第7話 女神、換金する
レジーナの屋敷にて彼女とボリスの所持品を根こそぎ巻き上げて逃走した私はタルバの裏通りを歩いていた。ならず者が集まりやすい治安の悪い場所だけれども、奪い取ったものを換金するのにここ以上に好都合な場所などないからだ。
かといって、この姿のままで取引を行おうとすると、奴隷風情が財を成すなど以ての外とかあるいは、何かしらの因縁をつけられて足元を見られ、安く買い叩かれるのは読めていた。
そこで、今回も手先となる人形を適当に見繕うことから始めた。
「オミッション・チャンティング。」
小声で詠唱省略の呪いを行い、裏路地に転がっていた樽の中に隠れて往来する人々を観察した。人間族で、なおかつ大柄な男とかだったらある程度強気に交渉したとしても差し支えないだろう。
そう考え、しばらく樽の中で人形として使えそうな男を見繕った。十分くらい経過してから、ようやく良さげな人間族の男が裏通りを通りがかったため、その男にアンカーを仕掛け、魔法を唱えた。
(リンカーネイト、ブレインジャック、マリオネット。)
他人を操るに際しての安心と信頼の三点セットの魔法を唱え、魔法にかかった男を私のいる裏路地へと誘導した。
「……。」
無言で虚ろな表情で私の前に立つ男。
「カラビヤウエクスパンド。」
異空間を展開し、そこにしまっておいた略奪品を全て引っ張り出した私は目の前の大柄な男に全て渡しておき、再び樽の中に隠れて男を操り始めた。
私から全ての盗品を受け取った男はそれらを抱えて闇市場に換金をしに行った。それを見届けてから男の観察と、何かあれば男を操って交渉できるように仕向けた。
「換金を頼みたい。」
「いらっしゃい、強そうな旦那!!今日はどんな品物をお持ちですか!?」
手揉みをし、あからさまに媚びるような笑顔を浮かべる商人の男。その目からして少しでも安く買い叩こうとする思惑は透けて見えた。
「鎧一点と将軍の衣類、それから将軍の邸宅にあった宝石とかだ。」
そう話した途端、商人の目がキラリと鋭く光った。
「つまり、盗品、というわけですね?」
「ああ。これを手に入れたやつは足が付くとまずいからという理由で俺に処分を頼んできたんだ。」
「盗品となりますと、流石に我々闇市場の商人でもそこまでお高い値段でのお買取は致しかねますが…。」
「そこをなんとか正規品と同じ額で買い取ってもらわないと俺が依頼人に殺されるんだ。どころか買い叩いたあんたもこの先俺の依頼人に命を狙われる可能性だってある。なんとかそれに近い価格で引き取ってもらえないか?」
「そうですか…。仕方ありませんね…。でしたら、国外にいる我々の仲間にこれらの物品を正規販売価格で流通させ、なんとか元手を取り戻してみましょう。ただし、我々としてもそれだけのリスクを犯す以上手数料は通常価格ではお受けできませんけどね…。
通常裏市場にこういった品々を流通させるに際して基本的には売り上げの一割を手数料として頂いているわけですけれども、今回のような訳あり品を正規販売価格で売りさばくとなりますと、こちらも犯すリスクはそれなりです。それこそ、国外に横流しする過程で盗賊に奪われるリスクもあれば、憲兵に見つかって没収されるリスクもあります。国内で横流しするのと比較するとはるかにリスクが高くなります。ゆえに売り上げの二割は手数料としていただかなければお受けすることはできません。それでもよろしいですか?」
「十分だ。二束三文で買い叩かれるよりかは実入りがいいし、依頼人もそのくらいの差損だったら許してくれるだろうからな。」
「交渉成立ですね。では、品物の方は我々の方で引き取り、南にある隣国サルサ王国に横流しさせていただくことにしましょう。
正規販売価格でのお見積りとなりますと、使用済みの鎧とかこちらの軍服とかはあまり高値はつかないでしょうね。二点で多く見積もっても5万Rと思っていただきたく思います。未使用でしたらその三倍でお引き取りさせていただくこともできたかもしれませんが…。宝石とかアクセサリー類はそうですね…。足がつきにくいことと未使用の品物が多いことを踏まえますとこれら全てで600万Rは狙えるでしょう。あとは家財道具と衣装になりますけれども、こちらも一つ一つ検品の手間暇があるので現時点で正確な額をお伝えすることはできませんが、概ね45万Rと試算できます。
ですので、我々のもとで引き取れる額としては総額650万R、そこから手数料を二割差し引いてお客様にお渡しできる額は520万Rになります。それでもよろしければこちらの盗品をお引き取りできますが、いかがされますか?」
「十分だ。その額で引き取ってもらえるならば依頼人も文句は言わないだろう。その額で取引を早急に頼む。」
「でしたら、品物をこの場で全ていただけるのでしたら即金で520万Rお支払いいたしますが、いかがされますか?」
「即金で頼む。」
「承知いたしました。」
そう話すと、商人は金貨5枚と銀貨20枚を袋に入れ、私が操っている男に渡した。
「助かったぜ、またよろしくな。」
「こちらこそ、またのご利用お待ちしております!!ありがとうございました!!」
深々と頭を下げる商人を背に私の制御下にある男は私のいる裏路地の樽の近くまで歩いてきた。
私は樽から出て男から売上金をもらうと、そのうち銀貨5枚を男に戻した。この男の記憶も改ざんするためだ。
「タンぺリング・メモリー。」
呪いを唱えて虚ろな表情の男に偽の記憶を植え付けていった。内容はこうだ。裏路地を歩いていたらボロを着た人間族の少女が盗品を売りさばく依頼を5万Rでしてきたので引き受けた、取引が終わってお金を渡すと少女は報酬を支払って人混みの中に消えた。ざっとこんなシナリオでいいだろう。
そこまで偽の記憶を植え付けたあと、男を裏通りまで戻し、頭の中で呪文を唱えて魔法を解除した。
(リリース。)
男は魔法が解除された反動でぼうっと辺りを見回していたが、すぐに何事もなかったかのように歩き出した。うまくいった。これで先立つものが手に入った。
さてと、次は何をするか…。ジャングルに残してきた亜人の兵士たちの家族を解放するために動いてもいいが、それよりもお腹が減った。
先に適当に食事でもとるか…。そう考えた私は今の狐耳とか尻尾とかをみられないようにするためにも裏路地で新たに衣装を作ることにした。
「オブジェクトクリエイション。」
呪文を唱えて生成したのは地球にて一部の女性の寝間着とか部屋着として使われていたりもする白いパーカーワンピースの子供サイズ。フードをかぶっていれば耳は隠せるし、服の下に尻尾も隠せるため案外重宝した。最初からこれ作って着ていればジャングルでボリスたちと出会った当初もまた別の反応を彼らがした可能性があるだろうなとも思った。
もともと着ていた服を脱いでそれに着替えた私は腹部のポケットにお金の入った巾着袋を入れ、フードを目深にかぶりつつ表通りへと出ていった。
表通りに出た後はその足で目についた大衆食堂へと入っていった。エデンにはない形の服を着ている上見た目三歳児の子供が保護者も無しに入店するだけあって、稀有な目で見られてしまったが、食事をとっていた誰もがすぐに目を離し、雑談に戻っていた。
給仕の女性に案内してもらった席につき、料理を注文しつつ周りの客の話に耳を傾けていると、話の内容はレジーナ将軍の屋敷が何者かに襲撃されたという話で持ちきりだった。
「おい、号外見たか?」
「ああ、レジーナ少将の屋敷が襲撃されたらしいな…。」
「信じられないよな?あの氷の魔女将軍とまで言われていた少将が襲撃されるなんて…。」
「しかも少将も居合わせたボリス部隊長も倒された挙句恥ずかしい格好にされてたらしいな…。」
「第一発見者の秘書は助けを呼ぶ前に二人の格好を見て笑い転げてしまって助けるのに時間がかかったらしい。」
「このエデンではあり得ない格好らしいよな。俺の知り合いであそこの秘書をしている奴がいるんだが、あいつもその当時の少将たちの姿を見て腹を抱えて笑ったそうだ。」
「でも、笑い事で済む話じゃないんだろ?少将と部隊長が装備も有り金も家財も洗いざらい盗まれちまったわけなんだから。」
「まあな。あんな強い少将たちを倒せちまうような奴が誰なんだろうと思うと恐ろしくてしょうがねえよ。」
「少将たちの証言では犯人は大柄な男なんだろ?」
「そうらしい。でも、秘書たちも使用人たちもそんな人物が屋敷を出入りするのを確認していないらしい。幻覚でも見たんじゃないかとも噂されてるんだ。」
「でも、実際にそうされてしまってるってことは、やった奴がいるってことだろ?」
「ああ、それについて、使用人たちの間で怪しい相手の目星はついてるらしいけどな。」
「誰なんだ?それは。」
「少将たちは全く知らないと言い張っているが、ボリス部隊長が三歳くらいの狐の獣人の少女を部屋に連れて行くのを見たと言ってる使用人がいるらしいんだ。」
「三歳の獣人?冗談だろ?たとえ本当にそうだとしてそんなのに少将と部隊長が倒せるのか?しかもそいつが犯人だとしたらそいつが一人で少将たちを倒して記憶を改竄して調度品を全部盗み出してあの格好にして逃げたことになるだろ?いくらなんでもあり得ないだろ、共犯者でもいない限りは…。」
「だよな…。誰の仕業か知らないが俺らが狙われないといいんだけどな…。」
「牛フィレ肉のステーキと野菜とハーブのスープ、バゲットとサーモンの切り身のカルパッチョとアップルジュースお待たせいたしましたー。」
他の客の話に耳を傾けていたら頼んだ料理が運ばれてきた。
「ありがとうございます。」
ウェイトレスにお礼を言いつつ数日ぶりに食べる料理に舌鼓を打った。
空腹を忘れるくらい動き詰めだったため、三歳児の体であってもこれだけの量の料理をあっという間に平らげてしまった。
食べ終わって一息ついてから料金を精算し、私は店を出た。
結局レジーナ少将に捕まったところで大した情報が得られなかったのは残念だった。
ただ、彼女が私の名前を見た途端、冒涜だとか悪魔の子だとか言って問答無用で殺そうとしたことから察するに、エデンで蔓延している種族差別の理由は古い時代にまで遡って調べていかないと知りようがなさそうだった。
だったら、ここの亜人を解放したら、次はもっと大きな町、それこそ帝都とかに足を向けてみるのもいいかもしれない。それにそっちの権力者を襲って装備とかを奪えば余計懐が潤いそうだし。
そうと決まれば、私はすぐにこの町の亜人を逃すために動き始めるのだった。