5.決意
数多の断崖を越え縦走するうち、遂に彼らの前にそれらは現れ始めた。
「見ろ、これが末路だ」
ゾヴュラが指さした先。そこには、道端に岩と同じくらいの頻度で、大量の人間の死体が転がっていた。
「これは・・・」
人間の死体など、旅をしていればいくらでも遭遇する。いかにカインが未成年だとはいえ、今更驚くこともなかった。
しかし、そこにあったのは、旅の途中で見るものとは少しばかり様相が異なっていた。
「こいつら、互いに殺し合ったみたいだな」
全身に斬り傷や打撲傷が見られ、死体のそばに転がる武器もその傷痕と一致する代物ばかりであった。肉体には欠損も見られたものの、それがモンスターによるものではないことはカインにも十分に見てとれた。
「どうして・・・?」
「初めに言ったろ、急いで行っても他の奴らに殺されるって」
呆然とするカインに、呆れたような口調でゾヴュラは言い放った。
「なにせ、褒賞は一国を挙げてのものだからな。よほど欲張ったもんを望んでたんだろ。
一刻も早く姫さんを救わねえと、先を越されちまうってな。
お前と一緒だよ」
相変わらず茶化すように彼は言っていたが、訂正させる気にもならなかった。志半ばで死ぬことが、どれだけ苦しいことなのか想像もできないが、カインは少しの間その場に立ち尽くしてしまった。
「馬鹿野郎、なにを見ず知らずの、それも死んだ野郎なんかに情を移してんだ。
くだらねえこと考えてねえで、さっさと行くぞ」
「・・・・・・」
富、名声、権力。およそ一般市民では望めない、貴族であっても手に入らないかもしれない程の褒賞を、姫を救い出すだけで獲得できる。となれば、野望を燃やして勇み足でやって来た者も多いだろう。
しかし、全員が全員そうとは限らない。中には、病気の家族を救うためだったり、最低限の生活をするためにどうしてもお金が必要だったりといった者もいたのかもしれない。そう思い始めると、カインは涙こそ流さないものの、暗く陰鬱な靄が頭の中に広がった気がした。
「あのなあ」
それを見かねてか、ゾヴュラは目を伏せているカインの頬を思い切り平手で張った。
「ぅぐっ・・・!?」
「死んだら、そこで終わりだ。どんだけ頑張ってこようと、そこで強制終了だ。
そんな、どんなもんかも知らねえ人生を終わらせた連中に、勝手な妄想を押し付けてんじゃねえよ」
強烈なビンタと、彼の混じりけのない本音の声に、カインは少しだけ靄が薄くなった気がした。
「・・・ごめん」
「ったく、姫さんを助けるんじゃねえのかよ。
既に死んだ奴にかける情けなんざ持ち合わせてんじゃねえよ半端者が」
ゾヴュラはイライラしたようにカインを貶した。しかし普段から虫の居所が悪い時には言葉もなく暴力を振るってくるため、カインは大して意に介することもなかった。
「・・・うん、ごめん。
王女様を救わないと」
明確な目的が戻ってきたおかげか、彼の頭もすっかり晴れ渡っていた。
「死ぬのが怖いか」
行く手を阻む、他の冒険者の死体を蹴飛ばしながら、ゾヴュラはふと尋ねた。
「死にたくはないよ。
だって、やりたいことがまだたくさんあるから」
「じゃあ、どうしてこの依頼を請けた?
前にも訊いたけどよ」
実際、今回の王女救出はほぼ確定の死が待っていると言っても過言ではない。一国の軍でも敵わないモンスターが相手なのだから、本来いち冒険者である二人が戦ったところで勝てる見込みなど無いのである。
「・・・それでも、戦わなくちゃいけない。
今までだって、散々モンスターと戦ってきたじゃないか。
今更、死ぬことなんて考えてないよ」
今までも、幾度となく死と隣り合わせで生きてきた。フィレンスの辺境の村では人狼と、ローリアの南の洞窟では狂化したグリフォンと、ネザーでは吸血鬼とも戦ってきた。実際カインはサポート役で倒したのはゾヴュラだったが、力を合わせればどんなモンスターにも勝てると、カインは信じて疑わなかった。
「軍が敗れたと言っても、正面から挑んでの結果じゃないの?
いつもみたいに、ゾヴュラの計画通りに戦えばなんとか・・・」
「いやぁ・・・、どうだろうな」
しかし、そんな信用を覆すが如く、ゾヴュラは怪訝な表情を浮かべていた。
「え?」
「見てみろ」
そう言ってゾヴュラが指さしたのは、カインの足元に蹴り転がしてきたひとつの死体であった。
「うわっ!?」
「おそらくこれがモンスターの正体だ」
その死体は、右半身が大きく欠損していたのだ。中の臓器も丸ごと削られてしまっている。なにか、とてつもない衝撃によって吹き飛ばされたのだろうか。
「それ以外に目立った外傷はねえ。つまり、一発の威力がそれだけの敵って考えるのが妥当だろうな」
たった一撃で、人間をここまで破壊してしまう。想像を遥かに超える現実に、カインは先程までの自信のほとんどが絶望で塗り替えられてしまった。
人狼も、吸血鬼も、岩をも砕くほどの怪力は持っていたが、流石に身体の半分を丸ごと吹き飛ばすほどではなかった。グリフォンは一撃で人間を殺しかねない程の脚力ではあったが、それでもやはりこんなになるまでのものではない。
「これって・・・、いや、そんなモンスターなんているの・・・?」
「・・・まあ、いるにはいる。
俺が知ってる限りじゃ、まあそういねえな・・・。
東の方にゃすげえのがいるらしいが、ここまでの力を持ってんのはやっぱアレだけだろうな」
「アレって・・・?」
「ドラゴンだ」
ゾヴュラの回答に、カインは硬直した。
「ドラゴン・・・・?」
「知らねえか?
全身鱗に覆われた、モンスターの王だよ」
ドラゴン――竜種に属するモンスターは、モンスターの王と称されるほど強力な種族である。鋭い牙と爪は、鋼鉄で出来た鎧兜をバターのように容易に切り裂き、口から吐き出される炎は煉獄の如く、巨大な岩盤をも溶かしてしまうという。更に、全身を覆う鱗は鍛えぬいた剣であっても刃を通すことなく、長く伸びた尻尾はそびえ立つ木々をまとめてへし折ってしまうらしい。
「え・・・、いや、ドラゴンは知ってるけど・・・。
まさか、そんな・・・」
「見てみろよ」
思わずゾヴュラから目を逸らすカインに、彼は近くの岩壁を指さした。
「・・・・うわ」
恐る恐る目をやると、そこには巨大な岩壁に、大きく抉り取られた傷痕が残されていた。そっと触れてみると、岩壁は間違いなく堅固で、並半端な力では表面を削ることすら難しく思えた。
「こんなもん、自然につくもんじゃねえ。
まして、人間が付けられるもんでもねえよ」
腰に手を当て、溜め息混じりにゾヴュラは呟くように言った。まさかドラゴンが出て来るとは、どうやら彼も想定外だったらしい。
「・・・でも、策はあるんでしょ?
今までだって、上手くやって来たんだし・・・」
「馬鹿、ドラゴン相手に作戦もクソもあるかよ。
どうする、今からでも遅くねえぞ?」
人狼相手の時は、銀製の剣や矢を用いて戦った。吸血鬼の時には、呪術によって血液を汚染させた状態で吸わせるなどして罠にかけた。グリフォンの時には、狭い洞窟におびき寄せ飛べなくし、そこを弓矢や毒を塗ったナイフなどで攻撃しつつ戦った。
どれも楽な戦いではなかったのだが、それでも絶望は無かった。勝てる見込みがいつでも存在し、戦う勇気も勝つ自信も自然と湧いて来たものだった。
しかし、ドラゴンは違う。ドラゴンを相手に、小細工は一切通用しない。弱点はないし、一撃が致命打で、狭いところに追い詰めても灼熱の炎に焼かれるだけである。
「見ず知らずの姫さんを、命を懸けてまで守る意味があるか?
勝機があるなら別だが、勝てない戦いはするべきじゃあねえぜ」
ゾヴュラの言葉が、胸に刺さる。まだドラゴンと決まったわけではないが、いずれにしてもとてつもないモンスターであることは間違いなかった。
「・・・・・」
黙り込むカインに、ゾヴュラも足を止めた。
「死にたくねえんだろ?
たまには逃げてもいいんじゃねえのか?」
彼は、打算的な人間だ。どんな時でも、損得勘定で動き、勝てない勝負は挑まない主義だった。今までも、勝機があったからこそ戦ってきたのであって、見込みがない戦いは常に避けてきたのだ。
海獣やオークの群れ、セイレーンの討伐などを頼まれることもあった。しかしそれらは断ってきた。海をフィールドにしてはゾヴュラがまともに戦えず、群れを相手に戦い抜く程の実力があったわけでもなかったからだ。あくまで勝てるのは、ある程度の対策と罠が通用し、且つ弱点のあるもののみである。正面からの戦いは、思い返せば一度も無かったかもしれない。
「・・・・いやだ」
「あ?」
しかし、それでも。
それでも、カインは首を横に振った。
「逃げるわけには、いかない。
王女様を助けるって、決めたから」
困っている人を助けると決めた。それは、彼の、彼自身による純粋な決意だった。そしてそれは今まで、ただの一度もゾヴュラに受け入れられなかった。依頼を請ける時は、いつでもゾヴュラの意思によるものだったのだ。
しかし、今回は違う。彼が助けたいと言い出し、珍しくゾヴュラも同意してくれた初めての依頼だった。カインの意思が初めて通り、彼が本当に助けたいと思った人を救うチャンスなのだ。
ここで逃げてしまえば、恐らくゾヴュラは二度と彼の意思を汲むことは無い。そんな気さえしていた。またそれとは別に、自らの決意を曲げるのがこの上なく嫌だった。
「・・・じゃあ、どうするよ」
ため息交じりに尋ねるゾヴュラに、カインは頭を必死で回転させた。
「目的は、あくまで王女様の救出なんだ。
敵と戦う必要は無いんだよ」
顎に手を当て、必死に言葉を紡ぐ。
「敵が留守の時を狙おう。
監視が外れた瞬間に、王女様を連れ出して急いで下山するんだ」
「・・・具体性もクソもねえが、まあ言わんとすることは分かる。
だが、そんなに上手くいくと思うか?」
上手くいかない場合のことも視野に入れなければならない。それは命を賭す上で当然である。しかし、カインは敢えてその考えを捨てた。
「上手くいかないなら、死ぬだけだ。
・・・・そうだろう?」
「・・・・へっ、口だけはいっちょ前ってか」
やっとの思いで口角を歪ませると、ゾヴュラもつられてか呆れたように笑った。
「勝てない勝負はしねえ主義だが・・・。
まあ、戦う気がねえなら勝つもクソもねえわな」
死の危険は十二分にある。しかしそれでも一歩もひかない姿勢を見せたカインに、ゾヴュラはひとり、深い溜め息をついた。