9.夢の終わり
夢をみた。何度も何度も、同じ夢を。
地面に仰向けに倒れている自分を、見下ろす青髪の女。歳も朧気で、顔もよくは見えない。視界は全体的に霞がかかったようで、周囲の景色も定かではない。
身体は動かない。下半身は一切感覚が無く、大きく左右に開いた両腕は、指一本動かすことも出来ない。それどころか、首を動かし視界を移すことすら出来ない。
女は、何も言わずに見下ろしている。仰向けになった俺を、ただただ見下ろしている。
やがて頭の傍に静かにしゃがみ込み、女はそっとその手で俺の頬に触れた。
「・・・アンタは、誰なんだ」
辛うじて、声は出るらしい。なんとか絞り出すことに成功した声は、されど思っていたよりもずいぶんと弱々しいものだった。
「・・・・」
単純に声が届かなかったのか、それとも聞き流されたのか。青髪の女は、何も言わずに彼の顔を覗き込んだ。
霞がかった視界とはいえ、手で顔に触れられるくらいの距離である。流石に女の顔もはっきりと見えるはずだった。しかしそれでも、女の顔は分からない。そこだけ擦りガラスを通しているかの如く、輪郭と色だけがぼんやりと見えるのみである。
そう、今まで見てきた夢では。
しかし今、俺は確かに、仰向けの自分を覗き込む青髪の女のその顔が、はっきりと見えていた。
「・・・・・」
青髪の女の顔がはっきりと見えること以外は、いつもの夢のままだった。視界は相変わらず霞がかっており、身体中の感覚も一切無い。唯一、何やら冷たい液体に背中が浸っているような気がするのが夢とは異なってはいるが、概ねいつもと変わらない。
またこの夢か、と思った矢先、青髪の女の顔がはっきりと見てとれたのだから、思わず俺は目を見開いた。
「アンタは・・・・、誰だ」
再度、尋ねる。すると、青髪の女は俺の頬に手を触れたまま、わずかに微笑んだ。
――――貴方の物語はここまでです。
「・・・・・」
女の声を、初めて聴いた。あたたかく、心地の良い音色を奏でるかのように、その声は俺の脳内へと直接響いてきた。
幾度となく見てきた夢。内容も、状況も、全てが全く同一の夢。その、最も不明瞭であった部分が、初めてはっきりと感じられた。
その表情は、穏やかであった。その声は、美しくもあたたかかった。触れた手の感触は分からなかったが、どこか懐かしいような気さえした。
「・・・・・終わり、か」
――――あとは、“彼ら”に任せましょう。
優しく微笑む彼女に、俺は段々と意識が遠のいていくのを感じた。幾度となく同じ夢を繰り返し見てきて、ようやく青髪の女の顔も声も感知できたにも関わらず、俺の意識は急激に薄くなっていった。
もうじき、夢が覚める。そうすれば、またいつもの光景に戻るのだ。生意気で頑固なガキを連れて、世界を旅するあの日々に。
青髪の女の優しい抱擁に、まるで母親に抱擁される赤子の如く、俺は静かに目を閉じ、薄れゆく意識に身を任せた。
その下半身は、丸ごと喰い千切られていた。