第6話 女神、権力者に突き出される
亜人の兵士たちを自由にした後も隊長の男の背中に揺られること半日。ジャングルをようやく抜け、目の前の視界が開けてきた。
東西に伸びる整備された街道、人々が行き交うその光景だけを見るならばエデンがそこまで歪んだ世界じゃないと誤認させられただろう。けれども、街道を行き交う馬車には手足を縛られ自由を奪われた人間族以外の人々が積まれることもあれば、使い捨ての護衛として彼らが馬車の周りを歩かされる光景も見えた。
亜人が差別され、迫害されるのが当たり前になっているからこそここだけでなく、他の町に行ったとしても同じ光景しか見られないんだろうなと思うと自分で作った楽園がここまで歪んだ世界になっていることに遣る瀬無い思いを感じた。
「おい、クソガキ!!そろそろ降りやがれ!!ったく、結局ジャングルの中ずっと背負わせて歩かせやがって!!ちったあ自分の足で歩きやがれ!!」
そう悪態を突かれながら、私は隊長の男に地面に投げ飛ばされた。本来のステータスの能力値が適用されてダメージは一切入らなかったが、髪とかせっかく生成しておいた服が土埃まみれになり、見るも無残に汚れてしまった。
「おじちゃん、いたい、いたいよ…。」
目をウルウルさせ、三歳児らしい泣き方をするが、もう町が近くなったからか、隊長の男はそれ以上本性を隠すことをするつもりはなさそうだった。
「うるせえクソガキ!!泣くんじゃねえ!!ピーピーうるせえんだよ!!この劣等種めが!!」
「れっとうしゅってなに?」
「てめえみてえな獣臭え奴のことだよ!!この獣女が!!」
「けものって?」
「うるせえ、もう黙れ!!さっさと歩け!!でねえとただじゃ済まさねえぞ!!」
隊長の男はそう怒鳴りながら私を蹴り飛ばそうとしてきた。これも本来のステータスが適用されれば私には一切ダメージが入らないどころか、男の足の骨が根元からボッキリと折れるだろう。何も知らずに私を蹴り飛ばそうとするのは、それこそ巨大な山に思い切り蹴りを入れようとするのと同義だからだ。
そこで、私は男の蹴りに合わせて横に飛び、ゴロゴロと派手に地面を転がり、ダメージを受けるふりをした。
「いたい、いたいよおじちゃん…。」
「うるせえっつってんだろが!!さっさと歩け!!」
「ひぐっ、ぐすっ……。」
泣き真似をしながらも私は男の後ろを歩いてついていった。それと同時にアレンとエレナの元に置いてきた人形の定期確認を行った。たまたまアレンとエレナは仕事中だったようなので、ボロ屋にはいない。いるのは私の身代わり人形だけだ。
当面はそっちは放置してこの男の後を追い、今向かっているであろうタルバとかいう町に向かって問題ないだろう。そこで人質にされているであろう亜人の兵士たちの家族も逃すのを忘れないようにしないとと思いつつも男の後ろをついていった。
しばらく歩いていると、遠くに建物が密集した町が見えた。木造の家屋が圧倒的に多い。地球からの転生者も結構エデンに送り込んだはずだが、ここまで文明が進歩しないってことは、転生した誰もが技術を確立させるのをめんどくさがってやっていないのか、転生後成長するまでの間に地球の知識を忘れてしまったか、どっちだろうとまず疑問に思った。
それとも、このタルバという町にはまだ地球からの転生者が送られていなかったからなのだろうか…?まあ何れにしてもジャングルやその近辺はそこまで文明が進歩していないだろうことは推測できた。
「おじちゃん、あれがまち?」
「うるせえ!!黙ってろ!!」
男の拳が飛んできたため、またもや演技をする羽目になった。後ろに飛び、地面をゴロゴロと転がりさらに土埃まみれになる。せっかく生成した白のワンピースがすでに茶色とか黄土色になりつつあった。
「ああああん、いたいよぉ(棒読み)。」
拳が当たった箇所を手で隠しつつ泣く真似をした。
「うるせえ!!さっさとついてきやがれ!!」
そこにさらに飛んでくる蹴り。
「ぐすんっ…ぐすん……。」
そろそろ演技するのにも飽きてきたため、私は泣き真似をしながらできる限り痛そうなフリをしておとなしく男に従った。
そのまま私をタルバまで連れて行くと、隊長の男は町の中心部にある屋敷の一つへと私を連れていった。屋敷の二階の部屋の扉をノックし、私を引きずりながら入室していった。
広い執務室の中にいたのは白い軍服と豪奢な青いマントを着た青毛の女性。その冷徹な青い目を見るだけで逆らうものをためらいなく殺すだろうことはすぐに伺えた。
「失礼いたします、レジーナ将軍。」
「ご苦労様だったわね、ボリス。それで、成果の方はどうだったの?」
「はっ、件の逃げた劣等種どもは未だに見つかっておりません。しかし、その子供らしき少女を見つけました。奴らの住処はジャングルの中に確実にあるでしょう。」
「で、それがそこの薄汚い狐の少女か?」
「左様です。このタルバを出発した後北東方向に二日進んだあたりで見つけました。恐らくはこのクソガキが来たであろう方向に集落があると思われます。ですので、将軍に増援をお願いさせていただきたく思います。」
「お前に預けた部隊だけでは足りぬか?」
「はい、あのジャングルそのものが人の手がろくに入っていない厳しい土地であることに加え、我々マリーシャス帝国ですら未だに開拓ができていない未開の地です。ジャングルに何が生息しているのかすらわかりません。加えて、ジャングルは帝国の北部一帯を覆い尽くすほど広大です。タルバの部隊を全部投入したとしても足りるかどうかです。将軍閣下からも中央に増援を出していただけるよう口添えしていただけないかと具申したく思うほどです。」
「チッ、あの劣等種共め……。とことん我々を翻弄してくれるな…。」
「全くです。劣等種は人間族に逆らってはいけないという古来からの言いつけを守らないとは世も末です。」
「まあ、そのガキを見つけただけでもまずまずと言えそうね…。」
「おばちゃん、だれ?」
「おばちゃん……ですって!?私まだ二十代後半なのに…!?このクソガキ…!!」
凄まじいスピードでレジーナの額に青筋が刻まれていった。血管がよく切れないなあと感心した。しかし、すぐに深呼吸して平静を取り戻し、取り繕った笑顔でこう答えてきた。
「私はあなたの本当のお母さんよ。会いたかったわ?」
ボリスといいレジーナといいそう言っていればごまかしが効くとでも思っているのだろうか…。仮に二人の発言が真であるならば私の種族は獣人ではなく人間になるはずだ。とりあえず返しの言葉として私はこう言ってみた。
「そこのぼりすっておじちゃんもほんとうのぱぱだっていってたよ?おばちゃんがほんとうのままだったらなんでわたしってじゅうじんぞくなの?」
「ボリス、あなたって人は…!!」
「っ…このクソガキ…!!」
レジーナの殺意のこもった目がボリスに、ボリスの殺意のこもった目が私に向いた。だが、レジーナはさらにごまかし始めた。
「ボリスの言うことは真に受けないでちょうだい?私が本当のお母さんなのは間違いないわよ?あなたを連れ出して逃げ出した裏切り者の男を見つけ出して殺せたら尚良かったけどあなただけでも保護できて良かったわ?」
よくもまあ呼吸をするがごとくそんな嘘がつけるものだ。若くして将軍の座に上り詰めるだけあってそういうことは得意なのかもしれない。だったら、こんなのはどうだろう?
「ほんとうのままなの?うれしい、あいたかった!!あのね、ぱぱからこうおしえてもらってたの!!ほんとうのままははなからぎゅーにゅーをのんで、のんだぎゅーにゅーをめからだしてとばせるんだって!!みせてみせて!!」
「できるわけないでしょうが!!馬鹿なの!?人を何だと思ってるの!?」
速攻でレジーナはキレた。さっきまでの落ち着きどこ行った…。
「適当にごまかして奴隷用のボロ小屋にぶち込もうと思ってたけどこのクソガキ一発殴らないと気が済まないわね…。」
「閣下もそう思いますよね?私もです。ここに連れてくるだけでもストレスでしたので何回か殴ってしまいました。」
「あら、珍しく気が合うじゃない。ボリス、そのクソガキの動きを封じておきなさい。私がまずやるわ。」
「やめて…、やめて…。」
ボリスが私の両手を後ろ手に縛り、腰まである私の金髪を引っ張って無理やり立たせ、私の服の襟首をつかんでぶら下げて宙吊り状態にした。
「さあ、どうぞ閣下。」
「ご苦労様、ボリス。」
右手を大きく後ろに引き、その後唸るような音を立てながら迫り来るレジーナの拳。せめて地面に足が付いていればボリスの時みたいに演技をしたところだけれども、宙づりのため今回は演技をしようがなかった。
レジーナの拳が私の左の頬を直撃し、メキメキッボキッ!!という派手な音を立てながらレジーナの右拳の方が砕けた。
「ああああああああああっ!!!」
「閣下!?」
「だから警告したのに…馬鹿じゃないですか?」
演技をするのもめんどくさくなったので、私は素の口調でレジーナに語りかけた。もっとも、痛みで絶叫する彼女にはそんな言葉届いていないが…。
「このクソガキ!!閣下に何しやがった!!」
慌てふためくボリス。私の襟首をつかんだまま鬼の形相で問いかけてきた。
「あなたの目は節穴ですか?レジーナが私の頬を殴るつもりが右の拳が複雑骨折した、ただそれだけのことでしょう?」
「嘘つけ!!てめえみてえな劣等種のクソガキにそんな能力あるわけねえだろ!!閣下に何の呪いをかけやがった!!」
「だからそんな時間と魔力の無駄になることしませんって。部隊を預かる隊長風情のくせしてその程度の状況観察もできないんですか?」
呆れながらも私はボリスにありのままを説明したが、激昂したボリスは私の口調が変わったことにすら気づかず、左手で私を宙吊りにしたまま空いた右手でレジーナ同様私に殴りかかってきた。
私の右の頬に当たるボリスの右拳。当たった拳はメリメリッミシッ!!と音を立てながら、レジーナの右拳と同じ末路を辿った。
「ぐああああああああっ!!」
「全く、揃いも揃ってアホなんですか?」
右手に走る激痛に耐えかねて絶叫する二人を着地した私は冷めた目で見ながらそう言った。着地ついでに縛られた両手の紐も解いて自由にした。この程度の拘束なんて魔法を使うまでもなかった。だが、腐っても軍人なようで、私がそうしている間にも怒りに顔を歪めつつもレジーナが私の正体を掴もうとしてきた。
「くっ、そんな力を持ってたなんて完全に想定外だったわ…。せめてあなたの情報だけでも中央に伝えさせてもらうわよ?このマリーシャス帝国を敵に回したことを後悔するがいいわ!!ステータス・ルック・イン!!」
呪文を唱えて私のステータスを無理やり覗き見ようとしてきたレジーナ。しかし、私の名前を見た途端、息を飲んだ。
「ディアナですって…!?劣等種に創世神の名前が…!?何て冒涜なの…!?」
「確かに私の名前はディアナですが、それが何か?」
「何がじゃないわよ!!この悪魔の子め!!今すぐここで死ね!!アイスジャベリン!!」
私に無事な左手を向け、巨大な氷の槍を魔法で作り出して私にけしかけてきた。彼女が発動した魔法は氷属性魔法LV.5:アイスジャベリン。中位の攻撃魔法の一つで、普通なら三歳児が食らって無事で済むような代物ではない。大の大人が食らったとしても魔法防御を上げていないと絶命する。室内でこれ以上の威力の魔法を使ったら対象はおろか魔法が使われた室内ですらただでは済まないだろう。
そんな代物をためらいなくレジーナは私に向かって放ってきた。高速で飛来する巨大な氷の槍。それが私の右胸に直撃した途端、私を中心に半径25mの範囲が瞬時に凍てついた。
そんな魔法をまともに食らった私自身は、何食わぬ顔でレジーナに問いかけた。
「今、何かしましたか?」
「嘘……でしょ……!?こんなの食らって無事な人なんていないのに…!!」
「では、私が初めてというわけですね?勉強になって良かったですね。」
「何なのあなた…!!化け物なの…!?」
「ディアナです。それ以上でもそれ以下でもありません。もっとも、覚えていてもらうと何かと不都合が生じますので今すぐにでも忘れてもらいますけどね。オブリビオン、スリープ、タンぺリング・メモリー。」
矢継ぎ早に呪文を唱えると、レジーナとボリスの表情が虚ろになり、私に関わる全ての記憶やこの部屋の中で起こった出来事、また、ジャングルを捜索して逃げた獣人達を追いかける計画そのものすら頭の中から消え失せていった。
それらの記憶が消えた後、彼女達は眠りに落ちたため、私はさらに彼女達に偽の記憶を植え付けていった。獣人達を探すためにジャングルを捜索したが、結局何も見つけられなかったという記憶や、右手を怪我したことについては、二人でこの部屋で戦闘訓練をしていたら複雑骨折してしまったというシナリオを植え付けておいた。
部屋の中で彼女がアイスジャベリンを放ったことに関しては、たまたま彼女が執務をしている間に屈強な体つきの強盗が入り、迎撃するために撃ったけれども家財や装備、有り金を全て奪われて逃げられたというシナリオにでもしておこう。
これで一通りの記憶の改竄は済んだことだし、次はその記憶通りの状況に仕向けておくことにしよう。
「カラビヤウエクスパンド。」
異空間にものを収納する魔法を発動させた後私はレジーナの軍服を脱がせたりボリスの鎧や私服を剥ぎ取り、二人とも全裸にしておいた。また、二人の武器や所持金も全部奪い取り、レジーナの部屋中を漁って家財や宝石、財物を片っ端から略奪していった。一通り略奪し終えたら全て異空間にしまい込んだ。あとは逃げるだけだ。
けれど、無防備の二人を全裸で転がしていくことに対して僅かながらに良心の呵責を意識してしまった。そのため、逃げる前に私はさらに呪文を紡いだ。
「オブジェクトクリエイション。」
呪いを唱え、作り出したものを二人に着せておいた。レジーナにはサラシを胸に巻いておき、頭にハゲかつら、腰には横綱と書かれたまわしを着せておいた。ボリスの方は、セーラー服の上半身部分とブルマ。セーラー服のスカートは作るのめんどくさかったから作ってない。そこまで寒冷の地域じゃないからなくても別に困らないだろうし。また、彼女達が負傷した右手には包帯を巻いてあげてから私は屋敷の外に逃げた。
「それじゃ、戦利品は頂いていきますね?」
そんな格好にされた二人が驚きと恥ずかしさで叫び声をあげたのはそれから間も無くのことだったらしい。