第21話 女神、山登りをする
私の一張羅を切り裂いてくれた兵士たちから金品と装備を没収して知能を赤子に退化させた後も私は南へ南へと街道沿いに馬を走らせた。南東と南西に見えているラーナ山脈とタニア山脈はビエラの町の近くにあるように見えて実際には馬を走らせてもその分帰路にたどり着くまでに二日はかかってしまった。
もちろん、それだけの時間人の往来もそれなりにある街道を馬に騎乗して走る四歳児なんて不審者にしか見えないようで、幾度となく職質をされてはサンドバッグにされた。しかし、初日に出くわしたライアンやラウルをはじめとする私の服を切り裂いてくれた兵士たちと違って服を汚されるだけだったため、動きを封じた上での金的連打と赤ん坊への退行魔法はやめてあげた。たまに行商人とかがギャラリーになったりしたが、彼らについてはその都度記憶を消して改竄して放置しておいた。サンドバッグにしてくるようなら話は別だけれども……。
その代わりサンドバッグにしてくれる兵士たちには1%の真心と99%の怒りを込めて装備と金品を略奪した上で彼らにランジェリーとブラジャーを着せて路上に転がしておいてあげた。後は赤子に退行させた兵士たちに使った後余ったオムツとか。最近の私の気分はシースルーだ。スケスケの布地をじっくりと観察すると浮かび上がってくる兵士たちのち◯この輪郭や乳首の輪郭、布切れの隙間から少し飛び出ている陰毛が醸し出すエロさとかセクシーさ…というものを表現してみたい気分だったのだ。後ピンク色のリボンで髪や髭を結ってあげてツインテールの愛くるしいデコレーションも追加してあげた。
これぞ前衛的芸術、これぞ美的革命!!スワン部隊一番隊長以来私のセンスは冴えている!!……と思いたい。そう、時代はジェンダーレスなのだ!!男性に女性用下着を着せるのは不自然なことじゃない!!……と思いたい。よーし、次の相手はフリフリのスカートでメルヘンチックないしはゴスロリに……するかどうかは相手次第にするか…。
そんな肉体芸術を生み出しつつ分帰路にたどり着いた後はまずは南東方向に伸びる脇道に沿って馬を走らせ、ラーナ山脈へと向かうことにした。
輸送コストを下げるためにも亜人を管理している人間たちの拠点は下層にあるのではないかと推測しつつも私は山道を馬に騎乗して走り続けた。流石にこれまでのような平坦な道ではないため、馬のペースもある程度は落ちている。それでも荷馬車引き用の馬にしては優秀だった。
だが、少し登ったあたりで道は険しい獣道へと変わってしまったため、止むを得ず馬で登るのはここまででこれ以上は自分の足で登らざるを得なくなった。
「これ以上は馬は無理そうですね。ご苦労様です、しばらく休んでください。」
「ブルルルッ。」
私を乗せていた馬は身震いするとすぐ近くの草を食べ始めた。それを眺めつつも私は考えに耽った。採取された山菜を運搬するのにこんなお粗末な道路なんて使うだろうか…?この山脈にも亜人を労働に出していると仮定するならば彼らの寝床とかもないとおかしいはずだ。少なくともここまでくる間に整備されていた街道のどこかになければおかしい、そう思えてならなかった。それに、亜人を管理するための施設すらないのは不思議だった。この山脈にはそういう施設はないのだろうか?街道を挟んで反対側にあるタニア山脈のどこかにあるということか?疑問は尽きない。
「フィジカルブースト、カラビヤウエクスパンド。」
食事を終えてくつろいでいる馬を回収してとりあえず引き続き獣道を登って探してみることにした。とはいえ、体はまだ四歳児だ。歩いて登るとなると効率が著しく落ちた。
そこで私は木の幹や枝へと次々に飛び移り、鬱蒼と生い茂る獣道に沿って木々に次から次へと飛び移りながら山を登っていった。人の目がないからこそパルクールなんてやっているが、人の往来の多い街中でそんなことやっていたらまず間違いなく目立つだろうなあ…と思いながら。
そう考えつつもパルクールをやりながら山を登っていたらぽっかりと開けた土地に小さな小屋が建っているのを見つけた。周囲や建材を結界魔法を使って守っているあたり、魔物や野獣の対策は万全のようだった。山菜取りに関わる施設だろうか?一見しただけではそのあたりはよくわからなかった。
そのため、その小屋をしばらく見張ってみることにした。すると、数時間も経たないうちに傷だらけのエルフ族の集団が山菜を抱えて問題の小屋へと入っていった。だが、それから一時間と経たないうちにまた手ぶらで小屋から出てきた。その顔はいずれも苦悶に歪み、怒りを押し殺しているかのように拳を強く握りしめたり、あるいは如何しようも無い理不尽さに涙を流す表情がうかがい知れた。怪我すら治療させてもらえないのか、放置されたままだ。
そんな彼らの後ろには豚のように丸々と太った小柄なエルフの女が追加されていた。よくよく見なくてもビエラまでの旅路で私と一緒に運搬されてきたカイヤなのは間違いなかった。おそらく憲兵に捕まって奴隷商に突き出された後速攻で山菜採り専用の奴隷として使われることが決まり私よりも早くこの山脈かタニア山脈のいずれかに運ばれたのだろう。丸々と太った体をのろのろと動かし、山を登ろうとしているが、当然のことながらエルフの集団との距離はどんどん開いていき、リーダー格の若いエルフの男が舌打ちしてイライラしながらカイヤの方を振り返った。
「おい新人!!何やってんだ!!さっさと登れ!!日が暮れちまうだろうが!!」
「うっさいわね!!だったらあんたが私を運びなさいよ!!」
「黙れこのデブ!!お前が給料なしで飢え死にするのはどうでもいいが俺らを巻き込むんじゃねえ!!お前のせいで山菜が採れなかったら俺らも連帯責任で無給になるんだぞ!?どう責任取るつもりだ!?」
「あんたデブと言ったわね!?もう一度言ってみなさいよ!!」
「黙れ!!それが人にものを教わる奴の態度か!?」
「あんたこそお黙り!!あたしの方が年上なのよ!?年上には敬意を払いなさいよ!!」
「貴様みたいな豚に何の敬意を払えってんだ!?あ!?」
見ている間にも白熱していくリーダーとカイヤとの口喧嘩。あまりにも大声をあげているためそのうち野獣とか魔物に見つかるかもしれなかった。同じことを他の仲間も察したのか、他のエルフたちはまだ正論の通じるリーダーの方を止めた。
「もうそのくらいにしておこうぜアンセム。あの足手まといと言い争ってもどうしようもないだろ?」
「セイレムの言う通りよ?確かにアーデンからの命令であいつの教育は命じられたけれども仕事を覚える気がないならもう放っておくのもありでしょ?仕事を覚える気の無い人に仕事を教えていられるほど私たちは暇じゃないんだから。」
「セイレム…、ジェリー…。」
「それに、言い争いで魔物とか野獣に気づかれて襲われちまったら本末転倒だろ?給料どころの話じゃなくなるぞ?採取用に渡された狩猟用ナイフで応戦できる相手なんてたかが知れてるんだし。」
「そうね、さっきの山菜も結局アーデンに長さが不揃いとか泥がついているとかナメクジがついているとか虫食いがあるとか何かしらの難癖つけられて給料出さないとか言われてしまったものね…。」
「ヘイデン…、エリノーラ…。…でも、あの足手まといを放置しておいたらまた何か言われる可能性だってあるだろ?」
「配置換えを進言してみたらどう?あの体じゃあどう考えてもこの仕事には適さないわけだし。」
「俺らが言ってあの銭ゲバが素直に聞き入れると思うか?俺らの落ち度にされる可能性だってあるだろ?」
「その時はその時よ。今は私たちが生き延びることだけを考えましょう?」
「そうか…それもそうだな…みんなすまない、取り乱してしまって…。チームプレイであることを重要視するあまり目が曇っていた。チーム全体の生存率を重視させてもらう。あいつはもう放置しておいてさっきの場所まで戻るぞ。カイヤ、お前は俺らが帰ってくるまで小屋の近くにでもいろ。来られても迷惑だ。」
「えっ!?ちょっと待ちなさいよ!!置いて行かないでよ!!チームなんでしょ!?」
「知るか。お前に合わせていたらどれだけ時間がかかると思ってるんだ?アーデンから指示された納期も有限なんだぞ?俺らだけで行く方がマシだ。」
「えっやだっ…!!本当においていくつもりなの!?ねえ!?」
「「「「「………。」」」」」
もはやカイヤのことなど眼中になくなったアンセムたちは汗だくで地面に座り込んでるカイヤの分のお粗末な保存食だけ彼女に近寄って投げつけて顔面にぶつけてさっさと山を登っていってしまった。彼らの会話の内容から推測するに、亜人を統括している人間族の名前はアーデンのようだ。となれば、山菜の直取引に際してアーデンを私の支配下に置けば少なくともこの山で山菜採りをしている亜人たちの生活水準は改善できるかもしれない。採取してきた山菜も難癖つけられてほぼ全てアーデンの懐に入ってしまっているのは確実なようだし。もう少し様子見をしてみない限りはなんとも言えないが…。
そこで、私はアンセムにアンカーを仕掛けて感覚を共有し、アンセムを通じて情報を仕入れつつも小屋の近くに置いてけぼりにされたカイヤを大樹の枝の上から高みの見物をすることにした。
カイヤの方はカイヤの方で彼女を置いてけぼりにしたアンセムたちがいなくなった後もぎゃあぎゃあ喚き罵詈雑言を吐きかけていたが、魔物や野獣がいるかも知れない場所でそんなことをすれば当然のことながら気づかれる。狼のような遠吠えがどこからともなく響き渡り、それが呼応するかのように何度も何度も彼女の周辺で響き渡った。
その後彼女を囲むようにじわじわと灰色の体躯の狼が何頭も姿を現した。Dランクモンスターグレイウルフ。群れで獲物を襲う習性があり、野生の狼との違いがあるとすれば体毛の色と身体強化魔法を使えて俊敏なこと。個体のレベルは低いけれども亜人はおろか人間族でもまともに相手ができそうなのは兵士のようにある程度鍛えられた人ぐらいしかいないだろう。そんな魔物がカイヤを取り囲んでいた。今まで国におんぶに抱っこ状態で戦う術など持っていないカイヤが相手にできるものでもないのに、保存食を死守しつつグレイウルフたちに向かって喚き始めた。
「な、何よ!!あたしを食べるつもりなの!?」
「グルルル…。」
「何とか言いなさいよ!!」
「グルル?」
「ちょっと!!近づかないでってば!!近づいたら容赦しないわよ!?」
「オンッ!!」
「きゃあっ!?」
リーダー格の一鳴きで啖呵を切っていたカイヤに向かって疾駆する狼たち。
「嫌!!来ないでえええええ!!」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら抱えていた保存食を放り捨てて絶叫しながら小屋へと向かって逃げ出したカイヤ。グレイウルフたちはまるで嬲るのを楽しんでいるのか、身体強化が使えるのに使わず彼女へと追いつこうとはしなかった。彼らの気持ちもわからなくはない。恐怖に慄き逃げ回る獲物ほど新鮮な肉はないからだ。それを逃げられない場所まで追い詰めて万策尽きた相手をガブリと食らう。これほどの勝利の味はないだろう。
しかし、彼らの行動は悪手でもあった。全力で両足を動かし一目散に結界の内側へと逃げ戻ったカイヤをそれ以上追いかけることなどできなかったからだ。
結界に阻まれて右往左往するグレイウルフたちを見てカイヤはまた調子に乗り出したようだった。
「どうよ!!来れるものなら来てみなさいよ!!バーカバーカ!!」
そんな感じで調子に乗っていた彼女だったが、数時間経ってからようやくカイヤは気付いたようだった。保存食を放り出して逃げてしまったことに。そして彼女の分の保存食を六頭のグレイウルフたちがニヤニヤしながら口に咥えて待機していることに。アンセムたちが彼女に投げつけた保存食の量は彼らが咥えている六食分、すなわち二日分。彼らからご飯を取り返さないとカイヤは二日間ご飯抜きになる。
それだけは嫌だったのか、あろうことか彼女は魔物相手にあの体で色仕掛けを始めた。ボンレスハムが色仕掛けをしたところで魔物はおろかあれでは人間族相手にすら効き目がないだろうに…。
「ねえねえ、ご飯返してくんない?」
体をクネクネさせながら餌を咥えている魔物の一体に近づき…。
「ガウッ!!」
「ヒイッ!?お、お願いよぉ、ねえってば〜ん。」
吠えられてもなおボロ布をたくし上げて胸をチラ見せさせ…。
『…………。』
「ちょっと!?何でみんなしてそっぽ向くのよ!?あたしの体見たくないの!?」
魔物たちにすらそっぽ向かれる醜態。っ素晴らしい!!最高のショーだと思わんかね!?っはは、見ろ!!(相手にされない)人がゴミのようだ!!
そうしてその光景を観察している間にも魔物たちからご飯を取り返すのを諦めたのか、小屋へとすごすごと戻っていったカイヤ。しかし、十分と経たないうちに身体中にあざを作り、ボロ布を破られてボロボロの姿で小屋から出てきた。雇い主のアーデンにしこたま怒られとにかく殴られて放り出されたのだろう。
現地で早々に仲間から見放された挙句魔物にご飯取られて追加のご飯をくれと雇い主に頼みに行けば心象を悪くするのは当たり前だろうに…。にしてもしまったなあ、カイヤにもアンカーを仕掛けておけば小屋の中の調査もできたのに…。まあそれはアンセムたちが戻った後でも別にいいか…。
そんな光景を大樹の幹の上から見下ろしつつ魔法で生成したス◯ッカーズ(二本目)を齧っていたら、小屋の中から武装した人間族がわらわらと出てきてグレイウルフたちを倒し始めた。特に実力が際立っているのは先陣を切って掃討に動く軽装姿の身軽そうな人間族の男。二本の短剣を振り回し、魔物の群れを撹乱して急所に的確に攻撃を入れていく。なかなかの強さだった。
「ステータス・ルック・イン。」
ーーSTATUSーーーーーーーーーーーーーーー
Name:アーデン・シュナイデン
Gender:男性
LV:75
HP:45392/45432
MP:23220/23450
EXP:1234217/3334567
ATK:2453
MATK:768
DEF:2323
MDEF:1098
STR:546
DEX:1539
INT:665
LUC:2763
Job:アサシン、王立親衛隊予備隊諜報部員
山菜流通業者『山の民』経営者
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Skill:双剣術LV.9 弓術LV.8 刀術LV.4
火魔法LV.6 水魔法LV.7 土魔法LV.8
風魔法LV.7 氷魔法LV.5 雷魔法LV.3
空間魔法LV.8 無属性魔法LV.6
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Blessing:バイポラリゼーション
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Equipment:双剣ポイゾナス(毒付与)、革のジャケット、
麻布のシャツ、麻布のズボン、樫の木の弓、
身代わりの護符、俊足のピアス、投げナイフ×10
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なるほど、彼がアーデンという人物のようだ。身のこなしからして一筋縄ではいかないとステータスを覗き見る前から察していたが、実際、その通りのステータスのようだ。素早さと幸運がやや高めでアサシン向けのステータス。二極化の加護持ちのため、上げると決めたステータス以外がやや伸び代が低くなる特徴があるが、この加護があると、比較的レベルが低かったとしてもレベルの低い武技や魔法を使ったとしても攻撃力に補正がかかるためそれなりに魔物や兵士を相手にやりあえたりもする。特に、アサシンのように少しでも運を上げるのが必要な職業であればなおさらこの加護が役に立つこともある。
そんな彼を筆頭に魔物を殲滅していく人間族たち。彼の後ろに追従するのもおそらく彼に雇われた人間族たちだろうけれども、ある程度戦い慣れているのか、誰一人として遅れを取るものはいなかった。やはり険しい山の中で魔物たちを相手に仕事をすることもざらにあるからか、並大抵の戦闘能力では通用しないようだった。
アーデンたちが戦い始めてから数分と経たずに一匹残らず掃討されたグレイウルフたち。そんな光景を見たカイヤは目を輝かせ体をクネクネさせながらアーデンへと近づいていった。
「アーデン様!!あたし、信じてました!!あなたならあたしを裏切らないって…!!」
おえっ、吐きたくなった。さっき食べ終わったばかりのス◯ッカーズがあまりの気色悪さにリバースしそうだった。あの図体で人間族相手によく色仕掛けができると思ったものだ。
「助けに来てくれたってことは、やっぱりあたしのことおぶうっ!!」
カイヤが体をくねらせながらアーデンに接近した途端彼女の顔面にアーデンの右拳がめり込んだ。アーデンに殴られたカイヤはそのまま飛ばされていき地面をゴロゴロと転がっていった。
「チッ、このグズが!!俺らの仕事増やしてんじゃねえよ!!てめえがおびき寄せてくれたクソ犬共のせいでラーナ山脈の山菜が納品できなくなっちまうだろうが!!市場に休みはねえんだぞ!?明日も山菜を買いに来る飲食店があるんだぞ!?納品できなかったらどう責任取るつもりだったんだ!!ああ!?」
HPを1にされて鼻血を出しながら気絶しているカイヤに罵詈雑言をぶつけながらキレるアーデン。亜人を使い捨てのように考えている反面、商売というものは信用第一であることを強く認識し、問題が起きたら率先して自らが解決に動く男でもあるようだった。
「ったく、あの奴隷商のジジイめ!!こんな使い物にならないやつよこしやがって!!」
「仕方ありませんよ、テリーさんも憲兵たちから奴隷を預けられる際あのエルフの女ともう一人のドワーフの男について斡旋できる仕事の中でも最も過酷なものをやらせるようにと指示されていたみたいですから…。」
「だからって俺らに押し付けるか普通!?これじゃあ払い損じゃねえか!!奴隷の補充人員の購入にいくら使ってると思ってんだ!?」
「あのエルフの女とドワーフの男については無料だったそうですよ?」
「完全に俺らにゴミ処理押し付けられたようなもんじゃねえか!!初日からこんなにも問題起こされたら俺らの商売上がったりだっての!!さっさとテリーに返品してこい!!」
「承知いたしました。フィジカルブースト、カラビヤウエクスパンド、ディメンジョンゲート。」
アーデンに命令されるがままに追従していた部下の人間族の一人がカイヤを異空間に押し込み、ビエラへと転移していったようだった。テリーとかいうビエラに到着した当初カイヤとキボロの二人の身柄を憲兵が引き渡した奴隷商に返品しにいったんだろう。確かにこれだけ仕事ができないとバルカンたちが見捨てたくなる気持ちもわからなくはなかった。というより、こんな短時間でクビになるのをよくマリーシャス帝国の人間族は雇うことをしてこれたものだ。同時に、こんなのを転生させてしまっていた自分自身を恥じた。
アーデンたちはブツブツ文句を言いながら魔物の死体を放置して小屋へと戻って行こうとしていた。ちょうどいいから私はアーデンにアンカーを仕掛けて小屋の中の様子を見ようと魔法を使ってみた。
「セットアンカー、リンカーネイト。」
小声で魔法を唱えた途端、アーデンは弾かれたように私のいる方を振り返り、投げナイフを一本私に向けて投擲してきた。うそ、気づかれた!?彼らからかなり距離を開けて魔法を使ったのに!?やはり感覚が研ぎ澄まされているアサシンは侮れない。
「誰だ!?出てこい!!」
大樹の上の方の枝に座っている私に向かって叫ぶアーデン。このまま隠れているのは難しそうだ。それに、どのみち彼と商談を行うのだから今隠れていても無駄なことだ。私はひょいひょいと枝から枝へと飛び移りながら木を降りてアーデンたちの前に姿を現した。
「お見事です。流石に鍛えられたアサシンは違いますね。」
「誰だてめえ!!」
「そう殺気立たせないでくださいって。私が木の上にいたのは山菜を出荷している業者と直取引の商談をしたかったんですけれどもあの小屋が業者の事務所なのかどうか判断がつかなかったからなんですよ。あなたが経営者のアーデンさんで合ってますか?」
「嘘つけ!!てめえみてえなクソガキが直取引だと!?冗談は休み休み言え!!」
「これでもビエラの料亭の共同経営者ですよ?」
「どうせそれも嘘だろ!?あ!?」
「いえいえ、女将のメイさんから10億Rで経営権を買ったんですよ。今は私が和食料亭の経営権を握っています。」
「だったらメイを連れてきな!!メイは俺らのお得意様でもあるんだ!!てめえが嘘ついているんなら承知しねえからな!?」
「いいでしょう。連れてきたら商談に応じていただけるのですよね?」
「連れてきたらな!!どうせてめえにゃ無理だろうけどな!!わはははは!!明日にでもそこの小屋にでも連れてきな!!連れてきたら話くらいは聞いてやるさ!!」
そう高らかに笑いながらアーデンは部下を引き連れて小屋の中へと戻っていった。とりあえず商談の環境は整いそうだったので私はビエラに戻って女将のメイを連れてくることにした。