6.心変わり
非常に入り組んだ岩山の、遭難したくらいに奥深くまで入り込んだその先。二人は、ようやくひとつの洞窟の入り口を見つけた。
巨大な一枚岩が重なり合ったその真ん中にできた洞窟は、まるでピュライ山脈の口のようで、中の方は光が届かないくらい奥まで続いているようだった。
「あれだな。間違いねえ」
ゾヴュラが指さしたその先。足場となる岩場には、巨大な傷痕がいくつも残されており、またそこには色んな道具の残骸が散乱していた。
「これは・・・・」
「キャスティラの国章だ。ここで争ったんだろ」
鉄板の破片や、布切れが散らかっている一方、白骨の欠片も散見された。恐らくは、キャスティラ王国騎士団のものだろう。王女救出に向かい全滅したという話であったが、周囲の岩場に刻まれた巨大な傷痕からも、ここで交戦したのは間違いなさそうであった。
「ってことは、この奥に・・・」
「だろうな」
洞窟の中からは、物音ひとつ聴こえなかった。風を感じないあたり、吹き抜けではなく行き止まりになっているようだ。
「モンスターの気配も感じない・・・。
今がまさに留守なのかな・・・?」
モンスターの正体がドラゴンでなかったとしても、あれだけの力を持っているのだ。その体躯は巨大なものに違いない。とすれば、その息遣いなり足音なり聴こえてきそうなものだが、全くといっていいほど感じられなかった。
しかし、カインがそうして洞窟の中の様子を窺っている最中だった。突如、ゾヴュラは信じられない発言をしてきた。
「・・・カイン、ここから先はお前独りで行け」
「――――え?」
突き放すような言葉に、カインは思わずゾヴュラの方を振り向いた。
「どういう・・・?」
「今が留守なら、ここを逃す手はねえ。入り口は俺が見といてやるからよ。
お前が姫さんを助けに行け」
ゾヴュラの表情は、真剣そのものだった。いつもの冗談交じりのへらへらした顔ではなく、何か、重大なものを抱えているかのような。
そんな彼の様子に、カインは漠然とした不安を感じた。
「どうして・・・?
一緒に行けばいいでしょ・・・?」
「ダメだ」
わずかに震えながらも、絞り出した声で反論する。しかし、ゾヴュラは二つ返事で断ってしまった。
「お前が決めたことだ。お前が果たせ。
いいか、ここが正念場だぜ」
明らかに、ゾヴュラの様子がおかしい。真面目なときは冗談一つ通じなくなることもあったが、それにしてもタイミングも、何もかもがおかしかった。普段とは違う、言葉では言い表せられない、得も言われぬ違和感があった。
「・・・ゾヴュラ。一緒に行こう。
一緒に、王女様を助けよう」
再度、協力を求めた。しかし、ゾヴュラは何も言わずに首を横に振った。
「カイン、俺ぁ夢を見たんだ。
青髪の女が出て来る夢を」
「・・・どうして、今それを?」
ここに来て、ゾヴュラは突然話題を変えた。狼狽えるカインをよそに、彼は数日前に語っていた夢の話を躊躇なく続けた。
「青髪の女の夢は前々から何度も見ていてな。だが、肝心の女の言葉だけが思い出せなかったんだ。
――――それを、今思い出したんだよ」
「何を言っているんだ・・・?」
ゾヴュラは、背中に差した剣をそっと抜いた。
「ほら、さっさと行け。
奥に行って、姫さんを連れ出してくるだけだ。簡単だろうが。
行かねえんならその腕、斬り落としちまうぞ」
そう言って、ゾヴュラは軽く剣を振り始めた。そして一歩ずつカインに近づき、カインは思わずじりじりと後ろへ下がった。下がるしかなかった。背後の、巨大な洞窟に入るように。
「ゾヴュラ・・・」
「・・・ったく、さっさと行ってこい!
無駄な時間喰ってんじゃねえ!
お前が戻ってきたらさっさと下山するぞこんな山!」
洞窟に半身を踏み入れて尚躊躇するカインを、いい加減にイラついたのか、ゾヴュラは思い切り蹴飛ばした。何も構えていなかったせいで、ノーバウンドで二、三メートルほど吹っ飛んだカインは痛みに顔を歪ませたが、それでもすぐに立ち上がった。
「ゾヴュラ!」
尚も、カインはその名を叫んだ。しかしゾヴュラは、もう二度と振り返ることは無かった。あまりに理解のできない彼の心情変化に納得がいかないながらも、彼の言う通り今がチャンスなことに間違いはない。
カインは深いため息をひとつ、仕方なく意を決して、洞窟の奥へと歩を進めることにした。
漠然とした不安を、胸に宿したまま。