第16話 女神、依頼される
それから一ヶ月間、私はただひたすら帝都に滞在してグルメを堪能した。バルカンが奴隷の解放をしてくれたおかげで、ここ最近では耳も尻尾も隠さずに行動することが多くなった。以前と違って堂々とグルメ巡りをできるようになったため、助かった。
その一方で、バルカン達が一向に内部工作を頼みに来ないのは気がかりだった。奴隷の解放をした以上、それは創神教の息がかかったエデンにある全ての国々に背を向けることであり、いつ諸外国が粛清に動き出すかも予測がつかない以上、諸外国を崩壊させるのは早いに越したことはないからだ。
そんな折に、宿でくつろいでいるところに、扉をノックする音が聞こえ、入室を促すとまたもやバルカンとイシスとマーシャが入ってきた。毎度毎度彼らに出向かせてしまうとなると逆に申し訳なさを感じる。来て欲しいと言ってくれればこちらから出向くのに…。
「ご無沙汰しております、ディアナ様。」
「何時ぞやかの奴隷解放演説以来ですね?言ってくれれば私の方から出向いたのに。」
「いいえ、ディアナ様にそんな真似させられませんよ。正体を知らなかった時ならまだしも…。」
「正体を隠しておいた方が良かったですかね…。」
「それはお互いにとって良くないでしょう。女神様が正体を隠したままですと、おそらく我々もあなたのことを信用できず、本気で戦ってその実力を見せてもらわない限りあなたの実力を信用はしなかったでしょうし、例え実力を信用はしたとしても、こうして対等な取引関係にはならず、我々が一方的に命令をする関係になったでしょう。」
「私としては別にそれでも良かったですよ?」
「我々に搾取されたとしても?都合のいいように扱われたとしても?」
「そうなっていたとしたらおそらくはレジーナと同じ末路をあなた方も辿ることになっていたでしょうね。利害が一致している時ならまだしも用済みになり次第倒されて記憶を改竄されてお金盗まれて…。」
「とすれば、女神様に正体を明かしてもらって返って我々は命拾いしたんでしょうな…。敵対関係ないしは主従関係になってしまっていたら目も当てられませんよ…。」
「その時には今頃バルカンさんとマーシャさんは素っ裸にされてランジェリーとブラジャーを着けられていたでしょうね。私が思うに、バルカンさんにはハート柄の女性用下着を、マーシャさんにはレースの女性用下着をつけていたかもしれないですね。色はピンクで。」
「勘弁してくださいよ……。」
「想像するのも恐ろしいです……。」
「じゃあ私は…。」
「もちろん装備を全てひっぺがすのは変わらないんですけれども、私の心に響くコーディネートというのは女性の方はなかなか思いつかないですからね…どんな格好にしたでしょうね…。うーん、やっぱり胸にサラシをきつめに巻いてペチャパイになるようにして下は大きめの白ブリーフ一枚にして側に謎の粉入りのシリンダーを10本置いておいて革命を起こし…。」
「どうしても私にそのネタやらせる気なの!?ねえ!?冗談だと言ってよ!?」
「あうあうあう…。」
またも理性の消し飛んだイシスに胸ぐらを掴まれてぐわんぐわんと上下に揺さぶられた。ああ…くせになりそう…。やっぱりカクテルシェイカーにされてるとカクテル飲みたくなる。
「よさないかイシス。今日はそんなことをするために来たわけじゃないだろう?ディアナ様に依頼をするために来たんだから。」
「ごめんなさいあなた…。つい取り乱して…。」
「いいさ、気持ちはわからなくもないからな。…話は戻しますけれども、実はディアナ様に依頼させていただきたいことがありまして今回は来たのです。」
「内部工作のために国外に行ってほしいということですか?」
「その通りです。具体的に言いますと、隣国サルサ王国です。」
「その国はもしかして…。」
「想像していらっしゃる通りです。ディザイア教国の息がかかった連合国家の一つで、このマリーシャス帝国が成立した当初からいがみ合っていた相手です。元々この国土もまたサルサ王国の一部でしたけれども、当初この領地を治めていた領主マリーシャスが軍事国家として独立をすると宣言して今の形になったわけです。
ですので、今でも件のサルサ王国とは主従関係にあり、毎年この国で手に入った資源ないしは税金の一部ないしは亜人の奴隷をそちらに流さないと戦争を仕掛けると脅されていたりもしました。今回亜人を解放したことにより、今まで以上に王国との関係が険悪になり、いつ戦争を仕掛けられてもおかしくはない状況です。
ですので、我々は種族を問わずに国内の戦力を増強させることに注力し、その間にディアナ様にサルサ王国を内部から崩壊させるための工作をしていただければと思います。」
「確かに他の大陸の連合国も脅威ですけれども、それ以上の脅威は身近なところにあるその国でしょうからね…。わかりました、その依頼、引き受けましょう。サルサ王国内の正確な地図とかはありますか?」
「ええ、こちらがそうです。この帝都ヴォルカノフはアルモネア大陸の北部のほぼ中央にあるわけですけれども、大陸を南下していくと、この広大な国土のあるサルサ王国にたどり着くわけです。一番近い市町村で考えますと、帝国南部のホルスという町か、南西部のラミール村か、南東部のジグムント村のいずれかになるでしょう。」
「裏を返せば、戦争になったらその市町村が真っ先に落とされるということですね?」
「左様です。ですので、我々としてもその市町村の住民たちに身を守る技術と逃げる技術を最優先で覚えてもらうのにこの一ヶ月を費やしていました。その関係でどうしてもその国を滅ぼすための工作が後手後手になりましたが、ようやくディアナ様に依頼しても問題ないと判断いたしましたので今回来た次第です。」
「事情はわかりました。それで、作戦の方は立ててありますか?」
「我々にはディアナ様の実力がわからない以上大まかな作戦しか立てておりませんが、よろしいですか?」
「はい、それでも構いません。」
「計画としてはこうです。まず、南部の町ホルスにてディアナ様をはじめ、有志で裏工作に協力してくれる亜人たちを馬車に収容してサルサ王国の検問所まで運びます。輸送中の奴隷にカモフラージュすることで王国内に侵入していただき、そこから先は脱出していただいてディアナ様は裏工作に動いていただき、同乗する亜人たちには隠し持ってもらうこのスクロールを使って帝国へと戻ってきていただきます。」
そう話しながらバルカンが取り出したのは帰還の呪文書。転移魔法ディメンジョンゲートが付与された持ち運び式の魔法陣であり、使うと呪文書に書かれた座標へと瞬時に転移ができる代物だった。元々はこれも人間族だけで独占されていたらしいアイテムだけれども、今回の作戦に当たって協力してくれる亜人たちに提供したのだろう。
「で、私が王国に侵入した後はどうしますか?」
「逃げ出した輸送中の奴隷を装ってわざと捕まっていただければ最寄りの町まで連れていかれるでしょう。そこから先はディアナ様自身が判断して最適な行動をとっていただければと思います。」
「計画にしては結構曖昧ですね。自由度が高いのは私好みですが…。」
「ディアナ様の戦闘能力が正確にわかればより綿密な計画も立てたりすることはできたでしょうけれどもそのためだけに我々に本来の実力をお話ししてくれるわけではないでしょう?」
「確かにそれを話したら時間がいくらあっても足りませんし話して悪用されたらこのエデンが滅ぶような危ない代物もありますからね。」
「でしたら尚更です。輸送奴隷に紛れ込んでいただき、入国後は自由に行動していただければと思います。」
「わかりました。それで、決行はいつですか?」
「準備が整うのは一週間後です。我々は一足先にホルスで準備を進めますのでディアナ様は一週間後にお越しください。」
「では、一週間後に向かいますね。」
「よろしくお願いいたします。」
私に頭を下げるとバルカンたちは部屋を出て行ってしまった。一週間経ったらしばらくグルメツアーができないとわかった私は残りの一週間をとにかくグルメ巡りに費やしていくのだった。
行く先々で住民たちの話を盗み聞きしていたが、話題は私がバルカンの演説の時に使った呪いについてか、奴隷解放宣言による諸外国の反応かのいずれかだった。
「なあ、町の外で歌いながらスキップしてたやつがまた一人糞尿垂れ流しで死んだらしいな?」
「ああ、飯も食わず水も飲まずトイレにも行かずにそんなことしてりゃそうなるのも当たり前だろうけどな…。」
「お前はあれ何で起きたと思う?」
「わからんな…。何かの呪いだと思うんだけど帝国中の国民がまとめて呪いにかかったわけだよな?大賢者イシス様でもそんなことできないはずだけどな…。」
「だとしたら、元帥は誰を雇ったんだ?あんな大人数を同時に呪うなんて並大抵のやつにはできんぞ?」
「わからんけど俺らにはそのことは関係しないだろ?見た感じ元帥に逆らう奴だけにしか効果がない呪いみたいだしな…。かかった奴らが哀れではあるが…。」
「タルバで騒ぎを起こしていた忌子…いや、その呼び方も禁止されてるんだったな…狐の獣人の幼女を雇ったとかどうとかそういう話だっただろ?」
「そうなのか?俺はそのガキが勝手にそうしたとも聞いているが…。」
「まあ確かに帝都にあった教会の神官がそいつの仕業じゃないかってくらいに変な格好にされちまってたが…スワン部隊一番隊長って何だよあれ…もろ変質者じゃねえか…。」
変な格好…!?変質者…!?またもや私のガラスのハートに言葉の暴力が突き刺さった。スワン部隊一番隊長は会心の出来だったのに…!!あのキュートな白鳥の浮き輪と今から海に雄々しく突撃しますよという意思表示がこだわりのコーディネートだったのに…!!水泳帽子忘れちゃったから代わりにランジェリーを小粋な角度でかぶって誤魔化しました的なあざとさを強調したのに……!!民衆の素直な声を間近で聞かされ、私はせっかくの美味しい食事を食べていたのにヘコんだ。
「教会にバレたらタダじゃ済まんだろうな…。教会に背いた挙句手先の神官をあんな格好で死ぬまで帝都の周りをスキップさせたとか…。」
「噂だけはすでに隣国のサルサ王国に行っちまってるらしいぜ…?奴隷の解放に加えてそんなことがあったもんだからいつ戦争になるかもわからんぞ…?」
「大丈夫なのかよそれ…。サルサ王国も連合国家の一つだからディザイア教国ほどじゃないけど強者が粒揃いなんだろ?反旗を翻したらそれこそ終わりじゃねえのか…?」
「そうだよな…何でも、その国ではとにかく実力のある人間族は王立親衛隊とか王立魔法部隊とかそういった特殊部隊に引き抜かれて高い給金の見返りとして命がけで国を守ることを義務付けられ並外れた戦闘訓練をやってるわけだからな…。いくら帝国最強のバルカン元帥やイシス夫人、マーシャ大将が戦場に赴いたとしても勝てる見込みなんてないだろ…?元帥たちは気でも触れたのか?」
「いいや、あの頭の切れる元帥が何の勝算もなしにそんな勝負には出ないだろう。つまり、元帥は世界を敵に回したとしても太刀打ちできるような切り札を手に入れたってことじゃないか?」
はい、私がその切り札らしいです。スワン部隊一番隊長をけなしたあなた方の顔はしっかりと覚えました。次はあなた方にスワン部隊隊長になってもらいますとも。
「だとしても、幾ら何でもこの帝国の数倍の国土を持つ王国相手に戦争って無謀じゃねえのか?元帥は何考えてるんだ…?」
「わからんが、少なくとも虐げられてきた亜人たちを解放したからこそ彼らから圧倒的な支持を得ているらしいぞ。それに、反旗を翻した人間族が根こそぎあんなふうに呪われてしまったってことは、想像以上にやばい相手を味方につけたのかもしれんしな…。この帝国に居たいなら元帥たちには逆らわない方がいいだろうな…。」
「そうか?だが、教会に背くってことは、世界に背くことと同義だろ?中立国とかも中にはあるかもしれんけど基本的には大半の国々が連合国なんだろ?これからこの国は絶えず戦争で忙しくなるんじゃねえか?」
「戦争が嫌なら国外への逃亡自体はすればいいと思うけれども、そうしてしまうとこの国で築いた地位を失うことにも繋がるしな…。そうするくらいだったらまだ留まる方がましだろうしな…。」
「そこはしゃーないな…。せめて俺たちにとばっちりが来なければいいんだが…。」
そんなことを話している客たちのそばを通り過ぎつつ、私は頭の中で呪文を唱えた。
(セットアンカー、リメイク・クローズ。)
たちまち、二人の客の着ている服は白鳥の浮き輪とランジェリー、ゴーグル、ブーメランパンツ、そしてスワン部隊二番隊長、スワン部隊三番隊長と文字がプリントされたタンクトップへと早変わりした。
「「わああああああああああああっ!!!」」
その叫び声を背にしながら私は店の外に出た。スワン部隊隊長をバカにする奴は、スワン部隊隊長になれ!!!