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157.私の王子様

前回お話

初めてぇーのぉちゅうー

君とちゅう

んふふ


「なぁ、マティ。まだ進むのか?」

「うん。もっと奥だよ」

「マジかよ……この辺りでも御神ぼ……じゃない。おっちゃんが居る辺りと同じくらいの魔獣の気配がするんだけど……」


 オージェリンはマティに連れられてデストリア大森林に来ている。空を飛んで海を渡るという経験も、1年以上マティと一緒に過ごしていれば、感覚も麻痺して『マティならあるよなぁ』とすんなり受け入れている。


 交際が始まってすぐにマティはオージェリンをお爺ちゃんに紹介すると言ったが、オージェリンの鍛錬を担当しているシュウが待ったをかけた。


 今のオージェリンでは死にに行くようなものだ。オージェリンの実力ではマティがよそ見をしている僅かな間に殺されてしまう可能性があるほど弱い。四六時中マティが監視をするような護衛はどちらにとっても良いものではなく、せめて神山のおっちゃんまで1人で行ける実力を身に着けるべきだという言葉にマティが渋々従った。


 そして、厳しくも充実した鍛錬の日々が始まった。

 シュウの指導は過酷で厳しかったが、オージェリンの限界を見極めて確実に実力を伸ばす最高の鍛錬だった。


 オージェリンが充実した日々を1週間ほど過ごした時だ。

 オージェリンを早くお爺ちゃんに紹介したいマティがシュウに代わってオージェリンを鍛えると言い出した。


 シュウは難色を示したが、オージェリンは快諾した。快諾してしまった。

 オージェリンは普段からマティの実力はシュウよりも上だと指導者のシュウから聞かされていた。実際に手合わせを見せてもらったが、別次元で全く参考にならなかったが、マティの実力が飛び抜けているのはわかった。その為、シュウとは別の意見を聞く為にもマティの指導を受け入れた。早く強くなりたいという貪欲さが裏目に出たのだ。


 そして、地獄が始まった。

 マティの指導は過酷を極めた。限界を見極めて引き際を誤らないシュウと違って、マティは限界を軽く超えてくる。誰かにものを教えるという才能が欠如している。

 オージェリンは短い期間に何度死んだかわからないが、夢でも見ていたかのように五体満足で目が覚めた。


 マティの指導でオージェリンの実力は飛躍的に向上したが、精神面がズタボロになってしまい、殆ど廃人と変わらない状態にまでなってしまった。そんな状態でもマティを気遣う様子は洗脳でもしたのかと思われるほど恐ろしいものだった。


 シュウがオージェリンの惨状を知ったのは、サクラと2泊3日のデートを終えた時だった。シュウはすぐにマティと言う恐怖の魔女からオージェリンを救出した。


 シュウの我慢強く献身的な治療で元のオージェリンに戻る事は出来たが、オージェリンは今でも記憶の奥底に封印された3日間の記憶に魘される事がある。


 その後はシュウの適切で厳しい指導と突発的に発生するマティの乱入で、オージェリンは人族では他の追随を許さない実力者に成長した。そして、何度目かの挑戦で見事におっちゃんまで1人で行く事に成功したのだ。


 オージェリンは満を持してデストリア大森林にやってきたが、中層よりもやや進んだ辺りで既に頭の中では警鐘が鳴り響いている。何度か臨死体験をした事で警鐘の精度は抜群だ。


 オージェリンは遠くでガサガサと枝葉をかき分けて姿を見せた赤茶の熊に身構える。

「マティ! あれは熊か!? 額に角生えてんぞ! なんだアレ!?」


 愛刀を抜き放って警戒するオージェリンと違ってマティは暢気だ。

「赤茶の熊さんだねぇ。オージがやってみる? 熊さんのお肉で焼肉パーティー?」

「しないよ! あの魔力を見ろよ! 化け物じゃねぇか!」

「ギリ……いける?」

「なんで首傾げんだよ! その感じは俺が死ぬやつだろ!」


 オージェリンの後ろから蒼い兎が歩いて前に出てくる。

「熊くらいでピーチクパーチクうるせぇぞ」

「あ……兄貴!」


 オージェリンは絶大な信頼を寄せている兄貴が前に出てきて心に余裕が生まれるが、マティは頬を膨らませて不満そうだ。


「なんでシュウが兄貴なの!? 何回も言ってるけどシュウは私の弟なんだから兄貴はおかしいんだよ?」

「兄貴は兄貴だ! 譲れない! これだけは絶対譲れない!」

「なんでよぉ!」


 マティとオージェリンは顔を近づけて睨み合うが、赤茶の熊が涎を垂らして接近してくる状況にしては緊張感が足りない。


 シュウは前足を胸の前で組んで振り返る。

「よし、オージ。行ってみるか」

「マジかよ兄貴!?」

「まぁ、ギリ倒せ……あ? なんだあいつ。止まってんぞ?」


 赤茶の熊はシュウが前に出てきた瞬間から足を止めてシュウを凝視している。封印した恐怖体験を思い出そうとしているかのように険しい表情をしている。


 赤茶の熊が険しい顔をしていれば、それは獰猛な魔獣が威嚇しているかのようだ。


 そんな赤茶の熊に怯えたかのように桜色の兎がシュウに飛び付く。

「パパーー! 怖いよぉ……」

「おぉ、おぉ。あんなクソ熊なんてパパが絶対近づかせねぇから心配すんな」


 シュウは後ろからしがみ付いてきた桜色の兎を優しく撫でるが、肩を揺らして歩く蒼い兎がシュウに近づいていく。


「ちょっとパパ! ヒロを甘やかしちゃ駄目よ! 男のくせに接近するのが怖いなんてヘタレよヘタレ!」


 シュウは更に後ろから現れた蒼い兎を歓迎するかのように空いている前足を広げる。

「アイリス、ちっとは怖がれよ……」


 アイリスはシュウが広げた前足を無視してそのままシュウの前まで歩いていき、首を捻り上げて赤茶の熊を睨み上げる。


「何見てんだクソ熊コラァ!? あぁん!? 上等だぁ。あたいがベッコベコに蹴り倒してやんよ! 来いよコラァ! ビビってのかぁ!? イモひいとんのかぁボケェ!!」


 シュウは空いている前足で後ろからアイリスの腰を抱き抱える。

「待て待て待てアイリス。落ち着け。なっ、神山の熊とは違ぇんだよ」


 しかし、アイリスはシュウから抜け出す為にジタバタと暴れる。

「パパ離して! あいつ殺せない!」

「ワイら草食だろうが。殺しても食えねぇぞ」


 アイリスはジタバタと暴れながら未だに愛刀を握り締めているオージェリンに振り返る。

「オージ! クソ熊の肉、食うよなっ!? なぁ!?」

「俺はあの熊よりアイリスが怖ぇよ……」

「あ゛ぁん!? 絶世の可愛いアイドル兎のあたいが怖いだぁ!? てめぇの目が腐ってんじゃねぇかコラァ!?」


 オージェリンは口元を引き攣らせて渇いた笑みを零したが、それは悪手であった。

「おい、オージ。ワイの娘が可愛くないって言ったかコラァ!?」

「うぉ! 飛び火した! ってか言ってねぇよ! マティ助けてくれ!」


 オージェリンはマティに助けを求めたが、首を傾げるマティに緊張感は皆無だ。

「ほぇ? 私はオージが戦うに1票」

「俺そんな話してないよね!?」

「姉御! あたいにやらせてくれ!」


 アイリスは可愛いまん丸のお目目をギラつかせるが、父であるシュウがアイリスを離さない。

「アイリスにはまだ早ぇよ」

「えぇぇ、あの熊さんならアイリス勝てるでしょ。まぁ、怪我はするだろうけど……」

「アイリスが怪我だぁ!?」

「あたいは怪我なんて怖かねぇ!」


 シュウはアイリスを抱き寄せるようにして顔を近づける。

「違ぇだろう! 全部避けるんだろうが!! 怪我したら一瞬で治せ!」

「任せろ! 死んでも殺してやる!!」

「マティ! ワイはアイリスに1票だ!」

「あたいと合わせて2票だ!」


 マティは唇を尖らせてオージェリンに視線を向けるが、オージェリンは首をブンブン左右に振る。

「棄権! 俺は投票に棄権だ!」


 マティが悔しそうに呻いたが、シュウに抱えられたアイリスは両前足を万歳のように上げる。

「ひゃっほーい! パパ! あたいがベッコベコに蹴りまくってやる!」


 シュウは黙って頷くとアイリスから手を離して赤茶の熊に歩み寄っていく。


 赤茶の熊はシュウが近づいてハッキリ見えた事で、何かを思い出したかのように大きく目を見開いて震え始める。


「クソ熊コラァ! てめぇの……あい……て……あぁん?」


 シュウのすぐ後ろで肩を揺らして歩いていたアイリスがシュウに尋ねる。

「パパぁ、クソ熊が震えてるよ。あたい弱い者イジメは嫌いなんだけど……」

「……半身捻って逃げようとしてんな」

「またパパが何かしたの?」

「してねぇよ! あんな熊、見た事も蹴った……事も……あ゛?」


 赤茶の熊は再び睨み上げてきたシュウにビクリと身体を震わせて完全に怯えているが、シュウはもう少しで何かを思い出せそうだ。このまま睨み上げていれば思い出せるかもしれない。


 しかし、アイリスがシュウの前足を引っ張る。

「ほらぁパパ、怖がってるじゃん。止めてあげなよ」


 アイリスは無警戒に赤茶の熊に歩み寄って、怯えて震えるお尻を前足でポンポン叩く。

「ほら、もう行きな。あたいらもうちょい先に用があるからもう会わないと思うよ」

「グルゥア」


 赤茶の熊はアイリスに感謝を述べたかのように唸ってから逃げていった。それは赤茶の熊が見せる最速のダッシュであり、1秒でもこの場所に居たくないという気持ちが表れていた。


 マティもシュウも首を傾げるだけで、赤茶の熊が怯えている理由は最後までわからなかった。


 赤茶の熊はマティがこの森を抜けて王子様を探す旅に出る決意をした日に、マティの縄張りがある最奥に迷い込んだ不運な赤茶の熊だ。美味しそうな獲物だと思っていた蒼い兎に蹴られて、その後の数日間を半死半生で生き抜いた。その主原因である蒼い兎と再び出会う事が無かったため記憶が薄れていたが、再び目の前に現れた蒼い兎にあの日の蹴られた記憶が鮮明に甦ってしまった。


 最後尾から桜色の兎が前足をポフポフと打ち鳴らしてシュウの傍まで歩み寄る。

「はいはい。終わりよ終わり。パパは私を守るんでしょ? あんまり離れないでよね」

「おぅよ! ママはワイが守ったる!」

「あたい! あたいもママを守るよ!」


 前足を高く上げて主張するアイリスに負けじと、ヒロが駆け寄ってきて周囲を睨みつける。

「ぼ……僕だってママを守るんだ! ぜ……全部やっつけるんだからね!」

「おっ、よく言ったぞヒロ!」

「あらあら、ママはみんなに守ってもらえて幸せよ」


 オージェリンは大きく溜息を吐き出す。

「はぁあ、サクラはすっかりお母さんになっちまったな……」

「……良いなぁ」

「……え?」


 マティはスッと視線を逸らして誤魔化した。


 追求しようとしたオージェリンを止めたのはサクラだ。

「ほら、オージ。熊さんどっか行ったし、私たちも行くわよ」

「んー、へいへい」


 6人が進む速度は尋常ではない。地面を走り、樹を蹴り、枝を足場にして高く跳び、時には何もない空中を蹴って前に進んでいる。

 サクラにとっては1年以上前の自分が嘘のような速度で走っている。シュウの指導を受ける子供たちに混ざって鍛えただけの事はあるのだ。


 マティが黄色のゴリラを無言で殴り飛ばす以外は順調な道程だった。


 そして、遂に深い森の中にあるとは思えない素朴な家の前で足を止めた。

「おじぃぃいちゃー……」


 マティが扉の前で中に居る人物に呼び掛けようとしたが、家の扉をシュウが『ガドン!』という高速の2連撃で扉を蹴り開ける。


「居るんだろク……爺さん!」

「ふぉっふぉっふぉ。扉が壊れると何回言えばわかるんじゃ馬鹿もんが」

「おぅ、入って良いぞ」

「お主……旅に出て変わったんじゃないのか……」


 溜息を吐きながらシュウを見つめる老人だったが、死角からの突撃にバランスを崩す。

「お爺ちゃぁぁぁあん!!」

「ぐっふぉあ!」


 しかし、老人は耐える。マティの体当たりを意地と気合で耐え切って片手で抱き締める。

「良く帰ってきたのぉ」

「うん! ただいま!」

「そっちの客人が……」


 老人は開け放たれた扉の前で佇む4人に目を向けて固まる。自分の目をゴシゴシと擦って完全に想定外という驚きの表情で視線も泳ぐ。


「……待て。聞いとらん……おっちゃんに何も聞いとらんぞ……」


 サクラは驚く老人にペコリと頭を下げる。

「初めまして。シュウの妻でサクラと申します」

「お……おぉ。サクラさんや歓迎するぞい」

「あたいはアイリス!」


 アイリスは『シュバ!』っと前足を上げて主張するが、老人は蒼い兎のアイリスを見てすぐにシュウに視線を向ける。しかし、続けて聞こえてきた声に慌てて視線を戻す。


「ぼ……僕はヒロ……です」

「息子と娘です。お爺様、よろしくお願い申し上げます」

「ぐふっ!」


 老人は突然、口を押えて跪いた。

 聞いてない! おっちゃんからこの2人については全く聞いてない! シュウに子供が居るなんて全く聞いてない!!


 驚きと困惑の渦中にいる老人を心配してアイリスとヒロが駆け寄る。

「爺ちゃん大丈夫か?」

「おじ……お爺ちゃん平気?」

「ぶふぁ!!」


 老人は目元を片手で覆って鼻を啜る。

 蒼い兎のアイリスは口調や態度から元気なお転婆を思わせるが、自分を心配して駆け寄ってくる優しさがある。とてもシュウの子供とは思えない。

 そして、桜色のヒロはシュウの息子ではないと断言できるくらいに引っ込み思案だ。しかし、他人を心配して駆け寄る優しさを持ち合わせている。やはりシュウの子供とは思えない。


 しかし、アイリスとヒロはシュウの可愛さを完璧に受け継いでいる。可愛い。途轍もなく可愛いのだ。


 老人は密かに決意する。

 この2人を真っ当に育てよう。シュウのように口の悪いクソ兎にしてはならない。もう遅いなんてこの一瞬で気が付くのは不可能である。


 老人は優しく寄り添ってくれた2人の頭に手を添える。

「大丈夫じゃ。君たちが可愛くて驚いただけじゃ」

「そっか! なら仕方ないな! あたいは可愛いもんな!」

「へへへ。僕、可愛いかな?」


 老人は微笑んでから立ち上がると最後の人物に視線を止める。


 オージェリンは老人と目が合ってすぐに頭を下げる。

「お……オー……」

「お爺ちゃん! この人が王子様だよ!」


 老人はおっちゃんから聞かされていない情報がある事に気が付いている。悪戯なのか定かではないが、今の老人はおっちゃんから報告された全ての情報が信じられない。


 老人は抱き着いてきたマティから『王子』という発言を聞いて片眉をピクリと上げる。

「……王子……じゃと?」

「い……いや、俺は……」

「そう! 王子様! やっと見つけたの! 連れてくるって言ったでしょ!」

「ちょ、マティ待ってくれ!」


 老人はマティに抱き着かれながらドス黒い魔力を纏う。

 アイリスは老人を見直したかのように感嘆の声をあげ、ヒロは若干の怯えを見せて後退る。


 オージェリンの横に居るサクラはオージェリンの足を前足で叩く。

「ほら、オージ。ちゃんと自己紹介しなさいよ」

「する! するって! だから今は俺をオージって……」

「てめぇ、どこの王子だコラァ?」

「ひぇい!」


 オージェリンは威圧してくる老人が確実にシュウの育ての親であると確信する。恫喝の雰囲気がシュウとそっくりであるが、食べない生物は殺さないシュウと違って、老人の方が躊躇いもなく命を奪いにくる雰囲気を感じてしまう。


 マティは殺気を放つ老人の腕を引っ張る。

「お爺ちゃん! オージをイジメないでよ!」

「ふぉっふぉっふぉ。何処のクソ王子か聞いとるだけじゃ」


 オージェリンは確信している。この誤解は初めてマティと会った時と同じであり、完全に自分を何処かの国の王子様と誤解しているパターンだ。サクラが『オージ』と呼んだのが決定的だったのだろう。


 オージェリンは余計な事を言ったサクラを睨みたいが、老人から視線を逸らせば殺されかねない恐怖を感じている。


「俺の名前はオージェリンです。親しい者は俺の事をオージって呼ぶだけで、どっかの国の王子様とかではないです」


 オージェリンは極度の緊張の中で噛まずに言い切った自分を褒めたい。これで誤解は解けるはずだ。


 しかし、老人は剣呑な視線を止めようとしない。おっちゃんの情報が全く信じられない為、全て自分で確認しなければ安心が出来ないのだ。もうオージェリンたちの出身地から聞いて判断するしかなくなってしまった。


「国の名はなんだ?」

「ヤマトです!」

「あ゛ぁ!? 大和だぁ!? んな国、この世界じゃ聞いた事ねぇぞ!」

「し……信じて下さい! マティにお願いして別大陸から空を飛んでこの大陸に来たんです! そうだ! このサクラも同じ国の出身で、同じキョウの街に住んでます!」


 老人は眉根を寄せて叫ぶ。

「京だとぉ!? 誰だ! 誰が作りやがった!?」


 老人の詰問は自分に語り掛けるものだったが、怯えたオージェリンは背筋を正して答える。

「セゴドンです!」

「それ……西郷隆盛じゃねぇか!」


 オージェリンはポカーンと口を開けて放心したが、すぐに気を取り直して尋ねる。

「な……何故セゴドンの本名をご存じなんですか? 一般的には知られてませんよ?」

「あぁ……うーん。儂は同じ国の出身じゃ」

「そんな昔の人と知り合いなんですか!?」


 老人は興奮したオージェリンに手を向けて制する。

「西郷さんは儂の国では歴史上の有名人でな、ちょっと調べれば好みの女性まで簡単にわかるんじゃよ」


 オージェリンは驚きの表情で更に尋ねる。

「こ……好みの女性なんかも……ですか?」

「うむ。デ……大きい女性が好みだと聞いた事があるのぉ」

「……み……身内しか知らないはずなのに……」


 老人はオージェリンの呟きを聞き取って自分の顎髭を撫でる。

「む? 身内じゃと? 貴様、西郷さんの子孫か? っという事はヤマトの王族……」


 オージェリンは慌てて首を左右に振る。

「違います! ヤマトは民主主義です! 王制は崩壊してます!」

「なんと……ヤマトは革命が起きたのか……」

「いえ、元々セゴドンが民主主義の国を造ろうとしたんですが、最初期に限っては率いていた者たちが慣れ親しんでいる王制にしたんです」


 老人は白く長い髭を上から下に撫でる。

「なるほど……」

「ですから、セゴドンの血を引く者であっても普通の市民となんら変わりません」


 オージェリンは剣呑だった老人の雰囲気が霧散して安堵している。不幸な誤解は解けたのだ。


 老人は小さく頭を下げる。

「すまんかったな、オージェリン殿。儂は裕也じゃ」

「い……いえ! ユーヤ様も俺の事はオージと呼んで下さい」


 オージェリンは裕也よりも深く頭を下げた。裕也はオージェリンが話す態度や姿勢から今まで見てきたクソ王子とは全く違う好青年という印象を持った。


「ささ、入って寛いでくれ」


 裕也は片手を広げてオージェリンとサクラを歓迎するように招き入れるが、自分の足にしがみ付く何かに気が付いて視線を下に向ける。


 裕也と視線があったアイリスが目を輝かせている。

「ユー爺はすげぇんだな! メチャメチャ強ぇんだろ!?」

「ま……まぁの……」

「くぅぅ! 滾ってきたぜぇ!!」


 裕也は既にこの可愛い蒼い兎がシュウに染まっているような予感がした。その口調からは確実に口の悪い父の気配が漂っている。


 裕也は大きなクッションで寛いでいるシュウに視線を向けるが、視線を向けられているとわかっているシュウからは完全に無視される。しかし、長い付き合いのある裕也は看破する。このアイリスは既にシュウと同じ道を歩んでいる事を、シュウ自身は完璧に自覚している。


 裕也は人知れずに気合いを入れる。何としてもアイリスを可愛い兎に育て、導かなければならない。


 その点、反対側の足にしがみ付いてきた桜色のヒロは真逆の性格だ。

「ユー爺ちゃんは蹴る?」

「ふぉっふぉっふぉ。儂は蹴らんよ。ドーンと魔法を撃つ方が得意じゃからな」

「おぉ! ヒロ、良かったじゃんか!」


 裕也はおっとり尋ねてきたヒロに微笑んでいたが、何故か喜んだアイリスに微笑みが固まった。

「ふぉ?」

「ユー爺ならヒロと魔法で遊んでくれんじゃねぇか!?」

「……うん。マティお姉ちゃんとしか遊べなかったから……楽しみ」


 裕也は大きく目を見開いて固まってしまう。

 ヒロは『ふんす』と勢いよく空気を出す仕草は可愛らしいのだが、その発言内容が恐ろしい。


 裕也は素早くマティに視線を向けるが、マティはオージェリンの腕を引っ張って家の案内を始めている。

 この可愛らしい桜色の兎は何と言った? あのマティと魔法で遊ぶ? マティとしか遊べない? 

 すぐに馬鹿みたいな威力の魔法を放つマティと魔法で遊ぶのは命懸けだ。裕也だってマティと遊び時は必死で遊ぶのだ。


 裕也は生唾をゴクリと飲み込んで恐る恐る尋ねる。

「ヒロは……魔法が得意なのか?」

「……うん。ドガーンってするの……好き」

「はいはーい! あたいはベッコベコに蹴るのが大好きだぞ!」


 アイリスは太陽のように明るくニカっと笑い、ヒロは口角だけを上げてニヤリと笑っている。


 裕也は内心で頭を抱える。

 遅い。遅すぎたんだ。既にこの幼子たちはマティとシュウの毒牙に掛かっている。思いっきり影響を受けている。


 しかし、裕也は逆境に慣れている。様々な困難を乗り越えた経験がある。必死に自分を奮い立たせて心が折れるのを食い止めた。


 裕也は足元の兎に優しく微笑む。

「ふぉっふぉっふぉ。儂とも一緒に遊ぼうかのぉ」

「うぉぉおお! 良いなぁ! 良いなぁ! ヒロ良いなぁ!」

「もちろんアイリスも一緒じゃ。魔法が得意と言ったが、殴る蹴るもそこそこやるぞい」

「っしゃぁあ! 燃えてきたぁぁあ!!」


 裕也も燃えている。この可愛い幼子をマティやシュウと同じようにしてはならないのだ。これまで経験してきた全てを懸けて教育するのだ。


 しかし、裕也はそんな悲壮な決意は顔に出さない。

「ふぉっふぉっふぉ。お茶でも淹れるかのぉ」


 裕也はお茶を淹れる際に全ての工程を魔法で行う。

 その光景にアイリスは大きな声で称賛し、早く手合わせをしようと纏わりついてくる。ヒロも小声で称賛しているが、同時に本気が出せるという喜びの声が口から漏れており、不敵な笑みがシュウそっくりである。


 裕也は2人の教育を明日から始めると決めている。

 今日は久しぶりの再会を喜ぶ日であり、口やかましい事は慎むと決めているのだ。


 無事にお茶をテーブルに置けば家の案内が終わったマティとオージェリンが戻ってくる。

「ほれ、座ってお茶でも飲むが良い」

「ほーい」

「ありがとうございます」


 オージェリンとサクラは裕也が淹れたお茶を飲んで驚愕に目を見開く。

 素材が超1級品である為、人里で飲めるお茶とは別次元の美味しさだ。アイリスとヒロもお茶の美味しさに感動しているのが窺える。

 マティとシュウも久しぶりに飲む美味しいお茶に満足気だ。


 一息吐いたところでオージェリンが姿勢を正す。

「ユーヤ様、その……」


 裕也は小さく深呼吸する。

 マティを拾い、育て始めてから想像はしていた。王子様を探すと言って旅に出た時に覚悟は決めていた。いつか来るであろうこの日に備えていた。


 マティは言い淀んだオージェリンに割り込む。

「お爺ちゃん! 私、オージと結婚したい!」

「お、おい、マティ。それは俺に言わせてくれって言っただろう」

「良いじゃん!」


 マティはオージェリンの腕を抱き寄せて裕也に視線を向ける。

「私、見つけたの! オージは私の王子様だよ! 私だけの王子様なの!」

「マティを愛してます。マティとの結婚を許して頂けないでしょうか」


 裕也は泣きそうになるのを堪えてお茶を飲んで大きく息を吐く。『マティを下さい』なんて言う輩には説教の1つでもしようと思っていたが、オージェリンは誠実に結婚の許しを得たいと言ってきた。


 裕也はそんな誠実な男が心配である。

「確認じゃ。本当にマティで良いのか? 儂が言うのも何だが、死ぬほどの目に合うかもしれんぞ?」


 オージェリンは苦笑する。

「いえ……あの……何度か死んだみたいなんで……」

「死んでないよ! ギリギリセーフだよ!」


 マティの抗議にアイリスが割り込んでくる。

「ユー爺、心配すんなって! あたいもマティの姉御には殺された事あるぞ」

「……僕も……何度か死んだ……」

「だから死んでないって! ギリギリセーフだったって! シュウも何か言ってよ!」


 シュウはマティを睨み上げる。

「この2人が懐いてるのが不思議なくらいだ。懐いてなかったらとっくにマティの寝込みを襲って殺してるわボケェ」

「むぅぅう」


 マティは頬を膨らませて抗議しているが、裕也にはこの3人が死線を潜り抜けた事を理解した。デストリア大森林の最奥でも生きていけるレベルの強さがあれば、マティが馬鹿な魔法を放ってきても死なないが、そうではないレベルなら死んでも全く不思議ではない。


 マティの回復魔法があれば治す事は可能かもしれないが、本人たちが死んだと思っていても納得できてしまう。


 裕也は項垂れるように頭を下げる。

「す……すまんな。儂の育て方が悪かったんじゃ」

「ユーヤ様! 頭を上げて下さい!」

「そうだぜ。ユー爺、あたいはマティの姉御が大好きなんだぜ!」

「……うん。僕もマティお姉ちゃん……好き」


 オージェリンはチラっとマティを見てから頭を上げない裕也に告げる。

「俺もマティが大好きです。一生涯この気持ちを忘れないですし、死ぬまで愛してます」

「……オージぃ」


 マティは頬を赤らめてポーっとした表情でオージェリンを見つめており、頭を上げた裕也はオージェリンの言葉とマティを見て大きく頷いて深く頭を下げる。


「……マティを……よろしくお願いします」


 裕也は魔法を使って自分の涙腺をきつくきつく締める。何もしなければ涙が止まらないだろう。マティの父は自分が殺した。母も殺したようなものだ。亡き2人にマティを真っ当に育てると誓って、1歳ほどのマティを拾ってから必死で育ててきた。何処に出しても恥ずかしくないとは決して言えないが、目の中に入れても痛くない可愛い孫のような存在だ。


 そんなマティが自分の伴侶を見つけてきた。王子様を探すと言って出ていったマティが王子様ではなく、自分だけの王子様を見つけて戻ってきた。そして、その王子様は心からマティを愛しているのがわかる。


 マティは自分が見つけた最高の王子様の横で幸せそうに微笑んでいた。


完結です。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


反省点は多々ありましたが、完結出来て良かったかなと思っています。

悔いがあるとすれば、前回のお話を4月上旬に投稿できていれば桜の季節だったのに……。


少しでも皆様の隙間時間を埋めて、楽しんで頂けていたなら幸いです。

ありがとうございました。

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