足元を掬われる
詩音を起こし、バスから降りて少し歩いたところにある北川さん家に着いた。
「すぐ準備するから待っててね!」
リビングに案内され俺と詩音は待つ事に。
「ねえいっくん、どう言う事?」
「なんていうか、話の流れで…」
「どうしてライバル増やすのかな」
「なんのライバルだよ、白い悪魔と赤い彗星の話か?」
「逆になんの話??」
「何がともあれ人が増える事はいい事じゃないか」
「そうだけど…そうじゃなくて…」
「お待たせ〜準備出来たよ〜」
少ない荷物を持って、早く行こうと急かしてくる。
「随分と早いな」
「着替えあれば充分かなって」
「まあそうだな、うちにある物自由に使っていいから」
「ありがと、いつきくん」
「おっふ」
凄く可愛い…何て可愛さ、そら絡まれますよ。
「荷物、持つよ」
「たいした量じゃないし大丈夫だよ」
「いいから、持たせてよ」
「本当に大丈夫だって!」
押し問答を繰り返してる内に詩音が
「はいはい、じゃあ私持つから貸して!」
と、荷物を取った。
「はいこれ!」
と、取った荷物を俺に渡してきた。
普通に楽しかったから続けたかったのに。
「いっくん、新婚ごっこの事忘れてない?」
いや、忘れてないけど…怒らないでよ…
「詩音さん、ごめんね?邪魔するみたいになっちゃって」
「違うの、誰かさんが!浮かれて!すぐ忘れるのが!悪いんだから」
グサっとチクっとグニャっとする言い方をするな。
バスに乗り10分ほどで、家の最寄りのバス停に着く。
バスを降りて少し歩くと詩音が、スーパーに寄りたいと言った。
「すぐそこだし、一緒に行くか」
「いっくん達は先に帰ってていいよ」
「そんな訳にもいかないだろ」
「じゃあ、私が着いていく!」
「じゃあ2人で行こ!」
「なんで俺ハブられてるの?」
「んじゃ、そう言う事だから!」
「いつきくん、荷物お願いね」
「お、おう…」
訳もわからんままボッチになり、トホホと帰った。
まあ、秋も由実もいつ来るかわからんし、家に居てやらないとな。
家に着いてから、部屋の確保と布団やらなんやらを準備した。
両親が大きな家を建ててしまったばっかりに3部屋程空いていたので助かった。
空気の入れ替えをして、一息着くとある事に気付いてしまった。
「ご、ごくりんこ…」
北川さんのお泊まりセットがここにある、それすなわち、その、まあ、下着も入ってるという事…
その事実に気付いた瞬間、俺の頭から天使と悪魔が出てきた。
「いつきくん、人の物を勝手に漁ってはダメだよ」
「うるせえやい!ここは自分の家やろがい!ちょっと開けるくらいええやろがいい!」
やるなら今しかねえ…やるなら今しかねえ!
親父の口癖かどうかは知らないけど。
ピーンポーン
「ハッ、俺は何を!?」
詩音と北川さんが来たのだろうと2階の窓から鍵開いてるよーと伝えた。
「お邪魔しまーす」
由実の声だった。
「由実早かったな」
玄関に行くと、座って靴を脱いでいる由実がいた。
「用事が思ったより早く終わったんですよ」
「そうか、布団敷くの手伝ってくれないか?」
「了解です!」
うん、綺麗な敬礼。
「あれ、南野先輩…じゃない」
敬礼しながら、俺を見てそう言った。
「失礼な奴だな、どういう意味だそれ」
「人は身なりを整えるだけで変わるんですね」
まんまるおめめをキラキラさせて言うな。
「詩音達が帰ってくる前に済ませたいから早く行くぞ」
「あ、はい!」
身なりを整えたって良いことなんてない。
見た目に囚われて、内面はおまけとかいう奴くたばれ。
それ以前に鏡見ろ。
「そういえば今日は詩音先輩と、一緒に買い物に行ったのでは?」
「帰りの途中でスーパー行くって、別れたんだ」
「レディーを1人行かせるなんて酷いですね」
「1人で行かせるわけねえだろ」
「じゃあ秋先輩と?」
「いや違う。出先でちょっとな。来たら紹介するよ」
「教えて下さいよ〜」
「めんどくせえ」
「教えないと動けなくしちゃいますよ!」
「やめろ、小学生でもあるまいし」
「とりゃー!」
由実は掛け布団を構えて飛びかかってきたが、この程度のスピード避けてやる!
と、右足で踏ん張った瞬間布団で滑って転んでしまった。全てがスローモーションになり、そこへ由実が突っ込んできたので、全てを悟り諦めた。由実が怪我しない様にしようと、試みようとしたのと同時に後頭部強打。
さらに上からの由実の衝撃は計り知れなかった。
「いっててぇ…」
「大丈夫ですか!?」
「あぁ…由実は怪我ないか?」
「私は大丈夫ですけど…」
「なら良かった」
起き上がろうとすると、覆い被さる由実が俺を止める。
「頭打ったんですからすぐ動いちゃダメです」
「誰のせいだよ」
「私のせいですかね…えへへ」
「わかってんなら充分だ、もう退いてくれ」
「嫌です。私がこうしてないと、先輩は遠くに行っちゃう様な気がします」
「脳震盪で死ぬってか?」
「そうかもしれないです!だから、動いちゃダメです」
「なんだよそれ」
「いつき先輩、私の目見つめてくれませんか?」
何かの確認かと思い、ついつい見つめてしまった。
綺麗な目だ。こんな可愛い子を虐めてたクラスの奴らはどうかしてる。
「先輩の目って、綺麗ですね。羨ましいです。」
「俺は目を自在に操れるんだ」
「どういう事ですか?」
「百聞は一見に如かず、だ。見てろ」
目を思い切り力一杯瞑って、3 3 の目をかました。
俺の中では、最強の持ちネタだったのだが、由実はお気に召さない様なので素早く話を切り替えた。
「お前も綺麗な目をしてるだろ」
いや話変わってないな。
「あはは、嬉しいです。お礼にキスしてあげますね」
「は?どうしてそうなんだよ」
「いいから目を閉じてください」
「あ、いや、ちょっ、まっ、」
由実の顔がゆっくり近づいて来た。
俺の中のやましい気持ちと、下心が戦っている。
力尽くで拒否することもできるが、果たしてそれで良いのか。今の俺に対抗する力は無いが…
その時、部屋の扉が開いた。
「いっくん、何してるの?」
「いやこれは事故だ。」
「事故?へえ、昨日も同じ様な事してたよね?」
「それも事故だ。」
「後輩誑かすなんて…」
「俺は事故られた側だ」
「由実ちゃんも、いっくんに近付いちゃダメよ?」
「いつき先輩、からかうと楽しいんですよ?」
俺年下にからかわれてるの?恨みでもあんの?
「ほどほどに、ね?」
「わかってますよ、詩音先輩」
由実は俺から離れて行き、布団を綺麗に敷き直した。
「そういえば北川さんは?」
あの光景を1番見られたく無い相手でもあった。
「食材を冷蔵庫に入れてくれてる」
「そうか、なら手伝ってくるか」
そう言ってその場から俺は逃げた。
きっとこれは、いくつも分岐する人生の選択というやつなのだろう。あの場で俺がキスしていたら、どうなっていたのだろう。
というか、からかうにしても限度があるだろ。次はガツンと言ってやる。
女というのは何を考えているのかわからない生き物だ。
階段を降りてキッチンに向かった。
「北川さん、手伝わせちゃってごめんね」
「全然だよ!こういうの久しぶりだから楽しい!」
「そっか、よかった。結構買ってきたんだね」
大きい袋が3つ程…
暫く買い物しなくて済みそうだな。
「詩音ちゃんがね、いつきくんに作りたいものが沢山あるって買ってたんだよ」
反応に困る、自分の為にと言われると何て言ったらいいんだろ。ムズムズする感覚が、なんとも言えない。
「今考えてること、当ててみよっか」
北川さんも心読める系の人?メンタルスキャナー持ち?
「シャキーン!今こう思いましたね。そんな事できるわけないだろー!って!」
「わーすごーい!その通り!よくわかったね!」
俺は拍手しながら褒め称えたのだが、気に食わなかった様だ。
「もう知らない!」
プクーってしてるのほんと可愛いからやめてくれる?
そうこうしてると、詩音と由実が降りてきた。
「いっくん、あとは私たちに任せて」
「そうです!ででーんと!任せてなのです!」
何をしようとしてるんだ?
俺もメンタルスキャナーしたい。
だが、課題が終わっていない俺にとって好都合だ。
「おう、頼む。俺は部屋で課題をやってるからご飯出来たら呼んでくれ」
「いつきくん、私も料理頑張るね!」
えへへ北川さんは居てくれれば最高のスパイスさ。
なんて気持ちの悪いことは言えないので
「課題のやりがいがありそうだ」
と、言って部屋に籠った。
冷静に考えて今のこの状況はおかしい。
あんな美少女3人が揃いも揃って俺の家に泊まりに来るのか、今のこの状況にかまけて油断すればトラブルになりかねない。慎重に目の前の事(課題)に全集中するか。
1時間もしないうちにほとんど片付いてしまった。
慣れないコンタクトをつけてたせいもあってか、目が疲れて眠くなってきてしまったのでコンタクトレンズを外しベットに横たわった。
いい匂いするなあと思ったが、昨日ここで詩音が寝てたのだから当然であろう。
明日は北川さんと、デートか。
今日より気合い入れて準備しなきゃ。
あー眠い…少しくらい寝ても良いよね。
額に暖かくて柔らかい温もりを感じる。
なんだろう、昔熱出たときに母さんにして貰ってたみたいな感じだ。懐かしい…心地いいな…。このままずっと寝ていたい。
目を開けると、詩音が居た。
「おはよ…やっと起きたね」
「危うく永眠しかけたところだったから助かったよ」
「なにそれ、よくわかんない」
「俺もよくわからん」
「そんな事よりご飯出来たよ」
「おう、それじゃ世界一の料理を頂くか!」
「大袈裟だよ〜」
大袈裟じゃないよ、君の料理は世界一だ。
「詩音は結婚したら良いお嫁さんになるんだろうな」
「いっくん次第では、私は一生独身かもだけどね」
「なんで俺が関係するんだよ、俺のこと好きなのか?」
「あーもう喋ってないでご飯食べよ?冷めちゃうから!」
詩音が俺の背中を押してきた。
詩音と結婚したらきっと幸せな未来を築けるだろう。
もう胃袋掴まれかけてる辺り、詩音が帰った後の事を考えなくてはなるまい。
「今日は唐揚げだよ」
「え?まじで?最高、詩音愛してる。」
唐揚げがこの世で最も美味しいものだと思ってるからこその発言だったのだが、詩音は何に怒ったのか俺の背中に鋭い一撃を放った。
「もう知らない!先に行くから!」
嫌われたらどうしよう…
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