3.救う理由
キャスティラ王宮城下町を発って、一週間が過ぎた頃。ようやく二人はピュライ山脈のふもとに辿り着いた。
「さて、ここからが本番だな」
馬から降り、ゾヴュラは軽く身体を伸ばしながら呟いた。
「覚悟はできたかい」
「とっくにできてるよ。
王女様を救う。それだけだ」
剣を背中に、装備を整えつつ、カインは力強く頷いた。
「・・・今日か、明日か、近い内に死ぬかもしれない。それも、モンスターと勇敢に戦った末の華々しい死なんかじゃあなく、もしかしたら崖からの転落や、他の冒険者と争ったせいでの死かもしれない。
それでも、お前はこの先に進むか?」
対して、ゾヴュラはそびえ立つ岩山を見上げながら、ふとカインを振り返った。この質問は、何かと戦闘を交える前に必ず彼が尋ねてくるものだった。
「当たり前だよ。そうやって、今までも乗り越えてきたんだ。
今回だって、乗り越えてみせるさ」
カインの眼に迷いの色は見られなかった。一縷の隙も油断もない確固たる決意に、ゾヴュラは軽くため息をついた。
「・・・まだまだ若ぇな。
ま、せいぜい足引っ張らんようにな」
準備万端、二人は意気も高々に、されど上虚下実な状態で山脈に足を踏み入れた。
話では、ピュライ山脈の参道からかなり外れたところにある洞窟内に、件のモンスターが生息しているのだという。モンスターの実態は明らかではないが、いくら他国に比べて若干劣るとはいえ、一国の正規の軍隊が敗れ去るほどの強さである。並半端ではないことだけは確かであった。
「キャスティラの主力は海軍だからな。あのイグナティウスとかいう将軍さんも、相当イラついてんだろうな」
そんな陸軍とは相反し、海軍の実力は世界でも屈指なのだとか。軍事費もほとんどが海軍に割かれているとのことで、陸軍である騎士団としては色々と思うところがあるのだろう。
「だからって、山の中に敵がいるなら海軍には何もできないよね」
「おうよ。餅は餅屋だ。
だが、その専門家が歯が立たねえってんなら、そりゃ手段は選べねえわな」
今回の王女誘拐は皮肉にも、国を挙げて力を入れてきた海軍が全く役に立たないフィールドでの事件である。これによって、恐らくこれからは陸軍への梃入れも行われるのだろうが、そもそも王女を救出しないことに話は始まらない。
「姫さんは、キャスティラの第一王女とは云われているが、実際のところ一人娘だからな。云わば王位継承が確約されているんだ。
そりゃあキャスティラ王国としては是が非でも奪還しねえとなぁ」
国王、王妃夫妻は娘のクラウディア王女が誘拐されてから精神を病んでしまったのだとか。それ故に、現在王国は宰相が治めている状況だという。
「一般市民の方々も、かなり不安げだったね」
「ああ、どうにも姫さんは人望が厚かったみたいだな」
外交や行政などの公務に追われる国王、王妃夫妻とは対照的に、クラウディア姫はよく王宮を出て各地に行啓を行っていたという。民との距離が近いこともあり、また彼女自身の聡明で朗らかな性格が絶大な人気を集めていたらしい。
「何としても、王女様を助け出さないとね」
「・・・なぁ」
そんな折、握りこぶしをつくって意気込むカインに、ゾヴュラは怪訝な顔で尋ねた。
「お前は、何で姫さんを助けたいんだ?」
「え?」
唐突な質問に、カインは思わず歩みを止めた。
「そもそもこれは掲示板を見て、お前が行こうって言いだした話だからよ。
お前は何を思ってこの依頼を請けたんだ?」
「何をって・・・?
困っている人を助けるのに、理由っているの・・・?」
「・・・少なくとも、俺ぁそんな教育した覚えはねえからなぁ」
ゾヴュラは昔からそうだった。旅の途中、数えきれないほど困っている人間を見てきた。その都度、カインは助けようと彼の裾を引っ張った。しかし、ゾヴュラはほぼその願いを聞き入れることは無かった。しつこく食い下がろうものなら、思い切り頬を張られることさえあった。
「お前は小せぇ時からそうやって、見境なく人に関わろうとするが・・・。
ありゃなんでだ?ずっと聞きたかったんだが」
ゾヴュラは道端の岩に腰を下ろしつつ、真っ直ぐにカインの目を見据えた。こうして改めて見ると、ゾヴュラの切れ長の目はかなり人相が悪い。見られているだけで、背筋を冷たいものが通り抜けた気がした。
「なんでって・・・。
だって、普通は困っていたら周りに助けを求めるでしょ?」
「・・・俺は求めたことないけどなぁ」
「それはアンタがおかしいんだろう」
腕を組み、眉をひそめるカインを、ゾヴュラは鼻で笑った。
「僕は、困っていたら助けてほしい。だから、困っている人を助けるんだ。
そのありがたさを知っているから・・・。
反対に聞くけど、ゾヴュラはどうして今回は依頼を請けたんだ?いつもは聞く耳も持たないくせに」
「・・・・・・」
カインが質問を返すと、ゾヴュラは黙り込んでしまった。少しの間考えていたようだったが、たちまち立ち上がると、結局何も言わずに止めていた足を再び進め始めた。
ピュライ山脈の開拓されていない、道なき道を進むうちに、目にする景色もみるみる変わっていった。人通りの多い道は幾多もの人間によって踏みしめられ、まるで舗装されたかのように雑草一つすらも許さない程整っていた。
しかし、ひとたび道を外れれば話は全く違った。雑草どころか、熊ほどの大きさの石が辺り一帯を埋め尽くすほど転がっており、足元を支える巨大な岩盤から一歩でも踏み外せば、そこは落差100メートルを悠に超える断崖絶壁であった。
「こんなとこでくたばんなよ~」
足元の全く安定しない状況であっても、ゾヴュラは軽快に岩から岩へと跳び移っていく。カインはそれを何とか追いかけるのが精いっぱいであった。
「ゾヴュラ!あまり速く動かない方がいいよ!
危ないよ!」
とりあえず足もとに伏せて体勢を整え、彼は半分叫ぶように声を張った。
「ばっか、急いでたんじゃあねえのかよ!
これくらいで怖気ついてんじゃねえ!」
思わぬ怒号に、カインはビクッと肩を震わせた。同時に、全身を鳥肌が覆う。結局何も言い返せないまま、彼は何とか立ち上がり、どんどん進んで行ってしまうゾヴュラの背中を追った。
真横は断崖、開けた景色は絶景そのものだったが、あまりに開けているがゆえに落下の恐怖をより増長させていた。ゾヴュラが何故わざわざこんな道を選ぶのか理解に苦しむばかりであったが、カインはそれでも彼の背中を見失わないよう必死でくらいついた。
彼は怖くはないのだろうか。ふと、カインはゾヴュラが以前言っていた話を思い出した。