8.本心
クラウディア姫の衝撃発言に、カインはすぐに反応することが出来ずにいた。
「え・・・、と。
つまり、それは・・・?」
「私を、どうかあの国へと連れ戻さないでください・・・!」
彼の頭は、軽いパニックに陥っていた。モンスターに攫われ、一切逃げることも叶わない、いつ息絶えるかも分からない状況で独り絶望に打ちひしがれているとばかり思っていた。しかしいざ対面し、直接姫の口から出てきたセリフは、彼の決死の救出の意を丸ごと覆すものだった。
「でも、ここは・・・。
・・・いや、色々と分からないことだらけなのですが、ええと・・・・」
連れ戻すためにこの鉄格子を破るな、という意味であれば、まだ理解もできる。モンスターが容易に彼女へと危害を加えかねないとすれば、幽閉しているこの鉄格子が反対に防護柵となるからだ。
しかし姫は、確かに「あの国へと」と言った。つまり、キャスティラ王国へ生還すること自体を拒んでいるのだ。
「姫・・・、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
混乱する頭をどうにか落ち着かせ、カインは鉄格子越しに、姫の前に跪いた。
「ああ、どうかお分かりになって・・・!
会話をしている暇は無いのです。ここに来た者は問答無用で『彼』に殺されてしまうのですから・・・!」
しかしそんなカインをよそに、姫は尚も狼狽えていた。鼻から下を隠すように顔に沿って合掌し、眉間にはしわを寄せて哀しんでいた。
「姫。一つだけお願いします」
それでも、カインは彼女の顔を真っ直ぐに見据えて再度声をかけた。その時、彼の表情は至極穏やかで、一縷の絶望すらも感じさせない程に眩しかった
「ここから、出たいですか?」
カインの、サファイアの如く真っ青に澄んだ瞳が、クラウディア姫の美しい碧眼の双眸を貫く。そのあまりに真っ直ぐな彼の問いかけに、つい先程まで狼狽えていた姫はほんのわずかに冷静さを取り戻し。
静かに、首を縦に振った。
「お任せください!」
そんな姫の漏れ出た本音に、カインは力強く頷き、自らの胸を叩いた。すぐさま立ち上がり、洞窟の入り口の方へと向き直る。
「お待ちになって!」
しかしいざ駆け出そうとしたところで、再度背後からストップがかかった。
「・・・どうされました?」
「・・・貴方の、お名前をと」
恐らく、攫われてから初めて会話した人間がカインだったのだろう。姫は常に何かにおびえたように肩に力が入っていた。
そんな彼女の不安を和らげるように、カインは腰に提げた携帯食料を彼女に手渡した。
「カイン、と申します」
「カイン・・・」
手渡すと同時に彼女の両手を優しく己の両手で包み、名を告げた。彼女の手は恐怖からか冷え切っており、わずかに震えていた。
「すぐに戻ります。
どうか、もう少しだけご辛抱を」
そう言い残すと、カインは今度こそ姫に背を向け一気に洞窟の入口へと駆け出した。