第23話 女神、服従させる
小屋の中の転移魔法陣を潜るとまた別の小屋の中へと移動した。転移先の魔法陣の座標を確認してみるとさっき使用したラーナ山脈の山小屋の魔法陣から500kmほど西方のようだ。ということは、転移先はタニア山脈のどこかなのだろう。アーデンが経営する山菜業者『山の民』の拠点はここであろうことは推測できた。
小屋の中には誰もいない。てっきり私が魔法陣を使った段階で転移先で全方向から攻撃されるんだろうと思っていたが…。拍子抜けしつつも小屋の扉を開けて外へと出てみると、正面には事務所らしき建物や倉庫が立ち並ぶぽっかりと開けた広場があり、建物の屋根の上や広場の周囲に陣取って全方向からアーデンをはじめとする全ての兵士たちが私に弓を向け、私の脳天や心臓を穿とうと構えていた。
「おや?メイさんを連れてきたら取引してくれるんじゃなかったんですか?」
アーデンが私と取引する気がないことを感づいていながらも私は何も知らないフリをして質問してみた。
「しらばっくれてんじゃねえよ。てめえ、亜人だろ?会った段階で匂いでわかったぞ?うまく見た目を取り繕ってたみてえだが、わずかに獣臭え気がしたからな。卑しい獣人のくせにどうやってメイを配下にしやがった?」
バレているなら仕方がない。私はゆっくりとフードを下ろして狐耳を顕にし、続いて服の尻の切れ目から尻尾を引っ張り出した。
「毎日沐浴してるのにもうバレちゃったんですね、残念ですよ。ですが、メイさんから『海幸山幸』の経営権を10億Rで買ったのは事実ですよ?」
「奴隷の亜人風情がそんな金あるわけねえだろ!!どいつだ!?てめえの裏に誰がついていやがる!?」
「バックについている組織なんているわけないじゃないですか。だいたい、四歳くらいのしかも獣人の子供に支援したがる人なんていると思いますか?」
「つまり、てめえ一人で何もかもやってやがるだって!?冗談は休み休み言いやがれ!!」
「それが事実ですよ?大人しく取引に応じてくれるんでしたら私としても手荒なことはしませんが?」
「黙れ!!行くぞ野郎ども!!」
アーデンの号令一つで広場に陣取っていた全ての兵士たちが私めがけて矢を射かけてきた。全方向から飛んでくる矢。普通の獣人ならこんな真似されればあっという間に蜂の巣にされて死ぬだろう。
私はあえてそれを避けもせずに受けた。硬質な音を立てながら明後日の方向へと飛んでいく何本もの矢。私にダメージはなかったが、わざと目をウルウルさせて泣く真似をした。
「いたい、いたいよおじちゃん…ああああん!!」
「なんだありゃ…矢が一本も刺さらねえ…あのクソガキの体どうなってやがる…?」
本来刺さるはずの矢が一本も刺さらない異常な事態を見て焦るアーデンたち。しかし、すぐさま落ち着きを取り戻したのか、もう一度弓に矢をつがえて構えた。
「野郎ども!!もう一度だ!!今度は全員使える中でも一番強力な魔法を矢に込めて撃て!!」
アーデンが指示を飛ばし、言われるがままに各々強力な魔法を込めた矢を放った兵士たち。アーデンもそこに追い討ちをかけるように魔法を込めた矢を私に向けて射かけてきた。私にはダメージは出ないだろうけれどもあれを食らったら服が無事では済まないだろうなあ、と考えた私はすぐさま魔法を発動させた。
「スペースタイム・セパレーション。」
その瞬間、飛んでくる数多の矢が空中で静止した。アーデンたちも動きを止めて微動だにしない。今唱えた魔法の効果は私以外の時間を止めて私とその周囲の空間を時間の流れから切り離すものだからだ。時間を止める魔法は魔力をバカ食いするためあまり使いたくないが、服のためならば仕方ない。
「カラビヤウエクスパンド。」
切り離された空間の中でさらに異空間を展開し、着ていた服を脱いで全部異空間の中にしまっておいた。
「レグレッション。」
切り離していた空間を元に戻し、全裸の状態でアーデンたちの攻撃を再度受けた。たちまち私を中心として空へと立ち上る爆炎、暴風、雷霆、閃光などなど。その攻撃の余波だけで背後の小屋は吹き飛び、転移魔法陣がむき出しになったりもしていた。
「うええ〜ん…。いたいよー、いたいよー…。」
そして私は懲りもせずに泣き真似をした。私は時間を止めて服を脱いで別空間にしまっただけでそれ以外には何もしていない。にも関わらず、アーデンたちの顔が一斉に青ざめた。
「何だよありゃ…俺たちの渾身の魔法が込められた矢を受けて傷一つ付かねえって…。」
「防御力極振りの加護でもあるんでしょうか…?」
「うええ〜ん。」
「馬鹿言うんじゃねえ!!あったとしてもあんなクソガキに使いこなせるわけねえだろ!?クソガキのステータスなんてたかが知れてるだろ!!」
「しかし、あんな攻撃を受けて傷一つつかないとなりますとやはり…。」
「あーんあーん…ぐすんっ…。」
「うるせえクソガキ!!泣くんじゃねえ!!」
アーデンたちの作戦会議中も泣き真似をしていたためキレたアーデンが投げナイフを一本私めがけて投げつけてきた。私はそれを最小限の動きで回避した。
「クソガキが…舐めた真似しやがって…!!」
イライラした様子で短剣を取り出したアーデン。それを兵士たちが制止し始めた。
「アーデンさん、自棄にならないでください!!まだあの獣人の戦闘能力もわからないのに接近戦なんて危険です!!」
「うるせえ!!飛び道具や魔法で傷一つ付かねえなら接近戦で仕留めるしかねえだろうが!!俺が直に仕留めてやる!!てめえらは手ぇ出すんじゃねえぞ!!」
部下の兵士たちにそう指示すると、アーデンは事務所の屋根から飛び降りて着地し一瞬で私との間合いを詰めて短剣を振り回してきた。振り回される二刀を私は泣き真似をやめてただひたすら見切って避け続けた。
避け続けること数時間。次第にアーデンの体力が尽き掛けてきたのか、斬速が遅くなってきた。息も上がっている。
「もう終わりですか?」
対する私は涼しい顔でそう問いかけた。
「嘘だろ…この俺の攻撃を全部見切って避けやがるなんて…てめえ、何者だ…!?」
「ディアナです。それ以上でもそれ以下でもありません。」
「だ…黙りやがれこの忌子が…!!」
「何者だと聞かれたから答えたのに…。」
肩をすくめながらも全裸の私はアーデンの振り回す刃をまた避けた。今ので戦うだけの体力が底をついてしまったのか、アーデンは全身から滝のような汗を流し、その場に膝をついた。
「そろそろ降参して取引に応じていただけますか?」
そんなアーデンに向けて私は再度交渉を試みた。対するアーデンはそんな状態にされても息を荒らげながら私に反抗の意思を見せた。
「…クソがあ…!!…誰が卑しい獣なんかと取引をするか…!!…おとといきやがれ…!!」
どうしても私と取引をするつもりはなさそうだった。仕方ない、強硬手段に出るか…。
「セットアンカー・ターゲット・オールヒューマン。」
この場の全ての人間族を対象にアンカーを仕掛けた。
「スレイブリー・オール・ターゲット。」
仕上げの呪いを唱えた途端、アーデンをはじめとする『山の民』に所属する全ての人間族の表情が虚ろになった。目がトロンとして焦点が合っていない。
「…g …gゴ…gガ…ワ…ワタシハ…アーデン…アーデン…デス…アナタガ…ゴシュジンサマ…デ…ゴザイマスカ…?」
話す言葉がカタコトになり、アーデンの意思はもうそこにはなかった。そして、私を隷属主と認識している。そういう魔法をかけたから当然だが…。私がアーデンたちに向けて使った魔法は解かない限り永久に私に服従し続ける魔法だからだ。
「はい、私があなたのマスター、ディアナ・アニマです。」
「ゴシュジンサマ、ニンショウイタシマシタ。ヨロシクオネガイイタシマス、マスター。」
「早速命令ですが、あなたが経営する『山の民』の経営権を私によこしなさい。手続きはあなたの方で後でやっておいてください。」
「ショウチイタシマシタ。」
「とは言いましても、これまで通り仕事自体はあなたにやってもらいます。あなたに担ってもらう役割としましては、この山脈とラーナ山脈で採取できる山菜を『海幸山幸』にだけ卸していただきます。市場にも他の店にも卸してはいけません。その代わりに、『山の民』で管理している山菜に相場価格の3倍の買取価格をつけます。その他の条件としてはこの組織で働かされている全ての亜人たちにきちんと給金を払うことと休みを与えること。その条件を飲んでくれれば相場の数倍の利益があなたの元に入ってきます。悪い取引内容ではないでしょう?」
「オオセノママニ。」
「あとは、そんなごつい格好で仕事をされますとイメージダウンしてしまいますね。全員これに着替えてください。オブジェクトクリエイション。」
『ハイ、ゴシュジンサマ。』
服を着もせずに私は全裸のまま加護を発動させ、全員分の新しい制服を作り出した。作り出したのは人数分のメイド服だ。山の中だけあって、制服を森ガール風の衣装にしても良かったけれども、服従させた後だったらやはりメイド服の方がしっくり来る。ホワイトプリムとエプロンドレスが萌え要素抜群だから。執事服?そんなのでは面白くない。
アーデンたちがメイド服に着替えている間に私も異空間から下着やタイツ、パーカーワンピースを引っ張り出して着用し直した。そうしている間にもアーデンたちはメイド服姿で跪き、待機状態になっていた。
「それでは、各自業務に戻ってください。商品の方は『海幸山幸』に直送していただくことだけ忘れないでくださいね?」
『ショウチイタシマシタ、ゴシュジンサマ。』
深々と一礼した上で散開していったメイド軍団(男)。それを見送った私は踵を返してラーナ山脈の山小屋へと戻っていった。
小屋に戻ると、まだメイは眠ったままだった。次はメイの記憶を改ざんする番だ。この二週間くらいでメイの記憶いじるのもう3回目じゃなかっただろうか…?メイの記憶だけやたらといじくり回している気がしてならない。だが、都合の悪いことを覚えていてもらっては困る。であれば、メイの記憶を改竄するのは必須だった。
「タンぺリング・メモリー。」
私は早速呪いを唱えてメイの記憶を改竄し始めた。改竄内容はこうだ。アーデンたちが私を襲撃した理由は、少し前に私と同じ見た目の子供がアーデンたちに詐欺を働いてお金を奪ったから。それとは別人であることを示した上で直取引を行う代わりに相場価格の3倍の値段で全ての商品を買い取ることを承諾してもらったこと、他の市場や店には山菜を卸さないことを約束させたという趣旨のシナリオを埋め込んでおいた。アーデンたちがメイド服を着ている理由については女装が大好きになったというシナリオを植え付けておいた。
ひとまずこれだけ改竄しておけば十分だろうと判断した私は寝ていたベッドで寝ていたメイを揺さぶり起こした。
「あれ…ここは…?」
「ラーナ山脈の山小屋の中ですよ。メイさんってば取引の最中に倒れてしまいましたので驚きましたよ?過労ではないですか?少し休んではいかがですか?」
「そうなんですか…私は取引の最中に倒れたんですね…?ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした…。」
「でも、取引には立ち会っていただけましたから問題ないですよ?内容の方は覚えていますよね?」
「ええ、まさか当店だけに品物を卸すなんて大それたことを提案なさるとは思いませんでしたよ…。」
「市場を介在してしまいますと仲介手数料とかかかってしまいますし、競合する店に食材が入ってこなければ店を畳むか『海幸山幸』の傘下に入る以外に生き延びる術がなくなります。私が考えるビジネスプランというのは競合他社と市場を潰して『海幸山幸』の独占状態を築き上げることだったんですよ。さらに他の街にもフランチャイズ店をどんどん作ることで利益を増やすことまで視野に入れています。」
「まだ小さいのによくそんな悪知恵が回りますね…。驚きを通り越して呆れますよ…。」
「でも、店側にとっては悪い話ではないでしょう?」
「そのうち路上で私が恨みを買った人に刺されるんじゃないかと思うと怖くてしょうがないですよ?」
「潤ったお金でボディーガードを雇うのは如何ですか?」
「…検討させていただきます。」
記憶の改ざんは成功しているようで、改ざんしたシナリオ通りの記憶がメイの中にはあるようだ。最悪メイが取引内容に納得しなかったらメイにも隷従の魔法を使うところだったが、経営権を買った段階で基本的には私の方針に口出ししないでくれるようだ。ひとまずここまでは計画通り。
次は店に卸されている海産物についても同じ手口で直取引を行おうと私は画策するのだった。