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第12話 女神、権力者達と鉢合わせする

 帝都ヴォルカノフに来てからの三週間、私は足しげくその高級食堂に足を運んだ。タルバのフィレステーキもいいけれども、やはりここのサーロインステーキほど私の胃袋を掴んで離さないメニューはなかった。それだけ足しげく通っても現状まだまだ3億R(リギオン)以上の資金が手元にあるため、絶対に飽きるまで通いつめてやると固く決意していた。


 無論、こういう高級食堂でも色々と市民の話を聞く機会には事欠かず、やはり三週間前に大通りの一角で私が仕掛けた失禁騒ぎの話で色々と憶測が飛び交っていた。


「なあ、結局西通りで起きたあの失禁騒ぎって原因わかったのか?」

「いいや、まだだ。」

「そうか、まあそうだよな…。でも、その通りにいた人間族だけが一斉にいきなり失禁するってあまりにも不自然すぎないか?」

「俺もそこは疑っている。まるで、金を持っている人間族から金を巻き上げるために引き起こされたとしか言えないくらい人為的なことに思えるからな…。」


 最初それやったときはムカついただけであって後から商売のチャンスになると思って利用しただけです。


「噂では、その現象の解明のために大賢者イシス夫人が現場検証に動いているらしいぞ?」

「大賢者様まで出てきてるのか!?」

「ああ。魔法でも使わない限りそんな現象なんて誰も起こせやしないさ。で、魔法関連のことになってくると、この国で魔法の知識でイシス夫人の右に出る人はいない。だから、最初から魔法のエキスパートを投入してその解明に当たっているそうだ。」


 まさかそんな騒ぎになっているとは…。


「でも、大通りの人間を全員失禁させることにメリットってあったのか?」

「ああ、そうすれば替えの下着とか服とか買うために近辺の服屋とか雑貨屋に人が殺到するだろ?だから、彼らが利益を増やすためにやったんじゃないかってのがまず考えられたんだけど、それ以上に怪しい奴の目星があるらしい。」

「誰なんだそれは?」

「無許可でそういった物資を売りさばいていた老人がいたらしい。通り一帯の服屋と雑貨屋の在庫がなくなったタイミングを見計らって幽霊のように現れ、下着や服、タオルといったその時通りにいた人々がまさに必要としていたものを法外な価格で売りつけたんだ。」

「法外な価格?いくらだ?」

「下着と服とタオルのセットで合わせて20万R。めちゃくちゃな価格だろ?」

「マジかよ!?そんなに高級な材質だったのか!?」

「いや、麻とか棉で作られた兵士たちが着るような量産品だったらしい。」


 街道で兵士たちから奪った略奪品であることはまだバレていないようだ。


「絶対ぼったくりじゃねえか!!そいつが仕込んだと言われても文句は言えんぞ!?で、そいつは見つかったのか?」

「ダメだ、あの騒ぎの後その老人も忽然と姿を消したらしい。今となっては怪奇現象でも起きたんじゃないかと結論づけられたりもしているんだ。何でも、イシス夫人でさえこの騒ぎで使われたであろう魔法を解析できないらしくてな…。一部は解析できて、人間族だけを対象に無差別にアンカーを設置する魔法の痕跡は検出できたらしいけどそこから先は彼女にも全く理解が及ばないらしい。女神ディアナに未知の加護を与えられた奴がその加護を悪用しているんじゃないかとすら言われてるんだ。」


 悪用しているのは女神です。はい、私がそうです。私がやりました。


「そうだな、そうでもないと通りにいた人間が全員失禁するとかありえないよな…。」

「何でも、西の町タルバでも似たような怪奇現象が起きてて、その時には教会に認知されていない忌子がいたとかいないとか…。」

「忌子!?まさか悪魔の子が見つかったのか!?」

「ああ、あくまでも一ヶ月以上前の情報だからその後のことは一切わかっていないが、金色の髪の狐の獣人の少女で、見た目は三歳児らしい。噂では、レジーナ少将とボリス部隊長を完膚なきまで叩きのめして私財を根こそぎ略奪したとも町の奴隷を全員逃す手引きをしたとも言われている。」

「何だよそれ!!そんな亜人聞いたことないぞ!?」


 隣でステーキ堪能している私がそんな亜人です。にしても、タルバの町の情報がもう帝都にまで来ているとは…。となれば、そろそろ権力者からお金巻き上げてもう一稼ぎしてからトンズラしようか…いや、資金は余ってるから別にいいか…。


「しかもだ、その怪奇現象みたいな出来事が起きたのはそこだけじゃないらしい。タルバとこの帝都をつなぐ街道でも何人もの兵士たちが倒されて運んでいた物資を略奪され、全員が全員女性用の下着とブラジャーをつけられた格好で放置されたことがあるらしい。」

「何だよそれ…。つまり、タルバで好き勝手やってた忌子が今度は帝都に来ている可能性があるってことかよ…。」


 来ていますが好き勝手は言い過ぎな気はしますね…。亜人と蔑んでサンドバッグにする方がよほどタチが悪いでしょうに…。私は売られた喧嘩を買っているだけで。


「かもしれない。もしかしたら、その年老いた老人とやらも裏で糸を引いているのはその忌子なんじゃないかと俺は考えている。」


 利用客たちの発言は憶測にしてはなかなかいい線を行っていた。彼らの話に耳を傾けつつ特上サーロインステーキを堪能していると、すぐ近くの席にイライラした調子の紫色のローブを着た妙齢の女性と白い軍服姿で黒い豪奢なマントを羽織った男性二人が入ってきた。案内された席に着くと、女性はドカッ!!と音を立てながら座り込み、提供されたワインを一気飲みし、残りの男性はやれやれといった表情をしつつも座り込んだ。


「イシス、あまりイライラしない方がいいんじゃないか?」

「イライラするなと言われても無理に決まってるでしょ!!何なのあれ!?アンカーを設置する魔法から先の術式の痕跡が感覚を共有して他人を操る魔法以外が全く掴めないんだけど!!」

「それだけ大賢者の上をいく策士がいるということじゃないですか?」

「何言ってるのよ!!大賢者の称号はそれこそこのエデンでも称号保持者が二十人しかいない、それくらい魔法の高みに上り詰めたものにしか与えられない称号よ!?魔法のエキスパートの私を出し抜くって、相手はどんだけえげつないのよ!!大賢者を出し抜く魔法使いなんて聞いたことないわよ!?」

「そういう得体の知れない加護を与えられたものがいるということだろう。この世界に転生するに際してディアナ様から与えられる加護も千差万別だからな…。」

「それに、その失禁騒ぎから三週間ほど経過しますが、同様の怪奇現象が発生していないぶん、もう犯人は帝都を去った可能性だってあるじゃないですか。」


 去ってません。すぐ近くでステーキ食べてます。もう二週間……いや、もっと長期間はステーキのために滞在します。


「いいえ、まだ私は諦めないわよ!?この程度の術式解析できなくては大賢者としての沽券に関わるわ!!」


 何とも諦めの悪い女性に目をつけられたものだ…。


「そうは言ってもな…西のタルバで怪現象が起きた話はこっちにも来ているだろう?悪魔の子が現れたとかその忌子がレジーナを倒してしまったとか、町の奴隷を全員逃したとか。」

「忌子がそんなことを!?何の冗談ですか!?亜人なんて我々人間族と比較すると戦闘力なんて皆無でしょう!?魔法の知識も武術も基本的に人間族が独占しているんですから!!」

「マーシャの言う通りよ!?そんな亜人いるわけないじゃない!!」

「そうでもないぞ?街道で物資を略奪された挙句女性用の下着とブラジャーをつけられた兵士たちが保護を求めてタルバへと駆け込んだと言う報告が後を絶たないだろう?彼らは、三歳児くらいの狐の獣人の少女にやられたと口を揃えて証言していたそうだ。タルバで騒ぎを起こした戦闘能力未知数の忌子がこの帝都に来てしまっている可能性は高い。」

「男性の兵士に女性の下着を…!?悪趣味にもほどがあるんじゃないですか!?」


 悪趣味…!?私の心にその言葉がグサッと突き刺さった。


「街道で襲われた兵士もそうだけれどもレジーナやボリスもその忌子にやられた挙句悪趣味な格好にさせられてたらしいしな。」

「確か、レジーナはハゲかつらと胸にサラシと腰に横綱と書かれた変な腰巻よね?ボリスの方は下は女性用下着に限りなく近い形の紺色の履物に上が丈の短いシャツにリボンをつけたようなものよね?エデンでは見たことのない…。兵士たちをあんな格好にした件の忌子の感性を疑うわね…。何をどうしたらあんな格好をさせようと考えるのかが…。」


 さらにグサッときた。私の慈悲がここまで見ず知らずの人々にディスられているとヘコむ。


「忌子の容姿としては何か掴めているんですか?」

「そうだな、見た目三歳児くらいで、着ている服はちょうどそこにいる子供が着ているような白い子供用のワン………ん……?」

「……ねえ…あの子怪しくない?」

「お店側に聞けばあの子のことはわかるんじゃないですか?」

「そうかしら?お店側も洗脳されてたら信用できないわよ?その忌子がどんな能力持ってるのか、まだ正確にはわかっていないんでしょ?」


 うーん…なんかきな臭い雰囲気になってきた…。まだ今日のデザート来てないのに…。これが店員とかだったら記憶を改竄して何事もなかったかのようにできるけれども、あの人たち相手にそれは通用しなさそうだった。


「ねえ、あなた、どうしてこんな店の中で顔を隠しているの?」


 近寄ってきたイシスに単刀直入に聞かれてしまった。


「申し訳ありません。生後屋敷に強盗が入って顔を刺されたことがありまして、今でも顔の傷が残っていたりするんです。」

「そうなの、聞いてごめんなさいね。でも、うちの国ではそう言う傷跡があったら逆に名誉の勲章として人に見せびらかすものよ?恥ずかしがらなくてもいいんじゃない?」

「普通はそうでしょうね。ですけど、私は容姿のことでいじめられることもあったんです。」

「そうなのね。くだらないことでマウント取るゴミもまだまだいるのね…。私たちの方で見かけ次第そんな人間は鞭打ちにして根性を叩き直しているのに…。でも、私は違うわよ?逆にそんな名誉の勲章を持っているなら見せて欲しいと思うんだけど、どう?見せてもらえないかしら?」

「見せてと言われましてもこんな醜い傷跡見せたいとは思いませんが、私の信用を勝ち取るためならどんなことでもするつもりですか?できますか?」

「…死ぬことと服従すること、大切な人を殺すこと以外ならいいわよ?」


 やはり賢者なだけあって強かなようだ。考えなしに何でもすると言わないあたりが…。もっとも、私も彼女に死ねとか服従しろとか家族を殺せとか言うつもりはさらさらないが…。私は服の腹部のポケットに両手を突っ込み、無詠唱で加護を発動させ、ポケットの中で白い粉末が入った注射器のシリンダーを10本生成し、取り出した。


「そうですか…。では……その服装からしてお姉さんは魔法使いの方ですよね?でしたら、このシリンダーを使ってお尻の穴にこの正体不明の粉をシリンダー10本分注入して、『革命を起こしてやるぜ!!』と叫びながらパンツを素早く脱ぎそちらのご主人さんの顔面に放屁し、『あ、バイトの時間だ!!』と叫びながらパンツ一丁で走り去る魔法をやっていただければ考えてもいいですよ?これはエガシラと呼ばれる罰ゲームに使われる魔法です。お話をお聞きした限り大賢者のようですし、当たり前のように使えるかと思いますが…。」

「魔法関係ないじゃない!!人を馬鹿にしているの!?誰がそんなことやるもんですか!!人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!?」


 ものすごい勢いでキレ始めたイシス。シリンダーを使って謎の粉を肛門に放り込んで思い切り屁をこきパンツ一丁で走るだけなのになんでキレるんだろう…。自殺とか服従よりかははるかに簡単なのに…。


「でしたらお見せできません。」

「このクソガキが…!!大人を馬鹿にして!!大人を敵に回すならこうするだけよ!?」


 そう叫ぶとイシスは私のフードをむんずとつかみ、剥ぎ取った。金髪とふさふさの金色の狐耳が露わになり、イシスはおろか、周囲で食事をとっていた利用客たちすら息を飲んで私を見た。と同時に、イシス、バルカン、マーシャの三人以外の全ての利用客や店員が我先にと悲鳴を上げながら逃げ出した。


「金色の髪の狐の獣人…。まさか、タルバで騒ぎを起こしていた悪魔の子か!?」

「悪魔の子とは失礼ですね…。私はディアナ。それ以上でもそれ以下でもありません。」

「うるさい!!この忌子が!!亜人風情が神聖なるディアナ様の名前を語るな!!チェインバインド!!パラライズ!!マナドレイン!!スリープ!!ミネラリゼーション!!フェインテッド!!」


 ヒステリックに叫びながらイシスが矢継ぎ早に呪文を唱えた。意図している魔法は私を鎖で拘束し、痺れさせ、魔力を奪い、眠らせ、石化させ、気絶させるものだった。確かに大賢者の称号を持っているだけあって、相手を状態異常にさせ、拘束させるための魔法も色々と使いこなせるようだった。三歳児を生け捕りにするための手段としては過剰すぎるくらいの状態異常誘発魔法だろう。けれど、それだけだった。


「オール・サージカル・オブストラクション。」


 イシスが矢継ぎ早に私を拘束するための魔法を唱えている間にも、私はたった一つの呪文でイシスの魔法を全て無効化させた。私がやったことはイシスの魔法の術式に介入して全て妨害し、発動させなくすること。ただそれだけだった。


 たちまち私の体にかかっていた魔法は無効化され、私は自由になった。


「嘘…でしょ……?この拘束を逃れた人なんていないのに……。何なのあなた…!?」

「さっき名乗ったでしょう?ディアナと。それ以外に何の呼び方があるのですか?」

「ふむ…君を見ている限りでは一筋縄では行かなさそうだな…。イシス、落ち込むのは後回しだ。今度は私も加勢する。前衛であの忌子の手は封じるからお前は私の援護を頼む。」

「あなた…。」


 私の前へと進み出た軍服姿の男。会話の内容から推測するに、彼こそがバルカン元帥、このマリーシャス帝国の最高権力者なのだろう。腰に提げていたバスタードソードを抜きはなち、切っ先を私に向けながら脅しをかけた。


「我々の想像以上に君は危険な人物のようだ。となれば、私としても容赦はせん。本気で行かせてもらう。覚悟しろ。…ウェポンエンハンス、アークエンチャント。」


 付与された魔法によってたちまち青色に輝き始めるバルカンの剣。わー、かっこいい!!ライ○セイバーだ!!ブーン…という効果音とかスパークとか再現できたら完璧だろうなあ…。私も剣を使うときには好き好んで彼と同じ戦い方をする。光の剣で斬り合うなんてロマンが溢れてるし!!


 私としてはその場で剣を作り出して全く同じ魔法を使用し彼とライ○セイバーバトルをしても別に構わない。しかし、こんなところで戦ってしまったら、せっかく美味しいステーキを提供してくれる店を跡形もなく壊してしまう。それだけは断固として避けたかった。


「落ち着いたらいかがですか?何も私は戦うとは言ってませんよ?」

「ほう?」


 切っ先を下げつつも警戒の態度を緩めないバルカン。


「あなたたちをここで倒してもいいんですけど、その過程でこの店が壊れたらこの店のステーキが食べられなくなっちゃうじゃないですか。店のことを考えたらこんな場所で戦おうとは思いませんよ。まずは食事を楽しんだらいかがですか?」

「言ってくれるじゃないか、忌子め…。」

「まあデザート食べ終わった後でしたらそのままあなたたちにしょっぴかれていっても私は別に構わないんですよ?なぜ亜人に創世神ディアナの名がつけられるだけでここまで異端視されるのか、その理由が気になっていましたし。」

「つまり、捕まったとしても逃げ出せる自信があるわけかね?我々マリーシャス帝国や教会すらも敵に回しても君は我々に勝てる、そう言いたいのかね?」

「どう捉えていただいても構いません。食事の邪魔さえされなければ私としてもあなた方と戦う理由はありませんし。」


 すると、バルカンは魔法を止めて剣をしまい、私にこう話しかけてきた。


「ふむ…。君が普通の忌子だったらこの場で捕まえて教会に突き出し、磔刑にするところだが、どうやら君には利用価値がありそうだ。だが、その判断をする前にいくつか聞かせてほしい。正直に答えよ。最初の質問だ。君は亜人に女神の名前がつけられたらどんな末路を辿るか知っているのか?」

「ええ、タルバに滞在していた時にその情報は把握しました。教会裁判にかけられて市中引き回しの後で磔刑にされるのですね?その名前をつけられた亜人も、つけた両親も。」

「そうとわかっていてなぜ君はこうして旅をしている?保護者の元にいた方が安全だろう?ステータスを覗かれた時点で君の人生は終わってしまうのだから。」

「なぜ人間族以外の種族が亜人と揶揄されて差別や迫害を受けているのかが知りたかったからです。人間族も亜人も同じ一つの生命でしょう?」


 そう話した途端、腕組みをして熟考し始めたバルカン。しばし考えた後再び質問を再開した。


「なるほど…。実を言うと、私はその理由は知っている。もし、君にそれを教えたら、君はどうするつもりだ?」

「そうですね…。亜人が虐げられない世界を築くために私の力を思う存分使うつもりです。あなたの発言がハッタリだったらその時はあなたがたの記憶を消してまた逃亡とその答えを探す旅に出るだけです。」


 再び腕組みをし、熟考するバルカン。私が信用できる相手かどうか、あるいは、有用かどうかを推し量っている気がした。


「ふむ…。では、もしその理由を教えて、さらに、君の夢を実現する後ろ盾になると言ったら、君はどうする?」

「その時にはまず誠意の証として国内の全ての亜人の奴隷を解放することをしていただきたいです。話はそれからです。」

「なるほどな、それが君の提示する条件か…。ならば、我々の提示する条件を飲んでくれたら、それについては検討してやってもいいぞ?」


 ほう、彼は彼で考えていることがあるのか…。そして彼の考えていることはおそらく…。


「つまり、教会とやらに背くことを考えていらっしゃるのですね?」


 かすかに大きく見開かれるバルカンの目。たかだか三歳児にしか見えない獣人の少女が彼の真意を看破してしまったのだから当然なのだろう。ふうと大きく息を吐きつつもバルカンは観念したように話し始めた。


「その通りだ。創神教は力を持ちすぎている。奴らの歪んだ思想はこのマリーシャス帝国にも及び、彼らのために無駄に血税を投じなければならんし、表向きは彼らの思想に沿った動きをしなければならない。だからこそ、教会の権威を笠にきて威張り散らす害悪どもを駆逐し、帝国を発展させるのが私の夢でもある。それこそ、人間と亜人の区別なく誰もが戦闘能力を高めた上でこの国に貢献できるようにな…。君が協力してくれるのならば私たちは今日君と会ったことについては目を瞑るし、教会に黙っていることについても誓おう。それで、君はどう返答する?」


 これは驚いた。まさか人間族の中にも種族差別そのものに懐疑的な人間がいるなんて…。演技かとも疑ったけれども、どうやら彼が話していることは彼の本心のようだ。


「いいでしょう。私としても無駄な争いは避けたいところでした。あなたが見逃してくれると言うのでしたら私もまた無駄な殺生はしません。ただ、約束は守ってください。しばらくは南部の宿に滞在してなりを潜めていますので、約束を果たし、この世界で種族差別が起きている理由を語ると言うこちらの条件を履行してください。条件が履行されればこちらとしても協力は惜しみません。」

「交渉成立だな。それについてはまた日を改めてこの食堂を貸し切って説明させてもらおう。客が逃げてしまった後とはいえ、そこの扉で聞く耳を立てているやつもいるかもしれんしな。」


 そう言いながらも一瞬で剣を抜き放ち、観音扉に投げつけたバルカン。ガンッ!!という音とともに扉に剣がしっかりと突き刺さり、その音を聞いたらしい外で聞き耳を立てていたであろう人間が「ヒッ!!」と息を飲む音が聞こえてきた。


「いいでしょう。私を味方にできるか、敵に回すかはあなた次第です、バルカンさん。」


 そう話すと、私は先に客が残していったデザートとステーキを奪って平らげ、食べ切れなかった他の客のステーキとデザートを異空間に収納してテイクアウトし、フードをかぶりなおして、料金を支払って店を出た。まさかこの国の最高権力者が亜人差別に懐疑的な挙句私の戦闘能力を高く買って同盟関係を築こうと画策するとは思わなかった。

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