が沢山詰まった家をマティが離れて早くも1か月を超える。


 マティとシュウは未だに終わる事のない森の中を歩いている。

 森の中に家という住処を有していたマティだが、日々の暮らしは過酷な大自然のど真ん中だった。森を駆け、山の恵みで生活をし、野宿も珍しい事ではなかった。


 そんなマティが家のある思い出の地を離れて野宿が何日続いても、全く体調面や精神面に影響がない。見た目の可愛らしさとは対照的に、野生で生きる逞しさを持っているのだ。


 しかし、精神面に影響が無いのは思い出の地、家があった周辺に限った話である。


 思い出の地から離れれば離れる程に、生えている植物は味が落ちていき、樹に生る実や果実も味を落としていく。比例するように魔獣の肉も質の低下が著しい。


 マティは日々の食事が不味いという不満を抑えきれない。

「シュウゥゥゥゥ、お腹空いたぁぁ」


 シュウは顎で樹の上を示す。

「その辺の実でも食えや」


 マティは唇を窄めて不満を表す。

「むぅぅ。シュウだってこの辺の実が不味いって知ってるでしょ?」

「森の中央付近じゃないからな」


 マティは自分の目の前に空間魔法を発動して、自分の右手を異次元に突っ込む。

「あっ、止めろ!」


 すぐにシュウが跳び上がって異空間に突っ込んでいたマティの右手を外に蹴りだす。

「持ってきたもんは食うんじゃねぇよ!」

「やだぁぁぁ。食べたいぃぃぃぃ!」


 マティの空間魔法で作り出す異次元には大量の食材が入っている。それも森の中央付近で採れる極上の食材だ。


 しかし、これらは食糧難に陥った時に食べるように老人から言い聞かせられていた。また、人里でお金に困った時に売るように言われていた。


 マティとシュウの周囲には木の実や魔獣が居るのだ。マティが食材を得るのに苦労しない森の中で、異空間の食材を食べるような状況ではない。


 シュウは頬を膨らませているマティに告げる。

「今からそんなんで王子なんて探せんのかよ!?」

「むぅぅぅ」

「唸っても駄目なんだよ!」


 マティは不満全開といった表情で樹上に生る果実を見つめる。そして、足元ではシュウが何度も顎で『行け行け』と促してくる。


 跳び上がって樹上の果実を採るには常識外れな高さに生っているが、樹上の果実まで軽々跳んだマティは、あっさりと赤い果実を手に入れる。


 そして、マティはリンゴのような赤い果実を身に着けている黒いローブに擦り付けて、ピカっと光沢を出した果実にガブっと噛り付く。


 無表情で赤い果実を飲み込んだマティは口を開く。

「ちょっと酸っぱいし……味が……薄い……」


 そして、何故かマティはシュウを睨みつけるが、シュウも下からマティを睨み上げる。

「ワイだってこの辺のマッッッッズイ草ぁ食いたかねぇんだよ!」

「じゃあ、一緒に美味しいご飯食べようよ!」


 シュウはマティと違って森の外に出る明確な目標を持っていない。

 森の中央で食べていた美味しい食事を全く食べられなくなれば、シュウは森の中央に帰りたいという誘惑に抗う自信が無かった。


 それ故に我慢が出来なくなったら本当に少量だけ食べるようにしている。


 そんな我慢をしているシュウの間近でマティが『ガツガツ』美味しい物を食べていたら、シュウの我慢は限界を迎えてしまうかもしれない。マティを置いて脱兎の如く森の中央に帰還してしまうかもしれない。


 シュウは慣れない食生活にマティとは違った誘惑と戦い続けているのだ。


 マティは文句を言いながらも赤い果実を食べ切って、残った芯と種をその辺に放り投げる。

 食べ残しは小さな動物や虫たちが生き残る糧に変わるのだ。


 大きな溜息を吐き出したマティは前を歩くシュウに尋ねる。

「ねぇ、森の外まだぁ?」

「ワイが知る訳ねぇだろぉが!」

「ほれほれ、その耳を立てて聴いたら良いんじゃん」


 シュウは振り返らずに口を開く。

「外の音なんて知らねぇよ。聞いてもわかる訳ねぇだろうが」

「うわぁぁぁん! 森は飽きたぁぁぁ! ご飯が不味いぃぃぃ!」

「黙って歩かんかい!」


 その後も4本足でピョコピョコ黙って進むシュウの後ろを、マティはギャーギャー文句を言いながら歩き続ける。


 歩く方角は南だ。お爺ちゃんが昔話で南に人間の国があると言っていたのをマティは覚えている。王子様が居る方角をマティが忘れるはずがなかった。

 お爺ちゃんは王子様が居るとは一言も言っていないが、人間の国には王子様が居るというのがマティの常識だ。


 しばらく歩いていたマティは久しぶりに見るシュウの仕草を目撃する。


 シュウの耳がスーっと伸びて立ったのだ。


 シュウは正確に何かの音を聴こうとした時しか耳を立てない。

 耳が垂れていても十分に音を拾う事は出来るが、森の中央付近では頻繁に耳を立てて周囲の様子を窺う事は珍しくなかった。


 そんな危険に満ちた森の中央付近を離れてからは、シュウの耳は常にベチャっと垂れたままだった。


 マティはシュウの耳が立った様子を見て、嬉しそうに尋ねる。

「どうしたの!? ねぇ、何が聞こえたの!? ねぇ! ねぇ!」


 シュウは前方に前足を向けて口を開く。

「この先で話し声が聞こえる」

「ひゃほぉぅ! 王子様だぁ!」


 マティはシュウを追い抜いて風のように駆け出した。

「あっ、馬鹿! 待て!」


 シュウは慌てて風になったマティを追いかける。


 森での暮らしはその近辺を縄張りにしている最上位の生物が必ず存在している。

 森の樹々にはその生物の爪痕などが刻まれており、明確に縄張りだと主張するマーキングを見つける事が出来る。


 そして、縄張りの中でも他の生物が入ってくる事を許さない重要な場所も存在している。

 そんな重要な縄張りではなくても、自分の縄張りに何者かが不用心に入り込めば、敵として扱われる事になる。静かに縄張りに入ってくれば気が付かない場合や見逃される事もあるが、マティやシュウのように大きな音を出して駆け抜けるような存在を許しはしない。


 縄張りの中に大きな音を出して入ってくる存在に気が付けないレベルの生物では、この森で縄張りの主を務める事は出来ない。


 マティやシュウの侵入を察知した縄張りの主や、群れの長はすぐに不埒な侵入者の撃退に赴く。


 マティは樹々のマーキングや草地に残る糞などの痕跡と勘で、現在侵入している縄張りの中でも住処などがある重要な場所や主が何処に居るのか見抜く。

 シュウは抜群の聴覚で縄張りの主の位置を、マティよりも正確に方向や距離まで見抜いている。


 マティは新しいマーキングを発見するとすぐに周囲をキョロキョロと観察するように窺って、とある方向を指差してから後ろを追ってくるシュウに振り返る。


 マティはシュウが頷くのを見てから、その方向に向かって口を開く。

「とぉおりまぁぁぁっす!!」


 その声にはマティの魔力が乗っている威嚇のようなものだ。もちろんマティに威嚇する気は全くない。単純に縄張りの主まで声を届かせる為に魔力で補強しているに過ぎない。


 マティの声を聞いた縄張りの主は浮かしてた腰をすぐに下ろす。あるいは、マティの居る方向に駆け出していた足をピタッと止めて、反対方向に駆け出させる。


 自然界では自分よりも明確な格上に挑む事は滅多にない。負ければ命が無いのだ。命が残っても重傷を負ってしまえば、虎視眈々と縄張りの主の座を狙う生物に狙われてしまう。


 マティの魔力が乗った声を聞いて、力の差を感じ取れないような生物に縄張りの主は務まらない。


 マティの声に敵意のようなものは含まれておらず、縄張りの主は嵐が過ぎ去るのを待つかのように、マティが駆け抜けていくのを待ち望む。


 いくつもの縄張りを抜けたマティは足をピタリと止めて振り返る。

「シュウのこの先ってどれくらいなのぉ!?」


 マティはシュウの異常な聴覚を知っているが、シュウの言い方からして近くだと誤解してしまったのだ。

 かなりの距離を走っているのに人間の痕跡が何も無ければ、怒りや不満を覚えても不思議ではないだろう。


 シュウはマティの不満と怒りが混じった感情を受け流す。

「会ってどうすんだよ。悪い奴かもしんねぇだろ?」

「そんなの会って話してみなきゃわかんないじゃん!」


 マティは不満を表すかのように鼻から小さく息を吐き出して口を開く。

「もう良いよ!」


 そして、マティは身体から力を抜いた自然な姿勢で目を閉じる。

 魔力を使って集中すれば、マティも遠くの音を聴き取る事が可能になる。


 カッと目を開いたマティが口を開く。

「この先じゃん!」


 嬉しそうに駆け出したマティの後ろを大きな溜息を吐き出したシュウが追いかける。

 マティが出した答えもシュウと同じ『この先』であった。


リンゴは酸味と甘さの絶妙な融合で美味!!



ブックマークや評価をして頂ければ嬉しいです。


何でも無い事を含めて、追記や修正はツイッターでお知らせしております。

https://twitter.com/shum3469


次回もよろしくお願い致します。

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