あなたは、いったい誰ですか?
とりあえず、私はこれからオカルト研究部の1人として、都市伝説について調査することになってしまった。ということで、放課後、私は部室にやってきた。
うーん。やや埃っぽい……。意外に部長と副部長は気にしないのかな。まあ、これから私が少しずつ綺麗にしていこう。ペーペーの新入部員として。なにせ2人には私の分も働いてもらわないといけないからね。私は自分の作業量を把握するためにも部室の中を見回した。
部室の端にはパソコン。大きな教室の真ん中が黒いカーテンで仕切られており、入り口からは教室の向こう半分は見えないようになっている。とっても怪しい。……しかし、私がこの部を乗っ取った折には奥で昼寝し放題か。そのままにしておこう。
……さて、と私は腕をまくった。ではでは、先輩方が来るまでに掃除でもしようかね。
「では諸君。今日もまずは地図を見ようか。また更新されてしまったからね」
「どう見ます?」
「だいたいこの辺を中心に、半径10キロ圏内で広がっているかな。……この中心に何かがあると見てもいいかもしれない。あるいは今回の怪異に関する、重要な手がかりとかかもね」
「いったい何が……」
副部長の守家さんも深刻そうな顔で地図を見つめている。……どれどれ。重要な手がかりなら私も気になる。
――そうして私も地図を覗きこんだところ。部長が指している場所のちょうど真横あたりには、私の家があった。
……これはいけない。話をそらさないと。私は部長の耳元でごしょごしょと囁く。
「この現象の原因、部長はいったいなんだと思いますか?」
「君は珍しいね」
部長は笑って、私の顔をじっと覗き込んだ。……? 私はその反応の意味が分からず、首を傾げる。珍しい……って? どういう意味だろう。
「いや、ね。普通は正体の方が気になりそうなものだけど。この子はいったい誰なのか、ってね」
「私は正体を突き止めることにはあまり興味が持てなくて」
だって正体って私だし。探してもねえ。……自分探しかな? でも不自然だったか。これからは自分にも適度に興味を持っている風に行動していかないといけないのかも。
私が考え込んでいるのを困っているととらえたのか。守家さんが慌てたように助け船を出してくれた。
「俺は両方気になるな。原因も大事だと思うよ。原因を突き止めないとまた同じことが、っていうことだよね?」
「……」
「……ね、ねえ。なんで俺はいっつもスルーされるの……?」
私はその副部長の疑義は聞こえないふりをして、一生懸命もう1度地図を見つめた。だいたい均等にばらまかれている感じだ。特に規則性のようなものは見つけられない。私の家がほぼ中心にある、ってことくらいか。入部届に住所を記入する欄がなかったことに、私は心の底から感謝する。
そして私たちが奥で話し合っていると、不意にガラガラと教室の扉が開かれる音が聞こえた。……おや。来客?
「……ああ。そういえば今日、相談があると言ってたっけ。私あての客だよ。ちょっと待っていてくれ」
部長はそう言い残すとカーテンの向こう側に姿を消した。その場には、私と守家さんだけが残される。
すると、守家さんはなぜかちらちらとこちらを見てきた。……何か言いたいことがありそう。私は彼に向かって向き合い、首を傾げた。
「ね、ねえ。俺のこと苦手?」
苦手かな? 私は考え、別にそうでもないという結論に達する。なのでとりあえず首をふるふると横に振っておいた。
「い、いや。だって部長とは普通に喋ってるみたいだから。……あ、でもなら異性が苦手とかなのかな? そういう人もいるらしいし、うん。なら無理に……」
私は何も答えていないのに、何やら1人で納得されてしまった。うん、でも納得したならそれでいいと思う。めでたしめでたし。
「――で、相談って何についてなんだい? 君には1度話を聞かせてもらってたよね。言いそびれたことでもあったかな?」
「……いや、実はだな……」
私と守家さんがお互いの溝を無事に埋めていたその時、カーテンの向こう側から、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。男性の声だ。そして説教が好きそう。……私はすすっとカーテンに身を寄せ、そっと向こう側を覗いた。もしや……。
そして私の想像通り、こちらに背を向けて部長に向かい合って座っていたのは、いつぞや校内で私を追いかけまわした説教好きの先輩だった。……こ、これはまさか……私のことを告発するつもりでは……。ひどい。秘密は守ると、あんなに固く私と約束してくれたのに。
私は目を細めて、彼が裏切りに及ぶその瞬間を現認しようと見守る。……いやでも、きっとなんだかんだで葛藤した後に、私との約束を大切に守ってくれるんじゃないかな。ほら、人と人との絆、みたいな。素敵な話。
「……あの話なんだが……実はその次の日に、進展というか……」
いや早っ。来てすぐ話し始めたこの人。もう私を裏切る気満々じゃない。誰だ絆とか言ったやつ。
……でもひょっとして彼は忘れっぽいのかもしれない。「私のことを黙っておいてほしい」っていうのはあくまでお願いベースなわけだし、ここで威圧的になってはいけないか。キャラではないけど、優しく明るく注意してあげよう。
私は座っている先輩の後ろにそっと立ち、明るく声をかけた。
「――先輩。お久しぶりです!……それで、どうしたんですか、こんなところで……? ひょっとしてもうあの警告忘れちゃった……とかですか?」
後半の台詞は先輩にしか聞こえない音量で、耳元で囁いておいた。すると、面白いくらいにプルプルと先輩の体が揺れる。
「やあ、莉瑚くん。よく来た。ちょうど今、彼から新しい話を聞かせてもらうところだったんだよ」
「そうなんですね。で、どんな話なんですか、先輩……?」
私はわくわくした気持ちを抑えきれない、という表情でじっと先輩の顔を見つめる。ただ、先輩はなぜか私と決して目を合わせようとしてくれなかった。
「私も大いに気になるな。あの少女にたどり着くために、手がかりは多ければ多いほどいいからね。……まったく、彼女は今どこにいるんだろうか……」
先輩は部長のその言葉を聞いて、ぎょっとした感じで目を大きく見開いた。そして私の顔と部長の顔を交互に何度も見る。えっ? えっ? みたいな。部長ここ! ここにいるよ! みたいな顔だ。
……これはいけない。先輩には今すぐに退場していただきたい。にっこりと私は微笑み、先輩の顔を見つめた。……「帰れ」という気持ちを伝える方法は、そのまま口にするだけじゃないし。
「ほーら、部長も気になってるじゃないですか。もう、協力してくれないとあなたを地獄に引きずりこんじゃいますからね」
「いやそれは言い過ぎだろう」
果たして。先輩はカクカクと頷いて、その後は一言も喋らなくなり、最後には壊れたロボットのような動きを見せて退場した。先輩、言わなくても伝わることがあるって私は素敵だと思います。
「彼はいったい何をしに来たのかな……?」
「ちょっと、挙動不審で怖いです……本当に恐ろしいのは人間なのかも……。次にあの人が話しかけてきても気にせずその場を離れた方がいいと思いますね」
そして私と部長が深刻な顔で人間の闇を話し合いながらカーテンの向こう側に戻ると、なぜか今度は守家さんが椅子に座って果てしなく落ち込んでいた。ダメージが蓄積されて休憩時間が終わっても立ち上がれないときのボクサーみたい。……いや、いったいどうしたの? この3分間で彼に何があったんだ。
来客も去り、副部長も全然起き上がってこないので。私と部長の2人は、再び地図を眺める作業に入った。……ふむ。見ていると意外に、噂の少女が出現した場所の印って多いね。私って意外に働き者だったらしい。でも当然ながら私に覚えのある場所ばかりに印がついている。……当然か。覚えがなかったらその場所はなんだってなっちゃう……し……?
……あれ? 私は何度か地図を見直した。……そう言いながら、なぜか覚えのない場所が、ある。
「どうかしたかい?」
「……いえ。何でもありません」
地図の印には1つだけ、私が覚えのない場所があった。神社の境内の横。……日付を見ると、この怪異の中で一番古い。私が覚えている最初の、あの車の事故よりさらに2週間前だった。しかし、私は神社に現れた覚えはない。地図の記載によると時間は0時過ぎ。深夜の神社なんて飛んでたら絶対覚えてると思う。……つまり、私じゃない。
……なら。これは、いったい、誰?