第1話 女神、転生する
「おめでとうございます、女の子ですよ!」
私が気がついた時聞こえてきたのはそんな言葉だった。恐る恐る右手を顔の前に持っていく。私の目に映っていたのは赤子の大きさにまで小さくなってしまった手だった。
そのまま右手を頭上に移動させると、産毛に包まれたふさふさの三角耳に触れた。その瞬間、私は確信した。死んだ人間を転生させるはずが私がエデンに転生してしまったのだと。リバウンド前に設定した術式のままで…。
人間を転生させる魔法は失敗すると術者に全て跳ね返ってくる危険極まりない代物でもある。だから、他の神々にやらせることもなく私自身が責任を持って行ってきた。だからこそ、私自身が自分で作った楽園に転生してしまうなんて露ほども思っていなかった。
「よく頑張ったエレナ!!」
「ありがとうあなた…。」
声のした方を見てみると、白い毛並みの狐の獣人の女性と黄色い毛並みの狐の獣人の男性の二人がいた。その近くには茶色い毛並みの猫の獣人の女性も。ただ、その誰もが着ている服はボロボロで、やつれ、疲れ果てている印象を受けた。どうも獣人の中でも貧しい家庭に生まれ落ちたと思われる。もっとも、肉体が成長してからもう少し情報を集めないことにはなんとも言えないわけだが…。
「あら?この子産声をあげないわね…?どうしたのかしら?」
まずい、助産師らしき猫の獣人の女性が怪しみ始めた。急いでごまかさないと…。ええと、泣き方は……。
「誰がねえ!!誰に投票してもお!!おんなじやおんなじや思うてえ!!ウワッフッハッハッフーーーン!!このニホオオオオォォーーーッ(ビブラート)!!アーッアーッアーッアーッこの世の中を(フォール)!!この世の中を…解体!!」
「「「え!!??何この子!!??」」」
あれ?泣き方間違えた?ビブラートやフォールといったテクニック多めに使って臨場感出したのに……。正しい泣き方ってどうだったっけ……。机をドンドン叩くジェスチャーもやるんだったっけ……。あと頭を高速で上下に振るんだったか……。いや、違うか、思い出した。赤ん坊の泣き方は確かこうだったか…。
「おぎゃー、おぎゃー(棒読み)。」
「よかった、異常はなさそうですね!!」
「変なものでも乗り移ったのかと思ったぞ!?」
「本当に大丈夫なのかしらこの子……。」
危うかったけれどもこの程度の演技でもごまかせたみたいだ。よかった、エデンを作った後もそこまで文明が進んでいなかったのかもしれない。神界に戻れたら今後は定期的にエデンの内情を確認することもしなければと実感させられた。私が健康であることを再確認した後、三人は再び会話を始めた。
「それで、あなた、この子の名前はもう決めてるの?」
「ああ、ディアナにしようと考えている。見てみなよこの金髪。神話で描写される創世神ディアナ様みたいじゃないか?」
「ディアナ…ね…彼女にそんな名前をつけたら不幸にならないかしら?ただでさえ人間以外の種族は亜人として差別されて見つかり次第奴隷にされてしまうのに。私たちだって迫害から逃れて逃れて人気のない辺境にみんなで逃げてきてやっとの生活をしているのよ?そんな中で亜人に女神の名前なんて付けてたらなおさら迫害されるんじゃないかしら?亜人ごときが女神を語るなんておこがましいとか冒涜だとか揶揄されて…。」
亜人?迫害?奴隷?何のことだろう…?エデンを作った時そんなのはなかったはずだ。私の監視がない間にこの世界はかなり変質してしまっていたのかもしれない。もう少し情報を集める必要がありそうだ。
そう考え、私は赤ん坊の演技をしながら三人の話に耳を傾け続けた。
「俺は獣人だからっていう理由で名前すら自由に決められないなんて間違ってると思う。この子には差別にも迫害にも負けず自らの意思を貫き通せる子になってほしいと思っている。俺はこの子がディアナ様みたいな強さを身につけてくれたらという願いを持った上でこの子にディアナ様の名前をつけたいと思っているんだ。」
「アレン…。志は立派だけどやっぱり私は彼女にそんな名前をつけるなんてできないわ…。それでこの子が不幸な目に遭ってしまったらどうするの?名前一つでいじめられ、迫害されることなんてよくあることでしょ?」
「そうなった時なら俺たちが守ってやればいいだろう?」
「でも、この子を守るって言っても限度があるでしょう?名前の付け方一つで不幸の種が一つでも消せるなら私は危険な賭けはしたくないわ…。」
「エレナは心配性だな…。俺はこの子がそんな弱い子だとは思えんぞ?ほら見てみろよこの子の目。初めて見る世界のはずなのに物怖じすらしていないぞ?この子は大きくなったら大物になるんじゃないか?」
私の名前をディアナにしようと乗り気のアレンに対し、消極的なエレナ。二人の様子を見ているだけでも、男女種族問わず平等に作ってあったはずの世界が人間至上主義の世界へと変わってしまい、人間族以外が劣等種として差別や迫害、隷属の対象となっていることは推測できた。劣勢と感じたエレナは助産師に助けを求め始めた。
「ミア、あなたからも何か言ってくれない?」
「悪いねエレナ。私は出産の立ち会いはするけどこの子の名前については口出しする権利はないと思ってる。この子の名前についてはエレナとアレンとで決めることだ。」
「でも、私はやっぱり…。」
「心配なんていらないさ。この子はきっと名前なんかで運命を左右されない大物になる。目を見るだけでわかる。俺たちの守りなんてすぐにいらなくなるくらいに。エレナ、俺を信じてこの子の名前をディアナにさせてくれないか?」
「仕方ないわね、わかったわ。私もあなたとこの子を信じることにするわ。」
「ありがとうエレナ。よし、この子の名前はディアナだ!!俺たちの手で立派に育てよう!!」
「ええ!!」
私を覗き込みながらも三人は私をあやし始めた。自分で作った楽園でまさか自分自身の名を授けられる経験をすることになるとは思わなかった。
差別も苦労もない楽園を作ったはずが、目の前に実際に貧困な生活を送る人々を見て、歩けるようになったらとにかく情報をもっと集めなければと私は決意するのだった。
当面は赤子やら幼児の演技をする羽目になりそうだが…。そう億劫に感じつつも私は喜ぶふりをするのだった。
「きゃっきゃっ(棒読み)。」
「あら、この子笑ってるわ、可愛いわね!!」
「お母さん似の笑顔だな!!」
「いい子に育つといいですね!!」
当面は演技し続ける日々になるだろうなあ…。さっきみたいなボロを出さないようにだけ気をつけないと…。