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第24話 女神、たらふく食う

 山菜流通業者『山の民』を支配下に置いた後、私はメイを引き連れてビエラへと戻ってきた。商談(強制)がうまく行ったからこそものの数時間で直取引を成立させることができたが、そうでなければせっかくメイの記憶を改竄しビエラの領主ヤナを失禁させて足止めしてまで確保した私の豪勢な晩御飯が台無しになっただろう。それだけは何としても回避したかった。


 ビエラへと帰還した後、私はメイと共に料亭『海幸山幸』へと戻った。


「それでは、いい時間になりましたのでよければメイさんも一緒に晩御飯食べませんか?」

「申し訳ありませんがディアナ様のお相手をできるのは店を空けていた間に問題が起きていないかどうかや私の方で対処しなければならない仕事の有無の確認を済ませてからになります。従業員には指示を出してディアナ様のお食事は用意させていただきますのでお一人様でお召し上がりください。」

「それでしたらその業務私も手伝いましょうか?こちらとしても経営権を購入させていただいたわけですしお店の収支や取引先の情報等把握しておきたいなあと思いますし。」

「…失礼を承知でお聞きしますがディアナ様はまだ四歳ほどですよね…?収支の内訳とか取引先のリストを見せても理解できるのですか?そもそも読み書きできなければ書類に何が書かれてるかもわかりませんよ?」

「ご安心ください。読み書きについては問題なくできますし両親がもうこの歳で商いごとについて一通り理解できるよう英才教育を施してくれてますから。」


 もちろん嘘である。女神だからこそその程度のこと習わなくても理解するのは造作もない。


「左様ですか…。でしたら当店の経営状況を把握していただくためにもディアナ様にも手伝っていただきます。その分食事の準備が遅れますがよろしいですね?」

「構いません。何も知らずにのうのうと食べるよりかは店の今後の経営方針も打ち合わせしつつ食事をしたいなあと思ってましたし。」

「承知いたしました。それでは早速始めましょうか。ついてきていただけますか?」

「はい。」


 案内されるがままにメイの後ろをついて行くとすでに晩御飯目的で客がまばらに入店しているからか、店内はある程度混雑していた。そして、ここ数日で私が関与した件についていろいろと噂が飛び交いつつあった。


「なあ、噂は聞いたか?」

「噂?何のことだ?」

「数日前王国軍の兵士が何人かオムツ姿で街道をハイハイしてたのを行商人が通りがかって保護してこのビエラに連れてきただろ?あいつらが誰にやられたかもわからないうちから立て続けに同じ街道で奇妙な事件が起きたらしい。」

「何があったんだ?」

「同じ街道で他にも何人もの兵士たちが身ぐるみ剥がされた挙句恥ずかしい格好にされてたらしい。そいつらがここ数日立て続けに保護を求めてビエラへと駆け込んできてるらしくてな…。」

「そいつらはどんな格好にされてしまってるんだ?」

「上下ともにスケスケのランジェリー、しかも髪や髭をピンクのリボンでデコレーションされてやがったんだ。」

「何だよそれ…。そんな格好をさせること考えるなんてやったやつはどんな神経してるんだ…?そもそも何が目的でそんなことしたんだ…?」


 こんな神経してます。ジェンダーレスを前面に掲げ、男性に女性の衣装を着せて男女の固定観念を消すための活動に協力させてます(強制的に)。そんな格好にされた兵士が社会的に死ぬ?そんなことどうでもいい、それが私をサンドバッグにしてくれた行為に対して私が施す慈悲なのだから。そんなこと考えてたら店の奥に向かいながらメイが話しかけてきた。


「兵士さんたちが襲われるなんて物騒な話ですね…。」

「そうですね、兵士さんたちがあんな目に遭うということは、この国の兵士さんたちの戦闘能力が低すぎるのか、彼らでも対処できないような相手がいたということでしょうね…。」

「一番怖いのは相手の目的がわからないことでしょうね…。よほど兵士さんたちに恨みがあるのか強さを鼻にかけただけのただの愉快犯なのか…。いずれにしても私がその標的にされたらと思うと怖くて仕方ありませんよ…。」

「盗賊の可能性もあるでしょうね。この国の兵士の給与水準はわかりませんがそれなりにもらってはいるでしょう?」

「当然です、国の管轄の組織ですから。」

「でしたらこの国への挑発を意図してたりとかただの金儲けとかが目的な気もしますね。」


 それら全ての犯人が私であることを隠して私はいけしゃあしゃあと的外れなことを話した。別にバレたところでメイの記憶を改竄するだけなので何ら問題はないが記憶をいじるのがめんどくさかったのだ。


 メイと話をしながら歩いている間に店の奥の事務室らしき小部屋へと着いたため、部屋に入ってすぐさまうず高く積まれた書類の山へと歩いて行った。『海幸山幸』の収支や取引先のリストはもちろんのこと、明日以降の予約客のリストもあった。


「想像以上にすごい量ですね…。」


 目当ての書類をパラパラとめくり、瞬時に情報を記憶していきつつも私はメイへと話しかけた。


「当店はビエラの中でも歴史の長い料亭ですから。昔からのお客様も多いですし先代や先先代からお世話になっている取引先も多いのですよ。この部屋に置いてある書類はこれでも必要最低限でして置ききれないものにつきましては信頼できる保管業者に預けさせていただいています。」


 従業員たちの伝言メモの束らしき書類に目を通しつつメイも言葉を返した。手慣れているのか読むのが速い。


「嵩張って邪魔にならないですか?」

「確かにそういう懸念点はございますが、書面を残しておくのにはもちろん理由がございます。当店にイチャモンをつけて金をせしめる迷惑客は今も昔も一定数ございまして、いつ、誰が当店を利用し、何を注文されたかまで記録を取っておくことで裁判沙汰になったとしても必ず勝てるようにと取り計らわせていただいているんですよ。そうした調停は基本的に領主の管轄ですのでその関係でヤナ様ともご贔屓にさせていただいております。」

「なるほど、そういう関係があるんですね。」


 そう言いつつも感覚共有をしているヤナに意識を向けてみると、流石に外出を諦めたのか、臙脂色のジャージ姿で屋敷で部屋の隅で体育座りをして大人しくなっていた。ズーン……という擬音が聞こえてきそうな雰囲気だった。

 だが、私がかけておいた呪いで漏らし続けた結果彼女が所持している衣装は根こそぎ汚れ、色とりどりのドレスとワンピース、下着が彼女の執務室に部屋干しされていた。


 私の仕業だとバレていないからいいが、もし私の仕業だとバレたら『海幸山幸』との関係は険悪なものとなりそうだった。ヤナに感づかれた時には何かしらの手を打たなければと思った。もっとも、ゆくゆくはあの屋敷の亜人たちも解放するつもりでいるため彼女を失脚させるのは遅かれ早かれ必要になるだろうけど…。


 一通り書類に目を通し終わった後、メイの方にも急ぎの案件の有無を確認したが、彼女が目を通していた紙束には特に重要度の高いものはなかった。そのため、従業員からのメモをもとにメイが店を空けている間に来た客の情報や売り上げ、明日以降の予約客などの情報を手分けして追加していき、一時間と経たずにとりあえず必要な仕事は片付いた。


 こうしてメイの手も空いたため、今後の経営方針も話し合うことを目的としてメイと二人きりで店の奥の個室にて食事を取ることにした。


「それで、ディアナ様はこの後どうされるおつもりですか?」


 刺身を堪能していたらメイに話しかけられた。


「もちろん、この店で使われている海産物を流通させている業者とコンタクトを取り、『山の民』同様直取引を行うように仕向ける予定です。現状市場を介在してそれらを手に入れていらっしゃるようですが、これについても直取引ができればなおさら競合他社の経営は厳しくなるでしょう。素材をこの店が独占するわけですから。ですので、また店の方はメイさんにお任せして私は東の町イスタスと西の町ウィータに足を向けようと思います。また商談の準備が整いましたらメイさんに協力をお願いすることになりますのでお願いしますね?」


 刺身の味を楽しみつつも私はにべもなく答えた。さっき目を通した取引先のリストの内容からして海産物の流通業者はビエラから東に移動した先と西に移動した先の二つの町にあるのではないかと推理したのだ。どれだけ距離が空いていようと人間族の空間魔法で運搬されるため鮮度は保たれるわけだが、それでもビエラから近い町から取り寄せているだろうと考えたのだ。メイがそれについて特に否定する発言をしてこないため私の推理は核心へと変わった。


「…本当にそんなことして大丈夫ですか?市場からも競合店からも恨まれてただで済まないと思いますが…。」

「ご安心ください、そうなる前に領主のヤナさんを使って手を打つつもりですので。」

「ディアナ様はそんなにも深い付き合いがヤナ様とあるのですか?」

「彼女の恥ずかしい秘密を握っているだけですよ。それをネタにして揺さぶりをかければ彼女なら動いてくれるでしょう。」


 秘密とはもちろん私の呪いでヤナが失禁しまくってる話だ。この話を町中ですると脅しをかければ彼女はどう反応するだろう?要求を聞き入れるからバラしてくれるなと言ってきそうだ。あるいは口封じのために私を殺そうとするか?いずれにしても彼女はもはや私の掌の上だろう。

 天ぷらを味わいつつも万に一つもメイへと危害が加わることはないと私は説明した。


「そうは言いましても…、ヤナ様の監視の行き届かない場所で私や従業員が襲われてしまっては本末転倒ですよ?」

「でしたら念には念を入れてメイさんたちにこの魔法をかけておきましょうか。セット・アンカー、イージス。」

「えっ!?」


 メイが驚きの声を上げる間にも彼女の全身を七色の光が覆い尽くし、やがて周囲に溶け込むが如く光が消えた。


「ディアナ様、今のはまさか…。」

「ええ、無属性魔法LV:10の一つ、防御結界魔法最高峰のイージスです。効果は物理魔法ダメージ95%カット、ダメージ反射付きです。」


 牡蠣の素焼きやもずくの酢の物を食べる片手間で最高峰の防御魔法をメイにかけたらメイは狼狽していた。


「こんな幼い子が最高位魔法…これは夢……?」

「いえ、現実です。」

「そんなはずが…だって四歳くらいの子供って魔法が優秀な子でもフレイムとかブリザードとかの初歩から中位の間の魔法しか使えないはずなのに……。」


 人間族でも四歳くらいで習うことってその程度だったのか…。通りで高位の魔法乱用してたら驚かれるわけだ…。


「その話は置いといて、ともかくメイさんや従業員の安全は確保できることはこれでご理解いただけたでしょう?」


 山菜うどん大盛りを啜りながらも私はメイの安全を改めて説明した。


「置いとける話じゃないですよ!!その歳でもうそんな魔法が使えるのでしたらディアナ様なら間違いなく今のエデンで二十人しかいない大賢者の二十一人目になれますよ!?こんなところで商売してないでこの王国の王都セラーズで国王に謁見して他大陸にある魔法学院に行くべきです!!」

「あー……私そういうのは興味ないんです。だってそんなのになってしまったらいろいろと面倒ごとが付き纏うじゃないですか。商売してる方が私の性に合っていると思いますよ?」


 茶碗蒸しと土瓶蒸しを香りから堪能しつつも私は答えた。だって本当に興味ないしそれ以前に帝国で大賢者イシスもう倒してるし……。


「話は戻しますが、ともかくこれでメイさんの安全は確保されました。他の従業員にもイージスをかけておきますので私の方針に従っていただけますか?」

「……安全が確保された上経営権をディアナ様が握っている以上それ以上私が反論する余地はございません。よしなにしてください。」

「決まりですね?今後ともよろしくお願いします。」

「ええ、こちらこそ。」


 デザートの屑流しを堪能しつつも今後の方針がまとまった上引き続きメイの協力を取り付けることができたため私は一安心した。それと同時に打ち合わせで頭を使いすぎたせいか食べたそばからお腹空いてきた。


「ところでメイさん、折り入って相談があるんですが……。」

「どうしましたか改まって?」

「お金は出しますので特上御膳セット一式追加注文お願いします。」

「…………。」


 呆れて物も言えないメイを放置して私は満足するまで特上御膳セットを食べ続けるのだった。

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