第11話 女神、ぼったくる
再び人の往来が激しい都市に入ることに伴い、私は服の中に尻尾を隠し、フードを目深に被って耳を隠しつつ帝都ヴォルカノフの中に入っていった。流石に三歳児が馬に騎乗して帝都に入るなんて目立ちすぎるため、入る前に馬は異空間にしまっておいた。
帝都ヴォルカノフを往来しているのは大半が人間族であり、それ以外の種族については全くといっていいほど見当たらなかった。稀に物資の運搬とかの力仕事で表通りや裏通りを歩く虚ろな表情の亜人たちを見かけたけれども、彼らが通るたびに周囲の人間族から「汚らわしい…」とか「くせえ…」とかのあからさまに差別と迫害をする発言が聞こえてきた。
見ていて不快だったし、この都市極大魔法で焼き払ってやろうかとも思ったが、騒ぎを起こしてタルバみたいに目立つ真似をするのはまずい。私はぐっと怒りを抑えて、代わりに詠唱省略の言葉を小声で呟き、頭の中でこう唱えた。
(セットアンカー・ターゲット・オールヒューマン、リモート・オブジェクトクリエイション・ピー・プープ・ファート。)
その途端、私がいる大通りを往来する全ての人間族が股間や肛門を抑え、間をおかずに失禁や脱糞、あるいは大きな音を立てて屁をこいた。たちまち市街に響き渡る屁の音や尿が漏れだす音、うんこが漏れる音。亜人たちを服従させて綺麗に掃除されていたはずの大通りはたった数秒で糞尿が撒き散らされ、スラム街みたいな環境に早変わりした。
驚きと羞恥で絶叫する通りを歩いている亜人を罵っていた人間族。大慌てで付近の雑貨屋とか服屋に殺到し、替えの下着とか服を買おうと長蛇の列が形成された。しかし、雑貨屋も服屋もそこまで大量の替えの下着とか服を扱っているわけではない。たちまち品切れ状態となり、「申し訳ありません!!在庫切れです!!他の店舗へお願いします!!」という店主の叫び声が聞こえてきた。
そろそろ次の仕込みの時だと判断した私は騒ぎを聞きつけて通りへとやってきた別の人間族の野次馬たちの一人を洗脳して物陰に隠れていた私のところに誘導し、街道で兵士たちから略奪した物資の中でも衣類や下着が積荷となっている馬車を異空間から引っ張り出し、操り人形と変えた人間族を動かして荷馬車ごと大通りへと誘導させた。
そして、洗脳した男に大通りまで馬車を持って行かせて営業をさせた。
「下着とお着替えをお求めの皆さん!!追加で在庫を取り揃えました!!お買い求めの方は是非ともこちらへどうぞ!!」
「助かった!!どこの雑貨屋も服屋も売り切れとかで困ってたんだ!!替えの下着と服をくれ!!」
漏らした糞尿で下半身を汚した人間族の男の一人が安堵した顔で近づいてきた。
「承知いたしました。パンツ一枚4万R、服一着10万Rとなります。タオルは一枚6万Rです。」
「高すぎるだろ!!何で下着や服にそんな法外な値段をかけるんだ!!」
「嫌ならいいんですよ?他を探せば。見つかればの話ですけれども。」
「くそうっ!!この悪徳商人が!!足元見やがって!!」
「別にその格好で他の店に探しに行けばいいじゃないですか。」
「できるわけないだろ!!別区画の服屋に行くまでにどれだけの人に見られると思ってるんだ!!」
「まあ推定値でしか語れませんが概ね1000名くらいでしょうねえ…。」
「馬鹿野郎!!そんな数の人々の前をこんな格好で歩けるかあ!!相場価格で売りやがれ!!」
「相場価格なんて知ったこっちゃありません。高値であることを覚悟の上で買うか、他に行くかです。後が詰まってるんですからさっさとどうするか決めてくれませんか?」
「ぐぎぎぎぎ…このヒゲジジイ!!」
「悪態をつく暇があるなら後ろに回ってください。次の客の応対をしますので。」
「くそう、わかった!!買うからよこせ!!」
「お買い上げいただきありがとうございます。」
操り人形ににこやかな笑顔をさせながら先頭の男にパンツと服とタオルを一式渡し、合計20万Rを受け取った。男が去った後も次々と並んでいる客を私は操り人形に応対させていった。
人々はそんな法外な値段で売られる下着や着替えに怒り心頭で文句と罵詈雑言のオンパレードだったが、大勢の通行人に見られながら恥ずかしい思いをして他の区画の雑貨屋とか服屋とかに行くくらいならとそんな法外な値段で売られている下着や服、タオルを私から買っていった。
街道で私をサンドバッグにしてくれた兵士たちから奪った物資が法外な値段で飛ぶように売れたため、私の懐はどんどん潤っていった。結局馬車一杯に積まれていた服とか下着、タオルそれぞれ2000点がこの失禁騒ぎで完売したため、私の懐には4億Rのお金が入ってきた。
そのうち1億Rは操り人形として使った年寄りの人間族に与えておき、記憶を改竄して、二十代前半の女性と共謀して法外な値段で商売をしていたが、憲兵に見つかったため報酬の1億Rを受け取ってから国外へと逃亡する計画を実行することにしたというシナリオを植え付けておいた。記憶を操作された男は1億Rを私から受け取り、表通りに戻して魔法を解除した途端、脱兎のごとく南へと駆けていった。一丁上がり。
空となった馬車はまだ使い道があるかもしれないと考え、異空間に戻し、私は儲けた3億Rを異空間やパーカーワンピースのポケットにしまい込み、再び帝都の中を歩き始めた。
帝都の中心部まで歩を進めると、あちらこちらから美味しそうな匂いが漂ってきた。肉を焼く音、野菜を刻む音、魚をさばく音、果実を絞る音。そうした音を聞いているだけでどんどん食欲が湧き、せっかくだから帝都のグルメも堪能したくなった。
懐もさっきの商売で潤ったことだし、レジーナから略奪したお金もまだあることだしと考え、この近辺で一番高そうな食堂へと入っていった。
流石に三歳児がいきなり一人でそんな店に入店したため、店員からは怪しまれ、身分証明とかを求められそうになったため、無詠唱で魔法を使い店員の記憶を改竄して身分は帝国辺境の貴族の娘で一人旅をしている最中という偽情報を入れておいた。
そうしたところすんなりと通してもらえたため、私は案内された席に着き、料理が運ばれてくるのを待った。こういう高級食堂ではやはり単品メニューというものはほとんどなく、支払う料金に応じてコース料理が運ばれてくるようで、最高グレードの2万Rのコースを頼んでみたら、豪勢な料理がどんどん運ばれてきた。
食前酒の代わりに三歳児用にブドウジュース、前菜として季節の魚の切り身とキッシュと始まり、野菜と生ハムのカルパッチョ、季節の野菜を入れたスープ、自家製パン、本日のおすすめパスタと続き、いよいよメインディッシュが運ばれてきた。
メインディッシュは特上サーロインのステーキ。赤ワインでミディアムになるように焼き上げられた上質なサーロインをさらに食べやすい大きさにカットし、特製のステーキソースをたっぷりと上にかけ、バターをその上に乗せた見るからに美味しそうな一品だった。添え物の茹でブロッコリーや人参のグラッセ、コーンのバター炒めで彩りも華やかだ。鉄板の上で音を立てるステーキを見るだけで感動した。これは期待できる。タルバのフィレステーキも気に入っていたが、この店のステーキも見た目と香りだけで既に病みつきになりそうだった。
期待に胸を躍らせながら切り分けられたステーキを一切れ口に入れてみた。一言で表現するなら、美味い。それ以外に表現のしようがなかった。口の中に入れた途端に肉汁が溢れ、噛めば噛むほど味に深みが出てくる。また、ステーキにかかっているソースやバターがそうした肉の素材の味を引き立て、これぞ究極の味と思わせるほどだった。
流石一番高いコースなだけあってそれに見合った料理長の腕が光る一品だと心から思えた。このステーキのお代わりが食べたいと切に思うくらいに。コース料理のため単品での追加注文ができないのが残念だが、できるなら絶対にお代わりしていた。
メインディッシュを堪能した後は、最後のデザートが運ばれてきた。これもまた趣向を凝らした一品で、季節の果物や国内の最高級の食材を使って作られたホールケーキらしい。また、それをさらに楽しむためにとコーヒーや紅茶といった飲み物も一緒に提供され、優雅な食後のひと時を堪能できた。ほろ苦さと素朴な甘さの組み合わせは破壊力抜群で、あれだけ料理を堪能した後にも関わらず、デザートもあっさりと平らげてしまった。
聞くところによると、これで大人一人分の量らしい。大人一人分の量を三歳児が平らげてしまった分、店員たちは呆気にとられた顔をしていた。見た目三歳児だから絶対残すとでも思われてしまっていたのだろう。これでも気に入った料理はがっつりお代わりする方だが…。
そのせいか、専属の店員からも声をかけられてしまった。
「お客様、すごいですね…。これ、成人男性一人分の量なんですが…。」
「そうですか?私からすればまだ食べられるんですけどね。特に、メインディッシュのステーキはお代わりが欲しかったくらいです。単品でステーキだけお代わりいただくことってできないんですか?」
「申し訳ありません、当店ではそのようなサービスはお取り扱いしていないんです。」
「わかりました、では、また明日も食べにきます。そうしたくなるほどここのステーキ気に入りましたし。」
「恐縮でございます。またのご来店お待ちしております。」
「ただ、いちいち身分証明求められるのも煩わしいですので次以降は入店したらそのまま案内していただけると助かるのですけれども。」
「わかりました。店長に話は通させていただきます。お名前と種族を一応お伺いしてよろしいですか?たまに亜人が人間と嘘をついてなりすますこともございますので。」
「はい、名前はディアナ・アニマ、種族はもちろん人間です。」
「では、その確認のためにお顔を拝見させていただいてもよろしいですか?」
やはり顔認証は必要か。フードに手を掛ける仕草をしつつ頭の中で店員を洗脳する呪文を唱えた。
(タンぺリング・メモリー。)
無詠唱で記憶を改竄する呪文を唱え、店員が顔認証して金髪の人間族だと確認したシナリオを植え付けた。
「はい、人間族で問題ございませんね。それでは、またのご来店、お待ちしております。」
「ええ、ごちそうさまでした。」
店員に代金を払って私は店を出た。これで無条件にこの店に出入りすることができるようになった。明日以降ここにステーキ食べに行くのが楽しみだと期待しながら私は今日寝泊まりする宿を探しに行くのだった。