1.姫を取り戻せ
姫が攫われた。その噂は、瞬く間に国中に広がった。攫ったのは、強力なモンスターたちだという。姫は齢十六にして、隣国には婚約者もおり、そろそろ婚儀も近いかとまで云われていたその矢先の出来事だった。
キャスティラ国内は、騒然とした。他国に比べ王権への民衆の支持が厚かった王家の、王位継承者である姫が攫われたのだ。否、たとえ支持されていなくとも騒然とはするだろう。民草がその虚空を切り裂くような悲報に狼狽させられたのは、他に理由があった。
「よくぞ集まってくれた!
今回募集をかけたのは他でもない、我がキャスティラ王国第一王女であるクラウディア様を救出するためだ!」
城下町の中央広場で声を張り上げたのは、キャスティラ王国王家直属騎士団を率いる騎士団長イグナティウスだった。
「三度にわたる、我ら王国騎士団による捜索の末、クラウディア様は東のピュライ山脈にてモンスターに幽閉されていることが分かった!
もちろん、場所を突き止めてからも幾度となく騎士団を派遣したが、ピュライより生還した者は数えるほど!どうやら、よほど堅固に守られてしまっているらしい!」
キャスティラは大陸西端の半島に位置する国家である。それ故、航海技術や海軍などに国費を割いており、その分陸路にはほとんど手つかずであった。ピュライ山脈を挟んで東に隣り合う大国フィレンスとの往路も数えるほどしか開拓されておらず、航路での往復が主となっていた。
となれば、当然ながら陸軍である騎士団も他国に比べると、その実力は若干劣るのだという。
「我々の力だけでは、情けない話ではあるがクラウディア様の救出は困難を極める!よって、諸君ら冒険者を募った次第だ!」
国中至る所で見かけた掲示板には、腕に自信のある者を求む、とだけ書かれていた。つまり、この広場に集まった者達は皆、自らの実力を自負しているもののふたち、ということだ。
「邪悪なるモンスターを討伐し、無事クラウディア様をこのキャスティラまで生還させられたならば、可能な限りどんな望みにも応えようぞ!」
イグナティウスの言葉に、猛者たちは一斉に雄叫びを上げた。報酬は明示されていなかったが、一国の力を以てして叶えられるとすれば、相当なものであろう。莫大な富、名声、ひいては権力さえも獲得できるのかもしれない。
「ピュライ山脈は地形が複雑に入り組んでおり、またモンスターの数も多い! そのため、数をなして攻め立てるにはかなり困難を極めるところとなっており、またそのような場所を寝床としたことからも、モンスターの親玉はかなり狡猾であると考えられる!
くれぐれも、一縷の油断すらも許すことなく挑め!」
彼の掛け声は、よりいっそう猛者たちの意気を昂らせた。解散の号令と共に、我先にと彼らは駆け足で中央広場を後にした。
そんな中、二人だけ広場から一歩も動かなかった者がいた。
「・・・どうした、行かぬのか」
広場中央に設置してあった足場から降り、イグナティウスは残っていた者に声をかけた。
「いやぁ、ひとつ気になったことがあってね」
広場に残っていたのは、親子であろうか。大人と子供のコンビであった。冴えない顔をした中年剣士と、フードが深く顔は見えないが、まだ年端もいかないほどの小柄な少年であった。二人は腰に佩くはずの剣を背中に負い、少年に至っては背丈が足りない故か、その鞘の先が地面に着きそうなくらいであった。
「ほう、なんだ。
申してみよ」
中年剣士の言葉に、イグナティウスは莞然として尋ねた。
「目的は、『姫さんを救うこと』で間違いないのかい?」
「・・・もちろんだ。話を聞いていなかったのか?」
「いや、ちょいと気になったもんでな・・・」
中年剣士の問いに、イグナティウスは僅かに目を細め、変わらず堂々と答えた。その様子を見て、中年剣士もまた含みのある笑みを浮かべた。
「厳密には、モンスターの討伐ではない。あくまで目標はクラウディア様の奪還だ。
そのことを、ゆめ忘れるな」
「ああ、もちろんだよ。
じゃあ、いましばらくな」
イグナティウスの繰り返された要請内容に、中年剣士は口角を歪めたまま何度か頷き、遂に一言も語らず、顔すら見せなかった少年を連れて広場を後にした。