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第9話 女神、タルバを出る

「なあ、号外見たか?」

「ああ、今度は町外れの奴隷小屋に収容されてた亜人が全員脱走したらしいな?」

「ああ。常時何人もの兵士たちで交代交代で監視させ、絶対に逃げられないようにしてあるのに。しかも、あそこ結構人の往来があるからそんな大人数で逃げようとすると絶対に見つかるよな?」

「そうだな、しかも、中に囚われている亜人は全員女か子供なんだろ?魔法もろくに使えない、戦闘能力のない女や子供がそんな監視網くぐり抜けて逃げることなんてできるのか?」

「その手口がわからねえらしいぞ。監視の兵士がいつまでも仕事に出ていかない亜人の奴隷どもの不審な行動に疑問を感じて奴隷小屋の中を覗いたら収容されていた全ての奴隷が忽然と消えていたんだ。」

「確か、そのタイミングってこの町で管理されていない亜人を収容した途端だよな?」

「ああ。なんでも、三歳児くらいの金色の髪の狐の獣人らしい。しかも、忌子だ。」

「まさか、薄汚い獣人に女神様の名前が付けられていたのか!?」


 薄汚いとは失礼な…。よくサンドバッグにされてるせいで土ぼこりがついて汚くなるだけで私は綺麗好きだ。


「そうらしい。見張りの兵士たちがたまたま発見してステータスを確認したらその名前が表示されたらしいぞ?で、教会に移送中の悪魔の子ではないかと疑いをかけてレジーナ少将に確認をしに行っている最中にその忌子も奴隷たちも姿を消したそうなんだ。」

「でも、悪魔の子がこの町に輸送されてくるんだったら事前に告知されるよな?冒涜の象徴たる悪魔の子は教会裁判で異端審問にかけられた挙句見せしめのために市中引き回しにしてから磔刑にして大勢の民衆に石をぶつけられながら殺されるんだろ?子供もその名前をつけた親も。」


 ディアナの名前が付けられた亜人は見つかり次第そうなるんだなあ…。


「ああ、まともな神経しているならそんな名前亜人につけようなんて思わねえよ。付けたら最後、教会に見つかり次第その末路しかないからな。」

「でも、名前なんて個人の自由だろ?別に獣人にそんな名前がついていたところで害はないと思うが、何で教会は亜人にその名前が付けられることに過剰に反応するんだ?」

「さあな。俺にもその辺りのことがよくわからん。そもそもこの町には教会がないからな。調べようがないさ。」


 やはり鍵を握るのは教会か…。


「この近辺だと教会ってどこにあるんだ?」

「マリーシャス帝国だと帝都ヴォルカノフにあったかどうか…何せこの国は宗教とは本当に無縁のお国柄だからな…。軍事力っつーか武力こそ全てという風潮があるし。それでも宗教裁判をやるためだけに最低限の教会は帝都に作ってるかもしれねえし。そこは帝国がどうしてるのかわからんな…。」

「その辺りのことは確かにわからんがだからこそ敬虔な信徒が多い国からすれば敵視されるんだろうな。ってか、そもそもその教会って何て宗教の管轄なんだ?」

「創神教じゃなかったか?エデンの北半球にあるロドワール大陸の大半を統治している宗教国家が総本山で。その国の名前は俺も知らんが。」


 つまり元凶はそこか…。


「狂信教の間違いじゃねえのか?実際、そいつらのやること自体が狂ってるだろ…。」


 言い得て妙だ。


「まあな…でも、この国だったらまだしも他の国でそんなこと言ったらすぐに異端とみなされて首を切られるぞ?お前も発言に気をつけたほうがいい。」

「マジかよ…。本当とんでもないな…。」


 タルバの奴隷小屋の亜人たちを逃がしたあと一週間くらいこの町に滞在してこの店に通って情報収集をしつつこの店の料理を堪能しているわけだが、利用客の話を盗み聞きしている限りでは、やはり私がレジーナ少将の私物を略奪したり、亜人たちを逃す手引きをしたことについて大々的な騒ぎとなっているらしい。

 私の情報を持っている人間の記憶を改竄したり、正体がバレないように気をつけながら行動をし続けているが、どうにもそれが通用しなくなるのも時間の問題だった。


 この店のフィレステーキが気に入っているからもう少しレジーナから略奪したお金でこの店に通い詰めたいところだが…それで正体がバレては元も子もない。そろそろ他の町への逃げ時かもしれない。


 そう考えている間にも客たちの話は続いていった。


「でさ、その忌子って結局見つかったのか?」

「いいや、まだだ。関係者たちの話では奴隷の亜人たちと一緒に逃げたってのが一番有力なんだけども、その手口がわからねえから後を追うことができねえらしい。」


 逃げてません。隣でステーキ食べてます。昨日はおかわりもしました。その前はサイドメニューにサラダ頼みました。


「そいつの格好ってのはわかってるのか?」

「ああ、何でも、このエデンではあまり流通しない形の服らしくてな。なんか大まかな形としては神官が着てそうな真っ白なローブなんだけど腹部に大きなポケットがついていてお金とかものを入れることができたり、フードがついていて防寒対策とかできたりと結構機能的な服らしいぞ?」

「ちょうどあそこに座ってる子供みたいなのか?」

「んー…。あくまでも伝聞情報だから俺にも何とも言えんな…。確かにそれっぽい服かもなあと思うけど、ああいう服だったら別にその辺の服屋でも買えるだろ?」


 いつものパーカーワンピース着ていなくて正解だった。今私はその辺の服屋で買った女の子用の服を着て、その上からフード付きマントを着てフードを目深に被り、姿を偽装していた。全てはこのフィレステーキのため……!!ミディアムに焼かれた牛肉と、シンプルな塩胡椒の味付け、そして肉の上で溶ける一欠片のバターが渾然一体となって紡ぎ出す味は私を虜にさせてくれる。


「まあ何にしても、そんな格好のやついたら逆に目立つだろ?それに、見つけたとしても、捕まえるのは少将たちの仕事であって俺らの出る幕じゃねえし。」

「わからんぞ?民間兵の招集とかかけられでもしたら俺たちでも最前線に出てそいつを捕まえるために動かないといけないかもしれんしな。」


 ほう、この国で兵士になるのは志願兵と亜人の奴隷だけじゃないのか…。


「でも、いたとして、俺たちの敵う相手なのか?もしそいつが奴隷たちを全員逃がした犯人で、なおかつ少将からも財産を略奪した犯人でもあったらこの国でそいつを倒せる人間なんて指で数えるほどだぞ?」

「そうだな…帝都ヴォルカノフから片っ端から有力者を呼ばねえとそもそも太刀打ちできねえだろ…。バルカン元帥とかマーシャ大将とかな…。後、元帥の奥さんでこの国で唯一大賢者の称号持ってるイシス夫人なんかも呼ばないと無理だろ…。何せ帝国で10番目に強い少将をあれだけ完膚なきまでに叩きのめすやつかもしれないんだろ?」


 戦ってません。彼女たちは勝手に襲って自滅しただけです。何で私が悪者にされてるんでしょう?ああそうか、レジーナの私物片っ端から略奪して裏市場に横流ししたからだっけ…。まあそうしただけあって今こうしてフィレステーキを堪能できているわけだが…。


「そうだとしたら物理的に応援を呼ぶのは厳しいかもしれんな。帝都ヴォルカノフはここから東に馬車で二十日の距離なんだろ?まあ彼らにとってはその程度の距離あってないようなものだが…。イシス夫人のディメンジョンゲートですぐだろ?」

「そうは言ってもだ、その魔法のためには転移元と転移先に魔法陣を設置するやり方を取らないと複数人を運ぶのは無理なわけだろ?イシス夫人が帝都に転移元の魔法陣設置して、自分自身が転移してこの町に来て、さらに転移先の魔法陣を設置して、なんてことしてたらその忌子にやすやすと逃げられるんじゃないか?」

「だろうな…。この町にもういないといいんだが…。いたらいつそいつ捕らえるために招集かけれちまうかわからんだろ?俺はまだ死にたくないぞ?」

「まあな…。もし少将をやすやすと倒せちまう相手だとしたら俺らが挑んでも無駄死にするだけだからな…。そんな得体のしれねえ奴と戦いたくなんかねえよ…。」


 その後もその客たちは私がフィレステーキを食べ終わるまで食事そっちのけでそんな話をずっとしていた。いや殺さないし襲わないですって…。見るからに金目のもの持ってなさそうですし…。


「ごちそうさまでした。」


 彼らがそうしている間にもいつも通り会計を済ませて私は店を出た。そして、ここ数日使っている裏通りの宿に行くと、そこで変装を脱いでいつもの白いパーカーワンピースへと着替え、タルバを出ることにした。


 あれだけ住民にも噂の種になっている以上これ以上滞在するのはまずいと判断したからだ。フィレステーキが惜しいけど…。最悪オブジェクトクリエイションで再現するか変装の技術を磨いてから食べに行くことにしよう。


「とりあえず帝都にでも行きましょうかね…。」


 そう独白しつつ服の中に尻尾を隠し、フードを目深に被った上で市場で一ヶ月分の食料と水を買い込み、私は整備された街道を東へと歩いていくのだった。

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