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第19話 女神、買収する

 とりあえず何も考えずに市場まで歩いてきたが、肉体労働をやらされる亜人たちを解放するための策自体はすぐには思い浮かばなかった。薄給とはいえ、彼らが採取した山菜や海で取ってきた素材が料理屋に流通している以上ただ彼らを解放するだけでは後々さらなる問題を起こしかねないからだ。それこそ、素材を買えなくて倒産する食堂もあるだろう。

 さっきの食堂が食材を買えなくて倒産するようなことがあれば、私はあの豪勢な料理を二度と食べられなくなる。絶対にあの店だけは死守したかった。私の胃袋のために…!!


 そんなことを考えながら市場を歩いていたら、騒々しい場所へとたどり着いた。主催者が取れたての山菜や海産物を高く掲げ、それを見る度に大勢の業者がより良い商品を手に入れようと躍起になって価格をつり上げあっていた。


「只今より本日午後の競り売りを開始する!!最初の商品は昨日ラーナ山脈で採取されたばかりのワラビだ!!上層に生えていた良質なワラビを採取し、新鮮なままで輸送した代物だ!!これを採取する過程で強力な魔物にやられて何十人もの亜人が死んだそうだぞ!?亜人数十人分の命と引き換えに手に入った貴重な山菜だ!!亜人数十人分の命を買ってやる奴はいるか!?」


 主催者のそんな言い様にどっと笑い出す参加者。亜人たちが命がけで採ってきた山菜をなんでもないことのように済ませようとするその態度。それを見ているだけでも不快だった。そうしている間にも競り売りは進んでいった。


「わはははは!!亜人が命がけで取ってきた割には粗悪じゃねえか!!本当に上層で取ってきた山菜なのか!?そんなの一束100R(リギオン)でも買わねえっつの!!金がもったいないじゃねえか!!」

「いい奴はお前が先に抜いたんじゃねえのか!?なーっははははは!!」

「そんなのしかないなら今日の競りは終わったようなもんじゃねえか!!あはははは!!」


 参加者に冷やかされ、額に青筋ができる主催者。ムキになったかのように山菜の山の下の方からより上質なワラビを引っ張り出した。


「黙れ貴様ら!!!貴様らの目は節穴か!!?この上質なワラビが目に入らんか!!?」


 そう叫びながら別の束を高く掲げる主催者。さっきよりもさらに上質なワラビが掲げられた。


「わはははは!!それでもまだまだだろ!!俺は一束90Rしか出さんぞ!?」

「そうか!?じゃあ今日はワラビは俺んところがもらうぜ!?一束100Rで買ってやるよ!!」

「わはははは!!そんなのにそんな価格じゃ倒産しないか!?」

「はんっ!!俺んとこはそんなのでも客が離れてかない程度には味はいいんだよ!!」

「だったらあんたは最初の粗悪なやつを買ったらどうなの?良い奴はあたしのとこが一束150Rで引き取るからさ。」

「馬鹿言うんじゃねえ!!良い奴は上客用にキープしとかねえと商売が成り立たねえじゃねえか!!てめえんとこがそれだけ出すなら俺は粗悪品も込み込みで150Rだ!!」

「言ってくれるじゃないの!!じゃああたしのとこは一束200Rで全部引き取るよ!?」

「それはお待ちいただきたい。私の店でもそろそろ山菜の在庫が切れそうでしてね…。あなたの店に持っていかれるくらいならば私は一束300Rで全て引き取ります。」

「フザケンナ!!俺んとこだって山菜の在庫が切れかけなんだよ!!こうなったら良質な奴は400、粗悪品は300出してやる!!」

「切れかけなら譲ってくれたって良いじゃないの!!あたしんとこはもう在庫無くなってるのよ!?一束450Rで全部引き取るわよ!?」

「クソがあ…このババア…!!」

「何とでも言いな!!あたしの店だって商売が絡んだら手段は選んでらんないんだから!!」

「そこの二人!!口喧嘩は他所でやれ!!で、一束450Rよりも上はいるのか!?いないのか!?」


 主催者の叫び声が響き渡る競り売り市場。しかし、それ以上価格をつり上げる者はいなかったため、この日のワラビは全て勝気そうな中年女性が引き取っていった。結局、亜人たちが命がけで取ってきたであろうワラビはあれだけの良品質でありながら一束450R、全部で103500Rにしかならなかった。


 その後も様々な素材が競り売りに出されたわけだが、とりわけ高値で取引されるものはなく、山で取れた食材は総額500万R、海で取れた食材が1000万Rくらいにしかならなかった。そうして市場に入るお金のうち50%が市場の運営費用に費やされることを考えると、どう考えても亜人の人件費を賄えるような額ではなかった。

 おそらく、成果に応じて給料を出していると言っても亜人たちに支払われる額は雀の涙で、実質タダ働きみたいなものだろう。それだけ亜人が虐げられるのが当たり前すぎているのかもしれない。この利益もまた経営や輸送に携わる人間族がほぼ全額搾取しているかもしれないことは想像できた。

 加えて、素材を安く買い叩いている商人たちに大半の利益が入っていくことを考えると、利益はほぼ全て人間族の総取りという構造が透けて見えた。


 とすれば、やることは一つ。問題の大元となっている市場価格を操作することだ。そのために必要なことは…。


「え!?お客様、もうお腹空いたのですか!?」


 市場を離れた私がさっき食事をとった和風料亭へと足を向けると、さっきの店員が仰天していた。確かに店を出てから数時間と経たずに戻ってきたとなれば驚かれるのは無理はない。


「いえ、この店が気に入りましたので買い取らせていただきたいんですよ。店主は今いますか?」

「ええ!?あなたがこの店を買い取るですって…!?」

「はい。お金はしっかりと払いますよ?」

「しょ…少々お待ちください。店長に相談させていただきますので…。」


 狼狽した様子で店の奥へと消えていった店員。しばらくして店員は店の奥から戻ってきて私に話した。


「店長はお話だけは聞かせていただくそうです。取引に応じるかどうかはそこからだそうです。」

「わかりました、ありがとうございます。」


 店員に案内されるがままに店の奥へと向かうと、ついさっき私が食事をとった最奥の和室へと案内された。すでに待っていた店長は値踏みをするかのような眼差しで私を見つめ、取引を行うに値するかどうかを商談の前から推し量っていた。


「事情は従業員のセーラから聞かせていただきました。当店の経営をしたいという認識で間違いございませんか?」

「丸ごと経営するのではなく、一部の経営方針に干渉させていただくだけで、基本的には店主さんにこれまで通り経営をお任せしたいと考えています。」

「…いきなりそんな話を持ちかけられてハイそうですかとお店をお渡しすることはできません。そもそも、なぜ当店にそんな話を持ちかけたのですか?」

「先ほどお食事をいただきました際にこの味をこの町だけにとどめておくのが勿体ないと感じたからです。この店の味を王国内の他の市町村ないしは帝国へと広めていくことで、より多くの人に楽しんでいただきたいと感じましたので今回お話を持ちかけさせていただきました。」


 王国内に店舗を拡張するという話までは真剣な顔でうなずいていた店長だったが、帝国に店舗を広げることに関しては顔が曇った。


「帝国…ですか…。お客様、お客様の話している内容は当店にどれだけリスクの高いことをさせようとしているかお分かりですか?」

「と言いますと?」

「帝国は既に亜人を解放する宣言をして、この王国をはじめとする連合国のみならず他の大陸にある連合国やそのバックについているディザイアからも目をつけられてしまっています。いつ連合国に滅ぼされるかもわからないような帝国に販路を作るとなりますと申し訳ありませんがお受けできません。」

「そうでしょうか?帝国内で発生している怪奇現象についてまではお聞きしていませんか?」

「多少は耳にしております。確か、元帥に叛逆しようとした民衆が全員死ぬまで歌いながらスキップし続けたとか、帝都で大勢の人間族が一斉に失禁する騒ぎが起こったとか…眉唾物に思えてならないですけれどね…。」

「帝国の方にも足を向けたことはあるのですが、そうした怪奇現象が起きたのは事実のようです。しかも、そうした怪奇現象は帝国ですら捕らえるのを諦めた正体不明の忌子が関わっているとも噂されます。」

「では、あの噂は本当だったんですか…。」


 噂も何も、目の前に座っている私がそうですけどね…。


「その通りです。裏を返せば、その正体不明の忌子に帝国は守られているとも言えます。とすれば、教会の息のかかった連合国と正体不明の忌子に守られた国、天秤にかけたらどちらにつくべきかって一目瞭然ですよね?」

「お客様はその正体不明の忌子の方が教会よりも強いとおっしゃるつもりですか?」

「帝国内の元帥に反旗を翻す民衆をまとめて異常行動をとらせるなんて真似できる人がいると思いますか?」

「忌子一人ではなく、その仲間とかがいたら可能性はあるでしょう?」

「忌子に協力するような物好きがいると思いますか?そんなことをするくらいでしたら教会に突き出して金一封をもらう方が断然美味しいと思いますが…。」

「つまり、お客様の推測ではその戦闘能力未知数の忌子に守られた帝国にも販路を拡大することがメリットがあると…?そのために経営権をお求めで…?」

「ゆくゆくはそう考えていますけれども、当面はこの店を大きくしていくことだけを考えています。そのためのビジネスプランだけを店主さんに実行していただきたいんです。それと、たまにこの店に立ち寄りますのでその時にはこの部屋にてあの特上御膳セットを食べさせてほしいなあと思います。あとは、売り上げの一部を給金としていただきたいなあと。私が店側に求めるのはその三点です。」

「なるほど…それで、お客様は当店の経営権のためにいくら積むおつもりですか?」

「10億R。不満でしたらさらにお金を積みます。」

「じ……10億ですって!!?」

「ええ、それだけの投資をする価値があると考えています。」

「驚きました…。まさかこんな小さな店のためにそんな額を積む方がいらっしゃるとは…。」

「それで、この話、受けていただけるのですか?それとも、お断りしますか?」

「…少し、考えさせてください。」


 そう言って店主は腕を組んで黙り込んでしまった。破格の値段でいきなり経営権を買う、さらに店を拡張していくためのビジネスプランを提供するという店側にとって利益しかないような話を持ちかけられて怪しむ心情も見えた。

 しかし、この店を買収することは私にとっては過程の一つでしかない。今私が考えている計画を実行していくに際して前提条件として私の息のかかった店を用意することは必須だからだ。できればこの店の店長が首を縦に振ってくれればそれに越したことはないが、そうでなければ他の店からまた見繕って私の制御下にある飲食店を作るだけだ。


 暫し待っていると、難しい顔つきをしていた店長はようやく視線を上げた。


「お客様が当店の経営権を買いたいということは理解できました。それだけのお金をいただけるのでしたらこちらとしても断るのは躊躇います。」

「では……。」

「いいでしょう、その話、お受けいたします。ただし、条件付きでです。」

「条件…ですか…。」

「ええ、当面の間帝国へは店舗の拡張はしない、店舗の拡張をするのは王国内のみ。その条件を飲んでいただけるのでしたら当店の経営権をお売りしましょう。」

「十分です、ありがとうございます。」

「では、詳しいお話はまた改めてお聞かせいただきましょう。必要書類を用意いたしますので三日後にまたお金をご用意の上でお越しいただけますか?」

「お金でしたら今すぐに支払えますが?」

「お客様はそうであってもこちらは必要な諸手続きを終わらせるまでにそれなりに時間がかかりますので。」

「ああ、もしかして役人とかに申請する必要があるんですね…?」

「よくご存知ですね、その通りです。経営者がお客様に変わるに際して書類の修正が必要ですので。ステータスは失礼ながら勝手に覗かせていただきました。ディアナ様でお間違いありませんね?」

「ええ、それで間違いありません。」

「それと、一応種族を確認させていただきたいのですが…。」

(タンぺリング・メモリー。)


 フードに手をかけつつ店主の記憶も私が人間族だと認識するように改竄した。


「人間族ですね、安心しました。帝国が追い回している忌子が目の前にいるんじゃないかと思うとヒヤヒヤしましたが…。」


 はい、私がその忌子です。


「良かったですね、そういう存在ではなくて。とにかく、交渉成立ですね?以後よろしくお願いします。」

「こちらこそ、色々と勉強させていただければと思います。」


 交渉がまとまった段階で私は店を出て近場の宿屋で数日間過ごすことにした。そして三日後、店主と正式に経営権の売買の契約を交わす約束の日が来たため、私は件の料亭へと向かった。店主は経営権を委譲する委任状や経営権者を私に変更するための修正書類、経営権を売り渡すための領収証を用意して待っていた。


 私は店主が用意した全ての書類にサインをし、異空間から10億R相当の金貨を引っ張り出し、それを全て店主へと渡していった。これでようやく契約が成立し、支配下の店舗が一つできた。


 これで次のステップに進める…!!

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