第22話 女神、領主の予定を潰す
「ただいま戻りましたー。メイさんは今いますかー?」
「おかえりなさいませディアナ様。店長はただいま奥で上客の応対をしている最中でございます。」
散歩から帰ってきました的なノリで和食料亭『海幸山幸』の暖簾をくぐると、数日前に私がここで食事をした時に仕出しを担当してくれた店員セーラが迎えてくれた。店長メイは店にはいるが取り込み中か…仕方ない。
「あ、それでしたらメイさんに伝えておいていただけますか?明日アーデンさんとの商談を行いますので同行して欲しいと。明日の午前中にはもう一度伺いますので明日メイさんに予定を空けていただきたいんですけど。」
「明日ですか…その日も上客がお越しになられますので流石に難しいかと思いますが…。」
「そうなんですね…ちなみに、その上客ってどなたですか?」
「このビエラの領主のヤナ様でございます。週に一度の頻度で当店をご贔屓にしてくださっている方でして、ディアナ様にも以前お出ししました特上御膳セットはあの方のためにご用意させていただいているようなものです。」
「確かにそんな方でしたら蔑ろにするわけには行きませんね…。ちなみに、その方が急用ができて来られない場合は如何でしょうか?」
「それでしたら店長が応対する予定のお客様はその日はございません。」
「なるほど…(ニヤリ)。」
「…ディアナ様?」
「ああ、失礼しました。少し考え事をしておりまして…。」
「さ、左様でございますか…。」
「とにかく、情報ありがとうございます。それでしたら、明日は問題なくメイさんにご同行いただけますね?」
「あ、あの…ディアナ様?話聞いておられましたか?明日は上客が…。」
「領主を説得してその予定をキャンセルさせますので問題ありませんよ?」
「ええ!?そんなことまで可能でございますか!?」
「できなくなるような事情を先方に作らせればいいわけですよ。まあとにかく領主の明日の予定は潰れると思いますのでメイさんには心おぎなく同行していただくことにしましょう。明日メイさんを迎えに再度伺いますのでメイさんにお伝えください。」
「しょ…承知いたしました…。」
事情がよく飲み込めず放心状態のセーラを放置して私は店を出た。その足でビエラの中心部へと足を向けていった。領主の屋敷とやらがどこにあるかは知らないが、とりあえず町の中心のどこかにあるのではないかと推測して足を向けたのだ。
中心部の方に足を向けてみると、やたらと警備が厳重な屋敷を見かけた。何人もの人間の兵士が門の周りを警備し、亜人の奴隷たちが屋敷周りの掃除をやらされたり、指示役の人間族に怒鳴りつけられたりしていた。屋敷の敷地内も同様だ。死んだ魚のような目をして奴隷労働をする清掃の亜人の奴隷と敷地内を巡回する警備兵たち。潤沢な資金がなければできないような有様。間違いなく領主ヤナがいるであろう屋敷ではないかと推測した。
このまま気付かれずに侵入するのが難しそうだと判断した私は一度引き返し、裏路地に入り込んで人の目のない場所で服や靴を全て脱ぎ、異空間にしまい込んだ。
「ステルス、オミッション・チャンティング。」
魔法を唱えて完全に姿を消し、詠唱を省略する魔法を唱えて無詠唱でも魔法を使えるようにした後何食わぬ顔で警備が厳重な屋敷へと引き返した。
(デクリーズ・ウェイト。)
無詠唱で魔法を発動させて自身の体重を0近くにし、高い塀を軽々と飛び越え、屋敷の敷地内に音もなく侵入した。そのまま音を立てずに敷地内を進んでいき、大きな屋敷のバルコニーへとさらに飛び移り、音もなく着地した。
窓の外から中を覗いてみると、豪華なアクセサリーを身につけた真紅のドレス姿のセミロングの黄色い髪の女性がフカフカの椅子に座り、紅茶を飲んでいた。
(ステータス・ルック・イン。)
ーーSTATUSーーーーーーーーーーーーーーー
Name:ヤナ・マドリーン・フォン・ビエラ
Gender:女性
LV:104
HP:65342/65342
MP:44443/44443
EXP:2242224/5355353
ATK:4545
MATK:3434
DEF:3737
MDEF:3241
STR:2020
DEX:1567
INT:1878
LUC:554
Job:ビエラ領主、王立親衛隊ビエラ常駐員
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Skill:剣術LV.9 弓術LV.8 槍術LV.6
棒術LV.6 徒手空拳LV.5 騎馬術LV.6
火魔法LV.9 水魔法LV.5 土魔法LV.6
風魔法LV.8 光魔法LV.6 闇魔法LV.4
空間魔法LV.7 無属性魔法LV.6
回復魔法LV.3
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Blessing:オールラウンダー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Equipment:真紅のドレス、牛革のハイヒール、
エメラルドのイヤリング、ルビーの指輪
ダイヤのネックレス
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
結構強そうなイメージを一目見て感じた。全てのステータスを満遍なく底上げし、武技でも魔法でも遅れを取らない用に鍛えられている。王立親衛隊というエリートにふさわしいステータスだろうなと思えた。おそらく生まれた時からこうなるように徹底して英才教育が施されていたのだろう。
姿を隠したまましばらく様子を見ていると、紅茶のカップを優雅な所作で置いたヤナは、慣れた手つきで何かの書類を書き、入室してきた秘書に渡した。秘書がさらに目を通し、使用人として働かされている亜人を一人呼びつけて横柄な態度で書類を押し付け、書類を落とした亜人の頭を踏んづけて罵っていた。それをニヤニヤしながら眺めるヤナ。やはり亜人差別が当たり前となっている国ではああいう風に上の方まで腐っているんだなあと実感できた。内部工作をやり込んでこの国を滅ぼすことになんの抵抗も感じられなくなった。
とりあえず明日の彼女の予定をぶっ潰すことは心おぎなくやってしまおう、そう考えた私はすぐさま無詠唱で魔法を発動させた。
(セットアンカー。カース・ターゲット・リモート・オブジェクトクリエイション・ピー・プープ・イフイーティングアウト・スパン・ツーデイズ。)
頭の中で魔法を唱えたからといって椅子にふんぞり返って亜人が虐げられるのをニヤニヤと眺めているヤナには何の変化もなかった。これもかつてマリーシャス帝国でバルカンに逆らうものを処刑するために使った呪いと同様、条件付きの呪いだからだ。今日以降二日間、外食をしようと用意をするたびに彼女の膀胱や大腸に限界まで糞尿が生成されるように仕向けたのだ。しかも、呪文の中で加護を組み込んでいるためMPの消費もない。やはり加護は便利だ。一応アンカーはそのままにして視覚と聴覚のみ共有するように仕向けて私はヤナの屋敷を立ち去り裏路地で自分にかけた魔法を解いて服を着なおし宿へと向かった。
翌日、私は気楽な足取りで料亭へと足を運び、メイを迎えにいった。
「おはようございます、メイさん、商談のために迎えに来ました。ご同行お願いできますか?」
そう話しながら店の中で仕入れた素材とかかった費用のリストに目を通していたメイに声をかけるとメイは驚いたような顔をして私を見た。
「お…おはようございます…!!話はセーラから聞いていましたが本当にいらっしゃるとは思いませんでしたよ…。ですが、申し訳ありませんが、本日はヤナ様のお迎えを…。」
「する必要はありませんよ?もうそろそろ使いの者が来る頃ではないでしょうか?」
「そんなはずが…。」
そうメイが口ごもっている間にも立派な身なりをした使者が店の中に入ってきた。
「すまない、メイ殿。ヤナ様からの伝言を伝えにきた。本日は急用が出来て貴殿の店を訪れることができなくなった。またの機会に立ち寄らせてほしいと。」
「ええっ!?ヤナ様はいかがされたのですか!?」
「すまない、いくら贔屓にしている店であっても絶対に事情を口外してくれるなというのがヤナ様からの命令だ。ともかく、本日の食事の予定はキャンセルでお願いしたい。キャンセル料はこちらになる。本当に申し訳ない。」
「しょ…承知いたしました…。またのご利用お待ちしております…。」
使いの兵士からキャンセル料を受け取ったメイは呆然としながら兵士が立ち去るのを見ていた。そして、油をさしていない人形のような動きでギギギ…と私の方を振り返った。
「ディアナ様…一体何をされたのですか…?」
「さて、何のことでしょう?」
「あれだけ律儀なヤナ様が予定をドタキャンされることなんて前代未聞なんですよ…。正直にお答えいただけませんか?彼女に何をされたのですか?」
「オブリビオン、タンぺリング・メモリー。」
説明がめんどくさかったのでメイの記憶を消してまた改ざんしなおした。今回の改ざん内容は、そもそも今日は上客をもてなす予定がなかったということにした。仕入れてしまっている上客用の素材については、後で私をもてなすために用意したという風に変えておいた。これで私の今日の晩御飯は豪勢になる。やったぜ。
実際、追及されたら記憶を改竄するより他なかったというのも事実だ。流石に領主ヤナに呪いをかけて外出できないように仕向けたことなんて口が裂けても言えない。呪いをかけられたヤナの屋敷はすでにカオスな状態となっているのだから。感覚を共有しているヤナの視点から情報を手に入れているが、屋敷の中は既にとんでもない状況になっている。
ーーー
「ああ、もう、本当に何なのよ!!漏らして着替えたばっかりなのにまた尿意や便意が…!!」
ヒステリックに叫びながらおしっこやうんこを漏らす領主ヤナ。漏らした糞尿が両足を伝って床に流れ、また新たに汚い水たまりを作っていた。着ている白いドレスが股間を中心に黄色く染まり始めてもいた。
「申し訳ありません、我々にも皆目原因がわかりません。何かの条件をトリガーとする呪いではないかと推測はできるんですが…。」
難しい顔をしながら魔法の解析をする人間族の男たち。その身なりからしてそれなりに魔法に精通した魔法使いであるように思われる。
「その条件は何なのよ!!これじゃあメイの店に食べに行けないじゃない!!」
失禁しながら喚くヤナ。見る見るうちに新しいドレスや下着も黄色や茶色に染まり、屋敷内の亜人たちの仕事を増やしてしまっていた。清掃員として働かされている亜人たちの仕事を増やすのは少し負い目を感じているが、ヤナを外出させないように仕向けるためには彼らには我慢してもらうしかない。
「ヤナ様、差し出がましい真似を先にしてしまったことを申し訳なく思います。流石にお時間に間に合わないであろうことを見越しまして私の独断で本日の予定はキャンセルさせていただきました。」
そこに入ってきた使者の兵士。跪き、頭を垂れる兵士に向かってヤナは怒鳴りつけた。
「何勝手なことしてくれるのよ!!まだ私は諦めてないわよ!?意地でもメイの店に食べに行ってやるんだから!!っ!?」
ムキになって外出しようとするヤナにさらにおしっことうんこが追加され着替えなおした花柄のワンピースもまた股間を中心に黄色に染まり始めた。
「ああもうっ!!!」
使者の兵士にまで失禁姿を見せてしまったヤナは羞恥と怒りとで顔を赤らめながら涙目で喚いていた。そうこうしている間にもとうとう替えの着替えや下着が底をつき、もはや外出するための服がなくなっていた。
「ヤナ様、やはり外出の予定は全てキャンセルした方が良いと思われます。我々にもヤナ様にかかっている呪いを解析して解くことができません。」
「黙りなさい!!あなたたちには高い給料を払ってるのよ!?こういう時くらい役に立ちなさい!!」
「しかし解析しきれない魔法を無理やり解くことになりますとヤナ様にも影響が…。」
「いいから!!解きなさい!!」
「ですが、例え解呪できたとしてももうお着替えはございませんよ?やはりここは…。」
「服も下着もさっさと薄汚い亜人たちに作らせればいいでしょ!?私は…私は…うう…また…。」
じょわああああ…と音を立てながら新たに形成された水たまりを呆然と見下ろすヤナ。こんなカオスな状況がこの後も延々と続くことは容易に予想ができていた。
ーーー
頭の中に入ってくるヤナの情報はとりあえずほっといて、私はメイを連れて商談に向かうことにした。メイの記憶を消して改竄したとは言っても、以前と私の服装が違うことが気になっていたせいか、メイは私にそのことについて記憶を消したのに追求をしてきた。
「ところでディアナ様のお召し物がおかわりになられたようですが、どうされたのですか?」
「ああ、この新しい服のことですか?」
「ええ、以前はそんなにも布地が厚い服をお召しにはなっておりませんでしたし、赤紫色のタイツを履いていらっしゃるようでしたので。」
「現地に向かっている最中に山賊に襲撃されてしまったんですよ。それで服を切り裂かれて所持金を奪われてしまいましたので止むを得ず異空間に入れておいた別の服を着ざるを得なくなりまして。」
「ええ!?よくご無事でしたね…!!」
「有り金渡して一目散に逃げましたのでなんとかなったんですよ。」
もちろん嘘である。兵士たちにサンドバッグにされてました。今着ている服はその場で兵士たちのオムツを作った後で作成しました。にしても、知能を赤ん坊に退行させた子泣きソルジャーズはどうなってるんだろう…。流石に人の往来が結構な頻度であるため、もう誰かに見つかってしまっている可能性は高いが…。
「私の服のことはともかく、そろそろアーデンさんと約束していた商談の時間ですので、ご同行お願いできますか?」
「ええ、かしこまりました。予定がなくて本当に良かったですよ…。」
魔法はうまく機能しているようで、メイは領主ヤナのことなどすっかり頭から消え失せていた。
「では早速商談に向かいましょうか。ディメンジョンゲート。」
魔法を唱えてメイを連れてラーナ山脈の山小屋へと転移した。そのまま結界をくぐり抜けて小屋の中へと侵入すると、アーデンの部下らしき兵士が私の頭に向けてまっすぐに剣を振り下ろしてきた。
「きゃあっ!?」
驚きと恐怖で悲鳴をあげるメイ。一方で私は振り下ろされる剣を指二本で止めつつ、兵士に向かって質問した。
「これは何の真似ですか?」
「チッ、この詐欺師め、まさかメイさんまで連れてきてまで嘘をつきやがるとはな!!」
そんな悪態をつきながら私に襲いかかってきた兵士。そこまでされてようやく私はアーデンが最初から私と商談する気が無く、メイを連れてこようがこまいが私を殺す気でいたことを理解した。奥には転移用の魔法陣があり、小屋の中からどこか別の場所にある事業所へと移動できるようだった。その魔法陣に別の兵士が駆け込み、増援を呼びに行ったようだった。
「危ないですのでメイさんは小屋の外にでも出ていてください。」
「えっ!?ちょっと、ディアナ様!?」
後ろ手にメイを小屋の外へと出してメイが小屋へと入ってこないように扉に鍵をかけた。そうしている間にも兵士は私に動きを封じられている剣を取り返そうと私の腹を全力で蹴りつけようとしてきた。その結果として、兵士の右足はボッキリと折れた。
「ぐああああああああああっ!!!!」
剣を捨てて右足を抱えながら床に転がり絶叫する兵士。それを冷めた目で見ながら私は冷ややかに告げた。
「その程度ですか?もう終わりですか?」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
「ディアナ様!?今の悲鳴は何です!?」
床に転がって叫ぶ兵士と扉をガンガン叩いて中に入ってこようとするメイ。前も後ろもうるさかった。
「スリープ。」
とりあえず騒ぐ兵士を眠らせて床に放置しておき、私は小屋の外にいるメイに声をかけた。
「問題ありません。ちょっとした行き違いがあったようです。もう一度アーデンさんと話を付けてきますのでメイさんは小屋の中でお待ちください。スリープ。」
そう話しながらも小屋の扉を開け様にメイにスリープをかけて眠らせ、メイには小屋の仮眠用ベッドの上でしばらく寝ててもらうことにした。
「さてと、次は彼らを説得しなければいけませんね…(ニヤリ)。」
口角を吊り上げ、アーデンたちと決着をつけるためにも私は行き先もわからない転移魔法陣の中へと足を踏み入れるのだった。
覚悟するがいい、馬鹿どもよ、ゲームオーバーの時間だ、ふはははははは!!!はーっはははははははは!!!