第17話 女神、隣国へと向かう
一週間後、私はバルカンに指示された南方の町ホルスへと向かった。ここの住人もバルカンに反抗した者は根こそぎ私の呪いにかかって死ぬまで町の外を歌いながらスキップし続けていたため、人間族の人口が圧倒的に少なくなっていた。
その代わりに、町を往来する人々は帝都同様活気に満ちており、このような結果へと導いてくれたバルカンへの強い感謝と帝国への強い忠誠心というものが垣間見えた。だからこそ、今回のバルカンの裏工作にも協力を申し出る亜人たちは後を絶たなかったらしい。その中でも、初歩の魔法が使えて、それなりに戦闘能力がある人々を偽装奴隷として馬車に乗せる予定らしい。
バルカンたちを探しながら町の中を歩いていると、とある奴隷商の荷馬車の近くに彼らはいた。彼らが対面しているのは人間族の奴隷商…に見えて、実は彼もまた軍に所属する工作員らしい。それは彼の体つきやバルカンたちへの態度から窺い知れたし、ステータスを盗み見たらJobはマリーシャス帝国少佐となっていたため、そこからも理解できた。名前はマルクスらしい。
その近くには偽装奴隷へと立候補した人間以外の種族の人々。種族も性別も年齢もバラバラな六人の人々が奴隷たちに着せられるボロ布へと自らの意思で着替え、懐に呪文書を忍ばせて、手を前にして両手を拘束されて馬車に乗せられていた。
私がそこに近づいていくと、バルカンたちもまた声をかけた。ただし、へり下るのではなく、私が怪しまれないようにいつもの口調でだ。
「よく来た、待っていたぞ。君で最後だ。」
「意外に早かったですね。まだ準備に時間がかかると思っていたんですが…。」
「そうでなければ王国から独立してここまでやってこれることなんてできなかっただろう。先代も、先先代もな。」
「馬車に乗って…と言いたいとこだけど、検問の時にその服じゃ目立つわね。今すぐこれに着替えてもらえる?」
「わかりました。」
イシスに手渡されたボロ布を受け取り、私はその場でパーカーワンピースを脱いでボロ布へと着替えた。
「カラビヤウエクスパンド。」
いつもの服はしばらく使わないだろうから入国するまでは異空間で保管することにした。
「用意は整ったようだな。それじゃあ、両手を前に。あまり痛くならないようには縛るつもりだけど検問を抜けるために少々きつめにするからな?そこは我慢してくれよ?」
「はい。」
マーシャに言われるがままに両手を前に出して彼に両手を縛ってもらい、輸送用の馬車へと乗せてもらった。
私を収容し終えた馬車はサルサ王国へと向けて南へ南へと走り出した。この町から国境の検問所までは馬車で五日の距離になる。それまでの間、奴隷を演じるためにも粗末な食事と水だけをとり、それ以外は定期的なトイレ以外には手を縛られて固い馬車の床板の上で座らされ続けることになる。
いくら老若男女の人間族以外の人々を馬車に乗せているとはいえ、まだ四歳になったかならないかの私を乗せたことは当然他の人々からも珍しがられ、私は馬車の中でひっきりなしに話しかけられた。私以外の面子は互いに自己紹介が終わっているのか、私に対しての自己紹介も兼ねていた。
「ディアナちゃん…よね?初めまして、ドワーフのセイルよ。あなたが今回の作戦の鍵を握る工作員なの?」
若いドワーフの女性にそう尋ねられた。
「はい、奴隷を解放してくれた元帥の役に立ちたいと思ったんです。」
「へえ、まだ幼いのに偉いなあ。俺だったらその歳だとどうしただろう…そんな怖いことしたくないとか言いそうだな…。あ、俺は黒豹の獣人のレイサーだ。よろしく頼むぜ?」
若い黒豹の獣人の男もまたそう話してきた。
「あたしが最年少だと思ったのに上には上がいるものね…。エルフのライラよ?短い間だけどよろしくね?」
十歳くらいのエルフの少女も話しかけてきた。
「そうですね、私もまさか元帥にこの大役を預けてもらえるとは思っていませんでしたし…。志願された方は結構いらしたのでしょう?」
「そうじゃな、競争率は25000倍じゃったそうじゃ。それくらい元帥の役に立ちたいと思うた者たちがおったということじゃろうな。竜人のマロウじゃ。よろしく頼むぞ?」
年老いた好好爺然とした竜人の男も会話に加わってきた。一見するともう老い先短いように思えるが、眼光は鋭く、隙らしい隙は見当たらなかった。見かけによらず強いと想像できた。この四人については協調性に長け、社交性もあり、今回の任務には適していると言えた。しかし、残りは問題しかなかった。
「でも、任務を成功させないと意味はないでしょう?お願いだからあたしの足を引っ張らないでよ?」
中年の太った小柄なエルフの女が名乗りもせずにつっけんどんな口調でそう話してきた。こういうのに限って後々足を引っ張るんだろうなと思えた。名声につられたのか、バルカンに心酔しているのか、どっちなのかは計り知れないが、何らかの下心を持ってこの任務に参加したんだろうなということはうかがえた。それと、随分と沐浴とかをしてこなかったのか、体臭とか加齢臭なのか、とにかく臭かった。それを香水で誤魔化してる痕跡もあり、尚更匂う。
「全くだ!!ったく、ガキにしてもジジイにしても、戦力になるのか!?金と名誉のためにと志願したが、飛んだ貧乏くじだぜ!!」
中年の小太りのドワーフの男もまたそんな口調だった。しかもこいつもしばらく体を洗ってないのか、臭い。特にち◯このあたりが…。これバルカンたち人選間違えてない?
「黙らんか!!検問に着く前から場の空気を乱してどうするんじゃ!!儂等の任務は奴隷の役目を演じて検問を通過することにあるのじゃぞ!?その後で裏工作の鍵を握るその狐の女の子を逃すことじゃ!!出発して早々いらぬ問題を起こすでないわ!!」
「何だとクソジジイ!!やんのかああ!?大体、その狐のガキが鍵を握るって!?気でも触れたのか!?そんなガキに何ができる!?」
「そうよ!!そんなのにあたしたちの命運を預けるってわけ!?冗談はほどほどにしなさいよ!!」
「はあ…カイヤもキボロもバルカン元帥の指示を聞いていなかったの?今回の私たちの任務は敵国にバレないように輸送中の奴隷を演じること、入国できたらその狐の獣人の少女を逃して自由行動をさせ、それを見届けたら呪文書を使って帝国へと戻ることでしょ?あくまでも私たちがすることはお膳立てであって私たちが王国を内部崩壊させるわけじゃないのよ?任務を始めた当初からくだらないことで喧嘩してどうするの?」
「馬鹿言うんじゃねえ!!そんなガキに命運を預けるくらいなら俺がやる!!」
「同感よ!!そんなのに何ができるって言うの!?」
ほとんどヒステリックになりながら喚き散らす二人。こんなのがよく奴隷としてやってこれたものだ…。ここまで我が強いと処刑されてもおかしくないだろうに…。あるいは使い物にならないからこそ名目上奴隷であっても扱いは家畜と似たり寄ったりだったのかもしれない。例えば奴隷用の小屋ではなく豚小屋とか牛小屋に収容されてたり。やはりバルカンの人選を疑…いや、待てよ?こいつら何かあったときのための捨て駒用だったり?
それを想定しているなら彼らを選んだのも一理あるが…そんなこと考えるくらいならもっと協調性のある亜人を寄こして欲しかった。亜人なんて他にいくらでもいただろうにと内心では苦々しく思った。
「お前たち、何を騒いでいる!!もうサルサ王国の馬車とかともすれ違ったりしてるんだぞ!?」
当然のことながら馬車を止めた上で、奴隷商を演じているマルクスが馬車を止めて幌を開けて叱り飛ばしに来た。
「俺らは納得いかねえんだよ!!何でこんなチビに国の命運を預けなきゃいけねえんだ!?」
「そうよ!!こんなチビに何ができるって言うの!?あたしたちが内部工作をした方がマシよ!!」
二人の言い分だけでマルクスは諍いの原因が推測できたのか、カイヤとキボロの二人を怒鳴りつけた。
「全く…!!お前らが騒ぎの原因か…!!いい加減にしろ!!バルカン元帥の指示を聞いていなかったのか!?」
「うるせえ!!俺はチビが工作員をやると知ってたらこんな面倒ごと応募しなかったっての!!」
「そうよ!!成功の暁にはお金と地位が約束されていると聞いていたから応募してたのに!!」
やはりそういうところに目が眩んでいたか…。それで応募するような考えなしもいることだし、なおさら精査するべきじゃないかとも思った。それとも、あえて彼らを抜擢することには何か別の意味があるのか…?
そう考えている間にもセイルたちもマルクスに加勢した。
「マルクスさんの言う通りよ!!従えないなら今すぐ馬車を降りなさい!!あなたたちがいたところで迷惑よ!!」
「セイルの言う通りだ!!足を引っ張ってるのはお前らだろうが!!鏡見ろ!!」
「金と地位に目が眩んだ不埒者なんかにこの任務が務まるわけなかろうが!!恥を知れ!!」
「文句があるなら今すぐ武器なしでディアナちゃんと戦ったらどうです?元帥が抜擢した人なんですからあなたたちなんて虫けらのように倒されるだけですよ?」
「「ぐっ……!!」」
二人に賛同する者なんていなかった。悔しそうに歯ぎしりする二人。だが、それ以上に任務を途中で放り出すことの方が恥ずかしいのか、プライドが邪魔しているのか、四面楚歌状態になっても強情だった。
「や・め・ま・せ・ん!!」
「俺らが抜けたら困るのはてめえらだろ!?」
そんな二人を見てマルクスをはじめとする五人はやれやれと肩をすくめた。さっさとリタイアしてくれれば遥かにスムーズに任務は済むのにという思惑が透けて見えた。
しかし、そんな問題児をバルカンが乗せるよう指示した理由は、野宿の際その二人が食事の片付けもろくにせずにさっさと寝てしまったタイミングを見計らってマルクスが説明してくれた。
「マルクスさん、なんであんなの元帥は乗せるようにしたんですか?」
「あいつらはどう考えても任務の失敗を誘発する危険因子ですよ?」
「協調性や社交性に優れた者なら他にもいたじゃろ?帝国中から十万人単位で応募があったわけじゃし。」
「あんなのを任務に連れて行くよりももっとマシなやり方はあったんじゃないですか?」
焚き火を囲みながら口々にカイヤとキボロに対するボロクソな不平を言う四人。マルクスは、ため息をつきながらもこう話し始めた。
「ああ、あいつらに関しては、今回の任務のついでに王国に捨ててくる予定であえて乗せたんだ。元から帝国でも問題を起こしていた奴らだからな…。奴隷にやらせるような単純作業ですらまともにこなさない上、隙あらば休憩し始めるし、どれだけ鞭とかで叩いて調教し直してもあんな性格だから誰一人として雇いたがる人間族はいなかったんだ。仕事をサボっては雇い主と喧嘩しての繰り返し。そして解雇になった挙句誰も雇わない。
どの町に送りつけてもそれだから受け入れ先がなくてたらい回しになった挙句家畜小屋に幽閉して家畜みたいな生活をさせるより他なかった。例えその時奴隷であってもゆくゆくは国を支える戦力にもなるかもしれない、そういう可能性だってあったからな。それこそディアナ、君のように。そいつらの生活を保障することに関しては税金の無駄遣いで終わる可能性が高いとわかっていながらな…。だから元帥は彼らもまた極力見捨てない方針を取っていた。
それでも最低限の生活を保障しているにも関わらずあいつらの欲望は尽きないのか、監視用の兵士たちへのああしろこうしろあれをよこせこれをよこせという要求がひどかった。担当する兵士たちからこんな奴ら打ち首にして欲しいと何度も進言があったくらいにな。だからこそ、あいつらを保護しておいてもこの先国の利益にはなりえないと結論づけた元帥は今回地位とか金で釣ってみたらあっさりと釣れたからこの機会にサルサ王国に輸送してそっちに厄介者を捨ててしまおうと言う計画も別に計画していてな…。
機会があったらあいつらのステータスを覗いてみるのもいいぞ?職業が奴隷ですらないからな…。」
健康で文化的な最低限度の生活にすら満足せず金やら地位を要求したりそれらに釣られて飛びつくような人格破綻者もエデンに転生させてたのか…。転生対象はかなり念入りに厳選したはずなのに…。基準をもっと厳正にする必要はあるかもしれない…。
「では、あの二人に持たせてある呪文書は…。」
「ディアナが推測している通り、あれは偽物だ。スクロールには元帥が考えた恥ずかしい言葉が代わりに書いてある。ディアナ以外の俺たちが撤退した後であいつらが呪文書を掲げて発動すらしない魔法を使おうとする滑稽な姿を見るのが楽しみだろうな。」
「なるほど、通りでスクロールからは魔力が一切感じられなかったわけですね?」
「加えて、あいつらには呪文書の使い方を特別講習しておいたわけなんだ。呪文書の使い方はスクロールを高く掲げて中に書かれた言葉を大声で唱えあげる…とな。」
マルクスがそう種明かしをした段階でセイルをはじめとする四人が思い切り吹き出した。あの二人がそれを真に受けて恥ずかしい言葉を大声で唱えあげる姿を想像したんだろう。
「でも、王国を内部崩壊させたら結局はあの二人はまた帝国の管轄になるわけですし、無意味じゃないですか?」
「わからんぞ?王国でも手に負えないとわかったらディザイアに輸送される可能性もあるしな…。噂でしか聞かない話だが、あの国は亜人…人間族以外の虐げ方が尋常じゃないそうだ。あの国では人間以外の種族は人とすら認識されず、虫けらとかゴミ扱いだぞ?働かなければそもそもその日の食事も与えられず、餓死するだけだ。下手したら視界を遮ったという理由だけで殺されるって話もある。
だから、あいつらがディザイアに輸送されるまでのんびりと内部工作をやってくれればいいだろうな。それまでに王国が帝国を攻め始めたらその時にはちょっと急いでもらう必要はあるかもしれないけどな。」
なんとまあ大それた計画だ。それ以前に、亜人の中にも如何しようも無いものもいるものだなあと一つ勉強になった。どんな育ち方をしたらああなるのかは想像もつかないが、彼らを処分するために種族差別の元凶となっている国すらも利用しようとするとは…。バルカンのその策謀に私も思わず舌を巻いた。
野宿をした後夜明けとともに出発したわけだが、二日目以降は、その二人による私に対する嫌がらせが何度も起こるようになった。わざと私の隣に座り、私に肩をぶつけてきたり、小突いたり、はたまた耳元でボソボソと「このチビ!この雑魚が!」と私にしか聞こえないように囁いてきたりとか、トイレ休憩で用を足している最中に後ろから背中を押して顔面ごと今しがた出したばかりの尿に突っ込ませようとしてきたりとか。はたまた私に後ろからおしっこをかけようとしてきたりとか。
よくこんな陰湿な嫌がらせを思いつくなあと内心では感心した。しかし、彼らのそうした陰湿な嫌がらせはことごとく失敗に終わってもいた。
本来の私のステータスが適用されれば、どれだけこづかれようとこづかれたことすら気づかないし、トイレ中に背中を押されたところで微動だにすらしない、またはテレポートで避けて彼らが代わりに私のおしっこに顔面から突っ込むように仕向けたり、キボロにおしっこを後ろからかけられようとした時には、用をたす格好のまま彼の頭上に無詠唱でテレポートで移動し、彼の頭の上で用を足し続けた。そもそも背後を取られてもち○この匂いですぐ気づくため警戒するまでもなかった。頭におしっこをかけられたキボロは激昂して私に殴りかかってきたが、いつぞやかのレジーナたちみたく、殴るのに使った手が複雑骨折し、痛みで絶叫していた。
無論、マルクスもセイルたちもキボロのその様子を見ても知らんぷり。代わりに、私の方を心配していた。やはり同乗者の中でも一番厄介な二人の嫌がらせの矢面に私が立たされる以上、彼らの嫌がらせとかで私の心身が参ってしまわないかとそこを心配していたようだ。
マルクスが話していたことも気になったため隙を見て彼らのステータスを盗み見てみたが、確かに職業の表示がおかしかった。
ーーSTATUSーーーーーーーーーーーーーーー
Name:カイヤ・ゼウケ
Gender:女性
LV:1
HP:100/100
MP:100/100
EXP:0/100
ATK:10
MATK:10
DEF:10
MDEF:10
STR:10
DEX:10
INT:10
LUC:10
Job:豚
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Skill:無し
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Blessing:ウェルフェアー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Equipment:ボロ布
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーSTATUSーーーーーーーーーーーーーーー
Name:キボロ・ヘリデ
Gender:男性
LV:1
HP:100/100
MP:100/100
EXP:0/100
ATK:10
MATK:10
DEF:10
MDEF:10
STR:10
DEX:10
INT:10
LUC:10
Job:豚
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Skill:無し
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Blessing:ウェルフェアー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Equipment:ボロ布
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
二人とも職業が豚って…。こんな仕様私追加してたっけ…?彼らがこんな曲者でも生きていられたのは生活保護の加護を与えていたからというのはとりあえず理解できた。この加護があれば、どんな曲者であれ悪事をしない限り殺されることはなく、必要最低限の生活は保障される効果が得られる。極端な亜人差別が横行しているだろうディザイアではあまり意味をなさないだろうけれども、そうではない帝国だからこそ機能していたのだろう。
何十年も生きている割には転生した当初から一切ステータスが変化していないのが私ですらドン引きした。彼らは転生後成長すること自体をやめていたのかもしれない。それ故に人間としての価値すらないため豚と表示されてしまったのだろうか…。疑問は尽きないが、ともかくこんな人間をも転生させてしまっていたことを知って残念に思った。
いつこんなのを転生させたのかまではわからないが、現在進行形で私に嫌がらせをする二人は紛れもなく私が作ってしまった生まれながらのニートだからだ。種族差別が横行していなければ彼らは余計に好き放題していた可能性もある。種族差別が彼らを抑止しているとは皮肉な話だった。
そんな厄介者を一緒に運びつつの旅路も五日目。今日になってようやくサルサ王国の検問所に到着した。ここで一番大事になってくるのは、私たち全員が手続きが終わるまでおとなしくしていること、マルクスがスムーズに手続きを終わらせ次第そのまま王国内の最寄りの町の近くまで運ばれていくことだ。
計画では、その近くで私は逃がされることになる。そして、その地点でマルクスは馬車を収納して魔法で帰還し、セイルたちも呪文書を使って帝国へと帰還する手はずになっている。カイヤとキボロを置き去りにするのもそこだ。
その計画のためには、どれだけ検問をすんなりと通過するかにかかっていた。しかし、当然のことながら問題児たちが問題を起こした。検問所に着いたというのに私への嫌がらせをやめず、だからこそ、国境兵たちに奴隷の管理体制についてマルクスはネチネチと追求され始めた。
「おい、あの中年エルフの女と中年ドワーフの男は獣人の幼女に何をしている?奴隷同士でいじめでもしているのか?」
「な…なんのことでしょう…?」
「とぼけるんじゃない!!だったらそいつらが現在進行形でガキにしてることをどう説明するつもりだ!!」
そう検問の兵士に追及されてマルクスに睨まれてからようやく二人の陰湿な嫌がらせは一旦止まった。兵士に見られた以上しらを切れないと判断したマルクスは正直に答えた。
「ええ、何度も注意をしてやめさせているんですが…。」
「にも関わらずやるのか!?あんなの我が国で受け入れたら他の奴隷も悪い影響受けるだろうが!!」
「おっしゃる通りです。しかし、彼らはあんなことをしていますが、職務能力自体はあるんです。」
「嘘つけ!!ないから国外に捨てようとしてるんじゃないのか!?」
図星を突かれていた。そりゃ職務能力のない自己中な人なんて欲しいとは思わないだろう。受け入れたら受け入れたで現場の風紀を乱すことしかしないし仕事はしないしで受け入れるメリットが皆無だからだ。交渉ごとは苦手なのか、ここからさらにどう誤魔化すかを考えているのか、マルクスはそこまで追求されると返す言葉に困っていた。仕方ない、私がどうにかしよう…。
(タンぺリング・メモリー。)
国境兵たちの記憶を魔法で改竄し、マルクスが説得に成功したという記憶を植え付けておいた。
「…わかった、お前を信じてみよう。通っていいぞ?」
「え?あ、ありがとうございます!!」
「わかったから早く行け。」
「失礼します。」
今しがた起こったことが理解できず不思議に思っていたマルクスだったが、すぐに馬車を動かし始め、王国へと入っていった。事前にバルカンにもらった地図では馬車で三日走った先に目的の町ビエラがあるはずだ。その直前で私を逃し、馬車と馬をマルクスが回収する手はずになっている。
そのまま馬車を走らせ続けること二日間。計画を実行するための地点にようやくたどり着いた。荷馬車の中でセイルが私の拘束を解いてくれたため、私は先に馬車を下りさせてもらった。そして、徒歩でビエラに向かって歩き始めた。一応彼らの無事を確認するためにもマルクスにアンカーを仕掛け、リンカーネイトで感覚は共有してある。
一方、そのまま馬車を走らせ続けていたマルクスだが、少し進んだ先で馬車を止め、六人を下ろした。
「そろそろ実行の時だ。みんな、呪文書を出してくれ。」
「「「「「「はい!」」」」」」
「俺は馬車をしまってから魔法で帰還する。先に呪文書を使い始めてくれ。」
「「はい!!」」
「「「「………。」」」」
マルクスの指示に従い、カイヤとキボロの二人はいかにもそれっぽい呪文書を取り出した。それ以外の四人とマルクスは気づかれないように彼らから距離をとった場所で呪文書を取り出したり、馬車を片付けたりし始めた。
「「悪臭の呼吸一の型!!放屁爆殺!!」」
途端にマルクスたちは笑いをこらえながらあさっての方向を向いた。二人が気づいた様子はない。
「「悪臭の呼吸二の型!!失禁脱糞!!」」
「「「「「………プッ……。」」」」」
大声でバルカンの考えたデタラメ言葉を詠唱する二人。このリズムは鬼◯の刃…!!バルカンはあのアニメ好きだったんだなあ…ってかバルカンは地球からの転生者だったのか…。まあエデンの時間の流れは地球と違うし、数十年前の時代に転生するように術式をいじることもできたりするため、そういうことも十分に起こり得るが…。
「「悪臭の呼吸三の型!!下戸吐瀉!!」」
「「「「「…………!!」」」」」
全力で笑いをこらえながらマルクスたちは二人から遠ざかっていった。そんなことにも気づかず二人はスクロールの読み上げを続けた。
「「悪臭の呼吸四の型!!一ヶ月入浴しない人の股間!!」」
「…あははははは…!!…臭そう…!!ってかあいつらのことだろ…!!」
もう二人には聞こえない距離まで離れたためか、マルクスは馬車と馬を回収して地べたで詠唱を聞きながら笑い転げていた。
「「悪臭の呼吸五の型!!ドリアン!!」」
そろそろ王国側の行商人たちも足を止め始め、二人が呪文を詠唱している道端にはギャラリーが出来始めていた。すでに二人の詠唱を聞いてギャラリーも笑い始めている。
「おい!!これは何の騒ぎだ!?」
巡回兵士の一人がやってきて詰問したが二人は無視して詠唱を続けた。
「「悪臭の呼吸六の型!!シュールストレミング!!」」
ギャラリーの存在も無視してその後も二人の詠唱は続き、とうとう最後のフレーズまで来た。
「「悪臭の呼吸十の型!!孤独死!!」」
やりきったと言わんばかりにカイヤとキボロは呪文書を天高くに掲げ…何も起こらなかった。彼らの前には散々無視されてイライラした様子で彼らを睨みつける憲兵と道端で笑い転げる通りすがりの行商人をはじめとするギャラリーたち。
「どういうことだ!!この呪文を唱えれば帝国に戻れるんじゃないのか!?」
「知らないわよ!!偽物つかまされたんじゃないの!?」
「くそう!!偽物つかまされたってのか!?あの嘘つきめが!!」
「だいたい怪しいと思ってたのよ!!こんな任務!!」
「そういえばあいつらはどこいった!?」
「畜生!!あいつらだけ逃げたみたいよ!?」
「何だって!?」
「お取り込み中悪いね?」
「「は!?」」
喚き続ける二人。そこにずいっと割って入るサルサ王国の憲兵。そんな状況になってようやく二人はいつの間にか周囲に大勢の人がいることに気づいた。
「二人はこんな公衆の面前で何をしていたというつもりだね?奴隷風情が漫才師でも目指すつもりだったのかね?ああ?」
「「ひいいっ!!」」
「ひいいっじゃねえんだよ。輸送中の馬車から逃げ出した挙句奴隷風情が往来の妨害。そんなことしてタダで済むと思ってるのか?」
「待ってくれ、違うんだ!!俺は…俺たちはバルカンに騙されて…!!」
「劣等種が!!誰がそんな口をきいていいと言った!!」
「ぐはっ!!」
憲兵の右拳が飛んでいき、キボロは左頬を殴られ後ろへと飛んで行った。
「待って!!あたしだけでも助けて!!」
「助けて…だあ?てめえみてえな行き遅れの娼婦としてすら使えねえ豚を誰が助けると思ってんだ!?鏡見ろ鏡!!」
「おぶうっ!!」
カイヤもまた憲兵の右拳を食らって後ろへと飛んで行った。
「劣等種風情が…!!奴隷の分際でこんな騒ぎを起こしてくれた罪は大きいぞ!?一生かけてでも我が国で償え!!」
そう吐き捨てると、その憲兵は仲間の兵士を呼び寄せて彼らを拘束し、最寄りの町ビエラへと引きずっていった。この国では亜人がどんな扱いを受けるかとかビエラまでの行き方とか色々と参考になった。口答えや弁解をするだけで容赦なしに殴られるとはなあ……。この国で行動する場合でもサンドバッグは回避できなさそうだった。
(ステルス、フィジカルブースト、カラビヤウエクスパンド。)
彼らを追いかけるためにも私は認識阻害と身体強化をかけて異空間に着ていたボロ布や下着をしまいこんで後をつけていくのだった。当初は捕まることも想定していたが、これなら自由に調査と裏工作ができるため、返って好都合だった。それについては捨て駒となった二人に感謝した。