第0話 神々との邂逅
更新ペース不定のためブクマ推奨です。
目が覚めた時、俺の目の前に移っていたのはいつものアパートの寝室の天井ではなかった。全てが白一色の世界で、大勢の白いローブを着た背中に白い翼の生えた人々が周りにいて、目の前には巨大で複雑怪奇な幾何学模様が描かれた魔法陣らしきものがあった。
正面にある高座にはこんな女性がいたら絶対結婚すると思いたくなるほど容姿が端麗で柔和な微笑みを浮かべた六枚羽の白いローブを着た腰まで届く長い金髪の女性が立っていた。
こんな場所地球にあっただろうか?そもそも俺は三日間連続徹夜労働をした後朦朧としながら帰宅し、寝室で寝ていたはずだった。起きたらゲームのイベント周回しないとと思っていたのに…。
「あの…ここはどこですか?」
とりあえず俺は目の前の女性に当たり前の質問をすることにした。
「ここは神界ティリンスです。あなたは元の世界で命を落とし、私の配下の神々にこの世界に連れられてきたのです。」
何言ってんだこいつ…。それとも、これはまだ俺が夢を見ているってことか?夢ならさっさと覚めて欲しい。こうしている間にも上位ランカーはイベントを周回するのだから。
「それではあなたは女神様…ですか?」
「そうですね、あなたが元いた世界で考えるのでしたらそうなります。私はディアナ、箱庭エデンを生み出した創世神です。あなたは地球の日本という国で過労で亡くなられた神野太晴さんでお間違いありませんね?」
「確かに私は神野ですけれども…ってちょっと待ってください!!私は死んだのですか!?」
寝耳に水だった。俺が死んだって…。久しぶりの休日だからイベント周回ガチでやる気だったのに…。目の前の女性にそんなこと言われてもにわかに信じられなかった。
「ええ、驚かれるのも無理はありませんが、神野さん、あなたは3日間不眠不休の激務で体を壊し、脳梗塞で元いた世界を去りました。」
「そんな…俺には妻も子供もいたのに…!!両親の面倒も見なければいけないのに…!!」
後やり込んでいる黒ウィ◯の◯導杯を課金アイテムをがっつり注ぎ込んで不眠不休で周回する予定だったのに…!!
「はい、とても残念なことです。ですが、もうあなたの肉体は火葬され、元の世界で生きかえることはもうありません。それに、あなたをそれだけ追い詰めていた会社にあなたのご家族は損害賠償請求をしていますし、あなたにかかっていた保険金もあります。当面の間はご遺族があなたがいなくなったことで苦しむことはないでしょう。そこから立て直せるかどうかはご遺族様次第ですが…。
ですので、あなたに過去のことを忘れてもらい、私の箱庭に転生してもらって地球では経験できなかった人間らしい生き方を知っていただければと考え、今回こうして来ていただきました。」
そんなのどうでもいい!!俺は魔◯杯の周回がしたいんだ!!でも、現実問題としてこんなところでゲームはできない。だったら前向きに考えざるを得ないだろう…。
「事情はわかりました。でも、私なんかで良かったのですか?」
「はい、私の箱庭エデンには基本的に真っ当な人生を送ってこられた方しか転生させていません。邪なことを考える人間を送り込んで秩序が乱されることなんて以ての外ですから。」
俺真っ当な生き方なんてしてただろうか…?真っ当な生き方してないから地球に戻してほしいと言えば地球に戻してくれるのだろうか…いや、俺の肉体もう燃やされてたんだっけ…。こういう転生ものはアニメとかゲームでもよくあるが大体何か面倒な仕事とか押し付けられるので俺は好きじゃない。
恐る恐るディアナという女神にそれについて尋ねてみた。
「つまり、エデンに転生した後何かしらの使命があるとかではないのですね?」
「もちろんです。強いて言うなら、他人に迷惑をかけない範囲で元の世界で経験できなかった楽しい人生というものを送っていただければとは思いますよ?」
よかった、面倒な仕事とかはなさそうだった。ゲームができないのは惜しいことだけれども元の世界でああして激務に追われることがないのは夢のようだった。
「わかりました、本当にありがとうございます…死んでからこれまでの行いが報われることになるなんて思いませんでした…この御恩は忘れません…!!」
感極まり、俺は膝をついて涙を流した。死んだ人間を楽園に転生させるなんて言われて喜ばない人なんているだろうか?いや、いないだろう。
俺が感極まって嬉し泣きしている間にも女神ディアナは話を続けた。
「それでは、より具体的な話の方に進めていきましょうか。転生する際、生まれ落ちる場所はエデンのどこになるのかは決めることができないんですけれども、私の方である程度の融通は効くこともあります。具体的には、性別や種族です。
性別については今のままでもいいですし、女性に変えたかったらもちろんそうなるように操作させていただきます。
種族についてですけれども、エデンには人間以外にも、獣人、竜人、エルフ、ドワーフ、妖精といったいくつかの種族があります。
それと、エデンではあまり必要にはならないと思いますが、私の方で何かしらの加護を授けることもできます。神野さんはそれらについて何か希望はありますか?」
生まれる場所は決められないのか…。もしエデンで紛争が起きていたらと思うとちょっと怖くなる。けど、こればかりはどうしようもない。性別…については別にこだわりがないからそのままでいっか…後は…種族だな…獣人とか結構気になるけど…。
黒ウィ◯をはじめとしてやりこむスマホゲームではケモミミキャラを愛でるくらい俺はケモフェチだからなあ…。そんなのになれるんだったら俺としても願ったり叶ったりだが…。あのモフモフの毛並みを実際に堪能できるとなるとそれだけでそそられる。でも、デメリットもあるかもしれない。そこを確認するか…。
「そうですね…性別は今のままで別に構いません。種族ですけれども何か違いとかはありますか?」
「そこまで違いはありません。強いて言うなら妖精ですと魔力が多い代わりに体力が少ないとか、逆に獣人ですと身体能力が高い代わりに魔力が少ないとか、その程度の差でしかありません。エデンで生きていくに際して種族によって有利不利とかはありません。」
ケモナー大歓喜!!これはもう推しキャラみたいな見た目の生活を是非とも楽しませてもらおう!!
「でしたら、獣人でお願いできませんか!?地球にいた頃にやり込んでた黒ウィ◯のアルティ◯シアが忘れられないんです!!死んだことでもうあのゲームができないのが惜しいくらいに!!」
死んでなければ推しキャラを入れたパーティーで休日を全て周回に回したくらいに俺はガチ勢だ。このキャラ引くだけに万札が何枚飛んで行っただろう…。
周回効率?そんなものはもちろん度外視だ。俺はキャラへの愛だけでゲームをする。
「確かにご存命の時にお小遣いをほぼ全額課金に回してまであのカード引いていましたね…。人の趣味にとやかく言うつもりはありませんが転生後はほどほどにとしか私からは言えません。」
こんなところで初対面の女神からたしなめられるとは思わなかった。まあゲームできない時点で今はもはやどうしようもないが…。
「そこは大丈夫だと思います。エデンにはスマホもゲームもないでしょう?」
「そうですね、私も作ってから一度もエデンを確認していないですので断言しかねますが…。転生者の誰かが作ってしまっていましたらできるでしょうけども…。」
ってことはもしかしたらスマホもゲームもあるのか?あったらちょっと楽しみだな…。けどあまり期待はできない。それに、憧れてたケモミミに俺自身がなれるならそんなことはどうでもよく思えた。
「なくてもいいです!!ゲームの世界で憧れていたものに実際に会えたりなれたりするならそれに勝る興奮なんてありませんし!!」
「わかりました、性別そのままで狐の獣人になるように術式を変えましょう。あとは、加護ですね。希望する加護は何かありますか?」
そんなものまでくれるのか。親切だなあ…。
「ディアナ様ができない加護とかは何かありますか?」
「いいえ?大抵のことでしたらできますよ?まあ授けたとしてもエデンでは使う機会がそもそもないはずですけれども…。」
「では、もしよろしければ、欲しいと思ったものを何でも作れる加護とかはありませんか?今でも母や妻の料理が恋しくなることがあるんです…。」
ある程度自炊はできるけれども肝心の調味料がなければ今はもう食べられない死ぬ前に食べていた料理を再現することなどできないし、もしかしたらその加護を使えばエデンでスマホを再現できるかもしれない。再現しても使えない可能性大だが…。それを抜きにしても物質創造とかできれば苦労しないことは多いだろう。
「そんなのでいいんですか?エデンにそれなりに普及している生活魔法でその程度のことでしたらある程度は代替できるんですが…。これまで獣人を希望された転生者の方々は大抵不足した魔力の補填とかを希望されてきたんですよ。我々神々のように転生する前から多量に魔力があるならまだしもそうでないなら生活用の魔法を使うのに困ったりしますし。基本的には存命時の身体能力とか保有魔力とかを継承した上でそこに種族ごとにステータスが上乗せされる形になりますので。」
確かにディアナの発言も一理ある。だったら、加護はどうだろう…。加護を使うときは魔力を使わないのだろうか?
「加護を使うときは魔力を消費したりするのですか?」
「いいえ?そのときは魔力はいりませんよ?」
だったら物質創造とか使えればほぼ無敵じゃないか!!ほしいものなんでも作れるし!!それにしよう!!答えは決まった。
「十分です。むしろ、ほとんど苦労なく生きられるのでしたら私としてはそれ以外に望むことはありません。」
「わかりました。では、授ける加護は望んだものを生み出すオブジェクトクリエイションにします。これで転生に必要な情報は揃いましたし、早速転生の儀式を始めましょうか。」
オブジェクトクリエイションとはまた厨二な…。黒◯ィズ以外にやり込んでいたプ◯コネでもこのスキル使うキャラに課金アイテム全投資しただけあってなかなか感慨深い。あれほんとチートだったからなあ…。
俺としてはそのゲームでの推しキャラはマ◯ちゃんだったが…。く◯りんぱ〜を聞くためだけにそのアプリを開いていた。
なんにせよ、これで無敵生活は約束されたようなものだった。俺は儀式の前からもうワクワクしていた。
「はい、よろしくお願いします。」
「では神野さん、その魔法陣の中心に立ってください。」
ディアナに指示されるがままに俺は魔法陣の中心に立った。ファンタジーもののお約束とはいえ、いよいよアニメとかゲームとかで憧れる世界へ転生できると思い、気持ちは高ぶった。
『我は運命の導き手、迷えるものに標を与えし者なり、新たなる命の門出を祝福せし者なり。』
別の魔法陣の中心で両腕を広げ瞑目して粛々と呪文を紡ぎ出すディアナ。いくら神という立場であっても人を一人転生させるとなるとそれだけ大掛かりな儀式を要求されることが伺えた。
他の大勢の神々が見守る中進められる儀式。厳かな雰囲気の中で俺は緊張していた。同時に、うんこがしたくなった。死んでもうんこってしたくなるんだなあ…。まずい、儀式の最中だっていうのに俺の腸が活発になってきた。
でも、ディアナの呪文が終わるのももう少しかもしれない。我慢しよう。まずい、屁が出る…。
『いざ、旅立ち給え、我が楽園へ。我は望む、無垢なる…』
プーーー……。
「ブフーーーーーッ!!??」
厳かな雰囲気の中に響き渡る屁の音。呪文を紡いでいたディアナから呪文の代わりに大量の唾が出てきた。
「誰ですか!!神聖な儀式の最中に屁をこいたのは!!」
「すみません、俺です。」
素直に自白した途端ディアナの顔が鬼の形相に変わった。柔和な微笑みどこいった…。
「あなたねえ!!こんな時ぐらいおなら我慢できないんですか!?」
「す、すみません!!いよいよだと思うと緊張して!!」
「どうしてくれるのよ!!儀式が台無しじゃない!!」
やばい、めっちゃキレてる。恐怖で俺の大腸が強ばり、またもや屁が出た。
ブーーーー……。
「また屁をこいて!!神聖な儀式を舐めてるんですか!?」
出るものは出るんだから仕方がないだろ……。
「そ……そんなこと言われても…!」
カッ!!
「「あ………。」」
そうこうしているうちに転生魔法用の魔法陣を循環していた魔力らしき光が逆流していき、ディアナのいる魔法陣に全てが向かっていった。
「えっ!?ちょっと、嘘っ!?」
『ディアナ様ーーーーーっ!!??』
叫ぶ神々。ディアナの立っている魔法陣が一際強い輝きを放った後、そこにはもう彼女はいなかった。全神々の視線が俺に集中した。めっちゃ睨まれてる。
「貴様…よくもディアナ様を…!!」
「許さん!!貴様を神界の地下牢送りにしてくれる!!」
「ディアナ様が神界に戻られるまでそこで反省してろ!!」
「ごめんなさい、許してええええ!!!」
こうして俺の夢の転生は叶うことなく死んで早々地下牢送りにされたのだった。
俺の夢の転生人生はたった一発の屁で終わりを迎えたのだった。